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173 襲撃事件のその後:とある少女の心の傷は

 六日間。それがナイン一行がオルゴンに滞在した期間である。


 悪魔撃退の夜とそれからの三日ほどは目の回るような忙しさだったが、それが過ぎると街も落ち着きを取り戻し始め、事件は一応の一段落を見せた。急ぎでやらねばならない諸々の作業もある程度は手付きとなって、それでももうしばらくは仕事を手伝っていたチーム『ナインズ』であったが、六日目ともなればとうとう外様の彼女らにやれることはほとんどなくなっていた――被害後の復興に一月以上の時間をかけたエルトナーゼと比べると、オルゴンの立て直しは驚くほどに早い。


 これがなんの差によるものなのかと言えば、人的被害の多寡だ。エルトナーゼでは恐るべき吸血鬼ヴェリドット・ラマニアナの異能によって操られた住民とそうでない住民とでの争いが起き、また調教されているはずの猛獣・魔獣が所せましと暴れまわったことで結果的に少なくない数の死人が出た。市民全員が一意専心に復興に励んでも長い時間が必要になったのはやはり、単純に頭数が足りていなかったからと言える。


 一方でオルゴンは人同士の争いこそなかったが、小都市かつ大量のマネスの襲撃という滅多に起こりえない危機に直面し、被害の規模で言えばエルトナーゼにも引けを取らないだけの損害が出てもまったくおかしくなかった。それを食い止めたのは他の誰でもないナインズの尽力によるところが大きいが、小さな街ゆえに襲撃の把握、そしてその対処が比較的スムーズに行われたことも理由の一端だろう。チームワークが良かった。有事において人同士の連携というものがどれだけ大切なのかよくわかる結果となった――それと同時に、人間たちを殺し合わせたヴェリドットの悪魔よりも悪魔的な遊び半分の策略が、どれだけ都市被害へ多大な貢献を成したかも瞭然にしているが。


 百九十七名。

 怪我人を除く、死者及び未だ発見されていない行方不明者の総数だ。


 あれだけの数の悪魔に襲われてこの程度(・・・・)で済んだのは控えめに言っても奇跡と称すほかないだろう。あの時の阿鼻叫喚の渦を思えば被害者数は四桁以上に届いてもなんら不思議ではなかった。下手をすればオルゴンが壊滅していたことも考えられる。それが二百名にも満たないほどに人的被害を抑えられたというのであれば、騒動の大きさからして上々の結果だと言える。


 これ以上ないくらいに「街は守られた」のだと。


 ただしそれは数字でしかものを見ない者たちが口にする言葉だ。あの夜を実際に経験したのであればそんなことは決して言えないだろう――上々の結果などと思えるはずもない。


 確かに死人は少なかった。すぐに殺してしまうよりも可能な限り甚振ることに愉しみを覚えていたマネスたちの趣味嗜好や、被害が本格化する前に偶々ナインズが街に立ち寄ったことなど、その要因は多岐に渡り、その全てにおいて住民たちが幸運だったのは紛れもない事実だ。


 しかしそれでも悲劇はあった。痛めつけられ殺された百九十七名の帰らぬ命という一見して少量の、けれど重大すぎる不幸が。


 傷を負った街、小都市オルゴン。

 治安維持局によって(ナインズ協力のもと)近辺の調査も行われたが、結局マネスがどこからやってきたのかは不明のままだった。魔界から来るという彼らの出自においては未解明な部分が多く、どうやってこちらの世界と行き来しているのかについては不明瞭なままである。有力な説として転移術に使用されるゲートのような形であちらとこちらを繋ぐ穴が開くとも言われている。


 という説明を受けながら治安維持局職員と一緒に見て回ったナインだが、最後までそれらしいものは見つからなかった。職員も首を捻って悩んでいた――そもそも宗教都市アムアシナムが近いこの場所に悪魔が出現したためしなどなく、今回が初めてなのだという。敬虔なる信仰心を糧にする聖属性魔法――信仰を覚えなくとも使える者は初めから使えるらしいが――にはただの光属性にはない清浄の力が宿るそうで、聖光の魔法の使い手が多いアムアシナムやその周辺には目撃例すら存在しない、とのことだった。


 その常識をものの見事に打ち破った今回の事件は都市長を通して万理平定省に伝わり、新たなる事例としてもうすぐ調査官が来訪する……との報を受けてナインズはやにわに出立準備を整えた。これ以上自分たちにできることもなく、そろそろ街を出ようかと相談していた矢先だったのでタイミングがいいと言えばいいのだが、なんだか万理平定省に追い出されるような形になってしまった感は否めない。


 武闘王として名の売れているナインだ。そのおかげでオルゴン市民にも協力を快く受け入れてもらえたのは都市にとってもナインにとっても僥倖だったが、有名だからとて何もいいことばかり起こるわけではない。


 ――国内において最も知名度があると言っても過言ではないナインを、万理平定省の役人が見つけてなんのリアクションも取らないというのは考えられない……と、それくらいのことはナイン当人にも予測がつくぐらいには、今の彼女は飛ぶ鳥を落とす勢いで話題となっているのだ。


 それは別に悪意によるものではなく、向こうからすれば善意での提案――例えば表彰だとか謝礼金だとかのポジティブなこと――をするのかもしれないが、それを機にパイプなんかが出来上がってしまえばナインは自由に動くことができなくなる。そんなのは全くもって勘弁したいところだ。少なくとも腹に七聖具のひとつを収めた状態で、またそのことを必死に誰にも悟られぬようにしている現状(言うまでもなくそれを最も知られてはならない対象が万平省の関係者である)においてのこのこと彼らと顔を合わせるわけにはいかないだろう。


 顔見知りになった職員たちや、トゥームやシスターといった限られた人物にのみ別れを告げ、激励の言葉を述べてから去ろうとしたその時。


 その会話を隠れて聞いていたとある少女が教会から飛び出してきた。


 待って、と声をかけられ振り向いたナイン。


「君は――レミちゃんじゃないか」


 あの夜にナインが駆けつけたことで九死に一生を得た女の子レミ。彼女の後ろにはその母親もいる。どうしたことかとナインが視線を向ければ、


「ナインちゃん、少しこの子の話を聞いてくれないかしら。あなたに言いたいことがあるみたいなの」

「言いたいこと?」

「…………」


 こくりと少女が同意を示す。なんだか子供らしからぬ難しい表情をしているが、伝えたいことがあって呼び止めたのは確からしい。


 ナインはクータたちに少し待つように言って、レミへ近付いた。二人の身長はあまり変わらない。僅かにナインのほうが高いくらいだが、それでも彼女はほんの少しだけ屈んで少女と目線を一緒の高さにした。


「なんだい、レミちゃん。君の言いたいことってのを聞かせてほしいな」


 陽の光に煌めくような薄紅色の瞳。その綺麗で優しい紅が真っ直ぐ自分を見つめていることに、レミは少しばかり臆したようだったが――「うん」と頷いて言葉を続けた。


「助けてくれてありがとう、って言いたかったの……あのときは言えなかったから」


 ああ、とナインは納得する。

 そういえば助けた後もレミは半ば呆然自失というか放心状態で、その口から礼の言葉はついぞ聞かなかった。しかしそんなことは当たり前で、あんな怖い思いをしたあとに彼女くらいの子供が落ち着いて感謝を述べるなんてことがまずありえないのだ。だからナインもまったく気にしていなかった、というか覚えてすらいなかったのだが、こうして律義に後からでも礼を伝えるあたりレミは年頃の割にしっかりした子のようだ。


 素直に感心したナインは、なるべく柔らかな笑みで応えた。


「どういたしまして、レミちゃん。わざわざお礼を言おうなんて、偉いんだな」


 そう褒めた彼女に、レミはふるふると首を振った。


「それだけじゃないの」

「え?」


 どうやら感謝以外にも用件があって呼び止めたらしい。

 しかしナインにはいよいよ彼女が何を言おうとしているのか分からず、若干困惑する。


「そっか……じゃあ、そっちも聞かせてくれるかな」


「私ね、怖いの。あれからずっと……またあくまが来るんじゃないかって」


「…………」


 トラウマ。心的外傷。PTSD。

 呼び名は様々だがつまるところそれらは目に見えない傷を指すものだ。


 こんな幼い少女が悪魔に追われ、そして殺されかけたのだからそうなるのも無理はない。大の大人でも未だに寝付けない者だって大勢いるのだから。


 なんと励ましてやればいいかと言葉を探すナインに、更なる追い打ち。


「お父さん、死んじゃった」

「――」

「あくまに、他の子たちを守ろうとして、ころされたって……」

「そう、なのか」


 百九十七分の一。

 それがレミの父親に当たった。


 少女の心はいっぱいいっぱいだ――あの夜からずっと、忙しなく環境は変化し続け、恐怖も忘れられぬままに父の死を知って、自分から隠れるようにして泣いている母や、眠るたびに見る同じ夢に悩まされ。


 それでも少女は弱音を吐かずにこの慌ただしい六日間を懸命に過ごした――必死に頑張った。


 彼女の心の拠り所になっていたのは、ナインだ。


 天使のような見た目をした、とても強い少女。

 悪魔を打倒し、住民を救い、不眠不休で街のために働き続ける、その心根も正しく天使のような、嘘のような人物。


 新武闘王誕生のニュースはレミでも知っていたし、強さだけでなくその可憐な容姿が話題になっていることも知っていた――友達同士の間でも何度か話のタネにもしたことを覚えている。

 しかしそんな子が本当にいるとはどうしても思えず、半ば冗談交じりでの会話しかしてこなかった彼女だが……今こうして、その冗談は現実となって目の前に存在している。


 白亜の美少女ナイン。


 怪物少女などという呼び名もあるそうだがレミには彼女が怪物などにはとても見えなかった――少なくとも彼女の眼には。


 まさしく天使としか映っていなかった。


「怖い、けど……ナインがいてくれたから怖くなかった。きっと大丈夫だって思えた。夜も頑張って眠ったし、みんなでお手伝いもしたよ」


 少しでもナインに近づきたくて、彼女を参考に避難所で過ごしたのは本当だ。レミの努力が他の子供たちをも動かし、いい影響を与えていたことをナイン当人は知る由もない――けれど、それが故に。


「でも、もうナイン、行っちゃうんでしょ?」


「……ああ。俺はこれから、オルゴンを出るつもりだよ」


「………っ」

 くしゃり、と少女の顔が曇った。


もう1話あります。

……事件本編とエピローグが同じような分量ってどうなん?

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