180 騒ぎは必ず起こるもの
まだ反映できてませんが誤字報告に感謝です
精進します
「お、俺に悪魔憑きを見つけろっていうのかよ!?」
「ええそうですともナインさん。聖杯は天秤の羽根が隠し持っているのです。その封印を解けるのですから犯人は聖杯に接触できる人物――天秤の羽根内部の人間ということになります。それも天秤の羽根に所属してさえいれば誰も彼もが聖杯に触れられる、というはずもないですから、立場から言って容疑者は相当絞られます。おそらく本部常駐幹部の十数人から数十人程度でしょうか?」
オイニーの言い分としては、ナインの知名度を活かしたいとのことだった。立場を明かせないオイニーでは天秤の羽根に迎え入れられない――しかしナインであれば、その武闘王の冠を隠さずに乗り込めば、向こうからも歓迎してくれることだろう、と。
それはピカレ・グッドマーが授けた策とほぼ一致している内容であった。大目標が聖杯か『悪魔憑き』かという違いはあれど、やるとこに大した差はない。
天秤の羽根に客人として潜入し、歓待を受ける裏で密かに内部を探ること。
ただし、国宝のマジックアイテムとはいえ一個の物を探り当てるだけでいい元の計画とは異なり、犯人捜しとなればやるべきことはそれだけでは済まない――好きに動き回る容疑者たちを見極めるという基本にして超難度の仕事が控えているのだ。
「自信があるとは言えない。見つけ出せると確約もできない」
「ふむ、それで?」
「だけどやらせてもらおう。止められるものなら、こんな事件は止めたい」
なんの情報もなかった先とは一転、今はオイニーによって犯人が存在している可能性が極めて高いことを教えられた。ならばナインは事件を解決したかった――悪魔を殴り殺した感触はまだ拳に残っている。それは人間の命を奪った感触と同じだ。
「報酬は――否、謝礼金は弾みますよ。リブレライトでリュウシィからいくら貰ってたのか聞かせてください。その倍以上はお約束しましょう」
さりげなく当時のことを引き出そうとしてくるオイニーの抜け目なさに苦笑しながら、ナインは首を振った。
「謝礼金はいい」
「おや、そうですかあ? つまりタダ働きを希望すると? まさか聖杯を寄越せなんて言いませんよね、先ほどあなたは国宝を掠め取るような真似はしないと仰ったばかりですしー」
「そんなことはしないよ。ただ、この事件が解決した後に――お前さんが聖杯を回収する時には、俺にも少しだけ時間をくれ。ほんのちょっと、こっちも聖杯に用があるんだ」
「はあ、そうですか……それはまた」
煮え切らない返事をしながらオイニーはナイン一行を今一度確かめる。
リーダーのナインに、クータ、ジャラザ、クレイドール――四人の少女たち。全員見目麗しいこの面子の中に、一見して聖杯の力が必要な者がいるようには思えない。聖杯に宿るは封印の力。悪しきものを閉じ込め、すり潰し浄化を図る処刑具でもある。所持者に力を与えることもするが、用途で言えばそちらは本懐ではないのだ。
オイニーの目に取り払われるべき邪気は見えてこない――ならばナインは、いったい何に聖杯を使おうとしているのか?
(先の発言と照らし合わせるに、彼女の持つ七聖具を手放すために聖杯が必要、ということでしょうか? もしそうであるなら私が思う以上に厄介な状況になっていそうですねえ……)
オイニーはその優れた洞察力で核心に迫るが、そのことを追及しようとはしなかった。少なくとも今、この場では。彼女は会話を振り出しに戻すよりも先へ進ませることを選んだのである。
「では快諾いただけたということで業務を委託させてもらい――」
「待て、納得いかんことがある」
「おっと、なんでしょうかジャラザさん」
「犯人は街を出回って人間を悪魔に変えているのだろう。天秤の羽根の建物内に引き籠っているだけではこの失踪事件は起こせん。ならば悪魔憑きが外を出歩く際、貴様がそ奴を捕捉しなかった理由はなんだ? 悪魔の気配が追えるのならそう難しいことではなかったはずだろう」
「ああ、それは簡単なことですよ。私は悪魔のような邪悪な者に敏感ですが、逆に悪魔のほうも一定の距離まで近づいてしまえば、私のことに気付く。悪魔は信仰魔法といった聖なる力を極端に嫌っていますからね――このような力のことです」
きらり、とオイニーの銀髪が一瞬だけ輝きを放った。
それは元のくすんだ髪色からは考えられない、鋭いまでの銀光だった。
この光がどういった力の片鱗であるかナインたちには判じようもなかったが、眩いばかりのその銀の輝きは確かに、邪悪を打ち払う清き聖光のようにも思えた。
「幸い私の感知範囲のほうが広いので、悪魔憑きらしき気配や生み出されたデーモンたちに気付かれぬように逃げ隠れすることは容易でした……が、逆に言えばそれくらいしかできなかったんですねえ。私の存在を知られては任務に支障が出ますし、悪魔憑きはほぼ確実に聖杯の近くにいる人物であることを考慮すると一か八かで天秤の羽根に忍び込むような真似もできない。まあ元からそんな博打をするつもりなんてないんですがね」
「ではどうするつもりだったのだ? 主様がここに来なければ、お前は任務をどうやって遂行する気でいた」
「いやあ、それが上手い手が浮かばなくってですねえ。お恥ずかしい限りですよ。このタイミングであなた方がいらっしゃってくださったのは正に天の采配と言いますか、非常にありがたいことです」
「貴様は、体のいい囮役……主様をそうやって扱おうとしておろう?」
「待て、ジャラザ」
一歩詰め寄ったジャラザには目に見える剣呑さがあった。ナインズの中でもとりわけ機知に富む彼女は、グッドマーに対して警戒を抱いたのと同じように――いや、それ以上にオイニー・ドレチドという人物を『要注意対象』として見做しているようだ。
万が一にも喧嘩をさせるわけにはいかない。
咄嗟にナインはジャラザの肩を掴んで、自分のもとへと引き寄せた。
力強く主人の腕の中へ抱かれたジャラザは、思わず黙り込む。その隙にナインはオイニーへ了承の意を返した。
「言った通り、犯人捜しは引き受ける。悪魔憑きをどうにかして見つけてみせるから、オイニーも約束は守ってくれよ」
「聖杯の件ですね? そうですね、前向きに検討させていただきます――冗談、冗談ですよ。ええ、いいですとも。回収する前にあなたが聖杯に触れられる機会を一度は作りましょう。それでもってアムアシナムの任務の終わりと致します」
任せましたよ、とオイニーは天秤の羽根への道順だけを伝えてふらりと別の裏道へと消えた。
彼女の気配が完璧に消え去ったところでナインは息を吐いた。
腕の中でまだ顔を赤くしているジャラザや、話が長すぎて意識が飛びかけているクータを正気に戻してやり、ただ一人平常通りのクレイドールへ確認を取る。
「記録は取ったか?」
「はい。オイニー・ドレチド氏が名乗った瞬間から今までの全発言をアーカイブに記録済みです」
「よくやった。後からもう一回確認してみよう――だけども、今日はとりあえず宿を取って休もうか。なんかえらく疲れちまった」
「肯定を。マスターにも心休まる時間は必要です」
一晩を明かし、その翌日にナインたちは天秤の羽根本部へと足を運び――
◇◇◇
「そして今に至る、と」
「そういうわけだな。しかし、あやつは信用がならんぞ。のこのこ言う通りにしてしまってよかったのか?」
「信用ならんとは俺も思ったから大丈夫だ」
「それの何が大丈夫なのだ……」
「お前の言いたいことは分かるよ。だけど、見て見ぬふりはできないだろ? 聖冠とか聖杯とか、万理平定省とか。そういう俺たちの事情を抜きにしても、人を悪魔に変えて、好き放題に都市を襲わせるような奴を、俺は放ってはおけない。そんな理不尽なことはさせちゃおけねえんだよ」
「ふむ、そうか……そうだな。我が主様はそういう主様なのだったな。ならばもうとやかくは言うまい。多少の憂慮には目を瞑り、今は悪魔憑きを探ることを第一としよう」
ジャラザが缶ジュースをぐびりと呷り、空になったそれを器用にダストボックスに放り投げたところで「そういえば」とナインへ振り向く。
「クレイドールを自由にさせてよかったのか? 悪魔憑きもそうだが、天秤の羽根という組織自体がなかなかに胡散臭い。カルトの仲間入りをするつもりのない儂らにとってここは、言わば油断ならない敵地のようなものだろう。そんな場所にあの天然娘を放ってしまえばどんなトラブルを引き起こすか……」
「……やめろよジャラザ、怖くなってきただろ」
嫌な想像をしてしまったナインがへの字に口を曲げる。まさかついた途端にトラブルなんて、とは思うがむくむく不安が鎌首をもたげてくる。やっぱり探しに行こうか、と少女が椅子から腰を浮かしたその時――
ドゴン!! という衝撃音。
微かに、だがはっきりそうとわかる程度に建物が揺れた。
「な、なんだ今のは?」
「ご主人様ー! あれ見てあれ! クレイドールが!」
「なにぃ!?」
言った途端にどうしたことかとクータのいるベランダへ出たナインは、そこから見下ろせる迎賓館前の庭園にて――何者かと戦闘中のクレイドールの姿を見てしまった。
「な、なんで早速戦り合ってるんだあいつは!?」
「あれが悪魔つきなのかなー?」
「誰でもよかろう、儂らも向かうぞ!」
「お、おう!」
ナイン、クータ、ジャラザの順に手すりを乗り越えて宙へ躍り出る。そして急ぎクレイドールのもとへ――焦るナインが目を向けるその先で、戦闘は更なる激化の一途を辿っているようだった。