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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
4章・アムアシナムの悪魔憑き編
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186 座談会準備:裏

 アムアシナム内における宗教組織、そのトップにいるのが『天秤の羽根』であるとするならばその次点、ナンバー2の称号は『暁雲教』にこそ相応しいだろう。


 二十万人を超える信徒がいると言われる天秤の羽根と、組織全体で数えても十万にも遠く届かない暁雲教。数だけを見るならナンバー2とは名ばかりで、結局は天秤の羽根の一強にして独走状態。他の組織の差など所詮どんぐりの背比べに過ぎない――そんな風に思われても仕方がないかもしれない。


 しかし原初の神とされる火神イグニを奉り信奉する暁雲教は天秤の羽根にも劣らぬ歴史を持ち、戒律は厳しいがその分信徒たちの信仰心にも崇高なものがある。と、それを誰より理解しているからこそ暁雲教の現当主、最高司祭の地位にいるオルメッラは義憤のような感情に燃えていた。


「勝たねばならぬ。二位に甘んじているだけではいずれ暁雲教も滅びよう。数十年後にはアムアシナムここは天秤の羽根による独裁都市となってしまう」


 既に似たようなものだが、六大宗教会が機能している限りはまだ目がある。いかに天秤の羽根が一強でいようが、二位から六位までを蔑ろにすることなどできないのだ――そういう仕組みが過去に構築され、今に至るまで続いている。


「始まりは十三宗教会。それが今では六つにまで数を減らした。良くも悪くも時代は変わった――そしてこれからも変わりゆく。これまで天秤の羽根はその座を譲らなかった。しかしこの先はどうだ? 席は限られている。覇者のテーブルへ次につくのは……私たち暁雲教だ。そうであらねばならん!」


 その通りにございます、と傍に控える補佐役の男が賛同した。彼はオルメッラの腹心である。


「天秤の羽根教皇は座談会コンクエストを拒否しませんでした。数日中に開催は確実かと」


「それでいいのだ。奴とて断崖の際まで追い込まれていることなど承知しているはず。だが宗教会発令を我が身可愛さに無視することなどあり得ん! 苦渋の決断だったろうが、さすがは女狐と言ったところか。一日も間を空けずに返事を寄越すとは」


「この早さからして、会議を通して出た結論とは考えにくいですね。もしや教皇の独断なのではないでしょうか」


「十二分に考えられることだ。奴ならば、そして天秤の羽根であればそれで物事が進むだろう」


 天摩神の血を継ぐと謳われるエヴァンシスの家系。代々その当主が天秤の羽根の教皇の位に就いており、信徒たちはその言葉を『絶対』のものとして従う。ある意味究極の縦割り組織とも言えるそれは、幹部を設けつつも実質的には独裁宗教である。


 そんなやり方で教義を広められるものかと若いころはそういった手法を毛嫌いしていたオルメッラだが、歳を取り、そして最高司祭になってからは考え方を改め天秤の羽根の強引とも言える頂点絶対主義を部分的に真似て――その途端、暁雲教の運営は目に見えて快調した。なんとも皮肉な話だ。


 見習うべき箇所はあった、それは認めよう。


 しかしそれでも、天摩神ではなくその血を、現存する一個人を崇めるその盲目的な信仰は唾棄すべきである。


 信仰とは己が心の光。


 命というものを生み出したと言われる火神イグニを信奉するのは、生命の発祥である彼の御徳に感謝を忘れないためだ。


 ――間違っても布施や祈祷によって神威のおこぼれに与ろうなどとしてはいけない。


「天摩神の威光で自分すらも徳が高いと思い込む。恩恵こそが目的へとすげ代わった天秤の羽根の思想は断じて過ちである。アレがこの信仰の都の頂きにいては示しにならん。追い落とさねばならぬ――確実に、徹底的に。暁雲教こそが頂点に相応しいのだと知らしめてやらねば」


 宗教会発令を実行する前に、残りの四つの組織との談合は済ませてある。具体的には行方不明事件が頻発し始めた二ヵ月ほど前のことだが、あの時は天秤の羽根を口撃するいい機会が降ってわいた程度にしか思っていなかった――それがまさか二ヵ月以上も事件が継続するとは。


 実に好都合である。


「消えた組織たちへの過剰報復を中心に責めるつもりでいた。行方不明事件は本題へ入る前の皮切りとして利用するだけ、そういう算段だった……が、被害者数三百五十三名。確認できているだけでもこれだけの数だ。もはやこちらを主題とすることに迷いはなくなった!」


 決まって家族丸ごと民家から消え去るこの不可解な事件。その特徴故に、一人暮らしの行方不明者の事例までも件数として累計すべきかについては一考の余地が生じている。そもそも消えたことに気付かれていない者だっているかもしれない……いや、きっと確実にいるだろう。そういった点を踏まえれば、被害者数はとっくに四百以上にも及んでいる可能性だってある――むしろそう考えるほうが自然か。


「六大宗教会で宣告が行われる場合でも、基本的に遡及処罰は適用されませんからね。教皇が罪を認めても原則は取引による非罰的罰則が精々……しかしこれほどの重大事となれば、代表責任が果たせていないことを理由に会則令の現行罰を適用させることも可能でしょう。最も重ければ、三ヶ月以内の代表辞任と信徒の一部解体を迫ることもできます」


 うむ、とオルメッラは腹心の未来予想に機嫌よく頷く。

 まさにこれこそが彼最大の目標。

 四組織と迅速に手を結んだのも教皇に対抗策を与えないための囲い込みである。


「奴も考えなしに座談会コンクエストに同意したわけではあるまい。何かしらの手は打ってくるものと考えるべきだろう」

「それはまさか、暴力的な手段にも……?」

「出ないとは限らない。何せ会議の場は天秤の羽根本殿。奴らのホームだ。どのようなこともやろうと思えばできてしまうだろう。最大限の警戒は必要だ……こちらからの積極策・・・もな。案ずるまでもなく、既に備えは終わっていることだがな。お前もそのつもりでいろ」


 畏まりました、と丁寧に了承する腹心をろくに見ることもせず、オルメッラはもうひとつの気がかりな点を口にする。


「それにしてもこの行方不明事件。私と同じように天秤の羽根を追い落とすための策をどこぞの組織かが企てたものだと思ったが、密会を重ねてもどこも名乗り出ないとは……」


 オルメッラがいくら「我らはもはや一蓮托生、全員が共犯者なのだ」と訴えても誰も犯行を自白しなかった。秘密同盟――と言っても教皇、つまりは天秤の羽根にこの同盟は察せられているだろうが――を組んでもなお用心して話さないというのならむしろ感心するくらいの警戒心であるが、本当に一同の誰にも心当たりがない様子だったのが彼の目算を狂わせた。


「宗教会入りも果たせない木っ端宗教の仕業ということか……? だが、ここ数日は新たな行方不明者も出ていない。これはどういうことだ? 天秤の羽根の失墜を望むのなら座談会コンクエストが開かれるまでは住民を攫い続けるべきだというに」


 ここで満足してしまったのなら中途半端と言わざるを得ない。天秤の羽根を六大宗教のトップからその端役にまで陥れるためには座談会コンクエスト当日まで新鮮な事件を提供し続けることこそが肝要。事件が収まってしまっては再発するかどうかに関係なく、責める口実がどうしても弱まってしまうからだ。


「事件が現行で起きてさえいれば天秤の羽根の立場はそれだけ危ういものとなる。だというのに、何故なのだ……? ここで手を緩めるなど私と同じ狙いを持つのであれば考えられん」


「では、犯人は宗教組織に属しない者ということになるのでは」


「それはつまり、この街に属さないということだ。何者かがアムアシナムに手を伸ばしている――いや、手を加えている? そうとしか表現できんが、しかしだとすれば何を目的に人攫いなどするのか……」


 最有力容疑者でありながら無実である暁雲教だからこそ、到達できる真実もあっただろう――しかしオルメッラはここで思考を打ち切った。


 彼にとっては事件の真相よりも、これを利用して天秤の羽根を追い込むことのほうがよほど重大なのである。


 確実にいるはずの犯人に関しては――暁雲教がアムアシナムのナンバー1に輝いた暁に解決することとしよう。


「また談合を開くぞ。すぐにもだ。急ぎ連絡を入れておけ。座談会コンクエストまでに方針を煮詰めておかねばならないからな」

「はっ、ただちに」


 腹心の男性が私室を出ていくのを見送って、オルメッラは来たる決戦の日へ向けて意気を高めるのだった。


腹心くんの名前はいらんか……いらんな!

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