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143 フルフェイス&サイレンスvsナイン

「どうにか届いてくれたようだな……っく」


 背中から舞台に倒れたサイレンスを見て、ナインは呟く。

 達成感を滲ませるその口調は、しかし同等に疲労を感じさせるものでもあった。


 サイレンスという少女はどういう訳かこちらの攻撃を操れるらしい、と気付きそれを強引な方法――操作されそうになるのを気力でもって拒否するというサイレンスからすればそちらのほうが訳の分からない方法だ――によって打ち破るまでに自分の本気の殴打を二発も食らってしまった。


 一発は完全に内臓に響いた。

 このナインとしての肉体が見かけはともかく、果たして真実人らしい臓器や骨格を持ち合わせているかは当人にとってもまったく不明瞭ではあるものの、まさかそんなところからダメージが発生するとは思っていなかった彼女にしてみれば殴った衝撃がそのまま自分の内側で爆発した瞬間、並々ならぬ苦痛を受けた――それこそ以前、夢の中(というか頭の中)で戦ったもう一人のナイン、己が描く理想の自分に殴られた時のような痛みだった。


 二発目は今だ。

 サイレンスの不可思議な力を拒否して拳を届かせたとはいえそれも完全ではない。拳先をどうにか触れさせた程度のもので、威力の大半は自分に返ってきている――帰ってきている。けれどナインはそれに耐え、決して殴打を止めたりはしなかった。要するに痩せ我慢で異能に対抗したのだ。言うまでもなく我慢したところで痛くなくなるわけじゃない。何せ先ほど以上の本気も本気で殴ったのだからそれも当然だ――ナインの一撃はナインにとっても非常に重たいものなのだ。


 ということでサイレンスにたった一度の攻撃を当てるために支払った代償は中々に大きいと言えるだろう――耐久力には自信のあるナインであっても深刻な状況だ。これまでを思い浮かべてもトップクラスにダメージを負っている状態であり、そして――。


「ま、やっぱこれくらいじゃ倒せないよな……」


 ナインの視線の先で、倒れ込んでいたサイレンスがすっくと立ち上がった。その所作からは負傷を感じることができない。どうにか当てただけの拳では一撃KOとはならないだろう、とナインとしてもそう予測していたことではあったが、こうもあっさり起き上がられてしまっては少しばかりショックであった。攻撃を受けた側より加えた側のほうがよっぽど疲れているというのは少々、理不尽にも思えて辟易する。



 ――実のところこの時、ナインが思うほどサイレンスは無事ではなかった。

 確かに威力の大半を【選択権カリギュラ】によって封じた彼女ではあったが、その能力が故にこれまで攻撃を許したことがなく、肉体的な強度で言えば普通人などとは一線を画した強固さを持ってはいても、その精神は別だ。


 つまり彼女は体にではなく心に衝撃を受けている。長い前髪を揺らしながら、ぱちくりと瞬きを繰り返し、ナインを見る――よく観る。


 絶対の力であったはずの選択権カリギュラを乗り越えた存在は、自分と同じ小さな女の子だった。……共通点があるからといってそれに何かを覚えるサイレンスではなかったが、けれど選択を受け付けないナインという生物に対してだけは、その他大勢の一般人に向けるのとは違った目で見ざるを得ない。


 彼女は逆だ、とサイレンスは思い至る。


 存在感の希薄さを能力へと昇華した自分とは逆に、その強烈過ぎる存在感を武器に彼女は選択権カリギュラからの干渉を強引に打ち払ったのだ。


 ――俺のことは俺が決める。

 そんな声が、聞こえた気がした。



「…………」

 だからサイレンスは、すぐに動こうとはしなかった。初めて相対する能力が十全に作用しない相手を前に、未だ被害は軽微なれど慎重を期すことを『選択』した――しばし待つ。


 何故ならこれは自分とナインの一対一の勝負などではないからだ。


「? ――ちっ、そういうことか!」


 すぐに反撃のために向かってくるだろうという予想に反し、こちらを見据えたまま立ち尽くすサイレンスへ訝し気な顔をしたナイン。まさか今の拳撃程度で彼女がパフォーマンスを落とすことはあり得ないだろう――ならばどうして来ない? 見た目にこそ傷などないがはっきり痛みを覚えている自分へ畳み掛ける絶好の機会を、みすみす逃そうとするその理由が分からない……と。


 その真意を理解したのは舞台の一箇所が弾け、舞うように瓦礫が散乱した瞬間だった。

 思い出すまでもなく覚えている――そこはついさっきフルフェイスを埋めてやった場所。



「ふるぅぅううぅぅぅぅっ!」



 およそ人らしくない雄叫びを上げながら地下から飛び出し、一目散にナインを目指して疾走するフルフェイス。彼女の影に隠れるようにしながら今まで不動の姿勢を取っていたサイレンスまで接近してくるのを確認し、ナインは皮肉気に口元を歪めた。


(好機を逃すなんざとんでもない、サイレンスは更なる好機を待っていた――フルフェイスが舞台上に復帰して、二対一で俺に当たること! この状況こそが奴の狙いか! くっそ、迂闊だった! 痛みなんざ気にせずこっちから仕掛けるべきだった!)


 サイレンスがまだ別の能力を隠し持っている可能性や、自身の回復を待ちたい気持ちなどがあって追撃を控えたナインだったが、その判断が裏目に出た形だ。結果として千載一遇のチャンスを逃したのは彼女のほうで、フルフェイスとサイレンスというどちらもまともに拳がヒットしてくれない者らを同時に相手取らなくてはならなくなった。

 おまけに後にはもう一人、ネームレスまでもが控えているのだからいよいよもって窮地だろう――しかし。


 ナインの胸の内には困難への尻込みよりも、挑むことへの喜びが勝っていた。


「いいぜ、付き合ってやるよ。思う存分、戦り合おうじゃねえか!」


 敵の到着を待たず駆け出したナインと、真正面から迫るフルフェイスががっぷりよつに組み合う。


 ナインがフルフェイスの腰元を、フルフェイスがナインの肩を掴む体格差故の変則的な四つ相撲。互いに足元の地面を抉るように踏ん張り――やがて引き摺り倒されたのは、図体の大きさで圧倒的に勝るはずのフルフェイスであった。


「ふぐうぉっ!」

「おっとぉ!」


 強かに地に打ち付けられたフルフェイスが声を漏らし、その声に反応したようにナインが空中前転――倒れながらもフルフェイスが少女目掛けて蹴りを放ったのだ。

 突き出される足裏をあえてスレスレで躱しながら、ナインはお返しとばかりに前転の着地場所としてフルフェイスの鉄仮面を選んだ。


「――はあっ!」


 両足の裏で蹴りつける。

 ズドン、と鈍い音がしてフルフェイスは頭部から舞台に刺さった。しかし全身を沈めてもすぐに自力帰還を果たす彼女のこと、頭が埋まったくらいではすぐに復帰してくるだろう。


 今度は縦に、そしてもっと深く埋めてやろうとしたナインは――勢いよく背後に回し蹴りを繰り出した。


「カリギュラ……」


「またかよっ、ちくしょうめ!」


 そこにはフルフェイスとのやり取りの隙間を縫うようにして接近したサイレンスの姿があった。それに気付けたのは僥倖だったが、鉞のようなナインの蹴りはまたしても何事もなくすかされ(・・・・)てしまう。


(こいつにゃあ雑に蹴ったんじゃやっぱダメってことだな……だったら!)


 ナインは拳を握って、素早く打ち込んだ――サイレンスにではなく、その足元へ。


「!」


 舞台を全壊させぬようにと幾分か柔らかく放たれたその拳は、それでもサイレンスの立ち位置に対しては極度の被害をもたらした。


 そこだけ舞台が消失・・したのだ。まるで地雷でも埋められていたかのように石材が割り砕かれ、瓦礫どころか小さな石ころ大にまで削れて飛び散っていく。

 その上に立っていたサイレンスも当然、暴風が如き拳圧の余波で吹き飛ばされることになる。


「――っ、カリギュラ」


 慌てて彼女は能力を発動し、その地面の破裂から生じる自身への影響を綺麗さっぱり取り払った。ピタリと空中で静止して、ついでに重力からの解放も果たした少女はそのままナインへ再度攻撃を仕掛けようと下を見て――体を固まらせる。ナインがどこにもいないのだ。


 消えた白い少女の居場所を探るべく彼女が咄嗟に確認したのは、離れた位置からこの戦いを俯瞰するように眺めているネームレスの様子だった。彼が向いている方向にこそナインがいる、と思考するまでもなくそう判断したサイレンスは……その視線が他の誰でもない、自分を見ていることに戦慄した。


 いる・・。頭上だ。宙に浮かぶ自分をいつの間にか跳び越えて、ナインは既に攻撃態勢に入っている。回避は間に合わない。辛うじて能力の発動は追いつくだろう、自身のアイデンティティであるこの力ならば意識するよりも前に効果を発揮することができるはずだ。


 しかし、サイレンスはそれに気付いてしまった――今度の攻撃もまた、先の一打のように選択権カリギュラを掻い潜ってこの身に届くものであることを!



 ――さっき以上のモノが、くる。



 背筋が粟立つサイレンス。その悪寒の正しさを証明するように、頭上からのプレッシャーが急激に増した。


 圧力が増大したのと同時に、眼下からフルフェイスが飛び出してきたのをサイレンスは見た。手を伸ばした彼女はこちらを抱え込むようにして体勢を入れ替え、その背中でナインの拳を受け止めた――身を呈してサイレンスの盾代わりとなったのだ。


 爆発のような打撃音。サイレンスとフルフェイスは一塊になって舞台へ落ちる。ナインの殴打の重みは二人がかりであっても耐えきれるようなものではなく、まるで星が墜ちるような勢いで彼女たちは地に激突してしまう。


 ただでさえ禿げ上がった舞台の一部に更なる亀裂が走る。墜落の瞬間にサイレンスは選択権カリギュラによってその衝撃を散らし、自分と、それ以上にフルフェイスへの負担を減らした。彼女の能力はこういうこともできるのだ――便利な力だ。万能の力と言ってもいい。それをサイレンスは誇りにも思っていた。自身の役目に恥じぬ唯一無二にして最高の力だと。しかしそれが、こんなにも頼りなく思えたのはこれが初めてだ。


 フルフェイスを小さな両手で抱きしめながら、サイレンスはそちらを見る。すぐ傍に降り立ったナインを。しかと力強い眼差しを向けてくる彼女の、威風を纏う堂々たる姿を。


 この子は怪物だ。サイレンスはそう認める。星の浄化作用が人の形になった生物という、人知を超えた存在であるはずの自分よりも、もっともっととんでもない・・・・・・何か。それがこの少女だと。


「もう一発だ。これで決めさせてもらうぜ」


 ナインが構えを取る。サイレンスは選択権カリギュラを使う。フルフェイスはもう一度その身で攻撃を防ごうとする。けれどサイレンスもフルフェイスも、おそらくこの抵抗が無駄に終わるであろうことを悟っていた――ナインの本気の拳は、どれだけ力を尽くそうと凌げるものではないと。


 ある種の覚悟を持って少女の拳を待った二人。

 その二人が――。


「なっ……?」

 一瞬にして目の前から消えたことにナインは瞠目し、拳はその行き先を失った。


 見開いた目を細めた少女が振り返ってネームレスのほうを見れば、やはりその傍らに彼女たちがいる。二人もまたどこか唖然とした様子でこちらを見ている――どうやら向こうからは、ナインのほうが移動したように見えているらしい。


 当然これをなしたのはナインなどではなく、『アンノウン』最後の一人ネームレスに他ならない。


「へっ、ようやくリーダーのお出ましってわけか」


 不敵に呟くナインに応えるように、ネームレスが緩やかな足取りで一歩を踏み出した。


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