151 リィン・アーベラインは良い席で試合が観たい:興奮編
「ああ、男子の話でしたっけ? ……いいんですよ、彼らのことなんて。別にそう残念がってなかったじゃないですか。俺たちは選手エリアで十分だよ、だなんて言って」
「あはは……それが普通なんだと思うよ。リィンのやる気が人一倍すごいんだよ」
「だとしても私のやる気についていこう、というくらいの気概は欲しいところですけどね。もしこれがあの子だったら、面白がって絶対についてきていましたよ。むしろ私より前を歩くぐらいですよ。二人だけと言われてもそんなこと守ろうともしないはずです」
「ふふ」
どこか呆れたような笑いから一転、コメットが心から可笑しそうにくすくすと笑うものだから、リィンは首を傾げた。
「なんです、コメット?」
「リィンったら、本当にユナのことが好きなんだなぁって」
「なっ――は、はあ!?」
リィンの白い肌が、一気に赤く染まる。少女は湯気が出そうなほど頬を上気させて、とんでもないことを言い放ってくれた親友の肩を両手で掴んだ。
「な、何を言うんです! 誰が誰のことを好きだなんて!?」
「わ、揺らさないでよリィン……そんなに慌てちゃったら、認めてるも同然だよ?」
「あ、慌ててなんていませんよ! コメットが余りにもおかしなことを言うものですから、ちょっと混乱したんです! それだけですから」
ふう、と気を落ち着かせてからリィンは、なるべく冷静な声を意識して言った。
「いいですかコメット。私があんな、ユナ・ウィッセルなどという、常識知らずの礼儀知らずで、しかも恥知らずな品のない生徒を好むようなことは、絶対にありえませんから。やることなすこと騒ぎになってそのくせ本人はのほほんとしている台風の目のような子ですよ? 関わるだけ損だってことは重々理解しましたから、私はもうあの子のことなんてなんとも思っていないんです。そりゃあ光るものがないとは言いませんし、人間性までは否定しませんよ? 人好きのする性格であることは確かでしょう、転入してきてすぐに友人を作っていましたし、わ、私にまでその……まあ、それはともかく! 間違っても私は彼女と友達になんてなっていませんし、ましてやそれ以上の感情なんて誓ってありませんから! コメットもそこをお間違えなく、いいですねっ?」
「う、うんわかった……」
この早口加減といい言っている内容といい、どう考えても大好きにしか思えない……しかもどうやら友人としてというよりも、ともすればもっと重大な意味での「好き」にすら思える――のだが、コメットは得意な柔らかな笑みでそれを流した。ここでそれを追及する意味はひとつもない。リィンと話題の少女ユナの関係がどうなるかは当人たちの問題であり、傍からどうこうすべきことではないはずだ。勿論、リィンがその感情に自覚的になって助けを求めてくるようなことがあれば手を貸すつもりではいる……が、それまでは大人しく見守るだけに努めるべきだろう。
「うふふふ」
「な、なんですかコメット……その不気味な笑い方は……」
「もう、ひどいなーリィンってば。人にそんな言い方しちゃダメよ? ユナにもね」
「だからあの子のことは――!」
「あっ、もう試合が始まるみたい」
舞台へと目を向けて見ればその言葉通り、本日の初戦が開始されようとしているところだった。
一試合目からして、出場者がミドナ・チスキスその人。
彼女の登場に会場のボルテージは最高潮だ――無論、リィンもその姿に目が釘付けになる。
「むむ……今は観戦に集中です。けど、後できっちりこの件について話しますからね!」
剣士――というか戦士の戦い方などよく知らず、この大会に出るまではそういった者たちを目にする機会すらなかったくらいであるからして、その頂点にいると言ってもいい彼女の戦闘を拝めることはかなり貴重である。僅かでも見逃すわけにはいかない。予選で一度はミドナも試合を行なっているけれど、その時は剣すら使わず体捌きだけで勝ち残ってしまったものだから、その実力の程は未だに計り知れない。
「決勝に進むのは間違いなくミドナ・チスキスであると言われているようですが、あのネームレスを破った白い少女と互角に戦えるだけの力が果たして彼女にあるのかどうか、存分に見極めせてもらいましょう」
――結果から言うと大方の予想通りに、Bブロックを勝ち上がったのはミドナであった。ここらでまったくのダークホースが彼女をあっさり負かしたりすれば良くも悪くも会場は紛糾し相当な話題になったことだろうが、そんな大物食いが起こる気配など微塵もなしに、危なげなく彼女は決勝進出と相成った。
危なげなく。
それは比喩でもなんでもなく、まさしくその通りの意味だ。試合という武芸者同士が全力を出し合うその行為に危険は付き物――どころか危険しかないと評しても過言ではなく、むしろ危険でできているのが試合であると言い換えてもいい。
ところがミドナに限って言えばそんな当たり前も当たり前にはなりえないようだった。
彼女はその日の全試合においてちらりとも危機に瀕することなく、まるで近場のモールで買い物を済ませるような、日常の一コマを過ごすが如き安寧とした表情のままで敵チームをことごとくを打倒してみせたのだ。
繰り返すがそこに危なげなんてものは一切なかった。
まだしも一般人が買い物に出かけることのほうが事件事故に巻き込まれるリスクを計算して「よっぽど危険である」と称せてしまうほどに、そこにはピンチのピの字も、あるいはバトルのバの字すらもなかった。
勝って当然、負けなくて必然。
そこに立っていることこそが灼然たる女。
それが冒険者の頂点、ミドナ・チスキス。
見せ場も山場もなく終わっていく試合はさっぱり盛り上がらなかったけれど、それは内容だけを見た場合の話であって、強い者が大好きな観客たちはミドナが順当に勝っていくごとに異様な興奮を見せていった。
準決勝を制し、Bブロックの覇者としてミドナが勝鬨を上げた際には天を衝かんばかりの歓声が上がったものだ。
「ふわぁ、やっぱりすごいんだねえあの人。私たちと五つくらいしか変わらないはずなのに、あんなに強いなんて……って、それを言ったら私たちより年下のナインがいたね――、リィン?」
「――かされましたよ、まさか本戦でも剣を抜かないなんて。それどころか予選よりも動きが少ないじゃないですか、二試合目なんて開始位置から動いてすらいませんでしたよ。素手のままで離れた場所にいる選手を斬ってみせたのはどういう技なんしょうか。たぶん魔法の一種であることはわかるんですが魔力の波が穏やか過ぎていつ放ったのかここからじゃまったく、いえきっと同じ舞台に立っていても私では感じられないでしょうね。なるほどネームレスが言っていたのはこういうことですか、本物の実力者ともなると魔力の些細な漏れが致命的なミスに繋がるわけですね実感が湧きましたよ、となるとミドナ・チスキスはそれ――」
「リィン!」
「っ、は、なんですかコメット、急に大きな声で人の名を……」
「リィンったら、またスイッチが入ってたわよ。昨日からずっとその調子だよね……大丈夫なの? やる気に満ち溢れているのがリィンのいいところだとは思うけれど、試合に負けてからはそれが十割増しくらいになってない?」
「――かも、しれませんね。ですが私は止まるつもりなんてありませんよ。いずれは校長をも超えようというのが私の目標でした。それに変わりはありませんが、ようやくそのために何が必要か分かってきた気がするんです。マギクラフトに戻ったなら、もうこれまでの私とは違うのだと、先生も生徒も、皆が知ることになるでしょうね」
「リィン……」
爛々と瞳を輝かせながら血気を募らせるリィンに、コメットは否定的なことを言う気分には到底なれず――。
「うん、わかった。リィンがそのつもりなら、私もとことん付き合うよ」
「ありがとう、コメット。ですけど、学園に戻ってからを考える前に明日の決勝戦のことですよ。コメットはどんな戦いになると思いますか?」
「う、ううんと、そうだねえ……」
正直言って自分では、AブロックとBブロックそれぞれの覇者が衝突する試合の行く末を予想することなど、とてもとても荷が重いのだが――そう伝えたところで今のリィンは解放してくれそうにない。それを三年間の付き合いで重々悟っているコメットは、まだ剣技を披露していない最高の剣士と怪力を武器に暴れ回る小さな少女のマッチメイク……その結末について必死に頭を働かせるのであった。