136 勝者『ナインズ』の休息と次の試合
「負け、たのか……私は、この戦いに……」
「ええ、ティンク。そうなりますね」
「なぜだ、トレル……ここで敗退などしてしまえば、」
「任務失敗? いえ、そうではありませんよね。何も必ず、私たちが『武闘王』の称号を手に入れる必要はない。何故ならそれ自体が任務なのではなく、その前段階だから。無名から成り上がるのにこの大会がもっとも都合がいいというだけであって、オイニー・ドレチドの援護が目的であれば他にも手段はある」
「………」
「ああひょっとして、パラワンのことですか? 負けてしまったからには質問権が失われる、と。ですがティンク、戦ってはっきりとわかったはずですよ。あのクレイドールはどのみち、勝とうが負けようが私たちに隠し事なんてしないだろうということは……そうですよね?」
トレルが後ろを向いて問いかける。ティンクがその視線を追えば、そこにはクレイドールがいた。もう日常的な動作であれば行える程度には回復したのか、横たわったままのティンクと異なり彼女は両の足できちんと舞台に立っている。
「肯定します、トレル。大会後に私はマスターをこの都市の研究室……パラワン博士が最期を過ごした場所へ案内するつもりです。その際に、あなた方にも同行願えますか。博士が何を残したのか。あるいは、私やあなた方をなんのために作ったのか。その答えが見つかるかもしれない。憶測でしかありませんが、可能性がないわけではない」
「……なんのため、か」
そんな風に言われてしまっては、断ることはできなかった。
ティンクは小さく頷いて了承の意を示す。
「ティンクもそのつもりのようで安心しました。というわけでクレイドール、どうかよろしくお願いしますね。『ナインズ』の皆さんも、とりあえず優勝目指して頑張ってください」
「ありがとうございます、トレル。あなたのおかげで話がスムーズに進みました」
「……勘違いしないでほしいですけどね。私はただ、優劣なんてうやむやでもいいから、ただただあのにっくきパラワンの秘密を暴いてやろうという、そういったつもりでしかないんですよ。折衝役に回ったつもりなんて微塵もありませんし、ティンクほどあなたを後輩だとも認めていませんから。強さなんて私には関係ないんです。どう生きるか、それだけが大事なんですよ。白黒つけるような勝負になんて意味はない」
「ノン。否定と、それから同意を。どう生きるか、それは確かに大事です。私もこれからどう生きていくか、未来が楽しみで仕方ありません。そう思えたのはやはり、あなた方と戦えたからでしょう。ですから勝負に意味はあった。私にもティンクにも、それからトレル。きっとあなたにも」
「……やけに達観したことを言うようになりましたね。昨日とは打って変わって、ただの人間のようじゃありませんか」
「そうでしょう。私はつい先ほど私になったのです。真の意味で完成したとも言えるでしょう。今の私こそが『クレイドール』なのです」
「よくわかりませんが……一皮むけたってやつなんでしょうか? そういう意味なら、あながちあなたの言うことも間違いじゃないかもしれませんね。私もティンクも、確かにこの試合の前と後では……ほんの少しくらいは変わったはずですから。よっ、と。行きましょうか、ティンク」
担架を待たずに、トレルはティンクに肩を貸して立ち上がらせた。退場するにも自らの足で。きっと彼女はそれを望むと、トレルは知っていた。引っ張られて支えられて、ようやく立つことができたティンクはトレルに小さく礼を言ったあとに、視線をそれまで戦っていた敵へ寄越した。
「クレイドール」
「はい」
「この勝負、お前の勝ちだ」
「はい。勝ちました」
そう言って無表情でピースサインを作る彼女に、少々不思議そうな顔をしながらティンクは続ける。
「言いたいことはままある……が、今はこの結果を受け入れよう。敗北は覆らない。しかしだ、クレイドール。このまま私が引き下がるとは思うなよ」
「それはどういうことでしょうか」
「再戦を希望する。いつかまた、お前と戦いたい」
「………」
「その時は無論、私が勝つ」
はあー、とため息。それはティンクのすぐ横から漏れたもの。つまりはトレルの嘆息である。
「訂正です。やっぱり何も変わってなんかいませんでした。ティンクはどこまで行ってもティンクです。根っからの戦闘バカなのはどうやら本当のことだったみたいですね」
「それがティンクという個人であるのなら、素晴らしいことかと。再戦を受諾しました。日付のご希望などは」
「いつでもいい。……いや、やはりしばらく間を空けたいな。互いにもっと強くなってからがいい」
「承諾しました。再戦予定日を半年後から一年以内を第一候補としてカレンダーに記録します」
「ふ……お前はたった半年でも見違えそうだな」
「今後はマスターと行動を共にしますので、私の戦闘学習に関してはマスターの意向次第となります」
「なるほどな。まあいい。そうなれば私だけでも実力を高めて、再戦時お前を圧倒するとしよう」
「そうなった場合は私のほうから再戦希望を申し込むことになると予測されますが」
「当然受け付ける」
「それはよかった」
「この二人、噛み合っている……? いや合っていない……どっちなんですか? とにかく私にとっては聞いてて頭痛のする会話なんですが」
少女にあるまじきしかめっ面をしながらもトレルは「もういいでしょう、行きますよ」とティンクを無理やり引っ張っていく。半分以上彼女の力を借りている状態のティンクに抵抗などできるはずもなく、まだ何か言いたげではあったものの舞台を去っていった。
一人残されたのはクレイドール――否。
彼女の傍には、仲間がいる。
「勝ったね、クレイドール!」
「クータ」
「うむ、よくやったの。見事な戦いぶりだった」
「ジャラザ」
「よお、すっきりした顔になったな。ようやく本当のお前に会えたって感じがするぜ」
「マスター……」
仕える主人と、主を共にする仲間たち。
彼女たちからの言葉で、ようやくクレイドールは自身初の勝負が終わったことに気付いた。
さっきまであんなに迷っていたのが嘘のように、いざ戦ってみれば自然と何をすべきなのかが見えてきた……いや、そうではない。戦うと決意したその時には、もう分かっていたのだ。自分が何をすべきか、何をしたいと思っているのか。
ずっと不明瞭なままで、目を逸らし続けていたそれに、ようやく正面から向き合うことができたのだ。
「ほら、クレイドール。手を振ってやれ。みんなお前を讃えてくれてるんだぜ」
「……?」
ナインの言っている意味が噛み砕けず、しかし言われるがままに彼女は手を振った。そして何気なくナインの視線を辿って観客席へと目を向ければ――、
ワァッ! と歌うような歓声を受けた。
「! これは、私への……?」
「なんだ、やっぱ気付いてなかったのか。そうだぜ、お前とティンクの真剣勝負に魅せられた人たちからの称賛さ。もちろんジャラザとクータにもだろうけど」
「ふん、取ってつけたように言わんでもいい。所詮は前座よ」
「うー。せめてあと一発は、ティンクに食らわせたかった……」
若干だが拗ねる二人をナインが慰める中、クレイドールは言われた通りに客席からの声に応えていた。
まるで自身の誕生、あるいは新たな旅立ちを祝するかのようなその声援に、クレイドールは心からの笑顔を見せた。
「感情の一種をインプット。これが……『嬉しい』ということなのですね」
元々顔立ちが端整な作りをしている彼女がそんな風に微笑めばどうなるか――更なる観客たちの興奮がその答えである。
こうしてチーム『ナインズ』はますますその人気を不動のものとしたのだった。
◇◇◇
「っつーことで、無事に第五試合を突破しました……俺は案の定、完全に蚊帳の外だったわけだが」
クータたちが治癒術師たちによる治療を受ける横で、ブスッとした表情でナインが言った。
クータは主に頭部、ジャラザは背中、クレイドールはほぼ全身とそれぞれ傷の箇所と具合は違えど割と深刻なダメージを受けていることに変わりはない。機械部分だらけのクレイドールも普通に治療を受けられることに驚きはしたが、これは嬉しい誤算というもので、ナインは三人ともにこの場で怪我を治させることにした――その途中で彼女がまるで自分も戦いたかったかのようなことを言うものだから、ジャラザは呆れた。
「あの状況で主様が出しゃばって何をするというのだ。クレイドールの決意も何もあったものではなかろうが」
「待て待て、もう終わった試合にぶーたれようってんじゃないんだ。俺が言いたいのは次の試合のことだよ」
「つぎのしあいって……相手はだれ?」
「第六試合の勝者となります」
クータの質問に口を開いたのはクレイドールだった。
彼女はこの中ではぶっちぎりの重傷患者だが、そう感じさせないほどはきはきとした喋りをしている。
「まもなく開始される第六試合の出場チームは『アダマンチア』と『アンノウン』。このどちらかが私たちの次の対戦相手となります」
「ふむ。主様よ、儂らの付き添いよりも試合を見てきてはどうだ?」
「悪いけどそうさせてもらおうかな。またフルフェイスかネームレスが一人だけで戦うっていう戦法なんだろうけど……ひょっとしたらまだ披露されてないサイレンスの力なんかも見られるかもしれないし、観戦して損はないだろう」
「マスターの仰りようは『アダマンチア』の敗退を予見されているように聞こえますが」
「やっぱり、アンノウンが勝つの?」
「ああ、勝つよ。『アダマンチア』じゃあたぶん無理だ。対戦相手になるのはほぼ確実に『アンノウン』だと思うから――だから次の試合は、俺一人で戦らせてもらうぜ」
ここから大会終了まではずっとナインのパートになりますかね……ま、主人公やし多少はね?