表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
1章・リブレライト臨時戦闘員編
17/553

17 怪物少女はご主人様

 ナインは大いに困惑していた。何にというと、一人の少女にだ。

 正直に明かしてしまえば向かい合うその人物を少女と表現していいものかどうかすら、ナインには判断がつかなった。

 何せ彼女の認識では、少女はついさっきまで一羽の鳥であったはずだから。


「? どーしたの、ご主人様?」

「ご主人様……」


 あどけなく首を傾げるクータに、ナインはたじたじだった。


 リュウシィから追って連絡をするから動くなと指示され、大人しく職場へと帰り業務を終え自室に戻ってきたところ、クータが待っていた。鳥の姿の時からルーチンではあるが、赤い鳥ではなく赤い少女が……見慣れた部屋に見慣れない少女が待っていたことがナインにとっては大きな違いだ。


 今日は特に酒場が盛況で大忙しだったことも相まって、半ばクータの変貌を忘れかけていた――と言うか望んで忘れ、頭から追い出していたのかもしれない――ナインは迂闊なことにその先のことを何も考えていなかった。そのツケが回ってきたことで、こうして部屋でクータと向かい合った状態で絶賛困惑中というわけだ。


「念のために確認するが」

「なーに?」

「お前はクータ、で間違いないんだよな?」

「うん! クータはクータだよ。クータが、クータだよ」


 哲学的命題への答えのような返答だが、そんな深い話ではない。一人称が自分の名前になっているが故のややこしさである。


「うん、そうだよな。そうなんだよな……。で、聞きたいんだが……クータは鳥なのか? 人間なのか?」

「うーん……わかんない!」

「わかんないって」


 まさかの答えに呆れるナインだが、しかし我が身を振り返れば「お前は人間か」と訊ねられたとして、その質問に自信を持って返答できるかと言われれば……迷いなく頷くことはできないと気付いた。精神的には人間と主張するつもりではあるが、体のほうはどうか。人間と言うと明らかな嘘になってしまう気もする。かといって怪物なのだと自称するには姿が人間的すぎるし、可愛らしすぎる……いずれにせよ怪物or人間の二極では答えづらい。


 まずナインからしてこの調子であるので、その連れであるクータが鳥か人かで決められずとも責めるのはお門違いというものだろう。


「変身……でいいのかな。クータは鳥になったり人になったりできるんだよな。それとも、もう鳥の姿には戻れなかったりするのか?」

「ううん、なれるよ。ほら!」


 クータの体が発光する。この現象を見るのもこれで三度目なので、ナインも動じることはなかった。大人しく光が収まるのを待てば、そこには見慣れた赤い色の鳥がいた。


「クークー!」

「おっと、静かにお願いなクータ。そんじゃ、また人の姿になってくれるか」


 そう頼むと、また発光。すると今度はクータが赤い髪の少女に変わった。この変貌ぶりは改めて見てみるとけっこう面白いな、とナインは妙な感想を抱いた。


「変身は自由にできると。そして人の姿になると、ちゃんと言葉も話せるわけか……それならそうと最初から教えてくれればいいのに」


 出会いからしてもっとスムーズになっただろうとナインが不満を零せば、クータは慌てて否定した。


「クータ、前はこんなことできなかったよ! ご主人様から名前貰って、大きくなって……ご主人様があいつに襲われてまずいって思ったから、こうなったの!」


 ほんとだよ! と釈明するように言い募るクータ。隠し事をしていたと思われるのが相当嫌なのだと察したナインは、落ち着かせるように頭を撫でてやった。実を言うと背はクータのほうが高いのだが、そこは関係ない。飼い主としての矜持の見せどころである……少女姿のクータをペット扱いはそこはかとなく業が深い気もするが、ここは目を瞑るべきだろう。


 クータの頭髪はふかふかしている。撫で心地の良さは鳥姿とも変わらない。自然と撫で方に熱が入り、クータも気持ちよさにとろんとした表情を浮かべる。

 ただしナインは感触を楽しみながらも思考まで緩めてはいなかった。


(俺から名前を貰って、大きくなった……。俺は蜘蛛を倒した経験値がクータにも入ったんじゃないかと思っていたが、クータの認識としては違うんだな。変化の理由は『名付け』か。そして俺がピンチだと思ったから人型になれるようになった……? そこはよく分からんな。人型になる意味があるのか? まあ火の威力は上がっていたみたいだけど、それだって人型になったのと関係あるか微妙だしなあ)


 そして何より衝撃的なのはだ。


(クータ……メスだったのかよ!!)


 いや確かに、性別の確認はしなかった。

 というか確認の仕方など知らなかったのでしょうがないが、とにかくオスかメスか確かめなかったのは事実だ。

 そのうえでクータはオスだろうと思い込んでいた――決めつけていたのは疑いようもなくナインの落ち度である。その結果が「クータ」という名前だ。どう聞いてもメスの……女の子の名前ではない。日本風に言うなら「くう太」であるからして、少女に相応しかろうはずもない。


 ナインは落ち込んだ。安直な名前の付け方をしてしまって、クータに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。


 だが――


「? クータ、クータって名前、好きだよ! ご主人様がくれた大切な名前!」


「ク、クータ……お前ってやつは」


 満開の笑みで自身のポカした名付けを肯定してくれるクータに、ナインは心の中で泣いた。

 本当に、なんていい子なのだろう。こんなに純粋で、こんなに懐いてくれて、窮地と見れば強大な相手にも挑む勇敢さもあり……自分には勿体ないくらいに良い子だ、とナインは感動までしていた。


「ありがとうな、クータ。俺はお前が大好きだ!」

「ふへえ!」


 衝動に身を任せ、ナインはクータを強く抱きしめた。当然力任せにサバ折り、などという事態にならないようナインは手加減をしているが、それでも力の強さは変わりない。抱きしめられ胸が締められるような状態で「大好き」などと敬愛する主人から言われたクータは一瞬で顔を真っ赤にして、そして火を吹いた。


 顔から火が出る、という慣用句の表現ではなく、文字通りに出火したのだ。


「あっち! あちっち! ぎゃあ、燃えるぅ!」

「あわわわわ! ごめんなさいご主人様ー!」


 結論から言うと燃えなかった。

 ビバ肉体。

 ナインは己の体の頑強さに心の底から感謝した。


 二人で必死になってナインの頭に燃え移った火を消したおり、クータは申し訳なそうな顔で主人の顔色を窺った。


「ご主人様、頭はだいじょうぶー?」

「その聞き方……いやまあ熱かったけど、平気だ。火傷もしてないし、そんな気にしなくていいぞ。……俺以外にはくれぐれも同じことしちゃいけないから、そこは気を付けてね。いやほんとに」


 事実、ナインは表皮どころか髪にすら焦げあとのひとつもついていない。むしろ消火しようと頭部を力いっぱいはたいたせいでヒリヒリしている箇所のほうが重症なくらいで、クータの火そのものは何らナインを傷付けてはいなかった。


 本当にどれだけめちゃくちゃな体なんだ、と自分のことながら嘆息してしまうナインだが、この人間離れした耐久に助けられていることも否定はできない。もしもパワーはあっても頑丈さが人並みであったなら、もう何度命を落としているか定かではないだろう。


 というか、振り返ってみるとよくよく危険な目に遭っているものだ。エルサク村でのオーガや移動中のモンスターとの遭遇はともかくとしても、麻薬を焼いている最中にその持ち主と出くわしたり、エイミーやリュウシィとの邂逅などは間違いなく偶発的にしろ、だからこその運のなさと言える。

 初見で揉めなかったのはマルサやクータくらいのものである。


 そしてナインには、これから先も自分はこんな風に生きていくのだろうという奇妙な実感があった。

 望むと望まざるとに関わらず争いごとに巻き込まれる……あるいは、引き寄せながら生きていくのだと。

 なのでナインはクータに向き直り、真剣に聞く必要があった。


「一応は聞いておくぞ、クータ」

「なーに、ご主人様」

「お前、俺についてくる気はあるか?」

「うん、ついてくるよ! ずーっと来るよ!」

「そ、そうか……」


 ノータイムでの返事に嬉しさもあるが、それ以上に質問の意図が伝わっていないのではないか、という不安が大きいナイン。もっと言葉を選んで訊ねてみようとしたところ、続けられたクータの言葉に不安は消え去った。


「ずっとずーっと守るよ、ご主人様! どんなことからも、クータが守るよ! もっともっと強くなって、すーっごく強くなって、クータがご主人様を守ってみせるからね!」


 明るい橙色の瞳がどこまでも真っ直ぐに見つめてくる。澄み渡るようなその色は、暖かな炎を連想させた。限りなく純真でしかも燃え盛るように熱い、そんな気持ちが互いを結ぶ視線を介して飛び込んでくる。


 ナインは思わず、息を呑んだ。


「クータ、お前……」

 どうしてそこまで? 出かかった言葉をナインはなんとか押しとどめた。それを自分が聞いてはいけない気がしたのだ。


 ナインとしてはクータがここまで慕ってくれる理由が、守ろうと決意している理由がまったく分からない。ただ名前をつけて、一緒に街まで来ただけだ。餌を貰った恩義だろうか? しかしクータの言い分では、その前からすでに彼女の覚悟は決まっていたようでもある。


 謎である。しかし、それをそのまま告げてもいいものかどうか。ここまで言ってくれる相手に、「ちょっと意味不明で怖いんだけど」などとヘタレ男のようなセリフをぶつけるのは何だか違うような気がする。


 どっちにしろだ、とナインは内心で呟いた。


 自分だってとっくに、クータを飼うと、そして守ると決めていたはずなのだ。

 戦いの矢面に立たせたことで決意が揺らいでしまったか?

 物言わぬ鳥から言葉を操る少女になったことで動揺してしまったか?

 だとするなら、それは甘えだ。

 たとえ寂しさを紛らわすために傍に置こうと思い至ったのだとしても、一度そうと決めたのなら、揺らぐべきではないのだ。


 何があろうとも――少なくとも、クータ自身が自由へと帰りたがるまでは。

 ナインは決断する。


「頼もしいぜ、クータ。お前が俺を守ってくれるなら――俺がお前を守ろう。お互いを守り合う。つまりは無敵だな?」

「うん、無敵!」

「俺たちは無敵のコンビだぜ!」

「コンビコンビ!」

「これからよろしくな、クータ!」

「すえながくおしあわせになります!」

「あれ? なんか変だな?」


 コンビというよりも永遠を誓い合ったパートナーへと送られる言葉のような……とナインは違和感を覚えたがすぐに流した。意思疎通も済んだことなのでクータをわしゃわしゃと撫でて楽しんでいると、そこで部屋の扉が勢いよく開いた。

 きゃっきゃとはしゃいでいたクータはびっくりしてその動きを止める。ナインもだ。


「ごらあ、ナイン! さっきから何を騒いでやがるんだ、騒がしい! ウチの宿はお前だけのものじゃねえんだぞ!」


「げ、音が漏れてたのか……前から思ってたけどここの壁薄すぎるんじゃないかな、ドマッキさん。まさか違法建築じゃないだろうな?」

「うるせえ、そんなの建てた奴に聞け――ってお前、なに女を連れ込んでやがる! いつお父さんがそんなことを許可した!?」

「だーれがお父さんだ! あんたに育てられた覚えはないぞ! そして女連れ込むって表現はやめろや、まだ子供だろ俺もこの子も!」


「む、これは……反抗期か! 雇った初日だけはあんなに素直で可愛げがあったってーのにこのガキは……ふふ、まあ親子喧嘩できるくらいに心を開いてくれている証でもあるか?」


「いや怖えーよ! あんたの感情が一寸たりとも理解できなくて普通に恐怖だわ! マジで自分の子供だとか思い込んでないだろうな!? 治安維持局呼ぶぞ!」

「なにあれ、燃やしてもいい?」

「まだ待ってくれ、異常者の証拠を掴まないとさすがにまずい」

「なに物騒なこと言ってやがる!? お父さんを燃やす気だあ!? 反抗期の度を過ぎてるぞそれは!」

「だから怖えーって! 意地でも親子喧嘩扱いすんのな!」

「やっぱり燃やそ?」


 宿泊者からのマジ切れクレームで三人とも静かになるまで、あと数秒。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ