138 鎧軍団『アダマンチア』vs奇妙な三人『アンノウン』
一緒にいるところを『アンノウン』に見られるべきではないのではないか、と二人で話し合った結果、ナインとミドナはそれぞれ別の場所から第六試合『アダマンチア』と『アンノウン』の対決を観戦することに決めた。
ミドナは一般客の席にひっそりと紛れるように、ナインは選手控えエリアにある観戦室から堂々と。これはナインよりもミドナのほうが気配を消すすべに長けていることからこうなった。大勢に紛れ込める客席と違って控えエリアは利用人数の割に広く設けられており、見学する選手たちも部屋ごとに離れているため非常にまばらだ。つまりそこから見ていると舞台からもよく見えるということになる――ならばナインがそちらに向かうのは必定というもの。彼女はそもそも気配の消し方などまったく知らないのでこうなっただけだと言えばそうなのだが、結果としては良い分担になっただろう。
ナインはガラス張りの壁際であからさまに仁王立ちをする。周囲にとっては少女が勇ましく観戦しているようにしか見えないだろうが、その意味は『アンノウン』へのアピールであった。
俺はお前たちの異質さに気付いているぞ、という無言の主張だ。
もしもあの顔を隠した三人組がよこしまなことを企む不埒な連中であるのなら、こうして目を光らせているのを殊更に見せつけてやれば少しは怯むか、または尻尾でも出すのではないかという淡い希望。加えて奴らの目をナインにばかり向けさせることで、本命である眼力確かな慧眼を持つミドナが気取られぬようにという意図もある。
ミドナが連中にバレず自由に見張れたならば、ナインでは見えない聞こえない感じない何かも察知することができるかもしれない。要するにこれは舞台を隔てた彼女らなりのコンビプレーなのである――しかしその成果が出るかは、残念ながら見張っているナインにとっても怪しいものでしかなかった。
対戦前の控え場から出てきたネームレスは確実にナインの視線に気が付いている。サイレンスやフルフェイスはともかく、彼だけははっきりとナインのほうへ顔を向けたのだ。そのフードの奥でどんな表情をしているのかは果たして定かではないが、ナインはなんとなくネームレスが薄く笑っているように感じた。
けれどそんな視線の交錯も一瞬で、彼はすぐに顔を背けると、すでに『アダマンチア』が待ち受ける舞台の立ち位置へと去ってしまった。その後ろに残りの二人も続いていく――相も変わらず、会話ひとつなく淡々と行進するチームだ。
「リアクションは特になし、と……」
彼ら『アンノウン』には何かしらの目的がある。
少なくともネームレスがナインとミドナに対しなんらかの意義を見出していることは確かだ。
それは対戦相手に向ける戦意や敵意などといったものとは違う、もっと別の何かである。
王の資格云々などというのはミドナの言う通りにまったくの意味不明であるが、それはおそらく試合の勝ち負けに関係しないのだろう。ネームレスは勝ちに来ているのではなく『試し』に来ているのだ――本人がそう語ったのだからそれは間違いがない、はずだ。
ならば彼が目にかけているらしい自分がこうもまざまざと反応を見せてやれば、向こうも何かしらの態度でそれらしい反応を示してくるのではないか、と考えていたナインは読みが外れたことを悟る。
ネームレスは黙している。
いや勿論、この距離でお喋りなんてするつもりがないのはナインとて同じことだが、そういうことではなく。彼がそれらしいアクションを何も起こさなかったからには、今はまだその時ではないということか。
それはつまり、彼が秘めたる意を示すのはナインと相対する時――即ちこの後に予定されている本戦Aブロック第七試合。大会の準決勝で対戦者として共に舞台に立つ時だと定めているからなのか。
(つーことはこの試合に負ける気なんてさらさらないってことだよな……奴らには絶対的な自信がある。『アダマンチア』に後れを取る可能性なんざ微塵も考えちゃいない)
ならばその手並みを見せてもらおう、とナインは本当に観戦モードに入った。腕を組んで舞台を見下ろすその姿はとても偉そうで、幼い少女である彼女には似合うはずもないポージングであるが、何故かそれが不思議と様になっている。
目敏く選手エリアの二階フロアにナインを発見した一部の客は、これから戦う『アンノウン』の出場もそっちのけで彼女に注目していた。彼ら彼女らは勿論エルトナーゼ紙の『白亜の美少女特集』を頭に入れている――よってナインの素顔が見たくて見たくてたまらないのだ。
その願いが叶うのは、これよりもう少し後のことになる。
◇◇◇
Aブロック第六試合開始のコールがなされ、舞台上に歓声と演奏が鳴り響く。
それに背中を押されたようにチーム『アダマンチア』の重装兵団はのっしのっしと行軍を始める。その動きはやはりひどく鈍いが、しかしそれを差し引いても余りある防御力を誇る彼らの重さと硬さを武器にした戦法は、どこか『ファミリア』のティンクと同様のコンセプトを思い起こさせる――が、彼女が機動性をも確保していたのに対し彼らはそれを犠牲にしてしまっているのが決定的な差だろう。
ただし五人ともが明確なスタイルで一斉に攻め入っていくその戦い方には遠距離攻撃のみに徹底していた『アカデミーズ』などとは対照的ながらも似通ったスタンスを感じさせて、観客の多くがこの二チームの対決を見たがっていたことは言うまでもない。
残念ながらもう『アカデミーズ』は敗退済みで、それを為したのは『アンノウン』だ。結果が反対ならここで鎧軍団VS魔法軍団のカードが実現していたのだが、たらればを言っても仕方がない。観客たちは『アンノウン』がどうやって『アダマンチア』の守りを突破するかに意識を向けていた。
あの脅威的な魔法の一斉掃射をも下してみせたネームレスがまたしても不思議な術を使って何かしらするのか……という予想が大半を占めたが、それは半分当たりで半分外れだった。
戦意を募らせて距離を詰めてくる『アダマンチア』に、『アンノウン』の面々はやはり静かなままで――今度は三人ともが前に出た。
今まではフルフェイス単独かネームレス単独と、いずれもメンバーの一人ずつでしか戦わなかった彼らが今回は一転、チーム戦を見せるというのだから観客たちは大いに沸き――そして静かになった。
まるで『アンノウン』の静けさが感染したかのように会場中が静寂に包まれてしまった。
その理由は単純。試合が瞬く間に終わってしまったからだ。
まずはフルフェイスだった。
彼女は自分に迫る鎧二体に真っ向からぶつかっていき――ダブルラリアットでそのフェイスアーマーを吹き飛ばした。どうやって脱ぎ着しているのか定かではない全身溶接のフルアーマーだというのに、綺麗に頭の部分だけを剥いだ彼女はそれだけ腕力が桁外れであるということだ。そしてその手で、鎧を取られ剥き出しになった頭部を鷲掴みにされたものだから、彼らは絶叫するようにギブアップを宣言した。
メンバー二人が失格。残りは三人。
それと並行するようにネームレス。
彼は歩みが遅く、三人の中では一番後ろを歩いていたが、まだ敵と接触しないうちから何かしらの術を使った。両手を広げて、その手の平に球体のようなものが浮かんだかと思えば――ばぎりと薄い鉄板が裂けるような音が鳴った。それは『アダマンチア』メンバー二人の鎧が割れた音。彼らはまるで蝉の羽化のように殻を破って飛び出し、ネームレスの前に転がった。当然ながら彼らが意図して行なった行動ではなく、ネームレスに無理やり防具から引き摺り出されたのだ。すっと自分たちに向かってその手が伸びるのを見た瞬間に、彼らも大声でギブアップを告げた。
またメンバー二人が失格、残りは一人。
そして最後にサイレンス。
彼女はひたひたと無言で舞台を進み、直進してきた『アダマンチア』のリーダーで一際大きな鎧を着用している者と衝突した。リーダーは少女相手にも手加減などは一切せずに、己が全力で以って体当たりを敢行した。
ここまで残っている時点でどの選手も一流なのだ、たとえ見かけが幼い女の子だろうと手を抜くなどあり得ない。
戦士らしい意趣をもって一撃で決めるという信念のもとに実行された突撃は――しかし、なんの手応えもなかった。彼は困惑する。
(どうなって……? 何にぶつかろうと、いくら鎧が分厚かろうと何かしらの手応えは返ってくるはずだ。なのに、これは……まるで霞へ突っ込んだような――)
ハッとする。戸惑う彼の視界、頭部装甲の奥から覗くその目に、少女の立ち尽くす姿が映った。彼女は一歩もその場から動いていない――どころか、手足のひとつも動かしていない。そう、きっと瞬きすらもしていないのだろう……だって。
前髪から微かに見えるその瞳が。
星のように煌めくその瞳孔が。
こんなにもこちらを凝視しているのだから――。
瞬間、彼は心臓を鷲掴みにされたような激痛を体内に覚え……悶える間もなく、その余りの痛みに気絶してしまう。
傍目にはサイレンスと彼がぶつかった結果、音もなく彼が倒れ伏したようにしか見えなかった。
他四人とは違いギブアップする余裕もなく、純然たるリタイア。これでリーダーもまた失格となる。
こうして『アダマンチア』は全滅し、ここで大会からの敗退が決まった。
長引いた直前の第五試合とは打って変わって、試合開始から僅か十数秒での決着であった。