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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
1章・リブレライト臨時戦闘員編
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22 鎧袖一触怪物少女

 全員が魔法による身体強化を行っている暗黒座会戦闘員の集団と対峙するナイン。

 先に仕掛けたのは集団側だった。


 まず三人がまったく同じタイミングで進み出てきた。呼吸の合わせ方に感心しながらナインはとりあえずとばかりに拳を三発繰り出す。右から順に殴りつけたが結果として男たちはまったく同じタイミングで吹っ飛んでいった――それだけナインの拳撃が並外れた速度であったのだ。


 吹き飛ぶ仲間の体を躱しながら、二名の黒装束が床を舐めるような低姿勢で駆けてくる。後方に位置する仲間が横合いから刀身の曲がった独特の形をした短剣を僅かに先行させるように投げ込み、常人には対処が間に合わない連携が完成されるが――言うまでもなくナインは常人ではない。


 先んじて到達した数本の剣をただの一撃ですべて弾く。

 否、弾いたのではなく砕いたのだ。


 それは剣に勝る拳。


 異常なことをしているが戦闘中のナインにこれといった感慨は浮かばない。淡々と、次いで両手に握った刀剣を振りかざしてくる二名をてきとーに横薙ぎに蹴ってどかし(男たちは暴風に晒されたように飛ばされ壁のシミとなった)、そのまま自分から突っ込んで、奥にいる短剣を投げてきた男をほいっと部屋の外まで放り投げてやった。とてつもないGのかかった男は穴という穴から血を噴き出しつつ、窓を封じている頑丈な張り板をぶち破って屋敷の外へと消えていった。


 それを見送ったナインの隙を狙ったつもりか、左右から挟み込んで両手剣を打ち下ろしてくる男たちをその武器ごと殴りつけて文字通りに粉砕してやり、おそらく本命の役割として背後から手杭のような武器を刺し込もうとしていた男も後ろ蹴りで顎を砕いてやった。


 顔の下半分をごっそり失った男が力なく崩れ落ちる傍に着地したナイン。


 あと一人、と思ったその瞬間、首元に刃――、


 咄嗟にバク転で回避する。今までナインの首があった場所を正確に黒塗りの刀身が走り抜けていった。


(こいつ、キャンディナとかいったか――やっぱ一人だけ動きが違う!)


 身構えようとするナインだがすでにキャンディナは目の前まで肉迫している。顔目掛けて突き込まれた切っ先をどうにか屈んで避けるも、次の瞬間にはもう一刀が下から振り上げられる。そちらもギリギリで躱したが気付けば別角度からまた刃が迫ってきている。


 キャンディナは二振りの刀身が短めに切り詰められた刀を自らの身に添わせるように滑らせ、ナインへ密着しながら縦横無尽に刃を振るってくる。本命の刀に織り交ぜるようにして肘や蹴りまで牽制に使う、間隙の生じない怒涛の攻め。驚異的な技術だ。


「ちっ……!」

「――――」


 渋い顔をするナインと、声ひとつ漏らさないキャンディナ。


 近距離戦闘における最高峰に近い技量を、キャンディナはまだ若い身空ながらに獲得していた。

 高い次元で実を結んでいるその技術が故に、肉体的なスペックで大きく上回っているはずのナインをこうも後手に回らせ、結果として渡り合うことができているのだからどれだけの力量かは言わずもがなだろう。


 しかし、どんなに優れた技術であろうとも、それはあくまで人間としての話だ。そして言うまでもなく、人間の範疇に収まっているようでは――到底ナインに及べない。


 刃から逃れるようにして大きく後方へ跳んだナイン。

 部屋いっぱいに下がった彼女を見て、しかしキャンディナに焦りはない。そうやって苦し紛れに距離を空けようとする相手は今まで何人もいた、と彼女が倒れ込むような一歩で即座に彼我の距離を詰めようとする――その瞬間、ナインは床を踏みしめた。


 彼女が行ったのは震脚。

 ぎりぎり床が抜けないようにといくらか加減と考慮がなされたものではあるが、起きた振動は十分常軌を逸するものだった。


 ぐらぐら、どころかぐわんぐわんと弛み上下する足元に、キャンディナはただでさえ前方へ駆ける体勢だったこともあって容易く足の裏が床から離されてしまった。


 そのせいで彼女は、限りなく無防備になる。


「……っ!」

「よっ、と」


 キャンディナの表情が歪むのと同時、自身の起こした超局所的地震をまるで本人だけは無効化でもされているかのように意に介すことなく、ナインが迫る。


 唸りを上げる小さな拳。

 まともに受ければ即敗北。


 部下たちの無残なやられ様でそれをよく理解しているキャンディナは空中にいながらも身を捩じり、直撃を避けながら拳と自分の間に二刀を滑りこませる。


 バギリ、と硬質の音が室内に響く。


「かはっ……!」


 折れたのは刀か骨か。いや、どちらもだ。殴られた瞬間にそれが分かった。


 直撃は防いだというのに、キャンディナの肉体はそれでも軽々と投げ飛ばされた。壁に激突し止まったその横には、ナインとの交戦開始時からへたり込んだまま指先ひとつ動かさしていないにもかかわらず、圧倒的な恐怖を理由にハアハアと息を切らしているマーシュトロンの姿があった。


 どうにか立ち上がろうとするキャンディナに、彼は縋るようにして情けない声を上げる。


「お、おい! どうなっている、どうしてやられかけているんだ、これだけ人数がいて! お前は強いんだろう、私を守るんだろう! そういう約束でお前たちのボスが寄越したんだろう! 勝てるよな? 負けないよな?! 私を守るんだろう、そうだよな!? おいキャンディナ! 私を守ると言え!!」


 キャンディナは歯噛みする。もはや敬称すら忘れみっともなく慌てふためくマーシュトロン。こんな男のために自分は命を懸けているわけではない。行き場のない自分を拾ってくれた男……今はもうこの世にいない彼が忠誠を誓っていたボスの命令を遂行するためにここに来ているのだ。


 彼女自身がボスに傾倒しているのではなく、すべては亡き彼への恩義のため。そのために――。

 死んでたまるかと克己する。


「ふっ、ぐ……!」


 意地を頼りに必死の形相で歯を食いしばって、壁に寄りかかりながらも立ち上がってみせたキャンディナに、ナインは驚く。


 彼女には技術もあるが、華奢に見えてかなりのタフネスもあるらしいと知り――油断なくもう一撃加えてやろうと決めた。


 猛獣が如く飛び込むナイン。振るわれる無慈悲な拳。その一撃は明確な殺意こそ伴っていないものの、これで死ぬなら死ぬで構わない――という程度には容赦を放棄した一撃。キャンディナが危惧した通りの、文字通り必殺の拳である。


 そんな拳が見事に炸裂し……ダメージを負った状態の彼女がそれを受けて絶命しなかったのは、偏に幸運のおかげである。


 手の届く位置に盾があったという、小さくも類まれな幸運。


「は、はれ……ほれ、なんへ、こんは――ぐぶっ」


 間の抜けたセリフを零すマーシュトロン。

 彼の胸にはナインの腕が深々と突き刺さっていた。


 攻撃を受ける直前、真横にいた彼をキャンディナが盾代わりに引き寄せた。先の防御でもやった短剣と同じようにマーシュトロンを使ったのだ。


 ナインの腕は少女としての体格上、決して長くない。マーシュトロンが間に挟まったことで、ナインの必殺は必殺足りえなくなった――無論、まともに食らったマーシュトロンはあえなくその命を散らせることとなったが、本来の標的だったはずのキャンディナの傷は、致命傷にはならなかった。


「やるな、あんた。瞬間的によくぞここまで動けたもんだ」

「………………」


 返事はなかった。マーシュトロンの肉体を貫いた少女の拳が、彼女の腹を裂いてめり込んでいる。よく鍛えられた身体だけあって致命傷にこそ至っていないが、大怪我には違いなく、受けた衝撃と痛みは相当なものだったはず。


 その証拠に、キャンディナは立ったままの状態で気絶してしまっているようだ。


 ずぼり、と腕を引き抜く。

 ぶんぶん振って血を落とす。

 それからぐっとナインは背伸びをした。


「ん~~っと。終わった、終わった」


 一名の重傷者と九名の死者を転がした血と損壊だらけの凄絶な部屋。その外にもうひとつ死体がある。

 襲撃犯をその手引きとともに全滅させ、こんな地獄絵図を描いた当の少女はたった一人無傷のまま、まるで軽く部屋掃除でも終えた後かのような態度で笑みを見せている。


「さて、と。それじゃあクータとアウロネさんを探しに行きますかね」


 深紅の輝きが収まった瞳は元の薄紅色へと変化し、優しい色味を取り戻していく。


 かくして殺戮が終了したのだった。

とんでもないワケあり物件の出来上がりですよ

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