184 お友達になろう!
ほぼ全話にわたる誤字報告に頭が上がらないです
どうもありがとー!
じっと見つめてくるナインへ不審な目を向けるでもなく、シリカは人当たりのいい笑みを見せる。どれだけ口角を上げても冷徹な印象を隠しきれない彼女の母と違って、シリカのそれはとても温かみのあるものだった。
「ナイン様は、武闘王でいらっしゃるのですよね?」
「――っと、知られてたか」
「勿論です。ここアムアシナムでも、今年の闘錬演武大会はとても話題になっていたようですから。……よろしければ、是非お顔のほうを拝見させていただきたいのですが」
「ああ、いいよ」
そこで儀典室を出て以降フードを被ったままだったことを思い出したナインは、非礼を詫びるようにしながらその素顔を晒す。
「これでいいかな?」
「…………、」
ナインの顔立ちにシリカは言葉もない。
こういったリアクションを取られることには慣れてきているナインだが、しかしシリカほどの美少女からも呆気に取られるほどだと思うとやはり気恥ずかしさを感じずにはいられない。こりこりと鼻の頭を搔く彼女の仕草は、少女らしいというよりも少年らしいものだ。それを見たシリカはくすりと笑って驚愕から立ち直ったようだった。
「とても驚きました……写真で見るのとではまったく違うものですから。ナイン様、すごくお綺麗なのですね」
うっとりと。
白い頬を僅かに朱色に染めながら微笑むシリカは、ナインが思わず目を奪われるほどの色気があった。
クータとそう変わらない、否、もっと幼く見える彼女だというのに、これほどまでに艶やかさを纏うのは――やはり教皇に連なる血筋の為せる技なのか。
オットーやテレスティアからエヴァンシスの名がいかに特別なものであるか聞き及んでいるナインは、ようやくその意味がなんとなくだが分かった。
それは何も『偉い』だとか『伝統がある』とか、そういった過去の積み重ねからの特別視なのではなく――もっと単純に。
エヴァンシスの血には特別な力がある。
そういうことだったのだろう。
シルリアからも並々ならぬプレッシャーを受けたナインだが、この少女から感じられるのはそれ以上である。
ただ笑っただけで圧倒されてしまうような『何か』がやはり、この子にはある。
「シリカも……えらく可愛らしいな。さぞかしモテるんじゃないか」
「ふふ、ありがとうございますナイン様。お世辞でもあなたにそう言ってもらえると嬉しいです」
「お世辞なんかじゃないさ。俺はそういうの苦手だからな。言うこと成すこと全部本心と思ってくれていいぜ」
「まあ……」
口元に手を当てて目を開くシリカ。ナインの如何にも武骨な戦士らしい物言いに感心しているようだ。
「もう、ナイン様ったら……でも私、男の子と仲良くしたことはないんです」
「え、そうなの」
「はい。ねえ、テレス?」
話を振られたテレスティアは――主人を謝罪させてしまったショックからどうにか立ち直ったようだ――こくりと頷いた。
「シリカ様は花ですから。妙な虫がつく前に、近づけさせないようにしているのです」
「妙な虫って……」
鹿爪らしく述べるテレスティアにナインが呆れ、シリカは寂しげな顔を見せる。
「この通り私には自由がありません。お友達も作れないんです。男の子でも女の子でも、これまで親しくなった者はおりません――ですから」
シリカはナインの手を取った。
あまりに淀みなく行われたその動作に、テレスティアやクータらは勿論、手を握られたナイン本人ですらもまともに反応ができなかった。
「ぜひ私とお友達になってください、ナイン様。私、同年代の子とはこうして会話する機会もなかなかなくて……お願いします」
「え、えーっと……」
思わぬ展開にナインはあたふたと慌てる。女子からこうも積極的にアプローチ(?)されるなど初めてのことなので――ピカレ・グッドマーのあれはナチュラルに記憶から取り除いている――免疫がないのだ。相手はまだ子供だが、とびきりの美少女でもある。自分がその更に上を行く美少女であることも忘れて、ナインは助けを求めるように仲間たちへと顔を向けた。すると三人はそれぞれの反応を見せてくれた。
「むー……」
ほっぺを膨らませるクータはご主人様へ近寄る女が許せない、と顔にありありと書いてあった。
「――」
クレイドールは興味があるのかないのか、いつもの無表情でやり取りを静観しているだけだ。
「……、」
前二人が頼りになりそうもないことで最後の砦たるジャラザに期待の目を寄せたナインは、そこで我に返った。
彼女が意味ありげにそっと頷いたのを見て気付いたのだ――これは間違いなく、自分たちにとってチャンスであると。
「……わかった、シリカ。友達になろう。何ができるかはともかくとして、とにかく俺には遠慮なんてしなくていいからな」
「本当ですか? 嬉しいです、ナイン様!」
「ナインでいいよ。俺だってさっきから呼び捨てにしてるんだから。敬語もいらない」
「じゃ、じゃあ……ナイン?」
「それでいいぜ、シリカ」
そう言ってやると少女はふんわりと微笑んだ――やはり美しい笑みだ。
(……なんだか騙すようで罪悪感が――いや、別に嘘をついたわけじゃないんだ。この子と友人になるのは本当なんだから、変に意識するんじゃないぞ俺)
ナインは悪魔憑きと聖杯を見つけ出すという役目を担っている。どちらを探すにしても天秤の羽根内部を存分に動き回る必要があるが、そのためにはクリアしなければならないハードルが多い。案内付きではろくすっぽ調べることなどできないし、かと言ってナインズだけで本殿をうろちょろと嗅ぎまわるのにも限界がある……というかそんなことをして怪しまれないはずがない。
だがもしも、内部側の人間。それも教皇の実の娘シリカ・エヴァンシスほどの人物が協力してくれたなら仕事はぐっと楽になるだろう。しかも彼女お付きのテレスティアとは先ほど既に打ち解け済みなのだ。
転がり出しているとナインは感じる――珍しく自分にとっていい方向に偶然が重なっている。これを利用しない手はないだろう。
打算ありきで友情を結ぶことに罪の意識はどうしても生じるが、友情そのものに嘘はないのだから良しとすべきだろう――これくらいの清濁は併せ呑まねば、恐ろしい悪魔憑きを捕らえることなどできないはずだ。
犠牲者はアムアシナムだけでも三百を超え、オルゴンの被害も合わせれば五百人近いだけの人間がその命を失っていることになる。それが全て、(推定)聖杯を解き放ち大悪魔を我が物としたたった一人の人間の手によって起こされていることを考慮すれば、もはや一刻の猶予もない。
いち早く事件を解決するためにも、ここで躊躇ってなどいられないのだ。
「ナインはどうしてアムアシナムへ? ひょっとして誰かに会いに来た、とかなのかしら?」
「っ……」
自分をどうにか納得させているところに、本質を突くような質問がシリカから発せられた。
何をするためにここへ来たのか、という問いに正面切って答えるわけにはいかないナインはほんの一瞬、言葉を詰まらせる。
まさか勘付かれているのかと反射的に怯えるも、会いに来たのかという訊ね方からしてそれはないだろう。隠匿された聖杯が目当てと見抜いているならそこは「何か欲しいものがあって」と表現すべきところだ。
きっと彼女はただ純粋に、武闘王がぶらりと都市へ足を運んだその理由が気になっているのだろう――。
「シルリアさんにも言ったけど、ここには観光へ来たんだ。検問所で勧められるがまま天秤の羽根へご挨拶に来たら、しばらく滞在してくれって頼まれて……」
「それで迎賓館に泊まることに?」
「ああ、そうだよ」
「うふふ。ナインって意外と流されやすいのね」
「……そーかも」
確かにここまで全て、人の言葉に沿って行動してばかりでいる。そうでなくとも常々自身のことを流されやすい性分だと自覚しているナインはシリカからの指摘を否定するすべを持っていなかった。
「こう言ってはなんだが、意外だな。武闘王ともなればもっとこう……傍若無人な振る舞いをするものかと」
「もう、テレス。そんな言い方はナインに失礼でしょう」
「あっ、申し訳ありません! 違うんだナイン殿、私が言いたいのは君が良い意味で――」
「分かってますってテレスティアさん。そう焦らないでいいですから」
気にしていない、とポーズで示しながらナインは内心テレスティアの発言に賛同していた――そう、自分は持て囃されている割には、いまいち武闘王らしくない。
傍若無人とまではいかずとも、もっと我が道を行くような傍目からでも分かる『強さ』が欲しいところだ。
……まあ、欲しがってすぐ手に入るようなものならナインとて苦労しないのだが。
こういったものは一朝一夕で身につくのではなく、長い時間の積み重ねで自然と滲み出るような代物だ。
(心の強さは体の強さと同じくらい大切で、同じくらいの武器になる。胡散臭い連中を相手に胡散臭い犯罪者を探し出そうってんだから、シルリアさんにも後れを取らないだけのふてぶてしさは習得したいところだな……)
と、まさしくそう考えている目と鼻の先にシリカやテレスティアという、彼女が言うところの『胡散臭い連中』の一員がいることもあまり意識せず、ナインは口を開いた。
「ちょっと聞きたいんだけど、いいかな二人とも」
「なんでしょう?」
「私に答えられることならなんなりと答えよう」
「ありがとう。さっきテレスティアさんが言っていた座談会ってものについて、もうちょっと詳しく知りたくてさ――」
シーン変わります