187 座談会準備:裏の裏
最新話までの誤字報告本当にありがとうございました
アムアシナムのどこか、とある『悪魔憑き』と『悪魔』の会話――
「ありがとう悪魔さん。概ね想定通りに物事が進んでいるわ」
「そう? ならよかったよ、手伝ったかいがあったってなもんでね。もしこれで全然上手くいってないなんてクレームを付けられちゃあボクの沽券に関わるしね」
「悪魔さんにも沽券なんてものがあるの?」
「そりゃあ、悪魔は契約を違えないからね。嘘や騙りを好んで契約主を破滅させるのが生きがいって奴も多いけど、ボクくらいにもなるとそんなありきたりなことじゃあ楽しめないんだなあ。たった一人だけを貶めたってカタルシスが足りないよ。圧倒的不足だよ」
「じゃあ悪魔さんはどうするつもり? 今もこうして私の願いを聞き届けてくれているあなたは、最終的に何を望んでいるのか……私をどうしたいのか、聞かせてほしいわ」
「勿論、教えるとも――だってボクたちは一心同体も同然なんだから。大切な相棒に秘密なんて持つはずないよね? ボクは願いの大きな奴が好きなんだ。お金欲しいー、だとか、家族の安全をー、だとか……そういうせせこましい願いなら自分で叶えろよって話だからね。何か大きな物をぶっ壊そうっていうくらい、大それた願望を胸の中にじゅくじゅくと温め続けてるような奴がいい。そういう奴こそボクが手を貸す価値がある……そう、君みたいな奴のことさ」
「ふうん、面白い。悪魔さんの趣味ってことね? 他の悪魔を知らないからなんとも言えないけれど。でも、ちょっと意外ね」
「うん? 何が意外って?」
「大戦時代にあなたは多くの人を助けた。終戦後には多くの社会を乱した――そしてこの時代に、あなたは私という存在の影になった。とても一貫しているとは思えない行動じゃない? どんな人間を好むのかは分かったけれど、あなたの歴史は支離滅裂よ。少なくとも私にはそう見える。いったいどれが本当の悪魔さんなの?」
「どれといっても支離滅裂なのが悪魔のポピュラーでもあるからねえ……なーんて。そんなの中級以下の雑魚の話で、一流は拘りを持って人を誑かしているんだけどね! まあその中でもボクはけっこう雑多なほうかなー。人が戦争ばっかしてた頃はね、ボクの大っ嫌いな奴が人間たちを誘導して争わせる側に回ってたから、ボクはその邪魔をしてただけなんだよね。そいつはぶっ殺してやったけど、もう今頃は魔界のどっかで復活してるかなあ、けっこう時間も経っちゃってるし……とにかくそいつも消えたからのびのびとこっちで遊んでたんだけど、油断して――っていうかヘマしちゃって、封印されちゃったんだよねえ。いやー、うっかりうっかり。でもほら、ボクって偉大な悪魔だし? いくら神具とはいえ聖杯如きじゃボクを完全に滅することはできなかったわけだね」
「正確に言えば、聖杯はそれひとつじゃ神具とは呼べないわよ悪魔さん」
「あ、そうだっけ……ってなんだよもー。せっかくかっこつけてるのに水差すことないじゃないかー」
「ふふ、ごめんなさい。神具ほどの効力じゃなくても、並の悪魔ではたとえ上級であっても閉じ込められているうちに滅ばされるはずだから、そんな環境で二百年耐えていた悪魔さんが特別なことに変わりはないわ」
「でしょ? 魔を封じ込める力と言っても、ボクにとっては恐るるに足らずっ! でも君が助けてくれなきゃ出てこれもしなかったから、そこんとこはホントに感謝してるよー。だからこそお手伝いしてるんだけど。いや、けっしてそれだけじゃないぜ? 君の願いに胸打たれたから是非にも協力しなきゃと思ったんだけどね? でもいいのかな、意外というならこっちこそ意外だったんだけど」
「なんのこと?」
「ほらぁ、あの下級たちのことだよ。手っ取り早くマネスに変生させたけど、結局は獣並のおつむだから使い物にならなかったじゃん? 街の外に出ていっちゃったのはいいのかなーって思って。なんていうか君、焦ってないし? あいつら絶対騒ぎを起こすに決まってるのにどうしてそんなに落ち着いているのか気になってさー。そもそもマネスを作ろうなんて提案が通るともボクは思ってなかったんだよ?」
「なんだ、悪魔さんは冗談のつもりで言っていたの?」
「うん」
「でも私にとっては妙案だったわ。死体が出るよりも、人目につかずに自らの足で消えてくれるほうが都合がいいもの。そして別に、彼らがどうなろうとどこでどうしようと、私にはもう関係のないこと。そうでしょう? だって自分たちの意思でこの街を去ったんですから」
「そうさせたのは間違いなく君とボクだけどねー。まあ自由意思には違いないか。そうかそうか、君は初めからそれを見越してたってことなんだね、ボクはてっきり手駒を増やそうとしているんだとばっかり……それにしても君ってけっこう冷淡なんだねえ。ボクを助けてくれた時は慈愛の女神様にしか見えなかったんだけど、今となっては悪魔もびっくりするくらい悪魔らしい子になっちゃったね」
「私は悪魔さんと出会う前から何も変わってないわ。だけど手段を得た。力を得た。それをどう使うかという、そういう話なのよ」
「じゃあ今夜も出かけるかい? もっと工作しとくかって意味だけど」
「いいえ、もうその必要もない。座談会が開かれることはもう決まったようなものだもの。街の主要人物たちが一堂に会すその時が、もうすぐやってくる」
「気を付けなよー、どんな計画にも必ずイレギュラーってのは起こるもんだからね。天秤の羽根を乗っ取ること――そのうえで完全犯罪を成すこと。君の企みは立派だしボクの力があれば十分達成可能ではあるけれど、どこかから誰かが嗅ぎ付けてこないとも限らない。鼻のいい連中ってのは人間にも多いからねえ。特に万平省の奴らが街に紛れ込んでないかは気になるところだよ」
「気にしたところで確認のしようがないんだから仕方ないわ。いくら悪魔さんでもそれは無理でしょう?」
「まあねえ、そいつがよっぽど特殊な力の持ち主だったりしたら今のボクでも見抜けるだろうけど、そうじゃなきゃ普通の人間にしか見えないだろうね。だから君の言う通り、気にしたってどうしようもないのは確かかも。結局はやってみなくちゃわからない、出たとこ勝負になるのかな」
「期待してるわ、悪魔さん。あなたがいてくれたら私、きっとやり遂げられる」
「ふふん、任してよ。ばっちりサポートしてあげる――それから、前にも言ったよね? ボクには『オルトデミフェゴールイリゴーディアバドン』っていう立派な名前があるんだから、『悪魔さん』じゃなくてそう呼んでよ」
「呼ぶには長くって……略称は嫌なんでしょう?」
「そりゃあそうだよ、悪魔は名前に誇りを持つものだからね。上級悪魔じゃなきゃ名前も持てないのが魔界なんだ。だからボクたちは自我の目覚めとともに力を目指すのかもしれないね――その点、ちょっとだけ人間が羨ましいよ。親から産まれて、すぐに名前を貰ってさ」
「そう、そうね……名前はとても大切なものだわ。私も自分の名前に誇りを持つために――やりましょう、オルトデミフェゴールイリゴーディアバドン。私についてきてくれるわよね?」
「水臭いこと聞くなって、ボクたちはもう一心同体だって言ったろ? ボクは君の背中を押すためにここにいるんだ。惑いも迷いも振り切って、進もうじゃないか。君の野望の先に何が待っているのか、ボクは楽しみで仕方がないよ」
以上会話終了――。
会話オンリーパートは書いててけっこう楽しいです。読み応えがあるかはともかく(無責任)