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また名前間違いをしてしまった……!
お知らせありがとうございます
ナインズが天秤の羽根を訪れて六日目の朝。
用意された朝食を食べ終えてまた本殿に足を運ぼうとした彼女たちは迎賓館を訪ねたテレスティアに捕まった。そのまま彼女とともに本殿へ向かうことになり、ナインズは自由な行動が取れなくなってしまう。
テレスティアが善意の元に「私が直接案内しよう」と言ってくれたのは感謝すべきことなのだろうが、案内なら大雑把にではあるが一度受けているし、そもそも自分たちだけでも所狭しと本殿中を歩き回ったあとである。
それを知らないテレスティアではないだろうに、いったいどういうつもりでいるのかとナインは内心に疑問符を浮かべる。
「テレスティアさんって、お忙しいんじゃ……? シリカの護衛ってことは、常に彼女について回るんですよね?」
「本音を言えばそうしたいところだが、シリカ様にもプライベートな時間というものはある。四六時中私がお傍に居ては心が休まらんだろう。今回は私にとっても空き時間となったから、ぜひナイン殿たちと交流がしたいと思ってな」
シリカの友人となったナインズは天秤の羽根の客としてだけでなく、テレスティアにとっても重要人物となったのだ。前々から同じ年ごろの友達を欲しがっていたシリカをテレスティアはずっと間近で見てきている。その念願が叶ったのだから、彼女としてもナインズとはただの知人以上の親密な間柄になりたいと考えていた。
「ひょっとして、クレイドールとのことをまだ気にしてます?」
「そうなのですか? 私としては新武装も試せたので、あの戦闘は有意義なものだったと思っていますが」
「有意義……だったかどうかはともかく、気にしていないと言えば嘘になるな。あれは紛れもなく私の不手際だったのだから。しかしだ、ナイン殿。何も私はクレイドール殿への贖罪ばかりでこんなことをしているわけではないぞ。シリカ様の友人となれば、私にとって特別なもの。縁故を深めたいというのは間違いなく真実の願いだよ」
「とんだシリカ馬鹿だの」
「ふ、私にとっては誉め言葉だ」
「ジャラザは本当にほめてるんだよー。テレスティアは私たちと一緒だから!」
「一緒……?」
足を止めたテレスティアが不思議そうにすれば、
「これを見ればお主も分かるだろう」
ぱっとナインを中心とした陣形を組むナインズ。テレスティアは護衛職としての経験上、その陣が攻勢ではなく守勢、それもナインを守るためのものであることを見て取った。彼女たちの立ち姿は堂に入っている。その素早い意思疎通も含めて、これは常日頃からただ一人を守護することを考えていなければできない動きだ。
急になんでもない場所でフォーメーションの中心にされたナインは若干頬を赤くしてるが、それに気付かずテレスティアは深く納得したように頷いた。
「なるほど、そういうことか……薄々察してはいたがやはり、君たちはチームメンバーというだけでなく、主従関係にあるんだな」
自分とシリカとの関係に照らし合わせて親近感を覚えるテレスティアへ、ジャラザは「ただの主従関係ではないぞ」と返した。
「む、それはどういう意味だ?」
「クータたちはペットだよ!」
「そうだとも、主様の愛玩動物だの」
「ノン、二人は別として私はメイドです」
「う、うん?」
「あー、気にしないでください。こいつらちょっとおかしいんです」
困惑するしかないテレスティアへ助け舟を出したナインはするりと陣形を抜けて、二重の意味で先へ進むことを促す。
「それで、今日は何を見せてくれるんです?」
「そうだな……まずは信徒それぞれの職場を見せよう。使用人室くらいは見たかな?」
「はい、そこは初日に」
「護衛隊舎や大厨房はどうだろう」
「場所だけは教えてもらいましたね」
「そうか、ではそちらから行こう。今日はあらゆる場所を見せるつもりでいるんだ。許可もきちんと取ってあるぞ」
専門職に与えられたエリアというものはナインたちであっても入りづらい――そんなところをうろちょろしていては目立つなどというものでは済まされないからだ。大まかに天秤の羽根施設内を紹介された初日に場所だけは説明されたが、結局はその後もそちらへは出入りしなかった。というのも、流石にキッチンや隊員の詰め所に悪魔憑きが潜んでいることは考えられなかったからである。
だがしかし、六日目にもなって手掛かりひとつ得られていない現状、そう決めつけていた固定観念を取り払って捜索に当たるべき時が来ているのかもしれない。ジャラザが七聖具の気配というものを記憶している今、探索箇所から省いていたエリアを堂々と見て回れることはナインズにとって絶好の機会と言える。
「ありがとうございます、テレスティアさん」
「いやなに、そう畏まらないでくれ。私もまた友人のように扱ってくれたら幸いだ」
歳が離れているのでそれは難しい――などと言ったら傷付けてしまいそうなのでナインはただ頷くだけに留めた。
優しさというよりは賢さからの判断である。
◇◇◇
信徒の中でも天秤の羽根内で業務する職人たちが集う場所というのは、本殿とはまた毛色の違った雰囲気があった。どこもかしこも白く、言うなれば病院的清潔さを思わせる本殿と違って、厨房には厨房の、隊舎には隊舎の、工芸場や温室にもそれぞれの特徴というものに満ちていて、ナインは職場体験をしているような気分になった。
また本殿内でも、今までは気付かなかったエリアごとに散見されるマークの変化や室内灯の形の微妙な違いなど隠れミッ〇ー的な新たな発見がいくつもあった。確かにこれは、本殿に詳しい者から直接説明を受けないと意識することすらないだろう。
最初は壺やティーカップを壊してしまった自分たちを体よく監視しようとしているのではとテレスティアを疑いかけていたナインだが、どうやらそうではないらしいと気付いてからは存外楽しく見学を行うことができた。
――ただし。
日がな一日案内を受けて、夜には仕事があるというテレスティアと夕刻、迎賓館前で別れようというときには調査に進展がなかったことに冷や汗を流さずにはいられなかった……しかも彼女は去り際にこう言い残したのだ。
「シリカ様もそろそろ礼拝堂からお戻りになるだろう。迎えに行くつもりなので、私はここで。明日も十二時からは時間が取れるから、良ければ昼食を取らずに待っていてくれないか。一緒に食べよう」
ということはおそらく明日も彼女手ずからに天秤の羽根の案内をするつもりでいるらしい、とナインは悟る。そして人のいい彼女は他人からの厚意を拒絶できない――粛々と頷き、礼を述べて去って行くテレスティアの背中を見送った。
「どうするつもりだ、主様。明日も調査が潰れるぞ」
「ここは勇気を持って断るべきだったのでは?」
「う……お、お前たちから言ってくれれば……」
「リーダーの主様を差し置いて儂らの口から拒否することなど出来るはずもなかろう」
「だよな……はあ」
人がいいと言えば聞こえはいいが、つくづく流されやすい自分にナインは落ち込む。
これはどうにも変えられない性分であるらしい。
「ご主人様を悪く言わないで! テレスティアと仲良くなれたのは、ご主人様がご主人様だったからでしょ?」
「主様の人柄あってのものだとは儂らとて理解しておる。しかしだな、テレスティアが先ほど座談会についてどう言っていたか思い出してみろ」
「うにゅ?」
「うにゅ? ではなく。まさかもう忘れたのか鳥頭め」
「クータ鳥だもん」
「何がだもんだ、開き直るでない。だいたい日頃から言っておるがお主という奴は――」
埒の明かない問答が始まりかけているのを察し、遮るようにクレイドールが代わりとしてジャラザの問いに答えた。
「彼女の発言の該当箇所を復唱します。『座談会が開かれるのは三日後に決定した。その前日には六大宗教会の顔ぶれが天秤の羽根に揃うだろう』……以上です」
とうとう座談会が目と鼻の先まで近づいてきている。悪魔憑きが何らかの事件を起こすことが見こされるその時までに、少しでも怪しい人物をリストアップしておきたかったナインズだが、それらしい者はまだ一人も見つけられていない。
控えめに言ってもかなりの大ピンチである。
「もう開かれるのかよって衝撃を受けたぜ……でも考えてみたらシルリアさんが六大宗教会に返事してから六日ぐらい経っているんだよな。俺たちがのんびりし過ぎたのが悪いな、これは」
「そうだ。故に儂は明日までテレスティアと行動を共にしてはいよいよ致命的になると言っておるのだ。奴も武芸者としてはかなりのもの。その背後から気配を探るような真似は出来ん――実際に今日はそんな隙などなかったしの」
「うーん……それじゃあ明朝、早いうちに本殿を探ってみるか。テレスティアさんは午後からしかこっちに来ないはずだから、それまでは俺たちだけで探索する時間はあるだろ。どうだ?」
「そうしよう! クータは早起きもへっちゃらだよ!」
「私も構いません」
「とはいっても期待はジャラザが一身に背負うわけだが……いけるか?」
「任せろ。本殿は広いが、護衛隊らの目にさえ気を付ければどうにか大体を調べ終えることは可能だろう」
「私たちは調査を手伝うよりもジャラザの作業を隠すほうが効率的かと」
「確かにそうだな。よし、明日はそれでいこう」
とチームらしく相談し合って予定を定めたナインズだが、案の定というべきかなかなか起きないクータを叩き起こすことから始まり、早くに目が覚めたというシリカとエンカウントしたことや、クレイドールが初日ぶりに迎賓館のメイドたちから誘われたこともあって翌日は非常に大慌てのスタートを切った――あまりにも幸先が悪いのでこれは見つけられそうもないな、となんとなく進展を諦めかけていたナインの耳に、こそりとしたジャラザのひそひそ声。
「喜べ、とうとう感じたぞ主様よ……七聖具の気配だ」




