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134 計算を超える計算を

「愛、されていた……? 私たちは……」

「間違いありません。そうでなければ、強化人間アドヴァンス計画を放棄する理由がない。あなた方をなんとも思っていないのであれば、そのまま兵器として仕上げてしまえばいいのですから。逆説的に、離れざるを得なかったというその事実が博士の愛を物語っている」


「……実験を打ち切ったこと。それが愛の証明だと?」

「その通りです。博士にとっても誤算だったのでしょう――あなた方に否定しようのない愛情を覚えてしまって、それ以上の実験ができなくなった。だから元より人間でもなければスクラップ同然の私の原型、機械人の残骸を使った自動人形オートマトン計画に切り替えたのです」


「そんなこと、分かるものか! 奴が私たちに愛情を向けていたかどうかなど、もはや誰にも証明できまい!」

「私が証明しましょう」


「――」


 虚を突かれたように、ティンクは黙る。クレイドールは微笑みを浮かべながら頷く――その笑みはまるで、在りし日のパラワンを思い起こさせるように穏やかなものだった。


「この勝負。私とあなたとでは、あなたがやや有利。そうですね?」

「……?」


 突然の戦況分析にティンクは戸惑った。

 いったい今度は何を言い出すのかと、どこか恐怖に近い感情まで生じてくる。


「単なる事実確認です。経験面や性能面など差異は多々あれど、総合的にこちらが若干不利。この計算に間違いはないはずです。途中式や計算法は違えどあなたも同じような概算の下に戦闘をしていたはず」


「……ああ」


「であるなら。この勝負で私が勝てば、確かな愛を感じているこの私が勝てたなら、それが愛の証明になるはずです。私とあなたに残された差はそれだけですから。愛を信じているかどうかという、その一点のためにあなたは負けるのです」


「愛の差、だと……そんなものが戦闘になんの関係がある」

「それもまた、今から証明してみせましょう」


 クレイドールは足裏のスラスターを吹かした。リアクターからの限られたエネルギーをもう一度割り振ったのは空中戦を再開するためではなく、あくまで接近の補助のためだ。


 瞬く間に距離を詰めてくる彼女に、しかしティンクは迷わなかった。会話のせいで常と比べて気がそぞろになっていることは否めないが、それでも体は自然と動いた。敵の接近を待たず、盾を投擲。確実に命中するタイミング――だったはずが、結果は予測からズレた。


(乱軌道……!)


 クレイドールは盾を前にして背部バーニアを露出させたうえで推進力を最大にまで上げた。バーニアはスラスター推進を安定させるための器具だが、背中のそれはティンクが壊している。しかもスラスターを使わない選択をしたために修復も後回しにされ、未だ状態は破損時のままである。


 だが、今はその方が都合が良かった。安定性を欠いたからこそ、クレイドール本人にも読めない軌道で進路が乱れ、結果的に盾を躱し、体勢を大きく崩しながらもティンクに肉迫することに成功したのだから。


(だがその状態ではまともに攻めることもでき……なにっ!)


 クレイドールはティンクの常識的な推測を足蹴にする。彼女は一瞬で背部スラスターを切って右腕にエネルギーを回した。片腕だけの推力ではバランスが取れず、ティンクの眼前でクレイドールは体を錐揉みさせるように回って――そしてそこから蹴りを放った。


「ぐっ、お前……!」


 頭頂部に振り下ろされた脚を躱すが、肩に貰ってしまう。痛みを受けながらもティンクは冷静に盾の往復を見計らっている。回収機能は発動済み、既にクレイドールの背後には『灰の塔』が迫っているのだ。


 ところが、またしてもクレイドールはスラスターを吹かす。今度は両腕を使って見えない鉄棒を回るようにくるりと空中で体勢を変えた。盾をすり抜けるように回避し、今度は下方からの蹴り上げ。ティンクの顎を打ち据えた。


「がふっ、く、」

(こ、こいつ、この動き! 回避と攻撃をひとつにするこの動きは――まさか私を真似ているのか!)


 たたらを踏むティンクだが、深刻なダメージにはなっていない。スラスターを使用している分、先よりも一撃の重みが減っているのだ。むしろ肉体的なものよりも、敵に自分のスタイルを模倣されたことによる衝撃のほうが大きいかもしれない。学習機能とはここまでのものなのか、と。推進力による瞬間的な加速を立派な武器に――しかも滅茶苦茶な軌道までも利用させてしまったのは、自分自身なのだ。


 動作の手本になったのも、そしてバーニアを壊したのもティンク。

 クレイドールが成長するきっかけを与えてしまったのも、他ならぬティンクなのである。


「愛に気付いたからこそです」

「っ、まだ言うか!」


 乱雑な軌跡をたどりながら、修復を終えたらしい両腕で連続の打撃を見舞ってくるクレイドールに対し、ティンクは忌々し気な顔をしながら無駄のないステップで左右に狙いを散らしていく。一撃を食らい、一撃を盾で受け、彼女はその時を待つ――今だ!


「ふんっ!」


 背部スラスターを切る瞬間、残りの両手両足の四つからどこを選んでエネルギーを回すか。それをティンクは見切った。それは彼女の姿勢や視線、意識の向け方といった細かな要因から弾き出した直感よりも確かな未来予測であった。


 ティンクはクレイドールに合わせるように回転する。自然、彼女の次の攻撃はその標的を失って空を切り、代わりにティンクの盾が風を切って唸った。重量によって生まれる遠心力をそのままぶつける。



 その瞬間にティンクはクレイドールと目が合って――ゾッとする。



 チカリとその瞳が怪しげに瞬いた時、ティンクはこれすらも彼女が計算に入れていたことを思い知った。


 スラスター格闘術とでも称すべきこれを、ティンクなら即座に対応し反撃するだろう、と。


 敵に対する信頼を。

 その実力への惜しみない理解を。


 ティンクという同胞を確かに信じられたから。


 だからこそクレイドールはしたたかに、自身のダメージを受け入れたうえで、準備を終えていたそれを発動させた。



「フェノメノンアイ起動」



 ジュバッ、と何かが焼き切れるような音。

 クレイドールの両目から迸った一条の真っ赤な光線は、それを認識する間も与えずにティンクの顔面へ直撃。


「ずぁっつっっ、」


 声にならない声を漏らして、ティンクは巨人に殴りつけられたような勢いで弾かれ、頭から舞台を転がった。視界が閉ざされ、激痛に苦しみながらも彼女は盾を探す。今ので取りこぼしてしまったのだ。攻撃を受ける瞬間、盾がクレイドールに当たった感触は確かに感じられたが、なにぶん自分のほうが大きく吹き飛ばされたせいでクリーンヒットとは至らなかった。


 すぐに追撃が来る可能性が高い。そう考えたティンクは、視力の回復を図りながら投げ出されてしまったらしい盾を呼び寄せる。近づいてくる感覚に僅かに安堵を覚え……それを見計らったように、自身の視界に影が差すのを感じた。


「ぐうっ!」


 手元に戻った盾を掴もうとしたが、ギリギリで間に合わなかった。盾を下敷きにするようにして押し倒されてしまう。上向きになった彼女の視力がそこで物を見られる程度に復調し、自分を押さえつけるものを確かめてみれば。


「……変形開始」


 それはやはりクレイドール。全身に走るヒビ割れなど気にも留めていない様子の彼女は、その足を不可解な形に変えていた。


(こんな機能まで……!)


 ティンクは驚く。クレイドールの足が自分の両腕を地面に縫い付けている。それはおそらく磁力の枷の失敗から学んだ物理的な枷。ティンクの腕を包み込んだ変形足が地面に食い込み、持ち上げられないようになっている。同時に盾も自分の体の下にあるせいで、現状の彼女にはいかなる手段も取れない。


 よってクレイドールは、完成させるのに少々時間のかかるそれを安全に用意することができた。


「なんだ、それは……」


 動けないままに体の上で出来上がるそれを見て、ティンクは目を見開いた。答えはすぐに返ってくる。



「――変形完了。武装名『パイルギアバンク』……イグニッション」



 彼女の腕はもはや腕にあらず。それはいわゆる射杭機パイルバンカー。巨大な金属製の杭を超高速で射出させる武器だ。自身の体躯に倍するくらいはあろうかというほどに肥大化したその右腕を、クレイドールは静かに動かして――ティンクの頭部へと当てがった。


「全出力を現使用武装へ転換。オーバーフロー発生、エネルギー転換率150%超過」

「! さ、最高硬度――」


「バンカーナックル」



 ドッッゴン!!



 会場中を震撼させるような衝撃音。

 ティンクの背中に敷かれた『灰の塔』がクッション材の役割を果たし、衝撃を吸収したおかげで舞台には窪みと放射状の亀裂が走っただけに留まった。が、それをまともに受けたティンクが無事で済むはずはなく。


「…………、ぅ……」

(か、体が、動かない……、こんなダメージは、いつぶりだ……?)


 活動限界。

 戦闘経験豊富なティンクは、自分の限界というものを過不足なく把握している。そんな彼女にとって現在の総ダメージ量は完全にその域を超えてしまっている。

 だが。


「ぐ、ぅううっ。ま、だ、だ……!」


 舞台にめり込んだ体を自力で引き剥がし、ティンクは起き上がろうとする。滲む視界の端で、クレイドールが腕の変形を解除しているのが見える。攻撃の瞬間に両足の変形も解けていたことから、彼女もまた活動限界に陥っているのだと想像がつく。


 ならばまだ、勝ちの目は残されている……!


 そう奮起するティンクだが、どうしても立ち上がることができない。足に力が入らない。埋もれた盾を持ち上げるだけの腕力も、彼女には残されていなかった。


「ぐ、く、ううううぅう!」


「――そこまでです、ティンク。この勝負は……私たちの負けです」


「ト、レル……」

 弱々しい動作でティンクが振り向けば、そこには目に涙を浮かべたトレルの姿があった。


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