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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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215 迎賓館攻防:広間②

 全身を血に濡らすナイン。白に赤が散乱するその特徴的な姿が、突如として視界からかき消えた――プルーフは決して瞬きなどしていなかった。だというのに一瞬にして少女を見失ってしまったのだ。


 しかし彼女はそんな事態にも焦ることはなかった。体のどの部位も一切動かすことなく瞬時に移動してのけたとなれば、それは即ち高確率での転移術・・・の使用を意味している。敵が何をしたのかさえ見抜ければ――否、たとえ見抜けなくとも彼女の思考が止まることなどない。日常的に戦場へ身を置いているプルーフは過酷を生きるが故に、取るべき対応手をすぐさま導き出すことができた。


 予備動作がなかったことやゲートを見せなかったことから使用されたのはまず間違いなく短距離の転移。

 そんな術を戦闘中に使われてしまえば二流どころは大いに慌て無様を晒し、なすすべもなくやられてしまうだろう。


 しかしプルーフは経験豊富な兇手である。自身に転移を使う才能はなくとも、その対処法くらいは心得ていた――転移の察知方法についてだ。


 それは魔力、もしくは空間の揺らぎ。


 前者は術者の力量次第でいくらでも隠蔽が可能になるが、後者を隠し通すのは不可能に近い。そこになかったものが突如として出現する際の空気が不自然に揺れるあの感覚は、術そのものが生み出す効果でもなければ魔力の余波でもなく、単なる自然現象であるからして。

 それを肌で捉えることが短距離転移への最もポピュラーな対応策だと言えるだろう。


 転移したのが自身に近い位置であればあるほど揺らぎは明確なものになる。プルーフほどの勘の冴えと腕の速さがあればたとえ真後ろに移られても敵の攻撃より先に反撃を叩き込める。


 だから彼女はナインの姿が消失した瞬間、冷静にその気配を探った。



 ――感じない。



 どこからも空間の揺らぎが発生しない。


 それでもプルーフはまだ焦らない。空気の揺れを感じ取れないということはつまり、ナインは近づくために転移したのではなく、その逆。離れるために転移を使ったということが明らかとなったからだ。


 とはいえ短距離転移なので文字通りにそう遠くに移ることはできない――ほぼ確実に互いの目が届く範囲内にいることは確か。



 どこだ、どこにいる、どこへ消えた――?



 より近くにいたフランクが先に、そしてそれに続くようにプルーフも察知する。


 奴がいるのは……階段の上!


 玄関から続く大広間、そこに設けられた中央階段。幅の広い階段の踊り場に降り立ったナインは、爛々とその瞳を輝かせ――何をする気かと身構える二人にとんでもない行為をまざまざと見せつけた。



「――ふんっ!」



 ナインが真下へと腕を振った途端、爆発でも起きたかというような強烈な破壊音が迎賓館中に響き渡る。それに続くようにどこかから本物の爆発音が聞こえてきたが、あいにくそれに気を取られている暇などなかった――プルーフはまたしても戦慄を覚えさせられる。


(大階段を、ただの一撃で粉砕した……!? これが護衛側のすることか?!)


 守るべき迎賓館を自らの手で壊す蛮行? 


 否、ナインは極めて職務に忠実であった。


 彼女が守護するは建物ではなく、シリカ・エヴァンシスその人である。当初こそ周囲への被害を最小限度に収めようと良識に従っていた彼女だが、差し向けられた兇手たちの想定を超えた熟達具合を目にしたことで――自分の体で嫌というほど実感したことで、即座に予定を変更し。


 何を壊してでも、むしろ積極的に壊しまくってでも。


 何がなんでも護衛対象を守る道を選んだのである。


「ぐっ……!」


 殺人的な速度で瓦礫が飛び散る。石造りの階段はそれそのものが凶器となって広間中へと降り注ぐが、そんな石くれなどよりもよっぽど危険なのが武闘王ナインである。しかし彼女は舞う石片や粉塵に紛れるようにしてその姿を隠した……彼女の企みは考えを巡らせずともわかる。


(奴め! トギリとウッドペッカーの使用条件に気付いたか!)


 扱いの難しさを除けば魔武具としても破格の性能を持つ二人の武器は、似通った攻撃手段であるが故に類似する欠点があった。それは『対象を視認しなければ効果が使えない』というもの。線を刻むのも点を打つのも使用者の目で直接目標を見定めて行う必然性がある以上、敵が視野の外へ消えてしまえばトギリもウッドペッカーもただの玩具めいた小道具へと成り果ててしまう。つまりナインが取った『身を隠す』という選択は二人を前にした場合の最適解。この的確な行動にプルーフは武闘王がその経歴に見合った戦闘経験によって戦い慣れているのだと判断しかけたが――すぐに己が推量を否定する。


(いや違う、経験によってトギリの弱点を見抜いたのだとしたら三度も攻撃を浴びるはずがない――それじゃあ遅すぎる。これはおそらく偶然でしかない。ナインは偶然にも、これ以上ないという対策を打ってきたんだ――間違いない、奴は持って(・・・)いる(・・)の人間だ……!)


 そう、ナインは決してプルーフやフランクの持つ魔武具の使用制限を看破してのけたわけではない。どんな能力で攻撃を受けているのかは薄々察している彼女だが、その武器の持つ性能についてまでは未だ考えが及んでいない。


 だから彼女が階段を壊したのは、単純に盾代わりとして瓦礫を利用するため。


 凄まじい貫通力を見せながらも腕に隠された顔面は無事であったことから、敵と自分の間に障害物がいくつかあれば問答無用の斬撃や刺突も届くことはないのではないか、という彼女なりの思考で導き出した取るべき戦法がこれだった。


 これで魔武具の使用条件が対象を認識さえしていればいい、というものであればいくら障害物を置いたところで体のどこかしらに新たな傷を負う結果になっていただろうが――たまたま(・・・・)ナインはトギリとウッドペッカーを封じ込めることに成功したのだ。


 偶然による手助け。


 戦闘中という非常時にこそ起こるべくして起こるそれは、命のやり取りを日々の糧とする者にとっては必然よりも必然めいたものとして感じられて。


(そう、結局は運だ! 強さでも賢さでもなく、生きるために最も重要な確固たる運命・・というものを! 巨木のように太く揺るぎないそれを奴は持っているんだ――だからこうなった!)


 フランクとプルーフはともに迷わず後退する。シリカ・エヴァンシスを目指すなら前に進まなければならないが、今は一旦散乱する瓦礫をやり過ごして、これに乗じて仕掛けてくるであろうナインを対処しないことには任務の遂行などできるはずもない。


「……っ、そこか――ッ!」


 不意に猛スピードで飛来する、手の平に収まるサイズの石礫。素早い身のこなしでそれを躱したプルーフは石の飛んできた方向へトギリを振るおうとするが、その先に誰もいないのを見て驚く。



 そして感じる空間の揺らぎ。



 失敗を悟る。ナインは石を投げつけた直後に転移を使ったのだ。こちらの意識が回避と反撃に割かれた僅かの間に紛れるように抜群のタイミングで転移を使用し接近してきた――いかに攻撃速度に優れていようとも、見当違いの方向へ腕を動かしてしまっているこの体勢からでは反撃が間に合わない!


 既にそこにナインはいる。拳は迫ってきている。どうにか致命傷を避けるべく打点をズラそうとするプルーフは臍を噛む内心とは裏腹にその脳内で、たとえ攻撃を体のどの部位に受けても戦闘続行は絶望的だろうという自身の被る損傷について極めて客観的な予測を行っていた……が、彼女にとってこの上なく幸いなことにその想定は外れることになる。



「ぎぃっ……!?」



 少女の手を穿つように穴が開いたのだ。


 衝撃と痛みで握った拳を止めてしまうナイン。


 それが何によって、誰によって起こされたものであるかなど両者はもはや考えずとも分かる――特にこの傷痕を見慣れているプルーフにとっては非常に明白なことであった。


「よくやったフランク!」


 自分でも惑わされたナインの戦術を予想でもしていたのか見事な横やりを入れてみせたフランクを褒めつつ、身を翻す。止まった拳から数歩分の距離を開いてトギリを強く握る。プルーフはそれ以上退くよりも攻勢に出ることを選び、そして。


「シィッ!」


 だんっ!


 斬り付けるのとナインが跳ぶのは同時だった――いや、僅かにナインのほうが速かった。斬るスピードを上回られたことにプルーフは瞠目するが、それ以上に跳躍したナインの次の行動にこそ彼女は目を奪われた。


 彼女は跳躍の勢いそのままにくるりと回って柱の側面(・・・・)に着地した。


 重力という万物に作用するはずの常識をまるで存じ上げないとでも言うように真横に立つ、というよりもしゃがんだ状態でナインは柱をむんずと掴み、その圧倒的腕力で圧し折りにかかった。


 バギィン! と硬く太い柱が容易く折れ、ひょいとナインに軽く持ち上げられる。横向きの彼女は折った柱をまるで長竿か何かのように肩に担ぎ、下のプルーフたちへとじろりと視線をやった。


「な、にを……」

「近づくのもいまいち面倒なんでな。こっちも武器・・を使わせてもらうぜ」


 絶句するプルーフに構うことなどなく、ナインはぶんと調子を確かめるように中途から折れた石柱を振り回し――いきなりの突貫。


 超重量のそれを持っているとは思えない、手ぶらだった今までとなんら変わりない脅威的な速度で突っ込んできた。


「フラァーンクっ!」

「…………!」


 これは防げない。少女の砲弾が如き勢いからそう理解したプルーフはトギリを構えつつフランクの名を叫ぶ。呼ばれるまでもなく彼女もまた同じ結論に達していたらしい――敵の攻撃よりも先に、仕留める!



「――シィィィッ!!」



 二十連。


 ナインが残された柱の上部を足場に跳び、迫り来るその刹那の中で、遅れて動いたはずのプルーフの腕は何よりも早く稼働しトギリを二十回連続で発動させる。

 それに息を合わせるようにしてナインを範囲内へ捉えるべく駆けていたプルーフもウッドペッカーを惜しみなく使用。こちらもどうにか五発、概念攻撃による刺突を少女の身に浴びせた。



 ぞりぞりぞりぞりぞりぞりぞりぞりぞりぞり!



 斬られる、突かれるというよりもむしろ身体中を削られながら(・・・・・・)――しかしそれでもナインの勢いはまったく衰えない。


 深紅の瞳は未だ輝きを落とすことなく、ただ敵だけを――ただまとだけを見据えて。


「――うおっらぁっ!」


 大理石の柱一本という大質量を、怪物少女の膂力を全開にして叩き込む。


 自ら接近したフランクも、そして逃げるよりも反撃を選んだためにその場から一歩も動いていないプルーフもまとめて潰滅せんと振るわれる、使い捨ての武器と化した柱。信じ難い速度で横薙ぎに振り回されたそれは兇手たちだけに留まらず、迎賓館の玄関口までもを綺麗に吹き飛ばしてしまった。


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