18 護衛任務を受けまして
クータが人の姿に扮する(?)ようになってからは二人一緒に店で働くようにもなって、ナインにとっては生活の楽しさが増した。まるで生来からの友かのように仲を深めた二人は同じ食事をして同じベッドで眠り同じ夢を見るまでになっていた。友というよりもはや半身同士とも言える。クータはあくまでペットを自称しているが。
そんなナインにとっては心休まる生活が二週ばかりも続いたころになって、ようやく治安維持局からのコンタクトがあった。ひょっとしてこのまま話はなかったことになるのではなかろうか、と疑い始めていたナインは少々意外にも思ったが、考えてみればあれだけ真剣な様子を見せていたリュウシィが「なかったこと」にしようとするのはあり得るはずもないと思い直した。
職場まで使いが来て呼び出しを受けたナインは、ドマッキに今日一日、場合によっては数日間の休みを貰うと告げてそのまま指定地へ向かうことになった。ドマッキは「こういうことを当日に言うなや」とぶつくさ文句を言いながらもまったくしょうがねえな、と理解ある父親の雰囲気を出していた。
出発するナインの肌にサブイボが立っていたことは言うまでもないだろう。
そうしてクータをつれて出向いた先の屋敷で彼女は、思わぬ歓迎を受けてしまう。
「おお、来てくださってまっことありがたい! これで安心ですな!」
豊かな髭を持つ恰幅のいいその男は、ナインの手を握ってぶんぶんと遠慮なしに振ってくる。「あはは……」と苦笑いしながらもナインは握手に応じた。
男の名はスルト・マーシュトロン。ふくよかな体躯だがまだ三十代と若く、おそらく喋り方や髭は彼なりの威厳の出し方だと思われる。
そんな彼の「護衛」がリュウシィから与えられたナインへの試験である。
「そうだよね?」
「はい、その通りです。この任務における働きによって試金石とする、とリュウシィ様は仰っていました。あなたの最上の努力と任務の完璧な遂行を私たち一同期待していますので、そのおつもりで」
「が、頑張ります」
背後へ問いかければ、冷静沈着無味乾燥なそんな言葉が返ってきて思わずナインは畏まってしまった。
眼鏡をかけたスーツ姿のその女性はアウロネと名乗った。宿からナインを連れ出した使いでもある彼女は、一見するとどこぞの社長お付きの秘書といった風情の人物だ。しかし治安維持局の中でも要職についているとのことで、詳細は省かれたがそれなりに戦えるだけの実力はあるとのこと。
この護衛任務における監査要因でもあり補助要員でもある、とは彼女本人からの言だ。
(うーん、すごく大人の女性って感じだ……美人だし。でも俺としてはマルサみたいな子のほうが接しやすくていいな)
などとナインは任務にまるで関係しないことを考えていたが、それを目敏く察知したのか、背中をクータの指先につんつんとつつかれる。
ナインはごほんと空咳をして思考を切り替えた。
確かに今は仕事に集中すべき時だ。
「よし、やることは分かった。護衛って言うからにはマーシュトロンさんを守ればいいんだろう? そんで、何から守ればいいんだ」
「犯罪組織からです」
「犯罪組織……」
あまりの直球な返答にナインは脳が追いつかなかった。
犯罪組織?
「なに、そんなのがいんの? このリブレライトに?」
「はい。お恥ずかしい話ですが、リブレライトには大小様々な闇の組織が裏社会において跳梁跋扈しているのです。今回襲撃が目されているのはその中でも近年頭角を現してきたホープ犯罪組織『暗黒座会』となります」
「ホープ犯罪組織」
「ホープ犯罪組織です」
「暗黒座会?」
「暗黒座会です」
またしても脳が追いつかないナイン。
気分的には周回遅れだった。
(だっさいよダサすぎんだろ。なんだよ暗黒座会って……誰なんだそんな名前を付けちゃったのは。アウロネさんもこんな澄ました顔でよく言えたもんだ)
「どうされましたか。苦虫を嚙み潰したような顔をしていますが」
「あ、いや、なんでもないっす……」
急にテンションが下落したナインに不思議そうな目を向けたアウロネだが、それ以上訊ねようとはせずに説明へと戻った。
「こちらのマーシュトロン氏は先代から続く反裏組織派の有力者なのです。治安維持局の活動にご協力いただいているのですが、それ故に氏は狙われているというわけです」
アウロネから引き継ぐように、マーシュトロンが鹿爪らしく言う。
「実は親父が急逝してからというもの、私は反裏組織派としての活動はしてこなんだ。ただこれではいけない、親父に申し訳が立たないと思いなおして、少し前から治安維持局と協力関係を取らせてもらっております。商会の元締めの一員として、裏社会の情報もそれなりに集まってきますからな」
「なるほど」
頷くナインだが例の如くあまりよくは分かっていない。
ただまあとにかく、マーシュトロンはリュウシィにとっての協力者であり、リュウシィと敵対している犯罪組織にとっては目障りな存在だということは理解した。
「その認識で間違いはありません。そして今回、マーシュトロン氏は暗黒座会と思われる相手から殺害予告とも取れる明確な脅迫を受けたようなのです。実際にうちの職員にしばらく自宅周辺を見張らせたところ、怪しい影が確認されました。おそらくここ数日以内に襲撃が起こると予想されます」
「よくそこまで正確に予想できるね」
「無論です、治安維持局ですから」
要するに彼女はこういったことに慣れっこであると言いたいのだろう。戦うだけでなく守ることもまた彼女らの仕事というわけだ。
ただし、それがナインにも当てはまるかと言われればそうではない。
(いやあ、まさか任務が『護衛』とはな……いや何か手伝わせてくれと言ったのは俺なんだし、やるからには精一杯やらせてもらうけどさ……しかし、俺の使い方を間違えてないかねリュウシィ? 「誰かをぶっ倒せ!」みたいな内容ならいくらでも活躍できそうだけど、護衛となるとなあ……ぶっちゃけあんまり自信はないぞ)
試金石とはそういうことなのかとげんなりするナイン。
つまりあえてナインの得意としなさそうな業務を与えた、ということなのだろう。
ただ、それでも疑問は残る。あえてというのはまあ分からなくもないが、けれどそれはリュウシィとナイン二人にとっての事情に過ぎず、護衛対象であるマーシュトロンからすればこんなやり方はたまったものじゃないだろう。自分の命がかかった依頼を試験代わりに利用されては誰だって気持ちのいいものではない。そして万が一にもナインのせいで護衛が失敗に終わりでもしたら、もはや責任どうのこうのどころの話でもなくなってしまう。
何が言いたいかというと、リスキーが過ぎるぜという話。
(――とはいえ、俺だけをあてにするはずもなし、だよな。他の職員だって一緒にマーシュトロンさんを守るんだろうから、働きを見るってーのはたぶんだがミスリード。驕らず逸らず先走らず、俺が有事に他人とどれだけ連携が取れるかってのを確かめようとしてるとか……?)
人格判断も含めてそういう部分から俺という個人を見極めようとしているのか――そう考えたナインは、リュウシィの真意を確かめるべくアウロネにそれとなく訊ねることにした。
「なあ、ところで治安維持局からは何人くらい出すんだ? できれば全員をアウロネさんから紹介してほしいんだけど。ほら一応、今回は同僚ってことになるんだし。俺も事前に顔を合わせてちょっとくらいコミュニケーションを取っときたいなと思ってさ」
不自然にならないよう気をつけながらそこはかとなく常識的一面を醸し出しつつ――言うまでもなく小癪なアピール戦略である――愛想よく述べてみた提案は、無慈悲に両断される。
「紹介は致しません」
「え」
「というか、できません」
「え?」
「既に紹介は済んでいるとも言えます」
「ええ?」
「あなたとクータ氏を除けば、任務に参加するのは私一人ですので」
「ええ?!」
――どういうこっちゃ!?
リュウシィという少女が果たして正気なのか、ナインが本気で疑念を抱いた瞬間であった。