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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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202 ジャラザ&テレスティアの潜入・後

 儂の言葉を受けて、テレスティアは今日初めての笑みを見せた。


『ふ、そうだな。おみそれしたぞジャラザ殿。君の術は実に見事だ』


 天使像を無力化できたことにテレスティアは大層驚いている様子だったの。命を預ける決断をした以上、儂を侮っているなどということはなかったはずだが、なまじセキュリティの厳しさを知っているだけに儂の術だけで聖杯の間を目指せるかは一か八かの思いも強かったのだろうの。


 鼻を明かすというのもおかしな話だが、褒められて悪い気はせなんだ。

 そうだろうと頷きを返し、凝ったようにまだ動きのぎこちない体を互いに解し、万全の態勢でそれと向かい合った――『聖杯』。七聖具のひとつにして国の宝具を、探しに探したそれをついに儂は前にしたのだ。


『これがそうなのだな?』


『ああ。天秤の羽根内でも箝口令の施されたトップシークレット。それを私は今、他所から来たばかりの者に自ら明かしてしまっている……なんとも不思議な感覚だ。つい昨日まではこんなことをするなんて想像だにしていなかった……』


『想像できていたらそれは予知者と変わらんな。それより――これは明らかに変だぞ』


『変……だと? 何がだ? やはり悪魔憑きは聖杯に何か細工を?』


『細工の……その通りだがそれ以上とも言えるか。この聖杯はおそらく……』


 儂が思い返していたのはオイニー・ドレチドが見せた『聖剣』。

 あれもまた七聖具で、聖杯と同質の宝具だ。

 だからこそ儂はこの隠し部屋が存在することを突き止められたのだからな――しかし、そう考えるとどうしてもこの聖杯は変だということになる。


 石造りだが質素さは感じさせない台座の上に置かれた聖杯。確かにそれは、一見すると如何にもな代物だった。黄金の輝きに緻密な意匠、色こそ違えど聖剣のそれによく似た青い宝玉が埋め込まれ、これぞ七聖具といった見かけだったの。だが儂は唯一にして決定的な違和感を抱いていた――それは。



 その聖杯からはちらりとも七聖具らしい気配がしないことだ。



『どういうことだ……!? ジャラザ殿は聖杯の気配を辿ることで、正確な位置は掴めずともこの部屋があることを知ったのだろう――だというのに、いざ目の前にして聖杯から気配を感じないというのは奇妙が過ぎる!』


『いや、気配そのものはあるのだ。ただしそれは聖杯からではなく、この部屋、この空間に満ちている。ここには聖杯の力を解き放った、確かな残り香がある――儂の鼻が嗅ぎ取ったのはこの匂いだったのだ!』


 いくら悪魔憑きが聖杯を使用した折に何かしらの手段を講じたところで、解放済みであるはずの七聖具をこうも沈黙させられるというのはおかしなことだ。

 それこそ、七聖具本体がその力の残り香よりも希薄な気配になるというのはあり得ないだろう……故にそうと結論付けるしかなかった。


 儂はもはや遠慮もなく、聖杯を掴み上げた。その暴挙に一瞬、テレスティアは何か制止の言葉を投げかけようとしていたが、儂は視線だけでそれを止めた。


『悪魔は変化の魔法に長けていると聞く。人を誑かし、騙し、堕とす技の習得に余念がない――というよりも、元からそういう技が備わっているのだろうな。聖杯に封印された大悪魔は弱り切っているはずだが、腐っても悪魔。人を変生させる力が残っているのと同じで、これもまた――悪魔の手管だろうて!』



 叩きつける(・・・・・)

 床に勢いよく落下した聖杯は、本物であればこの程度では一欠けらの損傷だってしないはず――ところが。



『な……っ、せ、聖杯が……!』

『ふん、やはりな』


 聖杯は呆気なく砕け散った。

 張り子細工以上の脆さで粉々になったそれは、幻影のように消え去ってしまった……もはや事は明白という他ない。


『これはコピーの魔法で複製された真っ赤な偽物だ。よもや本物でない可能性など考慮に入れてないお主らが一月前このことに気付かなかったのも無理はない――ガワは非常によくできている。姿もそっくりなのだろう?』


『あ、ああ。私は以前にも聖杯を拝見する機会が何度かあったが、今の今までこれが偽物だとはまったく思い至らなかった……』


『だろうの。教皇やシリカがどれだけ魔力を注ごうと目覚めるはずがない。何せここにあったのは見てくれだけを取り繕った七聖具でもなんでもない、単なる模造品。本物はそのとき既に、悪魔憑きが持ち出したあとだったのだからな!』


 忍び込み、悪魔を解放し、それでいて聖杯は置いたまま――そのことに昨晩のテレスティアは疑問を覚えていたが、これである意味腑に落ちたことだろう。悪魔憑きはきっちりと、大悪魔だけでなく、聖杯までも回収して去っていたのだ。


 何もかもを奪い去っていった――。


『ぐ……私たちや十使徒、シリカ様はともかく、教皇様の目まで欺くとは……』

『覚醒者の兆しを見せるシリカにしか聖杯を使おうとしなかった、ということは……教皇とて過去にそれほど聖杯に触れた機会はないのではないか? 儂のような特に気配を読むすべに長ける者でなければ、この違和感には気付きにくかろう』


 当時この場にいた十四人が特別鈍いということはない。彼女らからしてみれば聖杯が別物にすげ変わっていることを疑うことがまずないのだから、エヴァンシス家の魔力に反応がなかったところで手順の不手際と思い込むことも――あるいはシリカ本人の素質の問題だと勘違うのも至極当然と言えた。


『その時に見抜けなかったのは確かに痛い。されど後悔ばかりしていても詮無き事だ。儂らは今を生きている。聖杯がとっくに持ち出されていることを知った今、ここから、儂らはどういった手に打ち出るべきであるか? まずはそれを考えねばならん』


『……君たちはどうするつもりだ?』


『まずはこのことを主様に報告する。といってもパーティーが終わってからのことだ、知らせるのは夜中になってしまうだろうが……お主は?』


『私は――教皇様にだけお伝えしようと思う。ここまで賊に這入られたことは確かなのだ。正体は朧げながらもその脅威は明らか。座談会コンクエストで六大宗教会を相手にせねばならないこの状況下で教皇様に更なる負担が圧し掛かることは私としても避けたい事態だったが、聖杯を使われただけでなく奪われまでしたのだとするならもはや黙ってなどいられない――指示を仰がねば』


『……うむ、もはや容疑云々と言って後手に回っている場合ではないな。教皇もシリカと同じく限りなく白に近い人物でることは間違いない――仔細伝えてくれ。悪魔憑きの存在も、儂らというその凶行を防ごうとしている味方・・がいることも』


『承った!』


 そこで儂らは再度『堕落毒』を使用して這いずるように通路を引き返した。


 行きはともかく帰りまで天使像が襲う仕様になっていることには驚かされたぞ。


 いったい悪魔憑きがどうやって天使像を無力化したのか、ますます気になるところだの。戻る際には悪魔を引きつれているうえに聖杯までも所持しているのだから、いくらでも手のうちようはあったのかもしれんが、侵入する段階ではそれらはなかったのだ――悪魔憑きは自身の技量で、魔力・合言葉・天使像という三重の壁を破ったことになる。えっちらおっちら重たい身体で書庫に戻る儂とテレスティアの苦労がなんとも馬鹿らしくなるが、推理にも手掛かりは必要だ。今の段階でこの謎は解けんことなど分かり切っておる……だからそれ以上考えることはやめて、速やかに退散することだけに専念した。


 書庫側、儂らが出てくる付近に人の気配がないことを確かめてから棚を開いて舞い戻った。

 すぐに閉めて、移動し、受付に挨拶をしてから出る。ただそれだけだ。

 不自然な挙動はなかった、はずだ。特に止められることもなかったしの。


 そこからは特段、語ることもないかの。まだ喧嘩をしているクータとクレイドールを諫めるふりをして合流し、今に至る。


 ああ、この二人は警備隊にこってりと絞られよったぞ。立場上テレスティアも説教に参加していたが、まあ周辺被害もなく、何より客人かつ座談会コンクエスト中は協力し合う同士だ。怒鳴り散らされるようなことはなかったが……何を自慢げな顔をしておるのだクータ。今度は物を壊さなかったのはいいが少々派手に動き回り過ぎていたぞ。クレイドール、それに付き合ってしまったお主もお主だ。あの警備隊員も本心ではどう思っていたことか……このただでさえ張り詰める時期に余計な仕事を増やされて参っておったであろうことは想像に難くない。策のためとはいえ悪いことをしたの。


 まあ、儂の話はこんなところだ。


 ――さて主様よ。


 聖杯という頼みの綱がとっくに切られてしまっていたことが発覚した今、儂らはどうやって悪魔憑きを見つけだそうかの?


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