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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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212 シリカ・エヴァンシスを守る夜

 宗教家というのは恐ろしい生き物だと、ナインはつくづく実感した。


 呼び出された先でシルリアと何を話したか、ナインは仲間たちにそのまま会話の内容を事細かに知らせた。なるべく感情を乗せずに交わしたやり取りのみを伝えようと努力したが、どこまで客観的になれていたかはわからない――ナインは自分で自分を判断できない。


 伝聞という意味では拙いものとなったが、それでもシルリアの思考の異質さはクータたちに十分伝わったようだった。一同はううむと唸り腕を組んだ――そこにはナインズのメンバー以外にももう一人、天秤の羽根所属であるテレスティア・ロールシャーも含まれる。


 彼女はシルリアが悪魔憑きをすぐにもどうこうしようとはしていないことと、なんなら更に事件を引き起こして座談会コンクエストが本来の役割を果たせないようにしてくれないかと邪な期待まで持っていることに、激しい頭痛を感じているような盛大なまでのしかめっ面になった。


「教皇様はやはり、そういうお人だ……すべてを利用して天秤の羽根の利益とする。おそらく最良のプランはこれを機に六大宗教会という枠組みを壊し、言葉通りの一大宗教組織としてアムアシナムを真の意味で支配する、というものだろう。座談会コンクエスト中に悪魔憑きが他宗教へ襲撃をかけ続ければ――そしてその後に悪魔憑きを天秤の羽根が討ち取れば、自然とそういう形になる」


「楽観が過ぎる。それは希望的観測通りに物事が進んだ場合だけだろう、そんな夢のような話が本気で実現すると、あのシルリアが考えているというのか?」


「あくまで最良だ。奇跡でも起きない限りはそう都合よくいかないことは教皇様とてご理解なされているはず……だが。その奇跡を起こせてしまいそうだから、私も頭が痛い。エヴァンシス家という選ばれた血筋の当主とは伊達ではないのだ」


 現状、シルリアの考えを改めさせるのは不可能に近いだろう。何せ天秤の羽根は彼女のものであり、その思い通りに動くことこそが信徒たちの本懐である。その彼女が悪魔憑き捕縛へ乗り気でない以上――正しくは座談会コンクエストの期間には手を出す余裕がないということだが――いくらナインズやテレスティア、あるいは新たにこのことを知ったシリカが騒ごうと天秤の羽根を動かすことは難しいだろう。


 他宗教をまとめて相手取る中で悪魔憑きにまで注意を払っていられないというのはなるほどもっともな意見かもしれない。

 しかし、問題は悪魔憑き自体はほぼ間違いなく座談会コンクエストこそを狙い撃ちにしている――そもそも都市住民を何百と消して六大宗教会を動かしたのも悪魔憑き自身であるからして、残りの二日間が終わるまでは手を出さないなどと見越すことは完全に後手に回るということでもある。


 それを承知していながらも、シルリアは頑ななまでに本腰を入れた対処をしようとはしない。


「もうひとつの問題は、悪魔憑きが至福会を全滅させたことで他宗教も暴力的手段に打って出るのを厭わない、ということ。奴らは悪魔憑きのことなど知らないのだからな。至福会を殺したのは間違いなく私たちだと見ているだろうし、教皇様の変調も自作自演だと決めつけているだろう。こんな状況ともなれば、用意した武力としての暗殺者――『兇手』を利用しないはずがない。教皇様のお考えはきっと正しい。ここで狙われるとすれば、それはシリカ様に他ならない」


 目的は殺しではなく攫うことにある、とテレスティアは語る。


 いかにシルリアといえど一人娘にして天秤の羽根次期教皇、その唯一の候補であるシリカが他組織の手に落ちたとなれば平生のままとはいくはずもない。娘の命が奪われることのないよう相手からの要求に言われるがまま従うしかなくなるのだ――そんなおいしい獲物を、暁雲教たちが見逃すことなどあり得ない。


 天秤の羽根を除く六大宗教会が不穏な会合を重ねていたことは確認されている。信徒の情報網を使ってもその中身まで調査の手が及ぶことはなかったが、何を企てているかなど聞かずともわかる。兇手たちをわざわざ引き連れて集まったことも一度だけとはいえあったようなので、もはや狙いは明らかと言えるだろう。


「迎賓館の一室。そこだけは防護や解呪といった、本殿内の一部に使用される最大セキュリティと遜色ない守りが施されている。シリカ様はその部屋に宿泊されているわけだが、しかし兇手の一人でもそこに辿り着けば守りは破られてしまうだろう。連中はそういった仕事を生業にしているのだからな」


 つまり実際に近づけさせなければ理論上、シリカの安全は確約されたも同然なのだ。術で保護された室内はたとえ悪魔憑きであっても転移はできないはずで、それはつまり兇手たちも物理的に接近しないことにはシリカへの手出しは不可能ということでもある。


「あえてだ。迎賓館内の人員は必要最低限に絞られることとなった。十使徒の発案により昨晩から使用人たちは勿論、警備隊の巡回数やその人数まで減らされている。――釣り上げるためだ。シリカ様をいかにも狙い目のように演出する策なのだ。他宗教も誘われているとは気付くだろうが、それでも立場を一転させるこのチャンスを不意にすることはないだろう」


 警備の人数を少なくする代わりに、穴埋めにはナインズが置かれる。


 下手をすれば欠けた穴よりも遥かに大きなピースだが、けれど護衛任務に限って言うなら巨大な個よりも綿密な連携の取れる小さな十個のほうが相応しいだろう――少数精鋭と言えば聞こえはいいが、一人あたりの責任の重さを思えば警備体制は元のままにナインズを加え入れたほうが真っ当な守り方であったはずだ。


「しかし厳重過ぎれば手出しを諦めることも考えられる。そうなると逆にどんな手を打ってくるか読めなくなってしまう――そうさせないための餌としてシリカ様は使われる。十使徒が会議の末に提案し、教皇様が可決した……。私はそれが悔しい! こんなことのためにシリカ様のお命が危険に晒されることなど、あってはならないはずだというのに!」



「落ち着いてくれ、テレスティアさん」



 わなわなと握りしめた拳を震わす彼女に、ナインはなるべく冷静な声音を心がけて言った


「あなたがどれだけシリカのことを大切に思っているかは俺もよく知っている。きっとあなたは、シルリアさんよりもよっぽど正しく彼女を愛している。あの人もシリカを守ろうとはしているけれど、それはたぶん母としてというよりも教皇としての判断なんだろうから……だからシリカの周囲で、一番彼女のことを想っているのはテレスティアさんを置いて他にはいないでしょう。悔しくなる気持ちはわかるし、それも当然だと思う――でも、ここで怒ってたって事態が好転するわけじゃない。今はとにかく教えてくれ。もう夜更けまで時間もない。俺たちはどうすればいいんだ? どうやればシリカを守ってやれる? 護衛隊長としてあなただけが頼りなんです、テレスティアさん。一緒に暗殺者たちからシリカを守り抜きましょう」


「……ありがとう、ナイン殿。君がそう言ってくれるなら、非常に心強いことだ」


 闘錬演武大会優勝チーム、それも武闘王が率いる『ナインズ』の力を借りられるのはテレスティアにとって一筋の光明が如くありがたいものだ――とはいえ、それでも人員の少なさはいかんともしがたい。各々の力量を踏まえて、最適な配置を熟考しないことには迎賓館全体のカバーは難しいだろう。


「誰がどこを守るかについては、この私に決めさせてほしい。構わないだろうか?」


 テレスティアの問いに、一同は黙って頷いた。それぞれがどんなことをできるのかは既に彼女へ報告済みだ。開示された各員のスペックをもとに誰がどこに立つかを選定するのはやはり、テレスティアでなければ務まらないだろう。


「部屋の結界に誰かが触れればすぐに私を含めた警備隊に伝わるようになっている。そこまで追い詰められれば緊急指令スクランブルが発せられるが、夜の闇のうちに全てを終わらせることが望ましいと教皇様は仰っている……」


 断腸の思いでテレスティアは部屋前に陣取ることを諦めた。それぞれが各方位を守り切れば、そもそも兇手が部屋へ行くこともない。


「――よし。誰がどこに構えるか今から発表する。みんな、よく聞いてほしい。そしてすぐに各員持ち場へついてくれ」


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