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157 決勝戦③:ミドナ×20は空を走る

 ミドナはその類い稀な才覚によって手に何も持たぬままスラッシュ系の魔法を放つことができる――けれどそれは彼女からしてみれば隠し芸のようなものでしかなく、何も『剣士だが素手のほうが強い』などとトンチキな主張をしたいがために見せつけているわけではないのだ。


 勿論ミドナは根っからの剣士であるからして、素手より剣を持ったほうが強い。それは技に関しても同じで、『オーラスラッシュ』だって当然、実際の刀身から放つほうが強力になる。素手なら相手に発動のタイミングを悟られにくいという大きな利点こそあるものの、実剣を持って振るえば威力、速度、射程が飛躍的にアップするのだ――自分よりも実力に劣る敵が相手ならば前者で十分だが、敵が強ければ強いほど、隠し芸程度の技では大したダメージを与えられないような――つまりはそういった強敵と戦う際には。


 ミドナは迷わず剣を抜く。

 その名を『狼牙剣』というそれは、彼女が最高難度クエストをクリアした際に得たとあるモンスターの牙を素材に作り上げた最高の剣。ミドナの本気の技量にもついてこられる貴重な一品にして大業物である。


 既に都合二回、この剣で少女を斬った。結果としてはどちらも薄皮を裂いた程度にしかならなかったが、最低限刃が通ったことには安堵するべきだろう――とはいえそもそも自分の振るう刃が通らない事態など考えもしていなかったミドナなので、ナインの異様な固さは完全に思慮外でしかなかったが……とにかく『オーラスラッシュ』で感じた小枝のような頼りなさは、もうなくなった。


 けれど『狼牙剣』ですらも頼もしいとまでは言えなかった。手の中にあるこの武器がここまで軟な代物に感じたのもまた初めてのことだった。実際に腕から伝わるナインを斬った感触は異様であり、奇妙なまでに重たいものであり、そしてどうにも見通せないものでもあった。


 斬ることで敵の力量がわかる――それはミドナに限らず多くの剣士が持つ一種の感覚器官であり、武芸者特有の看破能力と言える。


 その感覚を頼りにミドナが導き出した戦法は……とにかくナインを惑わし、少しでも多く切り付けること。そのために何をどうすべきなのかは、考えずとも結論が出ていた。



「合計百発! 『オーラスラッシュ』の袋叩き――いや、袋斬り! これはこたえるでしょ――って、なにそれ!?」



 今度は目に見える斬撃となって軌道を描き、二十に分かれたミドナから一斉に放たれた『オーラスラッシュ』は確かにナインへ直撃した。余すことなく百連斬がナインの全身を切り刻んだ――はずだったのだが、またしてもミドナは手応えに不確かなものを抱き、そしてそれを証明するかのように少女の身体が光り輝いていたことに絶句した。


「守護幕……俺のナインヴェール! ぎりぎり発動が間に合った……!」


 白い少女を包み込む、神秘的な虹色の幕。防御能力を持ったナイン第一の術である。窮地から脱するために咄嗟に編み出されたもうひとつの能力『瞬間跳躍ナインジャンプ』と違ってこちらは敵に対抗すべく悩んだ末に自力で作り上げたものであるが故に――言わずもがな聖冠の力もあってのことだが――扱いに関してはコントローラブルで、肉体的な技能以外はお粗末としか言いようのないナインであってもある程度は自在に操れる。だからこそ分裂したミドナを見て呆気に取られつつも、どうにかガードが間に合ったのだ。


「あらら、防御系の術も持ってたか……ちょっち意外かもね。困った困った」


 まるでオーロラが如き輝きを持って少女を守るそれは非常に美しいものだがしかし、ミドナからすれば厄介極まりない代物でしかなかった。


 全身を隙間なく覆うオーロラはつまるところ、完璧な防御策だ。


 ミドナほどの天才剣士ともなればフルメイルの相手すらもその鎧の隙間から生身を切り裂くことができるのだが、あいにく超常の力であるナインヴェールとやらにはそういった手先の技量が通用しそうにない。つまり彼女はただでさえ刃が通りにくいナインを相手に、それを包む防御の異能ごと叩く必要があるということだ。


「ひたすら堅い相手ってのはパーティじゃ私の担当じゃないんだけど……ま、一人で試合に出ている今、わがまま言ったってしょうがないわね」


 二十人のミドナが苦笑しながら剣を構える。

 その円の中心にいるのが虹色に光る美少女――なんとも奇怪なことこの上ない光景だが、それに疑問を覚える者は会場のどこにもいなかった。


 ミドナたちは一糸乱れず間を合わせて動く。スペースの関係上一度に斬りかかれるのは精々が数人だが、先行するミドナに重なるようにもう一人ミドナがつくことで備え兼抑えとして機能し、数人分の圧を高めることができる。作戦会議どころかアイコンタクトすらも必要なくここまで統率の取れた動きを可能とすることにこそ『ディビジョンアバター』の特異性がある――この強みをフルに発揮させたミドナは自身含めて二十体という圧巻の物量でナインへ攻め立てた。


 まずは『ヘビースラッシュ』と『パワースラッシュ』、その横から『エクステンドビーク』と『ツインビーク』、間を縫うようにして『シャドウスラッシュ』と『ライトニングスラッシュ』を放ち――すべて命中。


 遮二無二回避をされたならばこれだけの人数で囲もうと半数以上の攻撃を避けられてしまうだろう――とナインの機動性からほぼ正確な予想を立てていたミドナの戦闘勘を裏切るかのように、少女は連続攻撃を防ごうとすらせず一身に浴びて……そして拳を振るった。


 防御をヴェール頼りにし、確実な反撃を通すことだけを目指したナインの拳打はミドナの一体にではなく、その真下。舞台そのものへと振り下ろされた。


 地面が陥没する。轟音を響かせながら、ナインはその一打で足元を大きく凹ませる。プレートの件といい、まるで舞台に対して恨みでもあるかのように戦うナインだが――これが舞台対ナインの試合であったらとっくにKO勝ち判定が出ているだろう――彼女としてはいたずらに舞台を痛めつけたくてやっているわけではなく。


(しまっ……)


 揺れと足場の半壊によってほんの一瞬、ミドナの集団に隙ができる。

 腕の捌きに等しく足運びが重要な剣士にとってこの状態は致命的とも言えるものだ。


 ナインはすかさず行動を起こした。彼女もまた足元は不安定ながらも、自分で引き起こしたからにはどう動くかもシミュレート済みだ。両手を伸ばして近くのミドナ二人を抱え込み着地する――と同時に豪腕を唸らせて二体ともぶん投げた。


 放つ先には当然、他のミドナたち。まるでボウリングでストライクでも取ったように弾き飛ばされる数体のミドナ。もう一方のミドナも同じくミドナたちへとぶつかって――宙を舞うミドナミドナミドナミドナ。


「!」


 しかしナインはここで瞠目させられることとなった。

 バーハルの分裂は一撃加えてやればそれだけで消え去った――なので増えたミドナ自体を武器代わりにして一度に何名も巻き込むような攻撃をしたのだが。


 それなり以上の衝撃を与えたはずだというのにミドナたちは一体も消えていない。それどころか痛みを押しながらも体勢を立て直し……空を駆けていく(・・・・・・・)


「おいおい、こいつぁ……」


 夢でも見させられているような気分でナインは同じ顔をした二十人が空を走り回る様を見上げる。


「『エアステップ』。ここからはかなり、真剣・・に行くよ」


 何もない空間を足場に、縦横無尽に行きかうミドナの群れ。横の広がりだけでなく高さも合わさった三次元的なこの動きはナインにとっても対応が――



「『ディメンションスラッシュ』」

「――!」



 マズい、と少女の本能が声高に訴えた。


 何が来るかもわからぬままに、しかして食らってはならぬと跳び上がって躱そうとしたところで――その先に待ち構えていた五体のミドナ。


(っ、読まれ……、)

「『ディメンションスラッシュ』!」


 空間ごと、次元ごと切り裂く破格の剣撃が五つ重なってナインに落とされた。堪らず墜落し、舞台へ強かに身を打ち付けるナイン。その体には新たな切り傷が無数に浮かんでいる。だが舞台に刻まれた五本の大きくそして深すぎる破壊痕を見るに、少女の傷がこの程度で済んでいるのは奇跡に近いだろう。


 正しく奇跡的な肉体だ――石より鉄より遥かに固い、神の御業が如き強すぎる肉体だ。


 もはや残骸となった舞台上で横たわっているナインに、ミドナは感謝とともに今度は二十体分の『ディメンションスラッシュ』を振るう。


 何度も死線を潜り抜けてきた。その度に実力を高めた自覚がある。最初から、剣を初めて握ったその日から彼女は強かったけれど、しかし今ほど強かったわけではない。最高等級冒険者に至るまでも、至ってからでも苦戦はあったし、命の危機だって少なくない回数経験してきている。

 彼女は強く、強いが故に敵も強靭で、その分才能に胡坐をかいた生き方などはできなかった――日々己を高めることに精一杯であった。


 今もこうして、己を高めている最中だ。


 ナインと向かい合って感じたのは今までに抱いたどんな高揚感よりも素晴らしいものだった。

 彼女ならきっと、もっと、ずっと自分を強くしてくれる――そう確信できるだけのものがあったのだ。

 こんな感覚はどれだけ強大なモンスターにも、あるいは仲間たちとの模擬戦でも感じたことはない。


 だから彼女は二十連のディメンションスラッシュという最高難度クエストでも滅多なことでは使わない大技を一人の少女相手に繰り出しながらも、これが勝敗を決定づけることはないと心の深い部分で理解していた。


 まだまだこんなものではないのだ、ナインは。

 だからそう、真の闘いというのであればそれは。

 今ここから始まるのだろう、と。


 そう信じて見つめるミドナの目にはナインの起き上がろうとする姿が映っている。ゆらりと静かに、就寝から目覚めたような自然な動作でなんの焦りもなく――しかしそれは、空中から降り落ちる斬撃の塊が彼女の身に到達するよりも速く行われたことは間違いない。


 ミドナの連撃によってヴェールを打ち消された少女は、その代わりとばかりに自らが光を放った。

 真っ白なオーラが彼女の全身から発散され、髪が逆立つようにして蠢きだす。

 そして瞳は更に深紅の輝きを増し――今や視線にすら物理的な圧力があるかと思えるほどになり。


 当然、その視線を一身に……いや二十身に受けているミドナたちは全員が全員、得体の知れない感覚を味わった。



「――……」



 無言でナインは頭上へと蹴りを放つ。真っ直ぐ高らかに、素早く滑らかに。まるで演武のような淀みない所作で蹴り上げられたその足先が、二十のディメンションスラッシュを迎え撃ち――べきり、と。


 全てをまとめて打ち砕く。


 砕け散って霧散した斬撃の破片が、雪のように舞ってひらめくどこか幻想的な様を眺めながら――その中で泰然と佇む、自分と同じく真剣・・になった少女を眺めながら。


 ミドナは歓喜を隠せず、鼓動の高まりともにこれまでで一番の笑みを見せた。


「……っ〜! うん、わかってたよナイン……! あなたの奥にまだ扉があることはわかっていた――それが、その姿が! ナインというひとつの力の形なのね!」


 歓ぶべし――挑むべし。

 ミドナたちは一斉にナインへと群がった。


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