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129 硬化能力者を爆破せよ

 フックが空を切る。そこにいたはずのジャラザの姿がかき消えた。ほんの少し、一瞬たりとも目を逸らしてなどいないのに、その姿を見失った。


「……、」


 つい、と視線を自分の左腕に動かす。そこにはいなくなったジャラザの代わりとばかりに、一匹の青い蛇が纏わりついていた。

 ティンクの思考に間隙が生まれる。何が起こったのかまるで理解できず、さしもの彼女であっても動きが僅かに止まった。


 刹那の硬直。狙い通りに生じた決定的な隙を、ジャラザが逃すはずもなく。


「っ、馬鹿な……!」


 またしても光。青い蛇が発光したかと思えば、今度は蛇が消えてジャラザが姿を現した。しかも腕に絡みついたままの状態でだ。彼女は自分有利の体勢のままこちらの腕を極めてくる――。


「折らせてもらおうか! それが嫌ならば落ちていけ!」


 肘関節を可動域とは逆方向に押し込みながら、ティンクを床へ叩きつけようとするジャラザ。びきりと立ててはいけない音を鳴らしてティンクの腕が軋む――途中までは確かに上手くいっていたこの策。しかしここでジャラザの狙いに狂いが発生する。


「うぬっ?」



 これ以上押し込めない。まるで急にティンクが重くなったように……否!

 まるで急に固くなった(・・・・・)ように!



(これはまさか……?!)

「狙いは悪くない。しかし侮ったな」


 ティンクの言葉にジャラザは確信を抱く。


 こいつは関節部ごと腕を『硬化』させてしまったのだと。


「貴様、それで動けるというのか!」

「無論。これが私の能力だ」


 ティンクの硬化とは決して体表だけを硬くさせる能力ではない。内外問わず関節だろうとまとめて硬化し、その上で動作を阻害しないという一見すると矛盾を内包した力だ。しかしてそれを実現させるからこその彼女であり、秘匿強襲部隊『アドヴァンス』構成員ナンバー5を務めるだけの実力を持つということでもある。


 ジャラザは悟る。これまでに同じような対応をしてきた者たちを、この少女は全てこうやって打ち破ってきたのだと――。


「ふん!」


 抉るような右拳がジャラザの腹へ吸い込まれる。同じ箇所に二度目の攻撃、更に先ほどのそれよりも遥かに重みを増した一撃にジャラザは掴んでいた腕を放し、後退を余儀なくされる。


「ぐく……っ」

「敵戦力を低く見積もってはいけない。冷静に能力・状況を正しく分析することが勝利につながる――こんな風に!」


 ジャラザの水滴猫騙しから立ち直ったクータ。彼女が背後から仕掛けてくる奇襲を、ティンクはそちらへ顔を向けることもなく腕を伸ばして少女の頭部を鷲掴みにした。


「むぐーっ!」

「受け取れ!」


 クータの抵抗を一切許さないほどの勢いで投擲。投げた先にいるのはジャラザだ。


「クータ!」


 思わずその体を抱き留めたジャラザだったが、すぐに己が失策を悟った。それは投げ飛ばされるクータに追従するようにしてティンクが傍まで迫ってきているのが目に入ったからだ。


「はあっ!」


 飛び込むような両蹴り。完全に体重の乗ったその蹴撃は、防御姿勢を取ったクータの努力を嘲笑うような威力があった。二人がかりでも抑えきれず、クータとジャラザはまとめて地面を転がされてしまう。


「うぎゃぁ!」

「う、ぐぅっ……」


「これが限界か?」


 二人を見下ろしながら、平生ながらもどこか落胆したような雰囲気で問いかけるティンクに――ジャラザは笑みを浮かべながら立ち上がってみせた。


「ふん、ティンクよ……貴様の台詞をそっくり返させてもらおう。侮ったな(・・・・)


「なんだと?」


「次は我らが能力を見せる番よ」


 首を傾げたティンク――その時、蹴りつけられる瞬間に仕掛けたジャラザの能力が発動した。それは水泡。頑丈な水の球で空中での足場確保や敵を封じ込めることに使用する技。今回の目的は言うまでもなく後者である。


「これは……」


 自らを覆う水泡に驚くティンク。まんまと閉じ込められてしまった――が、ならばこの壁を壊してしまえばいい。自身の硬化能力は攻めにも転用できる力だ。固い拳は何よりの武器として機能し、この程度の薄い防壁など一発二発殴ってやればそれで破れるはず――。


 とそこまで考えて違和感に気付く。その程度で済むことであるならば、ジャラザの自信に満ちた態度の説明がつかない。彼女とてこんな水の泡くらいで自分を無力化できるなどとは思っていないはず。だとするなら彼女の真なる策とはいったい……?


 気がかりと言えば妙に視界が悪いこともそうだ。これではまるで霧の中にいるようである。この水泡の中は妙に高い湿度で満たされているようだ。


 何にせよ急いで出たほうがいいと結論付けたティンクは構えを取る。


 拳で壁を突き破ろうとした――その瞬間。


 ちかり、と視界の端で明滅。そして連続する瞬き。橙色の暖かな光熱が水泡のどこかに生じた。


 そして小さかったはずの熱が爆発的な広がりを見せたその刹那、ティンクは敵の狙いをはっきりと理解して……けれど逃れることはできず、全身を爆炎に包まれた。



 どっがん!! 



 凄まじい爆音を轟かせながら水泡が破裂し、猛火と爆風が飛び出すようにして溢れ出た。その衝撃波から身を守りながら、ジャラザはぶっつけ本番、咄嗟に思いついた合わせ技が上手くハマったことに機嫌を良くする。


「よくやったの、クータ。仕込みが功を奏したぞ」

「うん! すっごい威力だね!」


 水蒸気爆発による一点を狙わない、体全体への攻撃。それがジャラザとクータで編み出した合体奥義によるティンクを倒す秘策だ。


 自身の体術がティンクに通じないことを体で覚えたジャラザは、ではどうすれば敵へダメージを与えられるかについて考えた。水の攻撃も効き目などないだろう。最も物理的攻撃力に優れた飛泉刃で歯が立たなかった時点でそれは確定的である。


 そしてクータの炎も厳しい。クレイドールのブラスターキャノンは実弾を発射するものではなくエネルギー弾による射撃である。それを防いでみせたというティンクの硬化の前には単純な炎での攻撃など通じないだろうと予想したジャラザは、ティンクに二人まとめて蹴りつけられるその間に防御よりも回避よりもクータに作戦を耳打ちすることを選んだ。


『儂の水泡に合わせて火種を仕込め』


 意味が正確に通じるかという不安こそあったが、クータは想像以上に聡明であった。普段は考えるということからなるだけ逃げようとしている節のある彼女だが、こういった時の頭の回転は速い。何が起きるのかまでは理解していなかっただろう。しかしジャラザの能力に合わせて自身もまたティンクの蹴りをガードしながら火を発動させてみせたその手際は、素直に褒めそやされて然るべきものである。


「密閉空間での爆発による全身強打。これなら腕をいくら硬化させようと防ぎようがあるまい」

「じゃあ、これでクータたちの勝ちってことだよね?」

「……む、何故だ? そう聞かれた途端に勝った気がしなくなってきたのは……」


 まさか自分たちの勝利を予想したクータの言葉がフラグになったわけではないだろうが、けれどジャラザの胸騒ぎにも似た予感は的中してしまう。


「何ぃ、こやつ……!」

「うそ! あれを食らって、なんで!」


 爆心地にて佇む人影。それはシルエットからもしっかりと両の足で立っているのが分かる。つまりティンクはあれだけの爆発をもろに受けてなお無事であるということだ。


 愕然とする二人に、煙をかき分けるようにしてティンクが姿を現す。多少傷んでいるスーツ――彼女が着用しているのは防弾防刃防炎防水等々高性能な機能が盛りだくさんのバトルスーツである――とは違って傷のひとつもない彼女は、ダメージを感じさせない声音で告げた。


「私たちの発言の記録を漁ったようだが……敵の能力申告をそのまま信じるのは間が抜けているとしか言えないな」


「なんだと貴様、それではまさか……!」


「ああ、『腕の硬化』というのは偽りでこそないが全容を表しているとは言い難い。もう理解しただろう。私の能力は部位に限らない全身の硬化(・・・・・)。まさに鉄壁の力だ」


「全身を、かたくする……それって」



 自分たちの攻撃は全て、通用しない……?



 先とは打って変わってクータが最悪の予想をしかけるが、それ以上言えずに口を閉ざす。こんな事実を認めてしまっては、負けを認めるに等しいからだ。


 しかし言葉を途中で切ろうと何が言いたかったのかは十分に伝わる。そしてそれは口を曲げて難しい表情をしているジャラザも同じだった。彼女たちの心情は重なり合っているはず――即ち『どうやって勝てばいいのか』という深刻かつ容易には答えの見つかりそうにない悩みだ。


「だが私がお前たちを侮ったことに変わりはない。迂闊にも策に嵌められてしまった……そして決して痛みを覚えなかったわけでもない」


「…………」


 何を言っているのか、と警戒するジャラザ。


 彼女とクータにとっては、この先が更なる苦境であった。


「ここからは様子見を止め、本気で行かせてもらう。これを使ってな」


 ティンクの右腕に、どこからともなくとある物体が出現した。それは正面から見ると縦に長い二等辺三角形の形状をしているシールドだった。ティンクの半身を覆えるほどの大きさで、ダークグレーの鈍い輝きを放つそれは、見るからに重く堅牢そうに見える。


「これが私の専用武装。名称は『灰の塔』……だが覚える必要はない。そう呼ぶことはほとんどないからな」


 重要なことはたったひとつ、と彼女は言う。


「これで私の防御能力は――鉄壁を超え、完璧となったということだ」


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