153 少女が最強へと至るまでにかかる時間
「彼女は僅か四年で最高等級冒険者に昇りつめた傑物だ。『ヘルローシンス』という現在所属するパーティを組むまでには紆余曲折もあったようだが、それからの飛躍はまさに目覚ましいものがある。国外に出るような遠征クエストも受けて、どこそこの小国を救ったという話まであるくらいだからな」
冒険者の等級とは二半を境にしてぐっと上がりづらくなる。
見習いとしてまだ公には冒険者を名乗れない零半から始まり、雑務系ばかりで討伐クエストをほとんど受けられない一、ようやく難度の低いモンスターであれば戦えると認められる一半、それなりに腕があると見做される二、危険度の高いクエストにも指名され始める二半――そして三より上はパーティの総合力やクエストの達成率なども含めて審査が厳しくなる。三半ともなればその地位に相応しいだけの品行も求められ、仲間内や依頼者からの評判が芳しくないとそれだけで査定にペケがつく。
そして、四以上。ここからは本当の実力者でなければ到達は不可能だと言われている。
多少腕に覚えがあって、仲間に恵まれて、真面目に依頼を受けて――とやっていれば誰しもが三半までは狙えるが、そこから先にははっきりとした壁がある。大きく分厚く、絶対的な壁が。
そこを越えた者にだけ等級四の位が与えられる。それは冒険者全体のほんの一握りだけが名乗ることを許された等級――その中の更に一握りが四半へと至る。最高難度のクエストも本人らの希望で受けられる、頂点に近い者たち。しかしそんな彼らも頂点には届いていない。最上位と最上位手前の間にもまた、隔絶した差があるのだ。
等級五。
最高の位、冒険者の頂点。
国内だけでも十数万人いると言われる正当な冒険者資格を持つ内の十一名。たったそれだけしか存在しない、正しく頂点に位置する者たち。
その一人がミドナ・チスキスである。
彼女は冒険者学校を手続き含め僅か三日で卒業し、一年後に『ヘルローシンス』の仲間と運命的な出会いを果たし、異例の早さで最高等級へと駆け上がった話題の人物として国中にその名が轟いている。他三組の等級五のパーティと比較しても一番の速さであったというのだからそれも当然だろう――だからこそ昨晩のミドナは「持て囃されている」などと自虐的に述べたのだ。
「はあー、等級五がどれだけのものかってのはざっと聞かされていたけど、ぜんぜん認識が足りてなかったみたいだな。まさかそこまでのもんだとは……それを知ったら確かに、冒険者になってたった四年で零半から五までの十段階をクリアしていったのが、どんだけ凄いことなのか分かるな。だってそれぞれの位で昇級試験を受けられるだけのクエストをこなして、試験にも合格して、って感じで進めてくんだろ? 普通は時間がかかって当たり前だよなあ」
聞く限りでは到底、一般大学を卒業する程度の期間で得られるような称号ではない――それを成し遂げてしまったのだからやはり、ミドナ・チスキスとは傑物と称して間違いないのだろう。
そう納得を見せたナインに、ティンクは首を振った。
「ひとつ訂正をしておこう。四年間の内にゼロから等級五へと至ったのはその通りだが、始まりを間違えている。四年とは彼女が冒険者になる前から数えて、という意味だ」
「……? んっと――ああ、冒険者学校に入ってから四年てことか? でもただの三日間しか生徒じゃなかったんだよな? それじゃあそんな数字は誤差みたいなものなんじゃ――」
「初めて剣を握ったその日から数えて四年。それで彼女は武の頂点に立った」
「――――、」
ナインは瞠目し、絶句する。
ティンクが冗談を言っていないことくらいは、彼女にもわかった。
「うそだろ……完全な素人からたった四年で冒険者の最高峰になりましたって? おいおい。本当にあり得るのか、そんなことが?」
「さてな。だがしっかりと記録に残っている。それまでの彼女は小都市で私塾に通うどこにでもいる少女であったとのことだ。ただ家族との折り合いが悪く、家を早く出たがっていて……何を思ったかそこでふと武の道に入ったらしい。その時に初めて自分の才能を知った、と彼女が等級五になった直後のインタビュー取材で応えたものを見つけた。日付はちょうど一年ほど前のことだな」
「つまり、約五年前に剣と出会って、今はああなったと……信じられないな」
まったくのズブの素人、戦いなんて友人同士の喧嘩ですら未経験だったろうどこにでもいる少女が、すべての冒険者――いや冒険者に限らず、今やありとあらゆる武芸者から遥か見上げられる地位にいるなどと、そう簡単には諒解しづらいものがある。
その強さの手に入れ方はまるで、ナインと真逆。
気が付けば姿形を変えてとんでもない強靭な肉体を手に入れた――つまりは一日のうちに「最強」にまで格上げされた元脆弱な男子高校生とはまるで正反対に、同じく弱い存在から己が才覚と努力のみで「最強」へと駆け上がった元私塾に通う女の子ミドナ。
その頃の彼女がどんな少女であったかは上手く想像することができない、が、しかし。
ナインはなんとなく、それまでは元の自分ともそう変わりない子だったのではないかと予想する。
ほどほどに優しく、ほどほどに優しくなく、ほどほどに友情を大切にし、ほどほどに友情を蔑ろにする。自分と違って家族仲は良くなかったようだけれど、ありふれた子供の中の一人と一人として、自分と彼女はそう遠くない立場にあったのではないか――。
「君もその歳にしては大概の強さだが。しかしそういった観点から言えばミドナ・チスキスとてなんら君に劣るものではない。それを伝えておきたかった。万が一にも油断が原因であっさりと勝敗がつくようなことがあっては、私としても我慢ならないのでな」
微笑を携え、どこか挑発的な雰囲気でそう言ったティンクに、ナインもまた笑みを返した。
「安心してくれていいぜ、ティンク。俺にはまだ、慢心を輝きに変えるだけの『強さ』はないから」
「ふむ……向上心があるのはいいことだ。慢心もしないに限る」
どうやらティンクは言葉通りに、肉体的な強さにナインがまだ満足していないと受け取ったようだった。
それでもいいとナインは思った。
心を強くすることは畢竟、体を強くすることにも繋がるのだ。
心も体も健全に、強く。健全に正しく。そして健全に美しく。
真の強者たちに見劣りせぬくらいに、自分もまた輝きたい。
ナインは心からそう願った。
「では安心して試合を望むとしよう。まず間違いなく決勝に進むのはミドナ・チスキスに他ならない。大会の優勝者になるのは彼女か、『ナインズ』か。そのどちらかに委ねられたも同然ということだ」
席から立ったティンクは、背もたれに預けていたジャケットを肩にかけ直しながら告げた。
「数の上では四対一と圧倒的に有利だが、くれぐれも警戒を怠らないことだ。『ヘルローシンス』はレッドオーガの巣に飛び込んで数百対四という状況から、誰一人怪我を負わずに任務を達成したという逸話もある。多対一の経験とて数え切れないほど積んでいるはずだ。頭数三つ程度の差などもはやないに等しいと思ったほうがいいだろう」
「…………」
真っ当なアドバイスをするティンクに、ナインは返事をすることなく何かを考えている様子だった。
不思議な姿を見せる少女に、ティンクが何か言おうとしたところで――。
「あれー? ティンクだ!」
「む、どうしてお主がいるのだ?」
「ティンク。大会終了までお待ちいただくよう確かに伝えたはずですが」
観戦室に買い出しを終えた三名が戻ってきた。
かしましく声をかけてくる彼女たちに、ティンクはムスッとした口調で応じる。
「心配せずとも催促に来たわけではない。大会決勝に進出するお前たちへの応援のつもりだ」
ナイン、とティンクは呼びかける。そこで考え込んでいた彼女もようやく顔を向けてきた。
「そろそろトレルも待ちくたびれる頃だろう。私はもう戻る。決勝戦、良き試合が見られることを楽しみにしている」
「ああ。きっと期待を裏切らないことを約束する」
「ふ……」
力強い応答に満足したらしいティンクは「それではな」とクータたちの横を通り抜けて部屋の外へと出ていった。
その背中を見送り、クータたちからそれぞれが選んで購入したらしい弁当や飲み物の山を受け取りながらナインは、いつもならその量の多さに眉を顰めるところだったろうがそんなリアクションすらも取らずに――
「ちょっと聞いてくれるか、お前たち」
先ほど胸の内に決めたとあることを打ち明けるべく、三名に声をかけた。
意外と金遣いが荒い子たち