167 リュウシィとエイミーは話し合いたい
名前間違いがまだあった……だと……!?
諸々の誤字報告ほんとに助かってます。
数ヵ月ぶりのリブレライトは当たり前だが何も変わっていなかった。エルトナーゼとは大きく違ういかにも街らしい街並みにギャップを感じることはあるが、間を置かず再訪したことで前回ほどの感慨もない。
そんな風に感じてしまうほど、今回の再会は珍しいくらいに早い。自分と彼女は数年単位で会わないのが普通で、付き合いの長さに反比例するように、共に過ごす時間はごく短いのだが――、
と、思わぬ呼び出しを受けたことで嬉しいやら煩わしいやら――比率は8:2――で考え込むエイミー。
そうやって部屋の主が来るのを大人しく待っていると、ほどなくしてその時は来た。
「やあエイミー。待たせちゃったかな」
「構わん。お前がお忙しい身なのは知っているからな。だというのに私を呼び出したその理由は、気になっているところだが」
コーヒーカップをふたつ手に持ったまま器用に扉を開けて入ってきたのは、エイミーにとって旧知の間柄であるリュウシィ。この応接室での彼女との会話も、彼女手ずからにコーヒーを振る舞われるのも(これがまた美味いのだ)もう慣れた。以前こそ与り知らぬ治安維持局という組織の内部へ入り込むことに、招かれたとはいえなんとも言えない居心地の悪さを感じていたものだが、もはや今のエイミーにはそんな遠慮もない。数年越しとはいえ何度もやっていれば勝手知ったるものだ――とまで言えるほど局に精通しているとは言い難いが、少なくとも戸惑うことはなくなった。
しかしあくまでもエイミーは治安維持局からではなく、その長であるリュウシィという個人にお呼ばれされたのだということを忘れてはならない。
「悪いね、呼びつけちゃってさ。まだエルトナーゼでの仕事も終わってないんだろ?」
「いつも通りならもう上がっている頃なんだがな。あの騒動のせいで一時期スクリームテラーも活動を中止していたから、もう少し付き合うことになった。とまれ私事が優先なのは変わらんよ――さ、言ってみろ。今度は私にどんな頼み事だ?」
「んー……コレっていう具体的なものじゃあないから、ちょっと言いづらいんだけど」
「む、どういうことだ」
「まずは知っておいてほしくてね。エイミーとも面識のある、あの子について」
「――ナインか」
「お、当たりだよ。さすが、よくこれだけでわかったね」
「お前と私の共通の知人なんてそういないだろうが。それにエルトナーゼで奴は妙に歯に物が挟まったような物言いをしていたからな。何かあると勘付くには十分。……そして極めつけはこいつだ」
エイミーがバッグから取り出したのは、全国紙だ。
首都を中心に国全体の記事が集まったそれは地方紙で目にするような細やかな世情は取り扱われないが、代わりに大きな話題や重要な案件に関しては詳細かつ正確に書かれている。大昔に規制局がお取り潰しとなった――形式的には局の再編で治安維持局に合併されたことになっている――ことで報道の自由が保障され、国民が本当の意味で何に関心を向けているのか、これさえ読めば大体のことを把握できると言われているくらいには信頼と実績もある。
そんな全国紙が一面で扱っているのが今年の『闘錬演武大会』。その優勝者についてである。
魔道具によって撮られた記事写真には、観客に手を振っているらしいナインの素顔がでかでかと写っている。リュウシィも当然これには既に目を通しているがその中身はお察しの通り『白亜の美少女』に対する絶賛の嵐である。
普通、どこの誰とも知らぬ無名の選手がいきなりスターダムを駆け上がれば称える声とともに何者なのかと訝しむような文章も添えられるものだが、今回の記事にそういった怪しむような書き方は一切なかった。言うまでもなく、これは優勝した『ナインズ』が全員年端も行かぬ少女、それも全員が可愛らしく――とりわけリーダーかつ十代目武闘王にまで選ばれたナインが常識を銀河の果てまですっ飛ばしてしまうほどの美少女であることが原因だ。
恐ろしきはその見てくれの良さ。
美的感覚は人並みにあってもそういったものになかなか心を揺さぶられないリュウシィであっても、ふとした拍子に見せる笑顔へ目を釘付けにされてしまうような――そんな言葉にはできない美しさをナインは持っている。
彼女が働くだけで宣伝なしでも一軒の店の客入りが十割増しになったというのもその人目の引き加減も分かろうというものだ。
だからこの記事の中身も無理はない、とリュウシィは頷く。
「よく撮れてるよね、これ。ナインがまるで普通の女の子みたいだ――いや、外見のことじゃなくて、表情がさ。これは世の男性陣があまねくメロメロになるんじゃない?」
「性別に限らず骨抜きだろう。実物はもっと強烈だがその分、人を選ぶ。この写真ではあいつのアクが伝わらないが、その分いい具合にデトックスされている。いかにも大衆向きだ」
「そうかもね。酒場で働いているときにもナイン目当てが男性に限らず大勢いたみたいだし……こうして全国的に有名になったことで、そういった支持層が老若男女問わず増殖したことになるわけだ」
「……それが問題だということか? お前があいつに任せた仕事とは、なんなんだ?」
「ま、事の顛末を聞いておくれよ。まずは私がナインに喧嘩を吹っかけた時のことからだね――」
◇◇◇
短いとも長いとも言えない一連の出来事の説明が終わり、エイミーはようやくナインがリブレライトを発ち、エルトナーゼを経由し、スフォニウスの大会に出て、そして次にアムアシナムを目指すという――言うなれば五大都市巡りツアーのようなことをしているその謎を突き止めた。
「ピカレから『知人』に大会へ出ることを勧めたと聞かされた時には、私も頭を抱えたものだけどね。まあそれしかないのなら仕方がない。アムアシナムに何があるのかまでは知らないが、きっと聖冠をどうにかできるだけの何かがあるんだろう……と、思いたい。そうじゃなかったらナインが変に知名度を上げただけになってしまう」
「いや、グッドマーのことだ。他にも絶対マシな方法は思いついていたはずだ。それでいながら奴は一番面白くなる方法を選んだのだ――自分にとって、な」
「それはそうだろうね。でもピカレの悪癖を知りながらも頼ることを決めたのは私だから、文句は言ってられないかな。むしろナインこそが私に文句をつけるべきかもしれない」
「ふん、どうだかな。あいつはあいつで武闘王にまでなってしまったのがどういう意味を持つか、まだ理解していないんじゃないか」
「これからおいおい知っていくでしょ、嫌でもね……。これだけ有名になっちゃったからには、変装でもしない限りもうナインに安息はないんだから」
「だな。だからこそお前も、私に七聖具を打ち明ける気になったんだろう?」
「また当たり。私のことよく分かってくれてるみたいで嬉しいな」
「ふん」
鼻を鳴らしつつもエイミーはどこか満更でもない様子だった――きっと気の置けない同士であるリュウシィが隠し事をしなかったことに満足しているのだ。彼女としてはもっと早く話してほしかったというのが本音なのだろうが。
「いやね、タイミングがちょっとさ。リブレライトを出たばかりなのにすぐ呼び戻すのもなんだし、しかもあの騒動で大変なことになってるのはこっちにも伝わってきてたしさ」
「まあいいさ。確かにあの最中に来てくれと言われても私も困っていただろうしな……それで、最初の質問に戻るが。お前の頼みはなんだ、リュウシィ。私は何をすればいい」
「これも最初に答えた通りだよ――何もしなくていい」
「……おい、さすがに意味が解らんぞ。何かしら依頼があるから呼んだんじゃないのか?」
「今は何もしなくていい。ただしエイミーには備えていてほしいんだ」
「備える、だと?」
「うん、そうだ。知っての通り私には味方が少ない。それはつまりナインへのろくな手助けができないってことだ。実際、現状の私は事態の解決を全てナイン任せにしてしまっているのがそのいい証拠だね」
「元はと言えばあいつが聖冠を飲み込んだのが原因だろう」
「そうなんだけど、それも私の力不足が招いたものとも言える。私にも責任があるのに、何もしてやれないんだ。こうして聖冠の情報を共有したのもアウロネとピカレを除けばあんたしかいない。……何が言いたいか、分かるよね?」
期待するような物言いに、エイミーは「無論だ」と力強く返答する。
「あいつが国中に知られる身分となったことで、否が応でも万理平定省の目に留まりやすくなった。暗黒座会を手引きした謎の人物や、それ以外の有象無象からもナインへ何かしらの接触はこれから幾度も起こる可能性がある。そういったトラブルの解決へ手を貸してやれと、そう言いたいんだろう」
「まさしく。ナインだってただの子供じゃない、多少の事件程度は自力で解決するだろうけど、それが難しいことだってあるかもしれない――そういう時に、この街から離れられない私じゃ何もしてあげられない」
「なんだ、結局私は駒代わりか?」
「いやエイミー、私が言いたいのはそういうことじゃなくって……」
「冗談だ、いちいち真に受けるな。それに駒代わりでも構わん。言ったろう、お前の忙しさはよく知っている。隠し事を打ち明ける決心をした餞別として、ナインのサポートを請け負うことを約束してやってもいい」
友からのその言葉に、リュウシィはほっとしたような笑みを浮かべた。
「ありがとうエイミー。そう言ってもらえて嬉しいよ。どうかよろしく頼む」
「任せておけ。……とは言っても、アムアシナム行きの指名を寄越すのはさすがに勘弁してくれ」
「はは、だろうね。エイミーは都市外でナインと合流できるように動いてくれ。ピカレの策がうまくいって聖冠を取り出せたなら、ナインはそれを手に持ったまま移動しなくちゃならなくなるからね。それがいつになるかはちょっと読めないけど」
「まずは密輸を手伝え、というわけか。いかにもな仕事じゃないか……。ここに持ち込んでいいのか?」
「危険だけど、他に任せるよりは気が楽かな。無事にいけば私のほうから万理平定省に届けるとするよ……なんだか、ものすっごく嫌な予感はするけどね」