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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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188 友達への頼み事でも気が引けることはある

「え? シリカって、もう迎賓館こっちに移ってくるんですか?」


 朝食の席でミネラルポタージュを啜っていたナインは、驚きとともに顔を上げた。彼女があまりにも美味しそうにスープを飲むものだから、タイミング悪く食事中に部屋を訪ねてしまったテレスティア・ロールシャーはますます居心地を悪そうにする。


「やはり、話は食べ終わってからのほうがいいのでは。また時間を見計らって訪問するとしよう」


 朝から骨付き鶏を両手に持って頬張るクータ、何やら指先から分泌した液体を料理にかけて試食しているジャラザ、ナインが口にする物すべての成分分析を行なっているクレイドール。


 果たして彼女たちが何をしているのかは、ナインズの一員でないテレスティアにとって計り知れないことであり、純粋な謎――というより意味不明な行動と言うべきか――に他ならないが、とにかく異様であることだけはこの朝食の風景を一瞥するだけでも伝わってくる。


 そんな少女たちをちらりと見たナインは、テレスティアに視線を戻して静かに首を振った。


「遠慮しないでいいですよ」

「遠慮というか、気後れしているんだ」

「気後れもしないでください」

「ナイン殿はなかなか無茶を言う」


 困ったような顔を見せるテレスティアにナインは苦笑を禁じ得ない。彼女の言い分はチームのリーダーであるナインにとってもよく理解できるものだからだ。


「これが俺たちの平常運転なんで、慣れてくださいとしか言えないんです。まあこいつらのことは気にせず、シリカの話をしましょうよ」


 こんなことで訪問し直させては、何かと忙しいであろうテレスティアに悪い。そういったナインの気遣い自体はきちんと相手にも届いているようで、テレスティアは他三名の少女は意識外へと飛ばしてナインだけに目を向けた。


「そうとも、シリカ様は今日中に本殿を出ることになった」


「それ、ちょっと早くないですか? 確か座談会コンクエストの前日かそのまた前日ぐらいに、って話だったと思いますけど」


 昨日シリカ本人から聞かされた話の内容を思い返しながら首を傾げるナインに、テレスティアは肯定を返した。


「従来通りならその予定だった。しかし今回は座談会コンクエストの開催がいつもより早まりそうなことと、シリカ様の希望もあって早期に移されることが決定した」


「シリカの希望?」


「友人を得られたことで、シリカ様は大層お喜びになっておいでだからな。きっとナイン殿と同じ場所で寝泊まりがしたいという気持ちの表れなのではないだろうか」


「なーる……」


 友達になろうという提案に頷いたときのシリカの笑顔を思い浮かべながらナインは納得する。

 確かに彼女はただ友人が増えただけにしては過剰なまでに喜んでいた――それもそうだろう。新たに一人知己を得た、というだけでなくナインこそがシリカにとって初めての『友達』なのだ。

 その友達と少しでも早く、少しでも近くに居たいと思うのは当然の心理かもしれない。


 ナインとしてもそのことは全然かまわない。次期教皇という立場上、テレスティア以上に忙しいはずのシリカなので一緒に遊ぶようなことは無理かもしれないが、それでも合間合間の時間にちょっとしたお喋りくらいならばでき……たらいいな、とは思っている。


「俺もシリカと話せるのは嬉しいですね。でも、座談会コンクエストの開催が早まったっていうのはどういう事情なんですか?」


「昨日も話したが、六大宗教会というのは原則、どの組織も平等な立場。ふたつの組織が声を揃えて発令すれば残りの四宗教もそれに従わざるを得ない……四宗教側も声を揃えて拒絶すればその限りではないがな」


 だが此度の座談会コンクエストにはその例外も認められない、とテレスティアは苦々しい表情で言った。

 その理由に関しては、ナインも既に存じている。


「今回で言えば、声を揃えたのは天秤の羽根以外の五宗教。シルリアさんには轡を並べる仲間が欠けている……そうでしたよね?」


「その通りだよ、ナイン殿。現在、天秤の羽根の立場は非常に弱いものとなっている。座談会コンクエスト開催に関しても、『暁雲教』を筆頭に五宗教がそう急かしてきたからだ。私たちにはそれを断るだけの力もない」


「なるほど、それはまた厳しいものがありますね」


「ああ。だからこそ座談会コンクエストで五宗教の目論見を打ち砕き、この窮状を一変させねばならない」


 鬼気迫るとはまさにこのこと、といった風情で拳を握りしめるテレスティアに気圧されながらも、ナインは疑問を口にした。


「そうするしかないってのは俺にも判りましたけど、でもこの状態で五宗教と向かい合って勝算はあるんでしょうか。五対一って、ただの喧嘩ならともかく弁論だと不利なんてものじゃないですよ」


「……私程度には及びもつかないようなことだが。きっとシルリア様には秘策がおありなのだ。考えなくして動くような御方ではないからな」


「ふうん……確かにシルリアさんには、どんな困難でも堂々と迎え撃って、そのうえであっさりと勝ってしまいそうだと思わされる雰囲気がありますけど……」


 ナインはしばし考え込む。

 座談会コンクエストについては彼女としても大いに気になるところだ。

 何故なら彼女が追っている悪魔憑き。そいつの目的こそがこの座談会コンクエストであることはほぼ確実と推理しているからだ。

 そう推理したのはオイニーであってナインではないのだが、現在犯人を捜索しているのは彼女なのでそちらは大した問題ではない。ないったらない。


(すげえ気にはなる、けど……さすがに宗教会議の場に俺が混ざるなんてのはあり得ないよな。どうやったってそんなの不可能だ。座談会コンクエストに首を突っ込むような真似は俺なんかにはできそうにない――だとするなら精々、会議中に嗅ぎまわるくらいのことはするべきか。そうでないと悪魔憑きへ自由な動きを許すことになりかねない。……やっぱ、可能な限り座談会コンクエストまでに探れることは探っておきたいな)


 となれば、頼りになるのはやはりシリカである。昨日の今日で早速彼女の立場を利用しようというのは気が引けるなんてものではないが、必要に駆られているのだから良心くんには目を瞑ってもらうほかない。ここでナインが自粛してしまえば天秤の羽根という組織、次期教皇たるシリカにもっと甚大な被害が及ぶことも考えられるのだから。


「シリカは何時ごろこっちに?」

「昼過ぎになるだろうか」

「それってお昼は済ませてからですかね」

「いや、シリカ様は昼食の時間を遅らせると仰っていた」

「あ、テレスティアさんが報告に来たのって……」

「明察だな。そう、私は言伝を預かってきたのだ。是非ともナイン殿の食事に同席させてほしい、とな。不躾な頼みで申し訳ないがナイン殿、今日の昼食は――」

「オッケーです。シリカが来るのを待ちますよ。少しくらい昼飯が遅れたって平気ですから」

「ありがたい」


 頭を下げて感謝を示すテレスティアに、ナインは「大げさですよ」と笑った。実際、食事をちょっと遅くしたくらいでナインはなんともない。

 本来彼女は一切食物を口にしなくても生きていける身体なのだ。

 気になるとすればクータの腹の虫くらいだが、今たくさん食べさせておけば昼になってぐずるようなこともないだろう。


(さっそくシリカと話せる時間が貰えるとは……願ったり叶ったりってやつだな。つくづく運がいい。シリカは俺たちにとって幸運の女神そのものだぜ)




 その日の昼過ぎ、正確に言えば午後二時頃になってシリカとともに食事を取ったナインは、彼女の要望である『外の世界の話』を聞かせた。シリカはアムアシナムを出たことがなく、この街だけが彼女にとって世界すべてであると寂しげに述べた。少女のそんな言葉に心を打たれたナインはなるべく盛り上げようと努力しながらこれまでの冒険譚を語りに語った。森や荒野にいるモンスター。街中に潜む人外。自然そのもののような生きた脅威。武闘大会で目にした戦士たちの技――ナインの話すすべてにシリカは時に興味深く、時にころころと笑いながら楽しい時間を過ごしていた。


 そんな中で、ナインは頃合いを見計らってシリカへとあるお願いをした。

 彼女は少しばかりの戸惑いを見せたが、おずおずとそれに了承する。


「わかった、どうにかしてみせるわ。任せてちょうだい」

「ありがとうシリカ。この礼は必ずするよ」

「お礼なんていいのよ、ナイン。だって私たち……『友達』ですもの。ね?」

「ああ、そうだな。俺たちは友達だ」


 だからこそ礼は欠かせないのだ――天秤の羽根内部に高確率で潜んでいる、悪魔憑き。彼の者を見つけだすことで、シリカの恩に報いるとしよう。

 ナインはそう決めた。


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