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161 爆破十秒前からのカウントダウン

 パラワンの遺言を聞き終えたティンクとトレルは、その目に薄く涙を浮かべているようだった。

 きっとパラワン本人の口から自分たちをどう思っていたのか聞けたことに万感の思いを抱いているのだろう。

 そしてそれはクレイドールにとっても同じようで、涙こそ流してはいないがその顔には新たな感情らしきものが浮かんでいる。自分がなんのために作られたのか、そして何を託されたのか――それがはっきりとしたことで目の前が開けたような気分なのだろう。


 彼女たちの様子から大体のことを察しつつも、しかしナインはそんな三人に構っていられなかった。仮に何かを言うにしても口下手な彼女が適切な言葉を見つけられたかについては大いに疑問の余地が残るが、そもそも今のナインにそんな余裕はないのだからセリフを選ぶ必要もない――少女が目を向けたのはティンクでもトレルでもクレイドールでもなく(当然ホログラムの消えた場所へ手をかざしてぽかんとしているクータでもなく)、ジャラザである。すると向こうも同じようにこちらへと顔を向けた。その視線からナインは、彼女もまた自分と似たような考えを持っていることを悟った。


 ――パラワンの遺言はネームレスの言とおおよそ一致している!


 世界の揺らぎ、あらゆる脅威、そしてそれに対抗するための力――言い回しに違いはあれど、その意味はネームレスが告げたことと印象を同じにする。それはつまり、魔術方面と科学方面での未来予測が同一の結果を算出しているということ。


(突拍子のない話だとしか思ってなかったけど、こうなるといよいよもって信憑性が高まってきやがったな……いったいこの世界に、何が起ころうとしているんだ?)

(わからん。わからんがしかし、万理平定省の七聖具集めも『揺り戻し』に関係するとしか思えんな。主様よ。その腹の中の聖冠はとんだ虎の尾であるやもしれんぞ)


 小声で言葉を交わす両者だが、このタイミングでそれは迂闊だった。すぐ傍ではないにしろ同じ空間にいて、感じ入っているところとはいえ強化人間アドヴァンスとして人並外れた聴覚を有するティンクとトレルを前に「万理平定省」の名を出してしまったのは、珍しくもジャラザの明白なミスと言えるだろう。


 在りし日の思い出に浸るのもそこそこに、彼女たちはナインとジャラザの会話を盗み聞くようにそちらへ意識を向けて――すぐにそれも無駄になった。


 何故なら盗み聞くまでもなく、ナインが一同へこう告げたからだ。


「みんな聞いてくれるか。俺としちゃあパラワン博士の言うことは、たぶん正しいんだと思う。『アンノウン』のリーダーも似たようなことを試合中にくっちゃべってたし、これはオフレコなんだが……万理平定省って知ってるよな? そこも最近、慌ただしく七聖具を集めようとしているらしいんだ。これもきっとパラワン博士の言うことと関連があるはずだ」

「…………」

「…………」


 自分たちの所属する開発局の上位組織こそが、万理平定省なのである。ジャラザの口からそのワードが出たことで末端の戦闘要員とはいえ何を言うのかと用心するような心持ちで注目したのだが――ナインが『七聖具蒐集』という直近の最優先事項にして限定秘匿事項の内部情報を知りえていること、そしてそれを臆面もなく伝えてきたことにはさすがに二の句が継げられなかった。


「どうした? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して。……万理平定省を知らないのか?」

「いや、そうではない……万理平定省についてはよく知っている。だが何故、それを私たちに教えた? オフレコだと言うのならそもそも明かすべきではない」

「そうですよ。どうしてそんなことを知っているのかも気になりますけど、『アンノウン』のことも含めて――私たちに言ってしまってよかったんですか?」


 言葉をぼかしつつ訝しむ二人に、ナインはなんの気なしの調子で返事をした。


「いやだって、お前たちもクレイドールと一緒で、パラワン博士が『脅威』に立ち向かうために作り出したんだろう? 完成までは行かなかったらしいけど、でも博士の遺志を継いでることに変わりはないんだろうから……知らせておくべきだと思ったんだよ」


「……なるほど、な」


 実際、その理由までは知らされていなかった『七聖具蒐集』という下部組織も動かしながら万理平定省が秘密裏かつ大々的に推し進めている任務、その根幹が見えてきたという自覚はある。確証はないが十中八九、ナインの言う通りにパラワンの警告と関連しているものと見て間違いないだろう。それがわかったところで一構成員でしかない自分たちに何ができるというわけでもないが、上の思惑を知ることができたのは悪くない――その起端は正しく「ひょんなこと」と言うほかないが、パラワンを通じて起こったこの巡り合わせにティンクとトレルは何かを感じずにはいられなかった。


「お前たちの今後の予定は?」


 そう訊ねたのは自分たちの代わりにナインらをアムアシナムに誘導したいと考えたからだ。『武闘王』の来訪はあの街にいるオイニー・ドレチドにとってはいい隠れ蓑になる。無論自分たちのように意図的な支援を行うことはないが、それでも『天秤の羽根』へと彼女らが足を運びさえすれば――という目算は、また無意味なものとなる。


「俺たち? この後は観光がてらにアムアシナムに行ってみようと思ってるところだ。なんか有名な宗教の本拠地があるんだろ?」

「……そうか」


 その言葉に、ますますもってティンクは運命『のようなもの』への確信を強めた。

 だからだろう、色々と気がかりなことを口にするナインをこの場で追及しようとせず、そのうえでこんなことを言ってしまったのは。


「万理平定省が七聖具を集めているのは事実だ。私もそういった情報を掴んでいる」

「へえ、そうなのか。なんだかお堅い秘密組織って感じなのに、意外と情報漏れしてるんだな」

「秘密組織……ふ、そうだな。とにかく、私たちはすぐに街を出る。仲間と新情報を共有したいからな」

「仲間って他の強化人間アドヴァンスのことだよな。何人いるんだ?」

「……全員で八人だ」

「じゃあ、他に六人か。ところで、パラワン博士の後にお前たちがどこへ引き取られたのか聞いてもいいか?」

「すまないが、そこまでは教えられない。私たちは隠匿強襲部隊『アドヴァンス』だからな」


「隠匿も何もあったもんじゃありませんよ……」


 心底呆れたようなトレルの言葉を最後に、彼女たちは一足先にパラワン最後の研究室ラボを後にした。少しばかり迷った様子だったが、パラワンの遺体はこのままにすることに決めたようだった。


 二人がいなくなってから「さて」とナインは残った面子――クータ、ジャラザ、クレイドールの顔を見回した。



「整理するぞ。ネームレスとパラワン博士の言っていることを真実と仮定して、だ。万理平定省っていう国の管理者がとんでもパワーを持つマジックアイテム群の七聖具を蒐集しなければならないほどの、何かしらの『恐ろしいこと』が近いうちに起ころうとしている、らしい。そして俺は聖冠を食べちまったせいでおそらく万理平定省からすれば『敵』みたいなもんだ。側から見たら少なくともそういう扱いを受けても仕方ないってわけだ。そんで誤解されないためにも、俺たちは宗教都市アムアシナムに向かってそこにあると目される、これまた七聖具のひとつである聖杯を使って、俺の体から聖冠を取り出せるかどうかを試してみる。……ここまではOKか?」



 世界の脅威云々については、ぶっちゃけ何をどうすればいいのかナインにとってはまるで不明なために、今後の方針も結局は元来のそれとなんら変わることはない。

 そのことを三人に確かめてみれば、


「うむ」

「だいじょーぶだよ!」

「了承しました」


 三者三様の、しかして意味を同じくする返答を受けたナインは、ここで「そうだ!」ととあることを思いついた。


「一応やっとくとするか。何か効果があるかってのは微妙なところだが……」

「? どうかしましたか、マスター」


 自分のほうを見つつ何事かを呟く主にクレイドールがそのわけを聞けば――



「よし、名付けるぜ。お前さんは『クレイドール』だ。同じ名前のままで上書きさせてもらおう」



 名付けることに意味がある、とはジャラザの言葉だ。それが正しい保証はないがしかし、ナインとしても似たような予想をしているので、新しい同行者である彼女にも名前を与えるべきだと考えたのだ。だがクータやジャラザの場合とは違って彼女には既に博士から与えられた立派な名があり、それを変えてしまうのはナインとしても望むところではない――だからこうして「同じ名を与える」ことにしたのだ。


 まるで屁理屈のような命名方法ではあるが……不意にクレイドールの身体が光ったのだからおそらくは成功したのだろう。それはクータやジャラザが変身するときに見せる光とよく似ていた。


「――――……」


 光が収まったところで、クレイドールは自身の体をためつすがめつ眺めている。いつもの無表情ながらもその仕草には「信じられない」といったような驚きがあるように見えた。


「何か変わったか? 外見はさっきと全く変化はないようだけど」


「はい、変わりました。エネルギー上限と最大出力の大幅アップ。そして武装・変形機構にも新たなバージョンが加わったようです」


「おお、そうかそうか。やっぱり名前が重要みたいだなー」


「理解に苦しむことです。何故、改造やシステムパッチもなく私の性能が変化を? それも、こうも急激に」


「ごめん、わからん。そーいうのは誰より俺が一番わかってないからな」

「――ふう」

「あ、いま俺のこと馬鹿だなこいつって思っただろ。いいか、馬鹿なのは本当だけどな――」


 とナインが自分なりの主張を試みようとしたところで、それを遮って声がした。

 響いたそれは先程聞いたパラワン博士のものである。


『あー、残っているとは思わないけれど、一応は言っとくよ。この研究室ラボは今から爆発する(・・・・)。全部壊れて上の建物ごと倒壊するように計算してあるから何も残りはしないよ』


「は、はああっ!? 今なんつった!?」


『カウントダウンは十秒だ。さあ、まだそこにいるならさっさと逃げることだね』


まーパラワンさんはこういう人だったということです

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