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170 オルゴン襲撃事件:死を呼ぶ乱戦

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伝われマイハート!

 マネスたちは異常事態が起きていることに勘付き始めていた。悪魔という言葉を代表する存在――上級に位置するデビル(・・・)ほど高等な頭脳を持たない彼らではあるものの、仲間意識や意思疎通を行う程度の知能は持っている。集団で小都市を襲ったのもそういった野生の獣じみた本能とも理性ともつかない行動原理からくるものだ。趣味と実益を兼ねた娯楽のマンハント。そのはずだったのに、狩る側の自分たちが思いのほか数を減らしてしまっている。


 その理由はなんなのか――考えるまでもなくそれは明らかだ。

 途中まではいなかった謎の闖入者たちによる妨害のせいである。


 逃げ惑う市民を追い立てるだけだった当初こそ良かった。武装した抵抗戦力が出張ってきてもまだ数の優位を活かせていた。並み居るマネスを薙ぎ払えるような圧倒的な個人がいなかったこともあって悪魔たちは狩りの宴を存分に楽しんでいた――そんな折に、いきなり事態の風向きが変わったのだ。討たれる仲間が急激に増えた。数十分のうちに数百体もいた群れがその半分以下に減ったのだからいかに獣程度の知恵しか持たぬマネスでも不穏さを感じるというもので、そしてその原因にもすぐに思い至る。


 こちらでは空を迸る火炎が仲間を焼き尽くしている。

 あちらでは次々と仲間を撃ち落とす不可思議な物体が飛んでいく。

 遠目からでもはっきりとわかる、人間側に不足していた強者による支援が行われている――それは取りも直さず、自分たちが不利になっていっていることをも表している。


 状況の変化をマネス全体が把握し――あたかも群れを成す肉食獣がコミュニティ内で相談するともなく情報を共有するように――急速に数を減らした仲間の煽りを受け、彼らはその方針を変更した。


 このままでは遠からず全滅の憂き目に遭うことになる。ならばここで逃げればいいのだがしかし、マネスにそこまでの危機管理能力はなかった。人間を襲いたくて襲っているのだから襲わなくてはならぬ。恐怖に感情を支配された人間を痛めつけて食すことがマネスの幸福なのである。それをおいそれと中断することはできない。


 だから彼らは示し合わせたように一箇所を目指し出した。メインディッシュにしようと取っておいた街の中央教会へとその進路を向けたのだ。あそこには避難民が集中している。今こそ一斉に中央を襲い、仮に仲間が倒されることになってもその間に一人でも多くの人間を食い、そして力を付けるのだ。


 マネスがひとつ所に集まるということはそれを追って討伐者たちも集まるということだが、場に人数が増えて混迷すればするほど動けなくなるのは救護者を抱える人間たちのほうだ。マネスはただ暴れればいいのだから乱戦において有利なのはどちらであるかなど言うまでもない。


 決して言語化はされないがそういった思考の下で一匹のマネスは食いかけの人間を打ち捨て、他のマネス同様に街の中央を目指すべく進行を開始した。

 一際大勢の市民を食らっているそのマネスは、段々と己の殻が変質していくのを感じていた……それは紛れもなく、甘美なる魔の力の増大を告げるものである。



◇◇◇



 上級悪魔デビル下級悪魔デーモンは支配者と被支配者にも近い関係性で人間にも広く知られている――彼らが住むといわれている魔界は力こそが全ての弱肉強食の掟を殊更に強調したような世界で、力なき者は何をされてもそれが当然のこととして認識されている正に地獄のような場所であるらしい。


 上級悪魔は限りなく人に近い姿をしており、言葉も通じる。変わり者の悪魔とのやり取りで人類が得られた情報はその詳細が教科書にも載っており、冒険者学校などでは特に詳しく教えられる。力を得て上級へと成り上がろうと日々画策している下級悪魔デーモンには種類があり、動物の部位を持つ凶暴な『マネス』や、肉体を持たずに現界する『フィンド』、悪霊が変異して悪魔となった『レムルス』など、その特徴は種別ごとに様々である。

 他にもサキュバスやインキュバスといった一概には下級や上級に区分できない特殊な悪魔もいるが――そういった存在は通常のデーモンに比べて非常に珍しく、人が触れる機会の少なさ故にあまり問題になってこなかった。


 そもそもデーモンの種類について詳しく知っているのは授業で習う冒険者か魔物史学や幻想生物学を専門とする教授とその学生くらいのもので、一般的にはマネスやフィンドといった名称すら広まっていないのが現実だ。


 何せそういった悪魔を実際に目にすることなぞまずないのだからそれも当然だ――そして、大なり小なり悪魔に関する知識を得てきているはずの人類が、それでも未だに上級と下級の間に区分を設けていないこともまた仕方のないことなのだろう。


 デーモンがその狙い通りに力を得て、デビルへと至るその中間。


 上級には届かずとも下級とは呼べない程度に変質した存在を指し示す言葉がないことは、そのまま人間側が悪魔についていかに無知であるかをよく示していると言える。


 知った気になっても真の理解とは程遠い――それをオルゴンの冒険者たちは嫌と言うほど味わっているところだった。




「ぐわああっ!」

「エディ――!」


 肉体頼りのマネスはデーモンの中でも御しやすい相手。体力は高いが倒すのにそう苦労せず、討伐難度三を目安に経験を積んだ冒険者であれば難なく打ち倒せる魔物――そういった常識を覆す光景がそこに広がっていた。


「マーティン、援護を!」

「無理だ、マネスの群れが向こうからも来ている!」

「なんだと、くそ! まだ集まってくるのか!」


 腕を落とされて倒れ伏したパーティメンバーのエディを救うべく動こうとするリーダーのトゥームは、背中を預けている魔法使いのマーティンにその旨を伝えたが、あいにく彼も忙しい。四方八方からマネスが大挙として押し寄せる教会前広場はこれまでの冒険者人生の中でも類を見ないほどの鉄火場となっていた。


 教会の中では『ナインズ』の一員であるジャラザという少女が、数少ない治癒術の使い手と共に負傷者たちの治療に当たっている。奴ら(マネス)はその怪我人を狙っているのだ。絶対に教会の中に入れてはいけない。そうやって冒険者を中心に戦える住民たちは入り口を守るように必死の奮戦を見せているが、何分戦闘のプロと呼べる者は僅かしかいないうえに、余りにもマネスの数が多すぎる。都市中を襲っていた悪魔がすべてここに集結しているのではないかと思えるほどだ。


(いや、実際にそうなのだろう……! 『ナインズ』が来て以降、こいつらの動きはあからさまに変わった。今のこいつらは人間を甚振って遊ぶことをせずに、本気でりに来ている! 効率的に食らうためにここへ集まっているんだ!)


 混戦の中、近づくマネスへ一太刀を浴びせたところでトゥームは思い切って駆けた。ぐったりとしているエディを無造作に掴み上げようとしているそいつのもとへ――そして流れるようにその腕を斬りつけた。


「『ヘビースラッシュ』! ……ぐっ!?」


 刃は食い込んだ。しかしそれだけだ。僅かに腕へ侵入したがそこで剣は止まってしまい、それ以上押すことも引き戻すこともできない――そんなトゥームに悪魔の爪が振るわれる。


「くそっ……!」


 彼は愛剣を捨ててその場を飛び退くことでギリギリ回避が叶った。食らえば一溜まりもないであろう暴力が肌一枚のところを通りゾッとする。直後に風の弾が悪魔の顔面に飛来し、トゥームはマーティンの素晴らしい援護に感謝しながら敵の前から退いた。


「すまん、勝手をした!」


「全くだ、俺の後ろまで無防備にしてなんのつもりだ? アレに一人で挑むのは馬鹿げているぞトゥーム!」


「くっ……」


 正論である。トゥームはそいつを改めて見る。他のマネスよりも明らかに体躯に勝り、爪や牙が一層鋭くなったそいつは、もはやマネスと呼ぶには違和感があるほど力に満ち満ちた存在である。一対一ならマネス程度に後れを取るはずのないエディがあっさりとやられてしまったことからもそれは明らかだ。


 いったいこいつはなんなのか――中級悪魔という区分を知らず、そして出会ったこともないトゥームたちには分かるはずもなかった。目の前のそれが今まさに下級としての殻を破り、上級の一歩手前にまで迫るほど実力を高めた悪魔であることなど知る由もないのだ。しかしそいつが普通のデーモンでないことくらいはもう理解している。だからこそ一刻も早く倒さねばならないのだが……それができるのなら苦労はない。


「冷静になれ、焦ったら死ぬだけだぞ」


「わかっている、しかしエディが……」


「トゥーム、見失うな! お前が無茶をやってやられでもしたら俺たちは終わりだぞ! そうなれば瀬戸際の均衡を保っているこの状況が保てなくなる。一気に崩れ去るかもしれん! そんなことになってみろ、すぐさま教会へこいつらが雪崩れ込むぞ!」


「――、」


 トゥームは周囲を見る。傷付き倒れていくのは人間もマネスも一緒だ。入り乱れた戦局ではあるが、奇跡的な均衡を見せているのもまた事実。誰かが何か一手でも誤ればその途端にマネスが勢いを増してこちらを殺しきることだってあり得る――辛いのはその逆がほぼないということだ。



「ダイーン! グレーッグ! 集まれ!! 一塊になって確実にマネスを減らしていくぞ!」



 少し離れた位置でツーマンセルとなっていた残りのパーティメンバーを呼び寄せる。巨体マネスは腕に食い込んだ剣を捨て、その持ち主には見向きもせずに意識のないエディへ向き直っている。元気いっぱいな獲物より仕留めかけの獲物のほうへ執心しているのがよく分かる。そしてエディが奴の注意を引いている間こそが、巨体マネスの脅威が発揮されない時間――人間側にとってのラストチャンスでもある。


 トゥームは非情な選択をすることに胸を痛める。

 エディに対し死にたくなるほどの罪悪感を抱く――だがここでそんな感傷に打ちひしがれる時間などない。

 巨体マネスが再び教会へ足を向ける前に他のマネスどもをせん滅し、残りの動ける者全員で巨体マネスへ挑む。

 これ以外に策はない。


 ――さらばエディ。願わくば彼の魂が安らぎとともに天国へ導かれますよう。


 長年の付き合いがある仲間を一人犠牲にして、予備の剣を抜いたトゥームが決死の形相で集団のマネスへパーティで挑みかかろうとした、その時。



 ドガン! と乱戦の中に置いても際立って響くけたたましい音を立てて、戦場の中心地に何かが(・・・)落ちてきた(・・・・・)



 激突するような着地をして、膝を突いた姿勢から立ち上がるその影は――


 深紅に目を光らせる一人の少女。


 乱痴気を見せる悪魔の宴の輪に、いま怪物少女が参列した。


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