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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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206 座談会開幕

 最低でも三時間から四時間。座談会コンクエストが始まれば円卓の間こと協議室にそれだけ閉じ込められると知ったナインは、やはりどうしても面倒だと思わざるを得なかった。


 そこは円卓の間の名の通り大きな円形の机が中央に鎮座する部屋で、とても広い。儀典室にも負けない立派な造りだ。入り口はふたつ。使用人たちのいる厨房などがあるエリアへ通じたものと、客用の寝室が集まるエリアへ通じるもの。そのせいで部屋の構造は少々歪だが、数日の間、長時間大勢がこもり切りになることを考えればこのほうが遥かに便利だろう。


 ちらりと部屋の中にいる者たちを見る。


 教皇シルリアが既に控えているのは当然として、その次にやってきたのはこちらも当然と言うべきか『暁雲教』の面々であった。アムアシナムにおいて天秤の羽根に次ぐ組織である彼らが、外様の中では一番乗りというのはなんともそれらしいことである。最高司祭オルメッラと、そのお付きの男性。それからターバンで目元だけを見せる女子が二人。この二人は護衛なのだろう。しかし真っ当な者ではなくこちらをつれてくるのは少しばかり意外だったな、とナインは思う。


 歓迎会ではこの二人以外にも、天秤の羽根警備隊にも似た雰囲気を持つ護衛らしい護衛というのが数人いた。対してこの少女(?)たちにはそういった表の人間の持つ気配がない――明らかに荒事を防ぐのではなく自ら起こす側の人間である。

 だからこの場に同行させるのは本物の護衛たちで、彼女らは座談会コンクエストの外に置くことで牽制のように使うのではないかと予想していたのだが……まあ、こんなのは所詮素人考えに他ならない。当たろうが外れようが大した意味などない。


 たった今、『光来の家』が到着したようだ。高齢の頭目の手を引くように、線の細い男が席まで案内しようとしている。その様子からはただの補助役の付き添いにしか見えないが、腰元の短い剣に、その鋭い目付き。この男もまた暴力を生業にしているとわかる者にはわかる。


「……ナイン殿、くれぐれも頼みましたぞ」


 それはナインと会話をしている彼にとっても同じようで――真剣な口調と眼差しで年端もいかない少女に頼み込む。彼は教皇専属の護衛隊長である。シルリア所在の部屋の前では必ず彼が番兵を務めることになっている。それ以外の時でもなるべく彼女の傍につくのが彼の任務で、アルドーニやテレスティアと同じく天秤の羽根における最高戦力の一人だが……今はその役割をナインへ譲ろうとしているところだ。


「前にも申し上げた通り、協議室に多人数が常駐することはできないのです。限られた数名のみが教皇様のお傍につける。今はあのようにしている彼らも……」


 そこで彼は教皇のほうへ視線をやった。そこには、彼女を囲うように最高幹部『十使徒』のうちの数名が何事かを話している。


「時間がくれば退室します。そのときには私も一緒にここを出ることになる――そうなれば、あとはあなただけが頼りなのです」


 正確には、シルリアの傍にはナインだけでなく彼女の右腕たるオットーと、娘のシリカも残る。だがこれだけだ。他組織も協議室に残すのは多くても四、五名という暗黙の了解があるなかで、主催者たる天秤の羽根がそれ以上の人数を引きつれるわけにもいかず、この人員だけでもう満員扱いとなっている。


 言うまでもなくオットーとシリカに戦闘能力はなく、守られる側の立場である。

 そして守る役目はナインただ一人に委ねられている。


 部屋のすぐ外に待機するとはいえ、護衛隊長たる彼が不安に思うのも頷ける。ナインの力量を疑うというよりも、自分の役職としての護衛を他人に預けるというのが納得いかないのだろう。それでも不満を言葉に出すようなことはせず、ナインにも真摯な態度で頼むその姿は彼の人間性をよく表していた。


 そんな彼を前にしては、ナインも数時間立ちっぱなしになるくらいで不平を言うようなことはできなかった。


「任されました。会議中、彼女たちの身は俺が守ってみせます」


 本心を言えば、ナインにも不安はある。この場で何が起こるかなど彼女にはまったくもって想像がつかないのだ――できればジャラザくらいはこの場に同行させたかったが、人数が増えすぎるとみっともないだとか相手に威圧感を与えるだとかナインからすればよくわからない理屈で却下されてしまった。教皇含めて守られたいのかそうでないのか、天秤の羽根……というか宗教家たちのスタンスはつくづく不思議である。ベストだけを尽くせないのが組織間での駆け引きというものなのだろうが、せめてあと一人仲間を連れるくらいは許してほしかったものだ。


 とはいえ、警戒すべき者が明らかな状況なので自分だけでもなんとかなるだろうとナインは思っている。

 歓迎会でざっと見た通り、要注意人物――武力的な意味で――は一応頭に入っているのだ。


 自分と同じく護衛対象の背後でただ立つだけの彼ら彼女らが不意におかしな動きをしようものなら、そこを押さえる。極論、座談会コンクエスト中のナインがやらなければならないのはそれだけなのだ。


 ナインがそう考えていると、テレスティアとともにシリカがやってきた。


 テレスティアはこちらの護衛隊長と同様に協議室の前で待機となるが、それまではシリカの傍にいるようだ。


 シルリアの隣の位置に座ったシリカは平生よりも幾分か顔色が悪いように見える。緊張しているのだろう。


 彼女が幼さに見合わないしっかり者で、それ以上に意思が強いというかマイペースな性格をしていることをここ数日で知ったナインからすれば、あのように表情を硬くしているのが意外でもあったが――初めての参加なうえに、今回は天秤の羽根が不利な座談会コンクエストなのだ。いくら才女であっても身を硬くするのは無理からぬことであろう。


 彼女たちのあとに、『連座の民』と『外界一党団』が続けざまに入室してくる。

 協議室の人口密度は高まったが、時間になれば十使徒やテレスティア、世話係のメイドたちも下がってこの広い部屋には二十数名しか残らなくなる。寒々とした空間になりそうだ、とナインは会議中のことを思ってその時を待つ――が。


 いくら待てども座談会コンクエストは始まらなかった。


 場が少しずつざわめきだす。もう開始時刻は過ぎたというのに、『至福会』の会長とそのお供がいつまで経っても姿を見せないのだ。

 ついにシルリアの命令により使用人が至福会の使用する部屋まで様子を見に行かされ――そして彼はすぐに戻ってきた。


 それも全身から脂汗を流し、血相を変えた状態でだ。


「きょ、教皇様! たい、大変な、大変なことがっ!」

「落ち着きなさい。息を整えて、冷静に報告するように。いったい何があったのです?」


 駆け込んできた使用人の様子に騒然となる中で、やはり教皇だけは冷たいまでに平然としていた。静かに問いかける彼女の教皇然とした対応は使用人の興奮をいくらか収めさせたようだが、それでも完全とまではいかなかった。彼は顔を真っ青にしたまま、過呼吸を無理やり抑えたような喋り方で告げた。



「し、至福会の、皆さまが――全滅・・です!」


「……なんですって?」


死んでおられるのです・・・・・・・・・・! 血塗れで! だ、誰も――誰も動かずに、倒れて……っ」



 彼が話せたのはそこまでだった。見た光景を思い出したせいか、またしても興奮が募り意識を失ってしまったようだった。


 ばたり、と倒れた彼を介抱すべく寄っていく数名のメイドたち。


 それとは別に、警備隊はシルリアの「行きなさい」という言葉と同時にばたばたと通路を駆け抜けていった。


 ナインは困惑する――至福会が、全滅? 

 まだ座談会コンクエストの初日、それも会議が始まる前に、一組織の者たちが丸ごと死亡した?


 何が起きているのか、やはり彼女にはわからない――否、この場にいる誰もがそれは同じことだろう。ナインは混乱するままに、全員の様子へと目をやった。暁雲教を始めとする他組織は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。どういった感情かまではわからないが彼らにとってもこの事態は完全な想定外のようだ。シルリアはさすがと言うべきか、動じることもなく黙考しているようである――ただし周囲のオットーを始めとする十使徒はナインが見てそうとわかるくらいに慌てている。シリカとテレスティアは、二人だけで何か会話をしている。おそらくはテレスティアがシリカの精神面を案じている構図なのだろうが、人死にが起きたという割りにシリカの表情に陰りはなかった。おそらく彼女は、現実的にまだ客人の死亡を受け止めきれていないのだろう――さて。


 実もない観察を止めて――どうせ大したことはわからないということがわかった――ナインは天井を仰ぎ見た。シルリアのもとへ駆け寄る護衛隊長や、運ばれる使用人、何事かをひそひそと話し合う者たち。協議室はにわかに騒がしくなったが、ナインの心は意外なほどに凪いでいる。それは被害を防げなかったことを悔やむ思いと、けれど事件はこれからが本番なのだという確かな予感からくるものだ。



 ――始まってしまった。



 彼女は忍び笑う悪魔憑きの気配を、どこからか感じた気がした。


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