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141 謎のサイレンス始動

 ナインの使う『瞬間跳躍ナインジャンプ』とはつまるところ短距離転移の術だ。認識したごく近い距離――その範囲については術者であるナインにとってもひどく曖昧なところがある――の空間に瞬間移動する、という術。本人の意識では術と呼べるものなのかどうか判別がつかない代物ではあるが、他の術者が用いる短距離転移のメリットを跳躍ジャンプも存分に発揮している以上、その効力自体は本物だと言えるだろう。


 メリットとは即ち、予備動作の有無。

 長距離転移の多くが設置型に分類され、予めポイントされた場所へ飛ぶという形式を取り、ゲートと呼ばれる術者の作り出した開路を通じて目的地を目指すものだ。設置型に含まれない例外として超級の腕を持つ魔法使いや、あるいは魔力の扱いに精通した悪魔などの種族が使用する本物の転移術が挙げられるが、それらであってもゲートの使用は避けられない課題となっている。


 つまり手間がかかるのだ。


 可能な限り手順を省いたとしても門を作りそこを通る、というその二点は絶対に省略できない必須事項として数えられる。故に戦闘での運用においては熟練の技量が必要とされ、先に述べたような指折りの魔法使いや上級悪魔デビルなどといった魔法を呼吸するも同然に操れる者でなければ難しい。


 それに比べると短距離転移は手間がない。

 とにかく手順が簡略化されているのだ。


 門を通らずとも体ひとつで転移を可能とし、距離は精々目に見えている場所などといった狭い範囲に限られるがそれでも戦闘時における有用性はもはや言うに及ばず。一切体を動かさずに相手の背後へ回って不意を突く、といった芸当が簡単にできてしまう。


 その分出現位置の微調整や、意識を転移に向けた状態から即座に戦闘行為に移るといったこちらはこちらで妙技が必要となるが、固定砲台となることを望む古典魔術師型の戦いを好む者でなければ――ざっくり言えば近距離戦を主戦場とする者にとっては長距離転移よりも短距離転移のほうが遥かに重要で、それを証明するように習得率も高くなっている。


 とはいえ空間系の術は属性魔法などよりもよっぽど資質が問われるものでもある。


 仮に術そのものに適性があったとしても運用を誤って岩の中に混じって命を落とす例などは枚挙に暇がない。術式理解、魔力操作、空間認識、臨機応用――そのどれにも高いセンスを要求される。逆に言えばそれら全てをクリアするだけの実力があれば、戦士として超一流と称されるだけの位へと昇りつめられる可能性は非常に高いとも言える。


 翻ってナインはどうか。


 彼女の場合どんなに甘く見積もっても短距離転移を使いこなしているとは言えないだろう――何せ術の使用とその成功は無意識によるところが大きいのだから。発動も跳ぶ位置も彼女が明確に定めているとはいえそれは本当に跳んでいるだけなのだ。


 彼女の感覚ではあくまでジャンプ。

 足を使ってぴょんと障害を跳び越える感覚となんら変わりはなく、だからクータに「ワープなのか」と訊ねられて彼女は首を横に振った。原理的にはそうだが自身の意識がそうとは認識してくれなかったのだ。


 跳躍ジャンプと名付けたのもつまりはそういうことであり、飛行と同じくナインにとってはこれもまたどうやって行なっているのか自分でも理解不能なもののひとつとして数えられる。


 だからそう、この時も――闘錬演武大会準決勝という大事な場面で自ら行なった跳躍ジャンプを無事成功させたにもかかわらず、とあることについて大いに戸惑ってしまったのも、きっと無理からぬことであったのだろう。



◇◇◇



(おいおい、なんでだ?! どうしてこいつまで一緒に――!?)


 舞台からの落下、そして失格。

 大会ルールに基づいた自身の敗北を避けるため、フルフェイスに掴まれたまま舞台外へ引き摺り出されそうになった状況でナインは咄嗟に『瞬間跳躍ナインジャンプ』を使用した。


 その目論見は叶い、彼女は舞台端近くから舞台中央へと瞬間移動を果たすことができた。

 その機に殴打の勢いも減衰し、落下するナイン。

 どうにか跳躍ジャンプできたことに安堵を覚えると同時に――それ以上の困惑で彼女は顔を歪めた。


 自分の体の下に、フルフェイスがいるのだ。大女は先の体勢と変わらずナインの腕を掴んだまま放そうとしない。位置が変わったことに彼女もまた驚いている様子が鉄仮面越しに伝わってくるが、驚かされたのはこちらも同じだ。


(これはいったい何が理由だ……!? ジャンプか、俺か、それともこの女が?)


 まず考えられるのが跳躍ジャンプの制約のようなもの。

 要するにナインの体に触れていればその人物もまとめて転移するという術の仕様があるのではないか、ということだ。


 今までそんなこと思いつきもしなかったナインは、故にクータやジャラザを付き合わせて試すようなこともしてこなかった。なのでこの説は一概に否定できない――しかし、初めて跳躍ジャンプを使用したシーンを思えば疑問も出てくる。


 あの時は湖の魔物に捕縛された状況から抜け出すために転移を行った。それは取りも直さず現在の状況、フルフェイスに掴まれている状態と酷似している。前回は身ひとつの脱出を果たせた、ならば今回もその結果に倣わなければおかしいのではないか……。

 しかしあれを例とするには相手が違いすぎる気がしないでもない。何せ見かけは普通の人間――その風体の怪しさはともかく体格的に――であるフルフェイスと湖の魔物では比較対象として相応しいかどうか微妙なところだ。


 ならばそれよりもまだ、自分の失態と見たほうが自然かもしれない。


 湖中から逃れた際以上に慌てて跳躍ジャンプしたという自覚はあるので、うっかりフルフェイスまで連れてきてしまった――結果として跳躍ジャンプには他者を同行させる力もあるということになるが、それならそれで使い道はあるだろう。己しか跳べないよりは複数人で跳べるほうが、それも自分の意思で調節が可能であるのならその用途は一気に広がるというもの。


 ただし、ここでネックになるのが残るひとつの可能性。


 それは一緒に転移してしまったのは術の性能によるものでもナインの過失でもなく、フルフェイスの仕業なのではないか、というもの。


 彼女の肉体には不可思議な守りが働いているのは確認済みだ。それなり以上に力を込めて殴っているのに、それがきちんと届いている感じがしない。散らされているような、逸らされているような、あるいは飛ばされているような――とにかくいくら攻撃しても、どれだけまともに入っても、大した手応えが返ってこない。フルフェイスの特性や異能なのか、それとも何かしらの術や道具によるものなのかは判然としないが、これに類するようなもので転移に無理矢理ついてきたということも考えられはするのだ。


 むしろ術や自身のミスと断定できない以上、外因を疑ってみるのがベターな推測というもの。


 だからナインは、ここから何度跳躍ジャンプを繰り返そうとフルフェイスを振り切れないだろうと――この掴まれた手が放されることは決してないだろうと結論付けた。


 それならとナインは無駄なことをせず直接の排除に努めることにする。


 転移から行動開始まで、ナインは思考を重ねながらもフルフェイスの手から逃れようと試みている。しかし向こうも必死というか思わずナインが怯んでしまいそうなほどに死に物狂いの勢いで掴みかかってくるものだから、両者は絡み合うようにして舞台中央にとどまったままだ。


 埒が明かない。ジャンプも駄目で、離れようとしても駄目――だったら。


 ナインの導き出した次なる一手は、自分から離れるではなく相手を引き離すこと。


 具体的な攻撃法で言えば、それはジャンプならぬ踏みつけ(スタンプ)であった。


「行儀は悪いが、ちょいと失礼!」

「、っ!!」

「おぅら、まだ行くぜ!」


 地中深くまで潜り込ませるくらいの気力で蹴っているのだが、やはり威力の大半が通じていない――しかしその程度のことに構う必要などない。気にせず全力で蹴り続ける。


 一撃目で手の拘束が緩み、二撃目でその指が開かれた。ここで拘束から解放されたことになるがナインはまだ蹴ることを選択。


 三撃目で彼女は床にめり込み、四撃目で体全体が埋もれた。一見すればリタイア必至の被害だがことフルフェイスに限ってこの程度ということはあるまい。


 そう判断したナインが更なる五撃目――と足を上げたその瞬間。


「……!?」


 それを察知できたのはまったくもって偶然と言う他ない――正直に言ってしまえばナインはそちらへまるで意識を向けていなかったのだから。


 ただ頑丈なだけとはまた違う硬さを持つフルフェイスとの殴り合いに夢中になってしまっていたことは否めないが、それでも頭の片隅にはネームレスの動向を注視すべきだという危機管理のタスクが働いていた。今もこうしてフルフェイスへ目を向けながらもネームレスがその場を動いていないことを確認していたのだ――そして、だからこそ、それだけ注意をしていたはずなのに。



 サイレンス(・・・・・)の存在を忘(・・・・・)れかけていた(・・・・・・)自分にナインは驚愕した。



 跳ぶ。

 跳躍ジャンプではなく正真正銘生身の跳躍で、ナインはフルフェイスへの追撃を取りやめてその場から大きく飛び退いた。


「…………」

「! ……」


 空中のナインと、彼女が今し方いた場所、その背後から手を伸ばしていたサイレンスとの視線が交錯した。


 何をするつもりであったのか――その接近に気付かなければ自分がどうなっていたかについては、定かではないが。


 何か猛烈に嫌な予感、のようなものを抱いたのは確かだ。


 そしてこうして敵対意思が明確になってからでも、驚くほどに存在感が希薄なサイレンスという少女に、ともすればネームレスから感じられた以上の不気味さを感じてしまう。


(そう、この希薄さ――気迫なんてまったくないこの存在感の薄さのせいで、俺はこの子を意識の外へと飛ばしちまっていたんだ……!)


 フルフェイスの肉体と同じだ。

 これもまた、明らかに普通ではない――人間らしさからかけ離れている。


 最大限の警戒をしながら着地したナインを、落ちている石ころでも眺めるような感情を覗かせない瞳でサイレンスが見る。


 薄紅色の瞳と星輝の瞳が互いを映し合い……少女たちは共に強烈なまでのシンパシー(・・・・・)を感じた。


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