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150 リィン・アーベラインは良い席で試合が観たい

 闘錬演武大会四日目。

 Bブロック本戦が行われるその日、彼女たちは試合を観戦すべく会場内にいた。

 リィン・アーベラインとその友人コメット。既に敗退したチーム『アカデミーズ』のリーダーとメンバーの二人である。


「ねえリィン、もう負けちゃったんだから学校に帰ったほうがよくないかしら。今頃は私たちがこの大会に出場したことだってバレているだろうし……」

「ええ、バレているでしょうね。ですが先生方が連れ戻しにやってこないということは、そういうことなんですよ。必ず毎年、身分を偽って出場する生徒がいるという話ですから、半ば諦めているんでしょう。だいたい本気で生徒をこの大会に出さないつもりでいるなら、もっと徹底的に取り締まるはずですよね?」


「でもそれは、生徒の身分を隠していたから叱られるだけで済んでいたんじゃないの……? 私たちは堂々とマギクラフトアカデミアから来たって言ってしまったから、もうお叱りだけじゃ許されない気がするの」

「だから一刻も早く帰還しようと? 冗談じゃありません。せっかくここまで来たんですから、最後まで見届けますよ私は」


 もちろんリィンとて学園からの処罰が怖くないわけではない。ただでさえ彼女たちは二科に所属し、一科生と比べてその扱いが悪い――二科生の共通認識である――というのに、ここまで大々的に外様で、それも否応なしに注目の集まる国一番の武闘大会である『闘錬演武大会』において学園生を名乗ったうえで敗北してしまったのだから、学園に戻った後にどんな処遇が自分たちを待ち受けているかと想像しただけで気が重くなる。まず間違いなくレポート程度では済まないだろうし、一科生の鼻持ちならない連中からの嫌味や嘲笑も目に浮かぶようだ。


 だがしかし、それを怖がって急いで帰ったところで何か状況が良くなるわけでもない。


「どうせ罰を受けるんですから、やれることはやってから帰りましょう。一日や二日、予定を早めたってそれで得られるものなんて何があります? 精々ほんの少し印象が良くなるかどうかといったところでしょう。それだってマイナスされないというだけで決してプラスにはなりえません。その程度のことであれば、残りの試合、特に決勝を生で観たほうがよほど有意義。コメットもそう思うでしょう?」


 リィンとしてはつい昨日まで、Aブロックを勝ち上がるのは自分たち『アカデミーズ』を下した『アンノウン』だと想定しており、決勝戦に臨むうちの一組は彼らで間違いないと確信していた。

 それは自らを打ち負かした相手だからこその評価という面もありはするが、しかしそれ以上にやはり、ネームレスの圧倒的な魔法の実力をその身で体感したからというのが理由としては大きい。


 直接戦い、そして手も足も出ずに負けたが故に、ネームレスの恐ろしさは自分が一番よく分かっている。リィンはそう思っていたし、決勝では正体不明ながらも最高峰に近い技量を持つ魔法使いと、かの有名な最高位冒険者であるミドナ・チスキスとの武と魔のぶつかり合いになると、そこまで予測ができていた。そしてそれでも勝つのは『アンノウン』になるだろうと、決着にすらも確信を抱いていたのだ。


 ただしそんな確信もとある少女によって呆気なく打ち砕かれた――ナイン。白き髪を揺らしながら舞台上を所狭しと走り回り、規格外のパワーで以って『アンノウン』三人組にたった一人で立ち向かい、そして勝利を手にしてしまったあの少女。


 ナインと『アンノウン』の試合中、舞台上で何が起こっているのか半分も理解できなかったリィンは、この大会で自身の価値観が二転三転しているのを粛々と認めた。

 並ぶものなしと疑いもしていなかった大魔法使いアルルカ・マリフォスにも匹敵しようかというネームレスという存在、そしてそんな人物が曲がりなりにも敗北を認めてしまう、ナインという自分よりも小さな女の子。

 強敵揃いだろうと覚悟を決めて出場したはずのリィンだが、そんな覚悟がいかにちっぽけで的外れで、過小にも程があるものだったかをよくよく味わった。


「凄い大会ですよ。今までは誰それが優勝した、という結果しか知りませんでしたが実際に出てみるとなると、やはり違う。国の広さ、世界の広さを感じずにはいられません。私がどれだけ小さな世界で生きていたのか痛感させられました。変な話ですけど、コメット。二科生の処遇改善を第一の目的として出場したこの大会ですが、負けたことで私は『そんなものに意味はない』と気付きました。仮に私たちが優勝できたとしても、一科生も先生方も何も変わりはしないでしょう。私たちへの態度だけは目に見えて変化が起きるかもしれませんが、一科や二科というある意味では伝統のある枠組み、確立された体制が消えてなくなるわけじゃあない……」


 だから最後までこの目にしたい、とリィンは言う。


「もっと大きくならなくてはいけません。何かを本気で変えたいと、成し遂げたいと思う気持ちがあるのであれば、彼らのように――ネームレスやナインのように、ある種超越的な存在を目指さなくては。私たちにはマリフォス校長という何よりの手本がいたはずなのに、ここに来るまでそれに気付けなかった」


「リィン……。なんだか私には、リィンが大会に出る前よりおっきくなったように感じるわ」


 二科生の中でも座学、実技ともに学年トップの成績を収め、独断的なきらいはあるもののリーダーシップをも持ち合わせるリィン・アーベラインという自分の親友が、人間的に新たな展望を迎えたことを悟ったコメットは「わかった」と力強く頷いた。


「そういうことなら、付き合うわ。そのために無理言ってここに入れてもらったんだものね」

「そうですよ。オーブエさんの御厚意に甘えないのはかえって年長者に対して失礼というものですから」


 現在彼女たちがいる場所は大会の責任者及びスタッフ、つまりは運営側の人間しか立ち入れないはずの関係者用観戦室だ。

 選手エリアからも舞台を眺められる部屋はあるし、たとえ敗退していても一度本戦に進んだチームであればいつでも利用が可能となってはいる――が、位置の都合上そこは客席よりも舞台から遠く、視点も高くなりすぎる(階数で言えば二階だがすり鉢状になった観客席の更に上にあるので標高で言えば舞台より遥かに高い)ため試合が見やすいとは言い難い。


 それに我慢ならなかったリィンは持ち前の独断的行動力を以ってしてスタッフに直訴、声を大にしてもっといい場所で見せろと詰め寄った。さすがに本戦選手と言えどスタッフオンリーのエリアへ入れるわけにはいかない、と丁重に断られかけたところでたまたま近くを通りかかっていた審査員たちが騒ぎを聞きつけやってきた。

 その中の一人、審査長にして大会最高責任者でもある老人オーブエの鶴の一声によってリィンの要求は叶うこととなった――ただし、入るのは多くても二人までにすべし、という条件付きだが。


 リィンは迷わず自分と、そしてその親友であるコメットに通行証を発行してもらった。

 そうしてこの場所、本来なら入れないスタッフエリアの観戦室で試合の開始を待っているのだが……。


「だけど、三人には悪いことしちゃったね」


 コメットの言葉に、リィンは鼻を鳴らす。

 三人というのは『アカデミーズ』の残りのメンバーである男子たちのことだ。


 デイト・J・アルフォード。

 学園でのとある事件をきっかけに内申点を下げられたリィンに変わって昨年度の二科学年首席となった優秀生。顔立ちもよく、女生徒からの人気が著しい。


 ヤレン・エイブラハム。

 色黒の少年でデイトの親友。よく頭が回りシニカルな物言いを好むが、その割に座学が苦手で実技ばかり偏重している実践を好む生徒。


 ラーク・ダートリー。

 うっかりすると全く喋らない日もあるというほど物静かな男子。しかし魔法の腕は二科生の中でも指折りの安定度を誇っている。


 この三名はリィンともそこそこ親しく、また揃って実技面での不安がないことから今回のチームメイトに選ばれた。一科にまで選択肢を広げればもっとベストなメンバーがいるのだが、二科生だけでの出場に拘ったリィンは半ば強引に彼らを連れ出して大会に挑んだのであった。


 今から思えば一科二科の枠組みになどとらわれず、最高のメンバーで挑めばよかった……とリィンは若干どころではなくはっきりと後悔している。もし学園にいる時点でそういう考えに至っていれば、ダリア・ストゥーネットやマリッサ・ミルクラウンといった『非常に優秀』な生徒だって誘えた――そう、あるいは、にっくきあの子(・・・)にだって、ともすれば恥を忍んで声をかけていただろうに……。


 と、そこまで考えてリィンはぶんぶんと首を振った。

 その時点ではそんなことをしようなどと思いつくはずもないのだから、こんな後悔をしたって仕方がない。そもそもいくら化け物じみた量の魔力を持っているからといって安定度という意味では下の下もいいところのあいつをメンバーにするなんて愚策もいいところだ、あり得ない。魔法を暴走させてチームの足を引っ張るのが落ちだ。


 ……あいつの魔法ならひょっとすればネームレスにも通じたのではないか、だなんてことは思っていない。

 思ってないったら思ってないのだ!


「ぐぬぬ……」

「リィン?」


 返事も寄こさずに何故か悔しげな様子を見せている友人に、コメットは不思議そうに首を傾げた。


同級生ツンデレ百合ィ……

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、視た事有るネタがちらほらと····
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