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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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198 暗いパーティーと暗殺者たち

誤字報告助かっております!

 歓迎会と称されるその小パーティーは、お世辞にも賑やかな雰囲気とは言えなかった。開催地である天秤の羽根本殿の会場は豪華で、立食形式で出される食事も上等なものばかり。場に居る者たちもアムアシナムを実質牛耳る重役たちという、どこをとっても華やかにならないはずがないその会合で、けれども場は異様なまでに盛り上がらない。


 六大宗教会に属する組織は当然、上っ面を取り繕うことを忘れない。それぞれの宗教団を率いる彼ら長たちともなれば翌日に控えた座談会コンクエストの思惑など微塵も感じさせない品格ある笑みを携えてパーティーの場に立っている。話す内容も通例に従って明日からのことには一切触れず、世間話の範疇での歓談を繰り広げる。

 ……とはいえ、彼らが長年かけて磨き上げた社交トークですらもその重たい空気は払拭しきれないものがある――独特の緊張感に包まれているのはそのせいだ。


 こんなことになっている理由はやはり、彼らが今回敵に回そうとしているのがアムアシナム最大規模の大宗教、天秤の羽根であるからだろう。いつもは進行役として頼もしい――そう評すのはあくまで会議のときだけだ――天秤の羽根が、明日以降の三日間は打ち崩すべき敵となる。勿論それを選んだのは彼ら自身なのでその点に後悔はない。


 ないがしかし、どうしても警戒は強まる。ここは天秤の羽根のホームだ。こちらも通例であるが故に変更できなかったが、彼らとしては例えば暁雲教の本部などで会を開きたかったというのが本音だ。だがさすがにそんな提案が通るはずもないし、そもそもできもしない。


 宗教会では規則こそが絶対。


 それが六大宗教会という一種の不可侵条約が古くから今日まで継続してこられた秘訣なのである。


 習わし――否、しきたりにまで口を出すことは憚られた一同は、こうしていつも通りに天秤の羽根本部、その本殿にまでやってきた。今までにない激戦を予感した彼らは当然、身の守りのための『戦力』をつれてきている。それはあくまで自分たちの安全を確保するためのものではあるが、中にはもう少し突っ張った役目を背負わされている者もいた。


 プルーフ・レイスト。


 暁雲教の幹部たち、特に首領である最高司祭オルメッラの護衛という名目で付き従っている彼女はしかし、一番近くでその傍に控えてはいても他の数名の護衛たちとは少しばかり毛色の違う人種だった――殺し。彼女が得意とするのは守ることではなく殺すことだ。


 アムアシナムは実力と権力至上主義。力を持っているどうかで同じ人間同士であっても立場が天と地ほどに離れることになる。裏を返せばここでは、力さえあればどんな人間でも一定の地位に就くことができるということでもある。


 たとえばそう、プルーフのように殺しを生業としてきた暗殺者・・・――『兇手』であったとしても。


 天秤の羽根がアムアシナムで生まれ育った者(基本は信徒)の中から適性を見出して警備隊へ選抜するのとは異なり、そこまでの組織力を持たない他宗教は外部からの雇い入れが多い。親衛隊などの信の置ける者は組織からの出身が多いが、それ以外は派遣のようなものだ。そして宗教都市におけるナンバー2の位にある暁雲教はその気になれば全兵を組織内で育てることもできるはずだが、質を揃えるには長いスパンと莫大なコストがかかることからその選択をせず、他組織と同じやり方で求められる戦力ごとに勧誘をかける方針を取っている。


 外部からの戦力を仕入れるということは即ち、仄暗い過去を持つ者であっても区別されないということだ。

 いや、実績や実力の有無で判断される以上、戦力としては過去に血生臭い事件をいくつも経験しているほうが重宝されるだろう――そういう意味合いではプルーフはその典型的な例と言える。


 流れ流れて、アムアシナム。

 神への信仰など欠片も持たない自分がこんな場所で仕事をしているとはつくづく不思議だ……とプルーフは日頃からそう感じている。


(殺しの腕と、魔道具を所持していることくらいしか取り柄のない私。だからやれと命じられたことをやるだけ……それは百も承知で、行き場を見繕ってもらったことに感謝の念がないわけでもない。だけど、でも。()()()()()()()()()()()()()……!)


 ターバンで目元以外を隠したプルーフは、覆われている自らの額にイヤな汗が流れるのがわかった。


 彼女の眼前には、来賓たちと同じ場所まで降りて雑談に興じる天秤の羽根教皇シルリアと、その相手を務めるオルメッラの姿がある。シルリアのすぐ斜め後ろには控え目に立つ娘のシリカ・エヴァンシスもいる。だがプルーフが注視しているのはその誰でもない。彼女が見ているのは――見ずにいられないのは、教皇シルリアのすぐ横。自分と同じように頭首を守るように控えているその人物。


 十代目武闘王を名乗った少女、ナイン。


 それは髪も肌も服装も、何もかもが真っ白な少女だった。清浄の光を思わせるその無垢なる色彩の中で、唯一瞳だけが別の色を持っている。全体の白さがその美しい薄紅色を更に際立たせ、見目の麗しさと相まってまるでこの世の者ではないかのような印象まで受ける。


 教皇やその娘も美において都市では有名だが、少女はそれすら超えている。


 これだけでも十分なほどに異常なことなのだが、プルーフの着眼点はそこじゃない。彼女が見ているのはナインの強さである。大雑把にではあるが他者の力量を見抜くということにかけて自信のあるプルーフは、ナインを一目見た瞬間から鳥肌が収まらなかった。


 奇妙な感覚だった。

 味わったことのない気配としか言いようがない。

 強者だと断じることのできないそれは、けれど久しく味わっていない、夜の暗闇を恐れるような純粋な恐怖を思い出させるものであった。


 一定以上の強者はどうしてもその佇まいに闘気が漏れてしまうもの。どれだけ隠そうとしても同じ武芸者であればそれを看破することはさほど難しくない。読みに長けた者であれば尚更だ。

 だというのに、これだけ濃密な気配を放っておきながらナインはその本質をまるで掴ませないというわけの分からない存在であった。


(巧妙に隠蔽している……いや、している? していないのか、しているからこそこの気配……? くっそ、ぜんぜんわからん。まさかこれが武闘王ナインという者の素だとでも? 確かに先ほどの挨拶時、この子の言動はごく自然なものだった。今もそれは変わらない。けれど、この『読み取れなさ』はあまりにも不気味だ――得体が知れない)


 プルーフは混乱する。

 だがそれでも、ナインが敵方にいる現状が非常によろしくないものだということはわかる。


 動揺を抑えきれずちらりと横手を見る。そこにいるのはアムアシナム来訪前からコンビを組んでいる相方、フランク・クラン。


 名無しも同然にいくつもの偽名を使って活動していた彼女たちだ。現在名乗っているプルーフやフランクという名も暁雲教から名付けられたものである。判別さえできれば名前などなんでもいいと思っているプルーフではあるが、それでも相方にこの名称は似つかわしくないと判じざるをえない。


 自分と同じくナインの異様さには気付いているだろうに、ぴくりとも顔に変化を見せない彼女。極端に口数が少なくいつも能面のような表情を浮かべたこの少女にフランクさなど皆無だ。いやまあ、決して気さくではなくとも、彼女の飾らない態度は気取っていないことだけは確かで、言い換えれば率直フランクな性格と言えなくもないのかもしれないが……とそんなことはともかく。


 プルーフは思考を切り替える。


 フランクはこんな仕事を職種としながらも長年連れ添った相方である。言葉でのコミュニケーションは未だに捗らないが戦闘時などにおける相性は抜群で、出会った当初から既に息が合っていた。多くの時間をともに過ごした今ではもはや一心同体のようなコンビネーションまで可能となっている。


 そんな彼女の持つ技量と魔道具。そして自分。この組み合わせに対応できる者などそうはおらず、また不意を打つことも得意であることから今回の任務にもさほど気負わずさりとて気を抜きすぎず、程よいメンタリティで臨んだプルーフなのだが、ここにきて特大級の嫌な予感を覚えてしまう。


(私たちの役目はカウンターの矢。天秤の羽根が強硬手段に出てきた場合に手痛いしっぺ返しを食らわせろ……というのが最高司祭オルメッラの指示。彼の護衛は親衛隊に任せて私とフランクは別に動く。そして第一目標は教皇本人ではなくその娘、次期教皇のシリカ・エヴァンシス。……だったけど、天秤の羽根警備隊だけでなく、このナイン。そしてここには見えない、彼女の仲間である『ナインズ』のメンバーまでもが敵となるのなら、私たちだけでは厳しいものがある……)


 オルメッラに視線を向けつつも何を考えているのか相変わらず読めないフランクに頭を悩ませながら、プルーフは有事の際にどう動くべきかを脳内でシミュレートする――最も任務達成確立が高そうなルートはやはり『待つ』のではなく『こちらから仕掛ける』ことである。


 が、しかし。


 ただでさえ暁雲教を筆頭とした五宗教による連盟は有利な立場にいるのだ。それを自分たちから崩すようなことがあってはならないと口酸っぱく注意されている。確かに迎撃用の策を事前に打ち出すというのは本末転倒どころの話ではなく、やるやらないではなくそもそも検討すらしてはいけない案である。


(やはり待つしかないわけか……いま私たちにできることは、何もない。でもナインの加入に関してはあまりに大きい変化。歓迎会が終わり次第、全員に(・・・)集合をかけないといけないか)


 何はともあれ今あれこれ悩むことよりも、この後の話し合いを予定すべきであろう――と考えるまでもなくそれを理解していたからこそフランクはこうも動じていないのだろうか?


 どこまで思慮が及んでいるのか判然としない相方と並び立ちながら、プルーフは退屈なパーティーが少しでも早く終わってくれることを切に願っていた。

 ここにはあまり長居したくない。


楽しそうなパーティーだなぁ

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