132 多彩武装と単一武装
空を飛び距離を取り続けること。それはこの状況、つまりこちらに遠距離攻撃の手段があって向こうにはそれがないというシーンにおいては、紛れもなく勝ちを目指すための最適解のはずだ。
しかしクレイドールは間違いなどないはずのその分析に、非常に懐疑的であった。
何故なら彼女の敵がティンクという、硬化能力を有する相手であるからだ。全身を硬化させ、その状態でも機動力を損なわないという彼女特有の力はアーマーを付けずして体中を装甲で覆っているようなもので、その防御力は折り紙付きだ。それだけの堅牢さに包まれる相手に一定火力しか持ちえず急所を狙いにくい遠距離武装ではいまいち効果が薄いというのが、まずひとつ。
そしてもうひとつが、徒手空拳を主として戦い、全力を出す際に使用する武器が『盾』であるティンクでは不可能であるはずの遠距離攻撃――その常識的な考え方が必ずしも事実を指し示しているとは限らないことを、彼女が既に知っているからでもある。
「スラスター推進力を最大化」
バーニアによる補正で姿勢制御を安定化させ、クレイドールは飛ぶ。後方宙返りのように一回転。今しがた彼女の体があった場所を、いつの間にか舞い戻ってきていた盾が猛スピードで通過してティンクの手元に収まった。
空中を旋回しながら油断なく様子を窺うクレイドールに、『灰の塔』を装備し直しながらティンクは笑みを浮かべた。
「あわよくばもう一発と目論んでいたが……気付いていたか」
「それは既に見ましたので」
どういった機構なのか、一見すると金属の塊のようでしかない盾『灰の塔』には回収機能がついている。ティンクと盾はまるで磁石のS極とN極のように互いを結び付けるのだ。手元に返る速度はかなり速い。それを利用してティンクは先程、ジャラザに対して奇襲をかけた。まったく無防備になっていた背中に戻ってきた盾が強かに命中したあの場面を、クレイドールが見逃していたはずもなく。
一度目にしたからには当然、警戒をして然るべき。そして警戒しているからにはそう易々とは食らわない。ミサイルの多弾頭を浴びて無傷のティンク本体へ気を取られながらも盾の飛来を察知できたのは、彼女の学習能力の本領が発揮された結果だと言えるだろう。
ただし。
離れた位置にいる敵への己が唯一の攻撃手段である盾の機能が看破され、そして実際にあっさりと避けられてしまったというのに――それでもティンクは笑っている。
「なるほど。覚えがいいこともお前の自慢か」
ティンクは駆ける――そして盾を投げた。
今度は横合いからではなく、クレイドール目掛けて一直線に。
「私には当たりません」
速度は確かにある。けれどただ真っ直ぐ放られたくらいでは、クレイドールが空中で余所見でもしていない限りは命中などしないだろう。それは放った当人であるティンクとてよく分かっているはずだろうに、この愚直な投擲にいったいなんの意味があるのか。
意図は読めずともとにかくクレイドールは右に移動することで盾の進路上から逃れた。標的を失った盾は、そのまま真横を通り過ぎていく――はずだったが。
「!」
ピタリと止まった。盾はクレイドールのすぐ隣で、誰に触れられるでもなく宙に静止したのだ。
しまった、と理解した時には遅かった。
「戻れ!」
ガィン! と硬質な音を立てて盾とクレイドールがぶつかった。
ティンクがしたことは盾と自分との間にクレイドールを挟むように移動したという、言葉にすれば単純極まりないものだ。
ただし盾をその場に留める力加減、相手の回避を見てから動く反射神経、そして一連の狙いを相手に悟らせない気の散らせ方――その実行におけるプロセスにはことごとく高い技量が要求される。
それを難なくこなしてみせたティンクの技巧に驚愕と感嘆の入り混じったような感情とともに、ダメージまで一緒に胸に受けたクレイドールは自然、高度が下がってしまう。乱回転しながら落ちる彼女に、盾を回収したティンクが追い打ちをかけようと迫る。
「くっ……」
視界すら定まらぬ最中ながら、ハイパーセンサーによって接近する敵の位置情報を把握。迎撃の為に不安定な体勢のままで裏拳を繰り出すが、無理矢理と言っていいようなそのお粗末な反撃程度とっくに読めていたのだろう。ティンクはそれが来ることを知っていたかのように姿勢を低くして、クレイドールの真下に潜り込むことで裏拳を回避。そして自身の直上へ向かって――つまりはクレイドールの背部へと盾を突き上げた。
「づッ……!」
盾の先端、二等辺三角形の頂点部がクレイドールの背部バーニアへと突き刺さった。ダメージと破損。設けられている疑似痛覚の設定は事前に切られているために痛みを感じることはないが、自身がどれだけ壊れていくかを明確に数値化されることは痛みなどよりよっぽど深刻さを伝えてくるものだ。
「サイコフィ――」
「させん」
クレイドールが武装を展開する間を与えず、ティンクの飛び蹴り――飛び上がり蹴りが彼女の頭部へ炸裂した。「……!」と言葉もなくクレイドールは勢いよく舞台に落下し、その床に線を描く。とうとう彼女は地に落ちてしまった。
「まだだ!」
優勢ながらに、いや、優勢だからこそティンクは攻め手を緩めない。
いかに相手の武装が多彩だろうと、学習能力に優れていようと、彼女が惑うことなどない。やるべきはジャラザへ行ったことと変わらない。それ即ち果断かつ苛烈に攻め続けること。相手が対応しきれないだけの果敢な攻撃を仕掛ける――それを勝負がつくまで繰り返す。
ただそれだけをなそうとするティンクに対し、
「――エルモスライト、リアクティブ」
地に膝を立てて起き上がったクレイドールは姿勢そのままに、胸の前で両拳を突き合わせてからグッと力を込めて開いた。そして丁度その隙間から見える胸部、メイド服の内側が青白く発光し――
「! この光は――」
「インピーダンス最低値固定。電磁パルスを使用」
クレイドールの発生させる高エネルギーによって生み出された電流が、指向性を持って放たれる。拳の合間を通り抜けるようにして、既に目の前にまで迫ってきていたティンクにそれは見事にヒットした。
「ぐ、これはっ……!」
全身に痛み。硬化能力発動中であれば通常味わうことのない激痛がティンクを襲う。しかし彼女が呻いたのは痛みにではなく、強制的に自身の動作性が鈍化させられていることに対するものだ。
電磁パルスは過剰電流を対象へ流すことによって誤作動または動作不良を誘発させるアンチ電子機器・装置用の攻撃法である。ティンクは決して全身が機械でできているわけでもなければ電子回路によって動いているわけでもないが、その体内に様々なものが埋め込まれていることは確かである。また人体部が多かろうと、狭小的かつ直接的に流された高圧電流が有害なことに変わりはない。常人とは比較にならない頑強性によって生命の危機には遠く及ばないレベルでも、クレイドールのエルモスライトによる電気ショックは鉄壁を誇るティンクに対し初めて、目に見えるレベルでのダメージを与えることに成功したのだ。
「電気操作を継続実行」
しかしクレイドールは喜ぶことをしない。
むしろ想定よりもティンクへ与える障害が少ないことに危機感を募らせていた。
仮にこのまま電磁パルスを連続使用したところで、ティンクが力尽きるよりも遥かに早く自分がエネルギー切れを起こすだろう。
そこで彼女は追撃よりも敵の武装を封じることを選んだ。
過剰電流の一部を流用しティンク本人ではなくその手にある盾へ蓄電させる。磁場の発生を同時進行で促し、即席で磁力を作用させ盾と地面を癒着することでティンクが持てないようにする策に出た。勿論これは相手に傷を負わせず無力化するための武装である『ヘルモスライト』本来の用法とは大きく異なった使い方だ。敵を負傷させないまま武装を奪うという点で元の目的に限りなく近いものがあるのは皮肉だが、逸脱した使用法故にただでさえ激しいエネルギー消費を更に加速させてしまうことは避けられない。
しかしそれでもやる価値はある。
盾使いが巧みに過ぎるティンクからその盾を奪えたならば、それは戦局が大きくこちら側へと傾くことを意味している。
磁力の枷を作り出そうとするクレイドール、その傍で電流のショックから早くも復帰しつつあるティンクは――体内のナノマシンをフルに活性化させた。
「電流を、味わったことが、ないわけではない――この程度ではナノテクまでは無力化できんぞ……! そして! お前のやろうとしていることは無駄だと言わせてもらおう!」
「……!」
血液中を巡ったナノマシンによって電流を振り切ることに成功したティンクは、至近距離であることを理由に盾を振りかぶるのではなく空いている片腕を使って攻撃を仕掛ける。それに反応したクレイドールも電気操作を捨て、肉体で応戦する。
交差する拳と拳。
似た背格好の少女同士はクロスカウンターの形で互いの頬に文字通りの鉄拳を打ち込んだ。
「ぐうっ!」
「――っ、」
鋼鉄の体と鋼鉄の拳がぶつかれば、そこに硬さによる優位性は存在しなくなる。
二人は殴打の威力をもろに受けてどちらも殴り飛ばされた。
倒れ込むことはせず、素早く同時に立ち上がった両者が互いを見れば、二人ともに口から黒い液体を零しているのが確認できた。
「ふ……そうか、お前にもナノマシンが搭載されているのか。私たちに仕込んだのはパラワンではないのだが……技術者というものは皆、発想が似通るものなのか」
「……その盾の素材をお聞きしても?」
「いいだろう。こいつはオリハルコンとアダマンタイトの合金製だ。そこに私の素材も混ぜてある。磁力が作用しなかったのはそのためだ」
「理解しました。正確には作用性が著しく低いということですね」
「そうだ。希少金属を二種類贅沢に使ったうえ、最新のテクノロジーまで積まれているのだからな。『灰の塔』はどのような攻撃に対しても万全の防御性能を発揮する」
どこか得意げに語ったティンクはクレイドールへ見せつけるようにして盾を構えた。
「さあ、続きと行こうか。どちらかが倒れるまで」
黒い血を流す彼女は、それでもなお笑っている。