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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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207 なにがなんでもなすりつけ

タイトルもうちょっとこう……まま、ええわ

 至福会が宿泊していた部屋は、二部屋が繋がっている大人数用の寝室となっていた。暁雲教や連座の民といった他の宗教組織も皆が似たような造りの部屋に泊まっているのだが、それはつまりどの宗教も所属員が最低十名以上で連れ立って天秤の羽根本部へやってきたということであり、至福会もまたその例に漏れなかった。


 護衛を含めた至福会員十三名――の亡骸・・が横たわる凄惨な現場で、アルドーニは低く唸った。


「むうぅ……」

「これは、正真正銘の『全滅』ですね……なんとも惨い」

「忸怩たる思いだ。本殿でこんな事件を許してしまうとは……くそっ」


 皆心臓や首といった致命的な箇所に鋭利ながらも大きな傷口ができており、絶命している。使われた武器の種類は読めないがこの死に方からして明らかな他殺体である。ベッドに入ったまま死んでいる者もいることから、賊は誰にも気付かれることなく部屋内に侵入し、寝ずの番をしていたであろう数名から先に殺し、眠っている者を起こすこともなく永眠させていったのだろう。


 そこからわかるのは恐ろしいまでの賊の技量。


 殺しを厭わない手口もそうだが、兇手の一人として悪い意味で有名なドルドンまでもが他の護衛と同じく床に転がっているのが何よりの証明となるだろう。


 蛇の道は蛇。殺しを仕事にしている者はその対策にも精通することになる。そんな彼があっさりと殺られたという誰の目にも明らかなひとつの『結果』は、それだけ賊の腕が確かなものだと保証することに繋がるものだ。


「なにかわかることはないだろうか――ジャラザくん」


「…………」


 死体を検分し、今は部屋の中央で蹲って何かを測るようにしている少女――チーム『ナインズ』が一人ジャラザへと声をかける。彼女は気配を読むすべに長けているらしいとのことで、現場検証に参加させているのだ。


 隊員だけでは発見できない何かを見抜くことを期待されている彼女は――すっくと立ち上がり、申し訳なさそうに首を振った。


「これといって妙な気配は感じられんな。魔力の残滓のようなものはあるが、それもごく少量だ」

「やはり明らかなのは、賊の腕前だけということか……」

「うむ。とまれ、いつも以上に警備が厳重な本殿でここまでの狼藉を仕出かせたという事実から、自ずと見えてくるものもある」

「それは?」


「賊は転移・・が使える――あるいはそれに類する術を持っている、ということだ」


「「!」」


 アルドーニと副隊長に衝撃が走る。それが本当ならば殺しの腕よりも、どこであろうと件の賊が神出鬼没に姿を見せる可能性があるという、そちらの事実のほうがよほど恐ろしい。


「確かにそう考えれば、この惨状に誰も気付かなかったことも頷ける――だが」


「はい。下手な転移は空間の揺らぎや魔力の取りこぼしで非常に目立つ。うちの隊員が誰もそれを察知できなかったということは、賊は魔法においても達人並みの技量を持っているということになります」


「道理だの。現場を見るだけでも只者でないことは明白だが、考えれば考えるほどに一筋縄ではいかん相手だということが判る……」


 そう言いながら、ジャラザは思考に没頭する。これはおそらく悪魔憑きの仕業なのだろう――なぜなら。


(デビルは高位の魔法使いとも並び称されるほどの魔法的技量を持つとされる。ならば聖杯に封印されているという大悪魔もまた同様なのだろう――素直に思い違いであったと認めるほかないな。長年の封印で弱っているはずの大悪魔は、しかしそれでも変生やコピー魔法だけでなく、転移までも使いこなせる程度に力を残していた! よもやそこまで悪魔が活発に動けるなどとは儂も、おそらくはオイニー・ドレチドも思わなんだ。そうなると悪魔憑きの脅威度もさらに上がることになるか……)


 もしやと思って探ってみたものの、この室内からは聖杯――七聖具の気配は一切しない。なので賊が悪魔憑きであると確定したわけではないが、聖杯の力を使わずとも悪魔と協力すればこれくらいのことはやってのけるだろうことを思えば、状況的に悪魔憑きこそが一番の容疑者であることに変わりはない。


 悪魔憑きの存在をアルドーニらとも共有したいジャラザだったが、どうやら聖杯関連の情報はテレスティアから教皇に伝わってはいても、そこでストップしているらしいのだ。そんなことをするシルリアにはどうやら何かしらの考えがあるようなので、ここでジャラザが自己判断で悪魔憑きのことを広めるわけにはいかなかった。


 複雑な思いでジャラザが見つめる中で、アルドーニと副隊長は座談会コンクエスト中の警備体制をもう一度見直す必要があると相談しているところだった。犯人を見つけ出す手立てがなく、そして治安維持局を少なくとも座談会コンクエスト終了までは介入させないことが選ばれた現状、やれることといえばそれくらいしかない。


 そう決めた彼らはしかし、苦々しい思いを隠しきれない様子であった。


座談会コンクエストが中止になることはないだろうとは、俺も考えていたが……」

「まさか、私たちの検証を待つこともせずに始まってしまうとは、さすがに驚きましたね」


 苦い表情の中には、この事件のせいでますます追い込まれているであろうシルリアとシリカへの憂慮も多分に含まれている。それにはジャラザも共感できる。閉ざされた協議室の中が現在どうなっているのか。それを知ることは、会議に参加していない彼女たちには決して叶わないのだから。



◇◇◇



 今回の至福会惨殺事件が悪魔憑きの凶行であることは一部の者たちにとっては自明の理である。そう、ごく限られた一部――天秤の羽根で言うならテレスティアと、彼女から聖杯が奪われた事実を聞かされている教皇シルリアのみ。後はナインズのメンバーくらいしかこの事実を知らないのだ。


 故に、十使徒や暁雲教ら他組織にとっていきなりこれほどの惨事が起こるというのは寝耳に水もいいところであった。


 第二使徒発案の策。他組織から狙われる立場になるであろうシリカを餌として逆に釣ろうという背信行為と謗られても致し方ない積極策を用意していた十使徒も、そして仕掛けられるにしても端から殺人までは起こらない……起こせるはずがないと考えていたオルメッラたちも。


 お互いに意図も予期もしていない大事件が起きたことで肝を冷やすこととなり――。


 それと同時に、厳しい疑いの眼を共に向け合う状態にもなった。


 協議室は議論とは名ばかりの怒鳴り声が間断なく響く静粛さの欠片もない場となってしまったが、そんな状況でも温度のない声音で放ったシルリアの座談会コンクエスト開始の宣言を皮切りに、十使徒や使用人らは速やかに退室し、他組織の者たちも落ち着きを取り戻すことができた。


 これで一旦は会議の体をなしたことになるが、本当の意味で事態が収束を見せたわけではない。むしろ彼らの追及はこれからが本番であった。行方不明事件よりも彼らにとっては至福会全滅の報こそがよほど重大事となっている。犯行に及んだのは天秤の羽根と見て間違いない――とあちらの視点からはそう推理するのが当然だ――としているオルメッラたちは、明日明後日の自分たちの命を守る意味もあってここで徹底的にその蛮行を糾弾し、初日にして天秤の羽根を追い落とす意気込みを高めた。


 ところが。


 座談会コンクエストの幕開けとともに、一同を代表しての挨拶を終えたその口で、シルリアはこう言った。



 恥を知ることですね、と。



「……は?」


 まずはオルメッラから口火を切って、五宗教同盟(既に四宗教同盟だが)の連携を発揮して攻め入ろうとていた彼らだが、機先を制すようにシルリアがそんなよくわからないことを言ったものだから、思わず聞く姿勢を取ってしまう――彼女が何を言っているのか、理解に努めようとしてしまう。


 結果として開幕の発言、何より重要な主導権を握ったのは教皇シルリア。


 今の彼女にはいつもの微笑もなく、それ故に常よりも更に氷像が如き冷たい顔つきで――いかにも断罪を告げる審理の宣告者のような口調で続けた。


「――私たち天秤の羽根を追いやろうと手を組むあなた方の利己的打算は承知。ですがまさか、糾弾の材料のために『仲間殺し』にまで手を染めるとは……なんたる浅はか。なんたる劣悪。己が目的ばかりを信奉し、打算ありきとはいえ繋いだはずの手を切る(・・)その行為。それも自らではなく相手方の手を切り落とすという残酷さ。そんな恥知らずな行いをしておきながら、被害者のような顔をして臆面もなく仲間内に混ざる。そうやって次は誰を背中から刺すつもりなのですか――オルメッラ(・・・・・)


「なっ……!?」


 名指しされた彼は、一瞬何を言われたか脳が理解することを遅らせたようだが――次第にその顔が真っ赤に染まっていく。責めるような言葉とは裏腹に平静そのものであるシルリアとは打って変わって、彼の顔には激憤がありありと浮かんでいる。


「私に対する侮辱かあっ!!」


「動機は十分。そして至福会と最も宿泊部屋が近いのはあなたたち暁雲教。顔を隠しているそこの者らを使えば犯行は容易かったことでしょう。この凶行を未然に防げなかったこと、天秤の羽根の代表者として申し訳なく思いますが……今は詫びるよりも解決に動くべき。皆さま、どうか厳粛に話し合うことといたしましょう」


 そこで彼女は、いつもの冷酷な微笑をその口元に携えた。


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