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131 自動人形クレイドールvs強化人間ティンク

ここからがクレイドールパートの山場となりませう

 彼女たちの死力を尽くした戦闘を見て、感じるものがなかったと言えば嘘になる。


 しかしそれがなんであるか、どうしてそんなものを感じるのか。あるいは彼女たちの戦う理由も、そして痛みに苦しみながらもどこか楽しそうに見えるその理由も、クレイドールには全く理解が及ばなかった。


 何故、と漏らした言葉に、隣に立つナインが答えた。


「負けたくないのさ。それぞれに負けちゃいけない理由がある。直接的な関係はなくっても、あいつら全員にそれがある。目の前の相手に負けたくないっていう強い気持ちがな」


 だから人は戦いの舞台に立つ、と。

 ナインは試合から目を離さずにそう言った。


「それは、マスターにも」

「勿論ある。俺のはただの意地みたいなもんだけどな」


 迷いなく告げるナインの姿は、クレイドールにとってはどこか信じ難いもので……だから殊更に訳が分からなかった。


「負けたくないのなら、戦わなければいいのでは。勝負しなければ負けることはない」

「でも勝つこともない」

「…………」


「いや、これは正しくないな。そもそも勝負から逃げ出す時点で負けている。相手にじゃなく、自分に負けている。俺はもう二度と自分にだけは負けたくない。だから挑むし、そして勝つつもりでいる。そうしないと本当に勝たなきゃいけない時、どうしても勝ちたい時に負けちまう気がするんだ」


「どうしても勝ちたい時……。マスターならば、どんな相手にでも容易く勝ててしまうのでは」


「……そう思って失敗したんだ。そのせいで、俺の手の中で人が死んでいった。あんな思いは二度とごめんだ。俺は俺のために俺として生きる。そのためには勝つことが必要だ。そしてこれは何も俺に限った話じゃない。お前にだってそういう時は来る――生きているなら絶対に」


「私、にも」


 それはいつやって来るのか。どんな場面であるのか。自分は何を為そうとするのか。


 様々な未知を自問するクレイドールの脳部に新たな領域が示される。

 情報処理とは別の奇妙な動作が働きかけ、それは今、この場所なのではないかと強く訴えてくる――こんなことは初めてだ。


「戦うことは苦しいことだ。楽な道じゃない。時には負けを選んで逃げるほうが正解だっていうこともある。ただ無鉄砲になるんじゃそれこそ敗北にも等しい……けれど、だ。無理を通してでも、傷付いてでも。それでも勝ちたいと願う時が人にはある。俯瞰の壁を越えろクレイドール。自分の視点、お前の眼だけであいつらを見ろ。お前が本当にやりたいことはなんなのか――きっともう分かってるはずだぜ」


「……はい」


 クレイドールはゆっくりと頷いた。

 それは機械的ではない、人らしい動作。


「この思考のノイズがもしも感情と呼ばれるものであるのなら。私にもきっと自分の意思がある。そうあるようにとパラワン博士が作った、だとするなら――私はこの感情に決着をつける義務がある。彼女の手によって作られた……そう、『同門』として。『先輩』と向き合わねばならないと私、クレイドールは愚考しました」


 行ってきてもよろしいでしょうか、と。


 主人に伺いを立てれば、彼女は「任せた」と短く答えた。

 かくしてクレイドールは参戦を決めた。

 他ならぬ自分自身の意思によって、戦うことを選んだのだ。



◇◇◇



「ふん……重役出勤だな」

「すみません。私の決断が遅れたばかりに、ジャラザ。あなたは怪我を」


 打たれた部分へ目をやるクレイドールに、ジャラザは「よい」と首を振った。


「なるべくしてなった結果だ。この舞台はお主が主役なのだ。ヒーローは遅れて登場するもの、らしいからの。前座が出しゃばるのもここまでにしておこう」

「前座などと」

「本当のことだ。元よりお主が出てくるまでの時間稼ぎだったのだから」


 笑いながら言うジャラザに屈託はない。その横に、クータがやってきた。


「クレイドール、やる気になったの?」


 そう問われてクレイドールは彼女へ視線を移す。ジャラザ同様クータもまた傷を負っている。焼けた肌は痛々しく、顔中から出血を起こしている……それを本人が気にも留めていないように見えることが逆に、機械少女に謝罪の念を感じさせた。


「申し訳――」

「あやまらないで、クレイドール」

「、…………」

「その代わり、やるなら思いっきりやってね」


「――了承しました」


 お二人とも下がってください、とクレイドールは前へ進みでる。

 彼女の先には当然、試合相手である『ファミリア』のティンクとトレルが待ち構えている。


「ここからは私がお相手します。どちらから行いますか? 私としましては時間の短縮になりますのでお二方同時を推奨いたしますが」


「言ってくれるな。だが時間のことは気にしなくていい。お前とは正真正銘の一騎打ちを望む。私を倒せばお前の勝ちだ。……トレル」


「ええ、わかっていますとも。今度ばかりは本当に手出しはしません。ですから、負けないでくださいね」


「無論。元よりアドヴァンスに負けなど、ない」


 両陣営から一人ずつが選出される。『ファミリア』はティンク、『ナインズ』はクレイドール。生まれを同じくし、そして育ちの異なった両者は一定の距離を置いて互いを見つめ合う。


「お前に勝つ。その後で何もかもを喋ってもらう。聞きたいことが山ほどあるからな」

「それがあなたの負けられない理由。どうしても勝ちたい理由ですか」

「その通りだ」

「でしたらそれは私も同じです。この勝負の決着がどういう形でつこうとも、あなたたちとお話がしたい。それをより良いものにするために、ここでは負けられない。私は――勝ちたい」

「……昨日の夜とは少し、変わったか」



「ノン。否定を。私が変わるのはこれから(・・・・)です」



 両者が同時に動く。盾を構えて駆け出すティンクに対してクレイドールはスラスターを噴射させて宙に浮いた。


「はっ!」


 ティンクが盾を投擲する。少女の腕から放たれたとは思えないほどの勢いで飛来するそれへ、クレイドールは冷静に手の平を向けた。


「ブラスターキャノン発射」


 エネルギー弾が盾に命中し、撃ち落とす。落ちていくそれを見送るでもなくクレイドールがティンクへ照準を移そうとしたところ、彼女は既に落下する盾のもとへと到達していた。


「ふんっ」


 跳び上がり、垂直になって床と接した盾を足場に更に跳躍。猛烈な勢いで上空にいるクレイドールのもとへ迫り――硬化した足でその胴を蹴りつけた。


「――ッ」


 バヂリ、内部でどこかがショートする。鋼鉄のボディを持つクレイドールだが、ティンクもまたそれに等しいだけの硬さを持っている。結果として素の防御力が相対的に低下する事態に陥っている……ただしそれは相手側にもそっくりそのまま適用されることになる。


 硬化能力を使用しても、同じく鋼鉄であるクレイドールの拳は痛い(・・)はずなのだ。


「フォトンレーザー照射」


 ダメージを受けながらもクレイドールは武装のひとつを使用する。指先から放たれるレーザーは的確にティンクを捉えたが、命中しても全て弾かれてしまう。彼女はクータとジャラザによる水蒸気爆破を食らって以降、常に全身を硬化させているようだ。


「…………」


 攻撃が通らなかったことに反応を示すでもなく、クレイドールはとある検証のためにスラスター推進力を増幅させた。ティンクは飛行能力を有していない。それはこれまでの戦い方を見れば明らかだ。であるなら、このまま彼女の頭上に陣取り遠距離射撃に徹するのが勝利への最適解――普通ならばそうだ。


 だが相手は戦闘のプロ。

 クレイドールは自分の性能に胡坐をかくつもりはなく、ひたすらクレバーに計算を行っている。


「マルチロックミサイル」


 クレイドールの視界にいくつものレーダーが映り、その全てがティンク一人をロックオンする。


「一斉発射」


 彼女の背中がまるで収納ケースのように割れ、そこからいくつもの小型ミサイルが飛び出した。それらはロックシステムに導かれ、全弾ともにティンクを目掛けて殺到していく。


「多連装のミサイルだと……!」


 それを見たティンクは驚きつつも足元の盾を拾い上げて――防御のために構えるのではく、再度クレイドールへと投げつけた。丁寧にミサイル群を避けるように、ブーメランのような軌道でだ。


「!」


 回り込むように自横から迫ってきた盾に激突され、ミサイルの爆発音とともにクレイドールの内部にまた衝撃が走った。とてつもなく重い。ティンクの投擲技術もそうだが、純粋にこの盾の強度と重量が尋常ではない破壊力に繋がっている。


「ですが――」


 盾を放したうえに、タイミングからして回避も間に合わなかったはず。つまりティンクはまともにミサイルの群れを食らったことになる。


 スラスターを吹かして体勢を立て直し、着弾地点へ目を向ければ。

 ……そこには薄煙の中で何事もなかったかのようにティンクが立っている。


「――防いだというのですか。私のミサイルの全弾を」

「ああ。お前は武装の多彩さが売りのようだが……私の硬化を甘く見ないことだ」


 ――やはり、とクレイドールは己の考えが正しかったことを結論付けた。


このバトルファンタジーらしさゼロやなって

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