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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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201 ジャラザ&テレスティアの潜入・前

途中からの地の文はジャラザ視点となります

 テレスティアも参加した昨日のナインズでの話し合いを思い返しながら、ナインはようやく迎賓館へと帰ってきた。執事に借り物である純白のローブを一旦返却し――『クリーン』の魔法をかけてもらってまた明日も着用するのだ――足早に寝室へと向かう。扉を開ければ、中にはテレスティアを除きメンバーが揃っている。彼女がこんな時間まで一緒にいられないのは承知していたことなので不在に驚くことはない。しかし、残りの三人……特にジャラザの難しい表情を見てナインには大方の察しがついた。


 状況は依然として悪い。


 そういうことなのだろう。


 それを聞かずとも理解し、ナインは「待たせた」と言って椅子に座った。

 座卓にはジャラザだけしかついていないが、今聞きたいのは彼女の話なので早速切り出す。


「さて、聖杯の間で何があったか……話してくれるか?」

「うむ」


 粛然と頷くジャラザは、ナインが歓迎会のために教皇らとともに会場へ出向いたその頃、自分とテレスティアがどうしていたかについてを語りだした。



◇◇◇



 知っての通り、主様を送り出してから儂らは慌ただしく動き出した。時間との勝負と言っていい計画だったからの。


 歓迎会に割かれる時間がどれほどのものかは例年ごとに差があるという。短時間で終わってしまうことも考慮に入れるからには、速やかに計画を実行する必要があったわけだ。とはいえ急いては事を仕損じるという言葉もあるように、焦り急ぐばかりではかえって失敗を招きかねん。


 慎重に、されど大胆に。求められているのはそれだった。


 別動隊のクータ、クレイドールとは書庫付近よりも前で別れ、儂たちは何食わぬ顔で申請書を持って書庫へ入った。利用手続きは申請だけでなく、書庫内のカウンターで印字をもらって初めて完了する。そこで二言三言のやり取りはあったのだが……とまれ、テレスティアの同行が活きたな。その職員は特に怪しむ素振りもなく利用時間の制限を告げて話を終えた。


 それから儂もテレスティアもなるべく自然な様子で書庫の奥へと足を運んだ。興味深い書物があるのは本当だったので儂も特段演ずることを意識しなくとも自然体に振る舞えたが、やはりあちこちに警備の者が立っているのは落ち着かんものがあったな。

 クータたちが上手くやれるかという不安にも悩まされておったしの……そんな顔をするな。お主たちを疑ったわけではないが、どうしても心配だったのだ。


 そろそろだろうか、と儂らが今か今かとタイミングを待っていると、すぐにその時はきた。伝達魔法で応援が入ったらしい警備隊員たちがやにわに書庫を出ていく。そこでテレスティアは普段のやつらしい態度で警備隊の一人を捕まえ『何があったのか』と訊ねた……本来ならここであやつも駆り出されるところであったろうが、今は賓客であり仕事仲間ともなった『ナインズ』の接待をしている場面だ。騒ぎ(・・)の鎮圧如きで手を煩わせることはその警備隊にとっても気が引けたのだろう。


 こちらの狙い通り彼は

『テレスティア殿はどうぞそのまま、ジャラザ様のご案内を』

 と言い残して他の者ともども去って行った。


 ……ん? 

 騒ぎとはどんなものだったか? 

 知っておろう、主様。


 それはクータとクレイドールの喧嘩・・だ。


 ちょっとしたことでの諍いが、闘錬演武大会優勝メンバーらしい血の気の多さで大喧嘩に発展した、という筋書きだな。……ああ、どんな争いをしたかが気になっているのか。そこは安心しろ、クータもクレイドールも火気厳禁の決まりは守った。あくまで殴り合いだけよ。しかしそこは両者の機動力を遺憾なく発揮した派手なもの。警備隊といっても数人程度では止められない。それこそテレスティアのような隊長職の実力者がいれば話は別だが、警備隊長と副隊長、それから残る二人の護衛隊長も五宗教を警戒せねばならぬと歓迎会に詰めているところだ。


 よってクータらの喧嘩を収めるには大勢の人員が必要になった……うむ、まったくもって狙い通りよな。


 というわけで人気の極端に減った書庫内で、儂らは目的の場所へ辿り着いた。『謙虚と正見』シリーズという紫帯の本がずらっと並んだ最奥の棚。そこでテレスティアは自身の魔力を棚へそそぎながら何事かをぼそぼそと呟いた――すると本棚が扉のように両側から開き、下りの通路が現れた。以前話し合った「地下空間」という案はどうやら的を射ていたらしい。


『なるほど、これが……。聖属性の魔力と、合言葉。聖杯の間へは二重の鍵がいるのだな』


『ああ。通路に入るだけでも悪魔憑きにとっては苦労があったはずだが……真の難関はこの先だ。私たちにとってもな』


 準備はいいかとテレスティアは訊ねてきた。

 落ち着いているようだったがその視線にはやはりどこか恐れがあるようだった。


 天使像のこともそうだが、おそらくは儂の策そのものへの恐怖もあったのだろう。


 その気持ちは儂とて理解できる。だから安心させるため、殊更に自信を見せてやった。


『なに、調合は完璧だとも。何も案ずることはない――儂を信じろ、必ずうまくいく』


 とりあえずは身を隠すように通路に入り、棚を閉ざした。自動的に壁の燭台へ火が灯り、中は明るくなる。奥のほうは薄暗いが行けば順に灯りがつくのだろう――しかし、儂らはすぐには入り口から動かずにそこへしゃがみ込んで先へ進むための支度をした。



『――水流邪道・堕落毒』



 テレスティアに語った言葉は出まかせなどではなく、自信は確かにあった。オルゴンで大人数を治療する際、清流の癒しだけではまるで追いつかなかった儂が苦肉の策で編み出した、毒を薄めることで薬に転用するという新術。その応用で毒の効力を肉体的な作用のみに生じさせることで、心臓の鼓動に脳波、果ては魔力や生命エネルギーといった『動くもの』にどうしても出る反応、体機能全てを極限まで緩やかにする隠密のための秘毒よ。


『か、体が……、お、もい……な』

『ぐ、ぅ……これは、中々、だの……く』


 肉体の反応が弱まるというのは即ち動きづらくなるということだ。

 血流も鈍り、呼吸も強制的に浅くなる。思考力も落ちる。

 しかしそうでなくては魔力感知の網を潜り抜けることなどできん。半死人――否、八割以上死んでいるよう状態でもなければ天使像は出し抜けない……這いずるように移動して、儂らは天使像の立ち並ぶ聖杯の間の前まで辿り着いた。


『ほん、とうに……行ける、のか……これ、で』


 あと一歩で感知網にかかるというところでテレスティアが最後の確認をしてきた。


 毒の効き目はともかく、天使像を騙せるかという点ではいけるともいけないとも答えられん。そんなものは儂とて実際にやってみなければわからんのだからな……しかしこの状態でゴーレムである天使像に――槍や剣を持った二メートル以上の像十六体だ――襲い掛かられたら一溜まりもないのはその通りだ。そのまま戦おうとしても反撃どころか抵抗すらもできずに縊り殺されることだろう。


『その、ときは……すぐ、毒を解除する……そうすれば……逃げる、ことくらいは、できるだろう……』


 たとえ体内に入った毒でも、その効力は儂の自在だ。あとから強めることこそできんが解除はいつでもできる。そうすれば先ほど飲んだ毒もただの水に早変わりし、たちどころに儂らは動きのキレを取り戻すことが可能となる。それでもタイムラグがある以上、天使像の容赦のなさ次第では大変危険なことに変わりはなかったが……そこで臆していてはここまで来た意味がない。


 儂らは意を決して奥へと進んだ――正直に言って、生きた心地はせんかったな。

 天使像は通る者を睥睨するように立っているのだ。

 弱った体にあの威圧感はきつかった、いや本当にきつかったぞ。


 すぐにも剣を振りかざしてこちらへ飛び掛かってくるのではないかと思えば、重い足も少しは早くなったのだからこれはいい焦りとも言えるかもしれんが――結果としては何事もなく儂らは聖杯の間へと入ることができた。


 テレスティアを見やれば、首肯が返ってきた。

 感知網の範囲は抜けたらしい。

 聖杯の間に入ってさえしまえばもう天使像の脅威に怯えずに済むというわけだ。


 そこで儂は堕落毒の効力を消し、仮死状態からテレスティアともども元へと戻った。


『ほれ、言った通りだ。案ずる必要などどこにもなかったろう? 儂にしくじりなどないのだ』


 儂はわざと尊大にそう言ってやった――ま、その言葉に強がりが含まれておらんかったと言えば、嘘になってしまうだろうがの。


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