155 決勝戦①:見えない斬撃と巨大フリスビー
今回のサブタイひどない?(他人事)
闘錬演武大会の舞台表面にはプレートが敷き詰められている。その理由は交換が容易だから。いくら頑丈に作っても試合のたびに破損する恐れがある以上、『壊れない』ことよりも『壊れても大丈夫』なようにすること――つまりは最初から修復を見越して建設するのは正当な判断だと言えるだろう。
削りだしの岩石をあらかじめ板状にして倉庫に保管し、土属性系統の構築魔法と建設魔法の併用、それから生活魔法の中でも高等な部類である『フローティング』での運搬……といった手順は多いが流れさえ作ってしまえば舞台の修繕にかかる時間は驚くほど短くなる。
舞台そのものを直すよりは表面にプレートを張り直すだけのほうが、格段に手間がかからないことは自明の理だ。
無論、やたらと敵を流血させて舞台を汚すような選手や、舞台上の広範囲を凍り付かせてしまう選手などといった単純な破壊に限らない事態への対処もしなければならないが、そういったシーンにも対応できるだけの多人数かつ優秀な修繕スタッフがチームを組んでおり、今年の闘錬演武大会は遅延もなくつつがなく進行しているのであった。
そこにはプレート式での修復時間短縮も大いに理由の一環として貢献していることだろう、と。
ところでどうして今になってこんな説明をしているかと言うと……その運営にとって大助かりのプレートが、本来の役割とは程遠いところで活用されてしまっているからだ。
その使用者は我らが怪物少女ナイン。
彼女はあろうことか足元に嵌め込まれたプレートの淵に指先を引っ掻け――引っぺがす。そのまま空っぽの鞄でも持ち上げるかのようななんてことはない所作で、巨大な岩石の板を肩より上へと掲げる。
それから何をするかと思えば……なんと少女は、石板を投げつけてしまう。
フリスビーか何かと勘違いしているのではないかというくらい気軽に、なんの衒いもなく――剥がして、投げて。剥がして投げて。それが何度も繰り返される。
投げる先には、言うまでもなく。
「ちょっとちょっとナイン!? いくらなんでもこんな戦い方はないんじゃないの!?」
「近づけさせてくれねえんだからしょうがない――でしょうがっ!」
一時は大会運営に関わった身として、今は一選手であっても思わず少女の粗暴さに苦言を呈さずにはいられない。
そんなミドナに対し、苦言を呈されたほうのナインは悪びれることもなく再度プレートを投擲。まるで挑発のような行動だが、これでも少女は少女なりに必死だった。
真っ直ぐミドナ目掛けて飛ぶプレート。
しかしそれは、軌道の途中で粉微塵に打ち砕かれてしまう。
(あれだ、あの技が俺をミドナさんのもとまで行くことを許しちゃくれない――!)
こんな癇癪を起こした子供のような(規模の拡縮を無視して形だけを見ればだが)幼稚とも取れる戦法を取った理由は、試合開始直後まで遡る。
寸分のズレもなく同じタイミングで動いた両者――意気込みはやはり同一。そう確信していたナインは、ところがすぐに目を見開くことになる。
前へ。
つまりミドナへと目掛けて進む少女とは正反対に、後ろへ。
少女から離れるようにミドナは後方へと退いたのだ。
てっきり相手も接近してきての近距離戦が展開されるだろうと疑いもせず思い込んでいたナインにとって、彼女の選択は虚を突かれるに充分な意外性があり――そんな意識的な空白が生じた彼女に無数の斬撃が降りかかった。
「――っう!?」
撥ね飛ばされるナイン。
身を捻り、片手を床に擦り付けての着地を行いながら、彼女は自分の身に何が起こったのかを正確に理解する。
(見えない斬撃! 本戦Bブロックでミドナさんが相手チームを斬った例の技か!)
その正体を悟れぬままに「そういうものだ」と悟ったナインは再び突撃。
今度は正面からではなく、自身の脚力を活かして大きく回り込みながら接近を――
「ぐっは!?」
またも浴びせられる、不可視の斬撃。ナインはミドナから見て横に動く移動をしていた。それも怪物少女の本気の走りで、だ。
観戦中に何度も見た。
今しがた実際に食らって体感もした。
そこから推測されるに斬撃の到達速度は自分の全速力を追い越すことはできない――要は見てから命中させることは間に合わない、はずなのに。
それでも当たってしまったのは。
(置きエイム、ってことか……!? 俺がどこへどう走るのか予測して! 斬撃と俺の走りが重なる場所へ先んじて放ったのか……!)
くるりと宙で回転。そこから連続のバク転で一旦、ミドナから距離を取る。その最中にも追撃が来るかと覚悟していたナインだが、ミドナはじっくりと腰を据えるような戦いを所望しているらしく、いたずらな攻めっ気は出さなかった。
開始位置よりも開けた距離感で、ナインは想像以上に『見えない斬撃』が面倒な代物であることを認めた。
(どういう訳かミドナさんは昨日も今日も、腰の剣を抜かないまま試合をしている。剣を使わずにどうやって切っているんだっていう疑問もさることながら、それ以上に――ノーモーションなのが超ヤバい! 動作の起こりがないからタイミングが掴めないし見えないから射程もよく分からない。今だって飛ばしてこないのが届かないからなのか威力の減退でもあるからなのかもっと他の理由なのか――その一切合切が不明だ。アレは普通じゃ躱しようがない……!)
絵に描いたような強敵。
目に映らず、ナインの足を止めるだけの威力を持つ厄介な技を使い、ナインの動きを見切る動体視力に、どう動くかを読む確かな観察眼を持ち、それでいて彼女はまだ遊んでいる段階なのだ。それはミドナの余裕の笑みを見れば分かる。
「近づけない、とくれば……こうすりゃどうだ!」
ここでナインが思い付いたのが、前述した戦法……プレートの投擲である。
投げつけられる物が舞台上にはこれしかなかったのだから、少女としては「仕方のないことだ」という認識だ。
「えっ、――それマジ?」
「ふぅん!」
こんな暴挙に出るとはさすがに予測できていなかったミドナが素で驚くも、ナインは構わず全力で投げ込む。飛来するそれにミドナの表情もすっと冷えて――爆発、したのかと思わされる勢いでプレートが砕け散ってしまった。
(! 粉々かよ。……今のが最高威力か?)
ナインが踏みしめればそれだけで割れてしまう程度のプレートとはいえ、一般的な観点から言えばその強度はかなりのものだ。
取り換え前提の代物であっても一応は試合に耐えうるだけの規格にはなっている――そんな物をバター菓子もかくやというように粉砕した斬撃。
それはネームレスの窓が閉じた際のような綺麗な切断面ではない。日本刀の切れ味を思い起こさせたあの切り方とは違って、比較するに欧米諸国に見られる剣の重量で叩き切るような、割り折るような破壊痕である。『見えない斬撃』とはどうやら切ることのみに特化した技ではなく、彼女の使い方からしても『見えない砲弾』のような扱いであることは明らかだ。
(ただし俺に放った斬撃はひとつではなかった。たぶん四つか五つは同時に降りかかってきていた……どこまでばらけさせられるかは知らんがとにかく、ミドナさんは斬撃をほぼ同時レベルでいくつか繰り出せる!)
ほぼというのは全くの同時なら一塊になってナインからしてもひとつの斬撃にしか感じないはずだから。それを一箇所にしか放てないのかそれとも複数を対象に放てるかは要検証だろう。
――ただし、一対一のこの状況でそちらはさほど重要じゃないかもしれない。いや、もちろんナインへの命中性という点では重大な要素に違いないが、現時点での優先すべき事項はそれではなく。
そちらよりよっぽど気にすべきは技の連射性にこそあった。
即ちどれだけ連続して使えるのか、ということ。
それによってナインの戦い方も変わってくるかるして。
「どんどん行くぜ――よく知るためにも、まずは投げまくる!」
こうして前述した投擲祭りの戦況へと相成ったのだ。多大なるプレートの犠牲。その元からモノを言わない屍の山を経て、ようやくナインは見えない斬撃の性能を概ね読み取ることができた――そしてそのことはミドナも承知している。
今は遠い距離間が維持されているが、舞台にプレートが無限にあるわけではない。
いずれは弾が尽きる……もうすぐ、今にも、この瞬間にも。
舞台面積の三分の一ほどが禿げ上がった時点でナインがすぐに投げられるプレートは皆無となった。間隙なく続いた遠距離戦に生まれた、停滞の一瞬。通常であればそこで互いに息を吐くはずのその間を、ナインとミドナは迷わず追撃へと転化させる。
重たいプレートを何十枚と投げつけて、またその迎撃に努めていた両者はしかし、緊張を緩ませ張り詰めた精神を癒すでもなく、単純な肉体疲労の回復を図るでもなく、更に激化する戦闘へと身を傾けたのだ。
それは相手も同じことをするという確信があったからこそ。
(やっぱり! ナインはここで日和るような子じゃないとわかっていた――そして『オーラスラッシュ』なんかじゃ決め手にならないってことも、私は試合が始まるずっと前から知っていたよ!)
(やっぱり! 俺の攻め手が止まったからには今度こそ仕掛けてくると思ったぜ――ミドナさんは好戦的だ、わざと距離を取ったんだろうが我慢なんてきくはずがない……俺みたいにな!)
人の身とは思えぬ速度で駆けた両者は、舞台中央にて激突する。
「おっらあ!」
勢いよく拳を振り抜くナイン、よりも疾く。
「――しっ!」
今大会に置いて初めて剣を抜き放ったミドナによる神速の抜刀が披露された。
実剣が一寸の容赦なく、白い少女を袈裟斬りにして――。