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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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197 模擬戦終了

 当たっていない(・・・・・・・)


 アルドーニはそう思った。


 いや、確かに石突は少女へ強かに突き刺さった。

 それも顔面、鼻っ柱という急所へ深々と。


 その手応えまでは否定しない――この腕には彼女を突き飛ばした感触が大戦斧の持ち手を通して伝わってきている。


 しかしそれでも、アルドーニは『当たった』のだとは思えなかった。彼にとって攻撃とはただ当たればいいというものではなく、有効打が入ってこそ初めて『命中した』と言えるのだ。


 そんな彼の矜持から言えば、今の攻撃は不発にも等しい。吹き飛ばされた少女は一見すると深刻なダメージを負ったように周囲の目には映ったことだろうが、それが間違いであることをアルドーニだけは察している――小さな山岳。矛盾するようだがナインという少女へ抱いた、突きの感触から受け取った印象がそれだ。


 体重は軽い。だが異様に堅い(・・・・・)

 体躯は細い。だが詰まっている(・・・・・・)


 少女のその小さな体に途轍もない力が結集していることをアルドーニは突いた瞬間、内心の驚きとともに悟ることとなった。彼の驚愕に反することなく、アルドーニの視線の先で吹き飛んでいくナインは空中でくるりと回ってみせた。頭部を重心に置くような縦の後方回転で姿勢を正した少女は、そのまま両の足で着地をする。淀みのない動作からはダメージのダの字も感じられない。


 アルドーニの本気の一撃を受けたからにはもはや決着だろう。そんな風に思い込んでいた幹部や警備隊のいる闘技場はにわかに騒然となった――けれど騒めく衆目になど目もくれず、アルドーニは落ち着いている。落ち着いて観察をする。


 ナインを見る。その顔に傷はない。怪我を負っての出血どころか鼻血すら垂れていないのだから自分の注いだ一意専心の威力はどこへ消えたのかと疑問に思う……が、それに気を取られている場合ではない。



 目の前の少女は異常だ。



 彼女には油断があった。それは向かい合ったときの呑気な面構えからしても明らかだった――少女はこちらを下に見ていた。敵とすら認識していなかった。武闘王という武の頂点とも称される称号を持つ者とは到底思えないその姿に苛立ちを覚えずにはいられなかったが、それならそれでよし。油断させたまま一撃のもとに勝負を決めてやろうとアルドーニは初撃から惜しむことなく全力を放ったのだ。


 だが少女に油断はあっても、慢心はなかった。


 素手の一打で武器を破壊したことも、何より無防備に打突を顔面に受けてまったくこたえた様子のないことも。これだけの異常性を示されたならばアルドーニとて認めざるを得ない――慢心でもなんでもなく、少女にはこちらを舐めてかかることが許されるだけの『強さ』があるのだと。


 それは長い年月をかけて鍛え上げた自分の持つ強さとは種類の違うものである。彼女は彼女であるからこそ強く、存在としての強者がこの武闘王なのだと――アルドーニは自省とともに納得を抱く。


 ――舐めていたのはこちらだったか。


 武闘王を相手取った経験などないが、戦うのであれば負ける気なんて微塵もなかった。天秤の羽根警備隊隊長の任を預かるアルドーニには厳しい鍛錬と精神修行に裏打ちされた確かな自負、そして誇りを持っている。

 故に教皇が『ナインズ』を頼りにするような決定を下したことに忠臣としての在り方を崩してまで異を唱えた彼だったが……この二合で教皇の判断に間違いはなかったのだと確信した。


 ナインと、その仲間たちが味方となってくれのであれば、この上なく頼りになる戦力となるだろう。

 ただし。

 それはナイン一行が正しき心を持つ者たちであればの話であって、万が一にも悪徳の心を持つ悪しき者たちであるのならば。


 とりもなおさずそれは制御不能の爆弾を身に抱え込むことと同じである。


「ふうー……」


 呼気を整え、腰を落として構える。待ちの姿勢はアルドーニの最も得意とする戦い方である。

 これならば通用する、などという慢心・・はもうしない。

 通用させるのだ、なんとしてでも。



 ――見極めねばならない。この戦いを通して、ナインという怪物的な少女の本質を……!



 小さくも強大な対戦相手から目を離すことなく、堂に入った構えで待ちに徹する彼に、少女が口を開く。


「悪かった」

「……?」

「あんたのこと侮ってたよ。あんたがどんな思いでここに立っているのか、今の一発が伝えてくれた。俺は相当に失礼なことをしちまってたらしい――だから」


 どん、と。

 地を踏みしめるようにナインも構えを取った。


「俺も俺をあんたに伝えるよ」

「!」

「こっからは、本気でやる」


 白く清らかな髪が奇怪に蠢きだす。

 美しい薄紅の瞳が深紅に色を深め、妖しく光る。

 それと同時に全身から発される重圧プレッシャー


 ――武闘王の本気か!


 雰囲気を一変させたナインに、アルドーニが恐怖とも歓喜とも似通っているようで決定的に違う、戦士特有の感情を抱いた瞬間に――少女が消えた。


 観戦している者たちからはナインがふっと消失しように見えた――それは彼女の速度が一般人とは桁違いの速さであるせいだ。その脅威的なスピードに足で追いつこうとしてもアルドーニには一生かかっても不可能。

 ――けれど打ち合いの一瞬であれば、彼は怪物少女にも劣らぬ速さと鋭さを発揮できる。


「はあっ!!」


 身体で追いつけずとも目では追えていた。そして打ち込むその刹那を見極めることも。

 交錯する少女の腕と長柄。射程リーチは言わずもがな長柄が勝り、速度で上回ったナインよりも先に攻撃を届かせることに成功する。


 ごがっ!!


 人の、それも年端もいかない少女の額と金属製の柄とがぶつかり合ったとは思えない鈍く重い音を立てて――それでも彼女は一切怯まなかった。


「くっ!」

「まだまだぁ……!」


 殴られながらも進む。

 むしろ突き込まれた長柄を体で叩き折るような勢いで、なお前へと。

 無理やり拳の射程内へ――。


 必死に柄を握る腕に力を込めるアルドーニだが、しかしどれだけ全身の筋力を振り絞っても少女の進軍を止めること能わず……ついにはバギッと柄が半ばから砕け折れた。


「――はあっ!!」


 その瞬間、アルドーニは短くなった柄を棒術の要領で振るった。彼と比べれば極端に背の低いナインではあるが、掬い上げられるように下から振り上げられた棒の端で顎をしたたかに打ち据えられてしまう。痛烈な衝撃とともに少女の面が跳ね上がり――けれどその口元には不敵な笑みが浮かんでいる。それを見たアルドーニは己が失態に気付く。


 ――しまった。

 せめてナインの手が届かない距離を保つべきところを、焦るばかりに攻撃を優先してしまっ――


「おっらあ!」

「――ぐうっ!」


 急所への強打もなんのと言わんばかりに剛力を拳の形に固めて打ち出してくるナイン。すぐに回避は間に合わないと判断したアルドーニは当初の長さの半分以下にまで縮んだ柄で、その拳撃を受け止めることを選択した。


 結果は言うまでもなく――またしてもぽっきりと柄が折れ、なおかつ拳は止まらず。


 腹部に筆舌に尽くしがたい衝撃を受けて、今度は彼のほうが吹っ飛ばされる。


 だが。


「……すげえな。今ので決めるつもりだったんだが」


 ナインの感心の声。彼女の見つめる先では、倒れることなく持ち堪えたアルドーニの姿があった。



「はあっ――はあっ――……っくぅ、」



 息も絶え絶え。ただの一撃で彼は見るからに限界を迎えている――が、それでもアルドーニはここで沈むことを自分に許さなかった。


 まだやれる――まだまだ戦える。


 いかに規格外な者が相手だとしても、簡単に敗北してしまうことなど自分にあってはならないのだ。

 警備隊長として、そして一人の戦士アルドーニとして……。


(この程度では倒れん……! 勝負は、ここからだ……!)


「アルドーニさん、だったよな」


「! ……ああ、そうだ。俺の名は、アルドーニと、いう……」


 苦しげだがなんとか返事をする彼に、少女は微笑みかける。


「同じだな。あの大会に出ていたみんなと、あなたは同じだ。強さを持つ人にあるあの輝きを、俺はあなたにも見た。羨ましい(・・・・)。羨むような立場じゃないってことは、わかってんだけど……まあ、未熟な俺なりのせめてってことで」


 いつかにもやったクラウチングスタートの姿勢を取るナイン。


 それはあからさまなまでに、ただ前へ進むことだけを相手へ見せつけるもの。


「次の一撃は、あなたには絶対に防げない。この腕試し、これで決着とさせてもらおう」


「――かかって、こい……!」


「惚れたぜ」



 ひゅ、と。

 今度こそナインは消失する。

 真実その場に居合わせる誰の目にも映らなくなったナインは圧倒的な速度で格闘場の端から端へと駆け抜けて――。



「かっ……、」

(ま、まったく反応ができなかった……ちらりとも見えすらしないとは――!)

「実に……実に、見事だ……!」


 対戦者を称える声を呻くように残しながら両膝を突き、ゆっくりと倒れ伏すアルドーニ。その背後にはいつの間にやら仁王立ちするナインの姿がある。


「な、なんだ。何が起こった?」

「武闘王が消えたかと思えば、アルドーニがやられている……!?」

「……何があったかなど、見ての通りでしょう。決着です。隊長が敗北したのですよ」

「な……」


 幹部とその横に並ぶ副隊長のやり取りに注目が集まる中、ナインは教皇だけを見つめていた。観覧場から見下ろす彼女の視線はやはり揺らがず、温度を感じさせないものである。

 武闘王として雇うに相応しいだけの力は示したつもりだ。その結果彼女を守る盾の一人を下してしまったのだが、そういった諸々にも教皇は一切の反応を見せずに――


「お見事でしたわナイン様。これにて試合は決着といたします。アルドーニを医務室へ運びなさい」


 ナインへの称賛、幕引き、そして指示。

 まるで予定調和のように物事を進める彼女に、ナインはこの展開がどこまで教皇の望み通りのものであるかが少しばかり気がかりであった。


 彼女がすべてを意のままにしていると言うのであれば、それは戦闘における強者とは違った意味で手強い相手となる。


(シルリアさんのお眼鏡にかなったのは素直に幸運だったけど――俺は彼女を出し抜くこともしなけりゃならない。隠された聖杯を見つけださないことには、悪魔憑きも探せないんだからな)


 ジャラザがせめて聖杯らしき気配を探り当てていることに心底感謝を捧げつつ、ナインは仲間たちと合流するために格闘場を後にした。


いつかにもやった(200話近く前)

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