203 罪深き司祭たち・上
「急遽集まってもらってすまない。しかし仕方のないことだとわかってくれ――当初の想定とは大きく状況が変わった」
堅苦しい口調でそう告げたプルーフは、自身が収集をかけた面子を見回す。彼らの顔には一様に理解の色が浮かんでいるようだった。
五宗教が本殿内にてあてがわれた居住エリアの一室。そこに自らと同じ立場の者たち――つまりは護衛を主とせずに、本来の職である『兇手』としてこのイベントに参集している五名を呼びつけた。ここに自分たちも含めた計七名が『グループ』の総勢となる。
七名はそれぞれが別の宗教組織に仕えている身だが、その組織同士が手を結んでいる今回に限って言えばここにいる面々も今だけは正式な仲間ということになる。中には過去に本気で殺し合ったことのあるメンバーもちらほらといるものの、以前の関係にはこだわらずにこうして一度ならず会合を重ね、その最中に任務開始日からはそういった機会を設けないことも決めていた……はずだが、初日にしてその決まりを破ってしまったことにプルーフとしても若干の申し訳なさを感じていた。いついかなるときも臨機応変を心がけるのが兇手というものだが、予定に沿うならそちらのほうが遥かにいいのは誰にとっても当たり前のことだ。
だからプルーフはまず軽い謝罪から口にしたのだが、所詮は形式的なものであって、彼らに対し本気で悪いことをしたなどとは思っていない。何故なら彼女にとってこの収集は、どうしてもそうせざるを得ない理由があるからこそからかけたものなのだ。
「言われんでもわかってらぁ。シリカ・エヴァンシスと、あのちっこい武闘王だろ?」
顎を覆う髭をさすりながら答えたのは筋骨たくましい男性、ドルドン。業界三番手の『至福会』という宗教団体に所属しているアムアシナムを縄張りにする兇手でもかなり古株の男である。
「これまで会議に参加してこなかったっつー娘っ子が、よりにもよって今回から参加することになった。そのせいかさっきのパーティーじゃ俺らが思う以上に天秤の羽根の野郎どもは警戒してやがったな。見たかよ? 壁にずらっと並ばされた連中のあの鬱陶しい顔をよ。そんで極めつけは――」
「『武闘王』が直々に教皇とその娘を守る護衛役についたと宣ったことじゃな」
ドルドンの言葉を引き継いだのは業界四番手『連座の民』所属の兇手、スナウ。御年七十七歳を迎える高齢者でありながら現役として活躍する、刃物が如き鋭い雰囲気を持つ老爺だ。
「突然あんなのが出てくるとはたまらんのう。見るからに普通ではない。あれが四六時中エヴァンシスの傍にいるとなれば計画実行の機が掴めんくなる」
「いえ、その点は憂慮に能わないでしょう」
とスナウに返事をしたのは業界五番手『光来の家』所属の兇手カーム。一見すると優男にしか見えない彼だが、その細身の体から飛び出す剣技は目を見張るものがあることをここにいるメンバーは知っている。
「むぅ? なんぞ、シリカ・エヴァンシスが無防備になる時間でもわかったのか?」
「そうではなく、武闘王に依存するのであれば私たちにとってはやりやすいということです。何故なら彼女は一人。仲間もたった三人。数百からなる警備隊員を一度に相手取るよりもよっぽど目標が達成しやすいとは思いませんか?」
「なるほどなぁ」
納得の声を漏らしたのは、業界六番手『外界一党団』所属の二人組の片割れであるモルビク。ターバンで頭を覆うプルーフよりも更に念入りに顔を布で隠した彼は、カームの言いたいことをいち早く察したらしい。
「俺たちのうち誰か一人でも、シリカ・エヴァンシスへ手が届けばそれでいいわけだからな。数で守られるよりも少数精鋭で固められたほうが『抜け』は容易い。そういうことだな?」
頷くカームに、モルビクの相方たるこちらも厳重に顔を隠したヒューリーが訊ねる。
「ってことは俺たちゃいざとなれば全員同時に仕掛ける必要があんのか? 『ナインズ』VS『罪深き司祭』って派手な対決になるわけか――ハハッ、面白れぇじゃねえか。こそこそ殺すよりよっぽど俺の好みだぜ」
罪深き司祭。
同盟を結んだ組織に因んで兇手同盟と銘打った直後、オルメッラからグループに相応しい呼び名を考えろと命じられたプルーフがどうにか捻りだしたのがこの名称であった。
真面目くさって呼称されるとプルーフはなんだか顔の中心から火照るような気恥ずかしさを覚えるのだが、この名づけに今のところ誰からも文句や疑問は出ていないので流すことにしている。
正面切っての殺し合いを想像して燃え滾っているのが声音からでも伝わるヒューリーに苦笑しながらカームは、
「武闘王のチームがいるとはいえシリカ・エヴァンシスの専属護衛くらいは常に控えているでしょうから、そちらにも注意は必要ですけれどね」
「いずれにせよ」とそこでプルーフは話を引き取った。「密命を果たす時が来たならば武闘王と一戦交えることは避けがたいだろう。天秤の羽根から仕掛けてくるか、もしくは司祭様の判断が覆るような何かが起こらない限りは私たちも動くことはしない……が、いざその時が訪れた場合に備えて割り振りを考える必要があるだろう」
「はん、俺たちを集めたのはそれが目的なのか。誰が武闘王ナインを引き受けるかを決めようって腹かい?」
軽口のように問うてくるドルドンにプルーフは「その通りだ」と首肯する。
「見越しの予定が変わったからにはそれに合わせてこちらの対応も変えねばならない。どう動くかを今一度話し合うためにこの臨時会合を開かせてもらった。一応は私がリーダーということになっているからな。だからこそお前たちも呼び出されるままにここへ来たのだろう?」
業界二番手『暁雲教』所属のプルーフとフランクは、つまるところこの会合の中でも最も上の地位についていると言ってもいい。宗教同盟はみな一律の立場ということになっているが表だろうと裏だろうと徹底された上下関係の意識はそう容易く払拭しきれるものではない。自然と暁雲教が組織間のリーダーになっているのと同じく、罪深き司祭というこの集いにおいても実質プルーフが先導を取っているようなものだった。
相棒のフランクがいつでもどこでも黙して語らずのスタンスを貫いている以上、この面子を率いることができるのはプルーフを置いて他にはいない――ただし、それに全員が否応もなく従っているかというと、そうでもなく。
「おー、ご立派ご立派。だがまあ、張り切んのはいいが空回って潰れねえようにな、お嬢ちゃん」
「心配ご無用。責任は感じているが重責というほどでもない――少なくともお前よりはこの任に相応しいと自負しているよ」
「へえ……言うじゃねえか、プルーフよぉ」
「よさんか」
にわかに剣呑な気配を立ち昇らせたドルドンに、それを受けても動じた様子のないプルーフ。
今にも兇手同士の丁々発止が引き起こされそうな場面で堂々割って入ったのはメンバー最高齢のスナウであった。
彼は呆れたような声音で二人へ口を挟んだ。
「内輪揉めなんぞしとる場合じゃなかろうが、バカもん。まったく、若いもんはとにかく血の気が多い……それが悪いとは言わんが、わしはとっとと役割とやらを決めてもらいたいんじゃがの」
――わしはどこでも誰とでも構わんぞ。
そう気負いなく言ったスナウには長年兇手として殺しの世界に生きてきた者の自信が溢れている。それはかくあるべしというプロの見習うべき姿勢であり、ドルドンも思うところがあったのか舌打ちをしながらも反骨を見せようとはせず、素直に殺気を引っ込めた。
プルーフは感謝の念を込めて老人に会釈し。
これでようやく、兇手集団『罪深き司祭』による秘密会合はその本題へと入れることとなった。
まったく暗殺向きじゃない人もいます