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144 魔法使いの開く窓は

ただいまリゼアンにどハマりしています。Vtuber沼に沈むのはヤベーイ!

「期待以上だと言わせてもらおう、ナイン」


 今が試合中とはとても思えない緩慢な足取りで近づき、時流の挨拶でもするかのような口調でネームレスは己が背丈の半分にも満たない少女へと話しかけた。その内容は相手への称賛。概算以上の活躍を見せてくれたナインという一人の女の子への、彼なりの心からの感嘆を示すものだ。


「見くびっていたつもりは欠片もない。むしろ私は君を最大限に評価していた。これだけの強さを持つこともあるいはと、そう思ったからこそこの試合を楽しみにしていのだ。しかしそれでも足りなかった――私は見誤っていた。『あるいは』などという考えは君をひどく貶めるものだったと今になって気付かされた。君の強さはその程度で推し量れるものではなかったようだ」


 しゃがれていて聞き取りづらい、なのに不思議とよく耳に届くその独特な声で語る彼に、ナインは肩をすくめて言う。


「なあ、名無しネームレスさんとやらよ。えらく褒めてくれるのはいいが、ちょっとばかし嫌味にも聞こえるぜ。だって俺はまだ、お前さんの仲間を一人も倒せてないんだからな」


 今もあんたに邪魔されたしな、とナインは彼の背後を見ながら告げた。


 サイレンスとフルフェイス。

 ネームレスの手によって強制的に舞台中央から退けられ、それによってナインの決めの一撃から逃れることができた二人は、もう戦う意思などないかのように大人しくその場で待機している。それが単なるポーズなのかそれとも本気で試合から降りたのかは分からない――そしてそのどちらでもナインは構わない。再び向かってくるのならまた迎え撃つだけで、その気がないならそれでもいい。


 問題は彼女たちをあそこまで避難させたネームレスの術にこそあった。


「転移ってやつか、今のは」

「その通り。君も使う転移術の一種だ」

「そうかい。俺のとはだいぶ毛色が違うようだけどな」

「私のそれは一般的な分類でいう『短距離転移』や『長距離転移』に含まれない。ゲート型に変わりはないが珍しい術であることも確かなので君が知らぬのも無理からぬことだ……もっとも、私独自の術というわけでもないがな」


 ネームレスの左手がくるりと輪を描き、その線をなぞるように円形の『窓』が開いた。


(これだ。俺が攻撃しようとした瞬間、サイレンスとフルフェイスの足元に同じものが開いて、二人はそのまま落ちていった――そしてすぐに円が閉じた。振り向けば二人とも、ネームレスの近くに座り込んでいた)


 ネームレスが作り上げた円の中には、明らかにそこだけ別の場所の景色が広がっている。荒涼としたその風景がいったいどこの眺めなのか判別はつかなくとも、大自然の奥地であることは一目瞭然であり……間違っても都市のど真ん中に位置するこの大会会場から望めるものではない。


 険しい目をするナインに、ネームレスが講釈を垂れるような雰囲気で述べる。


「これが『窓』だ。私の使うゲートで、空間と空間を繋げる役割を持っている。出口であり入り口。優れているのは取り回しの良さだ。標準的な長距離転移とは異なり術式を再構成しながらの使用になるが、その分融通が利く。当然戦闘にも向いた転移術というわけだ……こういった魔術は初めて見るかね?」


「ああ、今まで戦ってきた中じゃこんな技を使う奴はいなかったよ……。でも丁寧な説明のおかげで一応は理解できたぜ。そいつで俺の前から自分の傍に繋げて、あいつらを逃したわけか」


「正解だ。なんということはないだろう」

「……ま、そうだね」


 などとナインは嘯くが、聖冠の手助けがあってもそう気軽に使えない『瞬間跳躍ナインジャンプ』の難しさをよく知るだけに、ネームレスが事も無げに行った一連の行為がどれだけの技量に支えられてのことなのかは朧気ながらにも想像がついた。


 術の始動と実行の速度、優れた精密性、自分ではなく他者を対象に、それもナインのように聖冠のサポートといった他者(?)の助けもなしに一から十まで手動マニュアルでともなれば……この全てがネームレスがいかに魔法使いとして図抜けた腕を持っているかを物語っている。


(いや、『アカデミーズ』との試合で本人は魔術師・・・と言っていたっけか……)


 以前リュウシィから魔法について教えてもらった際に、昔は魔法ではなく魔術と呼称されていたと聞かされた。ネームレスの言い方は昔ながらの古風なものとなる。冒険者や商人のそれと同じく魔法使いにもギルドがあるようだが、そこは伝統を守って『魔術師ギルド』を名乗っているらしい――つまりはネームレスもそういった感性の持ち主で、古きを重んじているのか、あるいは。


「あんた、歳はいくつだ?」


「ふむ……、私は恥の多い生涯を送ってきている」


「はい?」


 会話のドッヂボールはやめろとナインが眉を顰めたが、構わずネームレスは続けた。


「生きた年月に見合った責務を果たせていない私には、若い君から歳を問われることがとても苦痛なのだ。耐え難いまでの罪の意識に苛まれる。もしも先の時代から私たちがそれを知覚できていたのなら、こうも世界の波がその波長を崩すこともなかったはずなのだからな……」


 重々しく嘆息するネームレス。ため息をつきたいのはこっちだとナインは首を振った。


「つまり年齢を教えてくれるつもりはないと。別にいいけどさ。なんとなくその口振りで、あんたが相当な『おじいちゃん』だってことは分かったから」


 でも、とナインは構えを取る。


「たとえお前さんがお歳を召した爺さんだろうと、俺は拳を緩めないぜ」


「無論だ。ここからは私が直接、君の王威に触れたい。フルフェイスを膂力で上回り、サイレンスにもその手を届かせ得る君の慮外の力を――『王』に相応しきその格というものを、私にも披露してもらおう」



「だったらお望み通り……!」



 どん、と地を踏みしめたナインがその両足に力をぐっと込めて――蹴り出す。

 床に足跡を刻むほど優れた、否、馬鹿げた脚力はその一歩だけでナインとネームレスとの距離をゼロにしてしまった。


 そのまま蹴りを叩きつけようとした少女の体に、絡みつく何か。


「なんっ……だこりゃ!?」

「やはり速い。が、そう単調ではな」

「ちぃ!」


 ネームレスの左手に開いていた窓が閉じ、その縁を形作っていた光る糸とでも形容すべき謎の物体がまるで触手のように蠢いてナインの身動きを封じたのだ。纏わりつくその糸を振り払おうとナインが掴んだ、その瞬間。


「対処が遅い」

「ぐうぉ!?」


 ナインに絡みつく光糸、その反対側から伸びる端を掴んだネームレスが、如何にも物語に出てくるような魔法使い然としていたこれまでの立ち振る舞いからは一転、驚くほどの素早さと力強さで少女ごと糸を振り回す。

 十分な加速と遠心力を発生させた後は――ハンマー投げよろしく、ナインを大空目掛けて放り投げてしまった。


(片手でこんな……っ! こいつもフルフェイスに近いパワーがあるじゃねえか!)


 高速で振り回され投擲されたナインは、しかし目を回すこともなく自分の状態よりもネームレスの思わぬ馬鹿力にこそ驚いていた。投げ飛ばされながら、あの枯れ木のような腕のどこにここまでのパワーが隠されているのかと自分のことを差し置いて首を捻る――が、今はそれどころではないのだ。このままでは舞台外どころか会場の外にまで行ってしまうだろう。


 これはいけない、とひとまずナインは両腕に力を込めて糸を引き千切った。それから飛行能力を発動させて空中での静止を試み――


「は?」


 たはずの彼女は、目の前の景色がいきなり変わったことに戸惑った。たった今上空から会場を見下ろしていたはずなのに、気付けばどこぞの壁が眼前に迫っている……、


「しまっ、」

「理解が遅いな」


 自分がいつの間にかを潜ってしまっていたことに――そして舞台にぶつかりそうになっていることを知ったナインは、咄嗟に両手を突くことで無様に地面へ叩きつけられることだけは避けた。しかしその姿は対戦者からすれば呆れてしまうくらいに無防備なもので。


 対応の誤りを悟ったのと同時に、再び光糸による捕縛を受けてしまう。今度は両手両足を重点的に縛り付けられ、ナインは四肢をきつく締め付けられながら舞台上を簀巻き状態で転がることになった。


「これで終わりか? ナイン、君の王としての器はその程度なのか」

「ふぐもふぉっ!」


 口まで光糸によって覆われているためにナインが何を喋っているのかは誰にも聞き取れない。

 ネームレスもその内容に大した興味は持っていないようで、返事もせず彼女の下へ窓を出現させた。


「ここまでだというのなら、これでお別れだ」

「ふご!?」


 体の下に穴があるのだから当たり前、ナインは落下する。舞台上からどこへ繋がっているとも知れぬ窓へと少女が吸い込まれるように姿を消すと、ネームレスは惜しむ様子もなくその窓をすぐに閉じてしまった。


「……これに対応できないようでは――」


「ようでは、なんだい?」


「!」


 後ろから少女の声。

 ネームレスは魔力障壁を三重で敷いた。



「おっらあ!」

「――っ、」



 一少女の殴打程度を防ぐには過剰とも言えるほどの魔力を注いで作り上げられたその壁は、しかし張り子が破られるかのように容易く蹴散らされ、ネームレスの身を守ることは叶わなかった――けれども。


「っ……ほう、戻ってこられたのか」


(……耐えやがるかよ)


 いくらか障壁によって威力が減退していたとはいえ、その身にナインの拳を受けてもある程度押されただけで平然と立ち続けるネームレスはやはり、一筋縄でいくような敵ではない。

 そう理解しながらナインは彼からの問いに頷いた。


「戻ってきたっていうよりは、行かなかったっつーほうが正しい。窓が閉じ切る前に跳躍ジャンプしたんでな。いやあ、上手くいって何よりだ」


 ――さ、続きと行こうか。


 ネームレスの術にまったく臆することなく、笑みを浮かべながら再度構えたナイン。

 そんな少女に、ネームレスは悦びを覚える。


(やはり、この少女は……!)


 ほぼ確信に近いものを抱きつつも、ネームレスは最後の確認に入るため――ナインのを括るように窓を開いて。


「――!?」

「さあ、これをどうする」


 彼女が反応を見せるよりも早く、容赦なくその窓を閉じた。


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