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128 クータ&ジャラザvsティンク&トレル

 第五試合の開始が宣言されたが、すぐに戦闘は行われず、舞台中央で顔を突き合わせたティンクとトレル、ジャラザとクータという二人組の少女同士はまず会話からコンタクトを始めた。


「どういうことだ。何故クレイドールとナインは舞台端あそこから動かない?」

「ご主人様はね、待機してるんだ」

「うむ。儂が主様にそう命じたのでな」

「命じたって……いったいどっちが主なんですかね。それで、クレイドールのほうは?」


 呆れたようにしながらどうでもよさげにティンクが訊ねる。ジャラザはクータと顔を見合わせ、それからちらりとティンクの様子を窺った。すると彼女は顎だけを動かして答えるように促してきた――なので、そのまま偽らずに教えてやることにした。


「あやつは支度が整っておらん」

「何か機能に不整備でもあったか」

「いや、そうではない。身体ではなく精神の支度よな。つまりは覚悟ができておらん。お主らという同門との対決に乗り気ではない。そしてそれ以上に、自分という存在の意義について見失っておる……まあそれは、お主らも同じことかもしれんが」

「……なに?」


 青い少女の突然の指摘にティンクは目を見張る。ジャラザとまともに会話をするのはこれが初めてだ。昨日の経緯については全て聞かされているにしても、それだけで自分たちのことをこうも見透かしたようなセリフを吐くのはどういうわけなのか。

 同じ疑問をトレルも抱いたようで、


「どういうつもりです? あなたに私たちの何が分かると?」


 苛立ちを乗せた口調でジャラザに食ってかかる。しかしそんなちょっとした噴気のような怒りを向けられたところで、彼女が動揺するはずもなく。


「それくらいは分かるとも、又聞きでも十分にの。お主らの行動原理には境遇への不満と不安、そしてクレイドールへの浅からぬ嫉妬心が多分に含まれておる。そうでなければ道端で襲撃まがいのことなどすまい。こんな風に戦って決着をつけようともしない。パラワンという発明家だか開発者だかへの恨みがあるのは嘘ではないだろうが、それだけが全てということもあるまいな。言っておくがお主らの全発言は仔細クレイドールによって記録済みだ。寸分たがわず聞き出して導き出したのがこの結論。あやつとお主らは同じ悩みを抱えているということよ」


 同じ親を持つだけのことはあるな、と。


 ジャラザが含み笑いを浮かべた口元を手で隠す。隠すと言ってもそれは余計に笑みを強調させているようなもので、挑発の意図があることは間違いないだろう。実際トレルは眉をピクリと動かして、顔に不愉快さをはっきりと示した――が、もう一人の重たいため息を聞いて彼女は自身の怒りよりもそちらに気を取られた。


 長く息を吐ききったティンク。それから彼女は深く吸って、今度は短く呼気を切った。


 これでメンタルをフラットに戻した。


「迂闊だったな。昨晩の私たちに冷静さが足りなかったのは事実だ。だがそれにしても多くを喋り過ぎた。パラワンに固執するあまり言わなくていいことまで言ってしまった――認めよう。きっとお前の言うことは正しい」


 怒気でもなく、羞恥でもなく。

 ひたすら平静に、ティンクはジャラザを見据えている。


「ルーツに立ち返るというのはチャンスでもあるが大いなる危機をも孕んでいる。ともすれば本当に自分を見失ってしまうだろう。鏡写しのようなあいつ(クレイドール)を見て私たちには焦りが生まれたのだ。昨日の三番と五番は兵器として失格だった。きっとそれは今もだろう。だが――それでもいい。今の私たちは『トレル』と『ティンク』だ。この瞬間。この試合だけは。一人の人間・・として挑ませてもらう」


 少女が構えを取った。ボクサースタイルのいつもの構えだ。

 磨き上げた戦闘技術の結晶、その基礎となる彼女のスタンダードがそれだった。


「まずはお前たちから打ち倒す。そうすればあの『後輩』も出てくるはずだ。いや、違うな。向こうから出てこなくとも無理やり引きずり出してやる、と言うべきか」


「――ふうむ」


 意気高く、強い意思を瞳に宿す彼女を見てジャラザは唸った。

 彼女としては『ファミリア』の精神的急所をつつき、惑わせたうえで同じく惑いの最中にいるクレイドールと引き合わせて対話と戦闘を行わせる腹積もりでいたのだが……目算が狂った。このティンクという少女はそう簡単に誘導できるほど軟な精神構造はしていないらしい。


 こうなっては、致し方ない。


「悩みをひとまず振り切ってでも戦うその決意、天晴れよ。しかし儂らを前座のように言うその不遜さは到底許せてはおけん。なあ、クータよ」

「うん! クレイドールを待たずに倒しちゃってもいいんでしょ?」


「どちらが不遜なんだか……この人はそう易々と下せる相手ではありませんよ、お嬢さん方。それじゃあティンク、一旦私は下がりますから」

「ああ。まずは私に任せておけ」


 これにはジャラザも多少驚かされた。二対二の戦闘ではなく二対一、それも自ら不利な形勢へ持ち込もうとする彼女たちの謎の方針に困惑を覚えた。勘が鋭いジャラザでもこのことにどんな意味があるのか瞬時には見抜けない――だから彼女はいつまでもその謎に付き合うことはしなかった。


「好機をくれるというなら是非もない。今のうちにこやつを倒してしまうぞ、クータ」

「うん! 合わせていくよ!」


 クータが飛び出す。いつだって先陣を切るのは彼女の役目だ。

 一歩下がりながら向かってくるクータへ向き直るティンクへ、ジャラザが後方から技を放つ。


「飛泉刃」


「!」


 高圧噴射された水は刃が如き鋭さを伴ってティンクへ迫る。そこらの防具程度では中身ごと両断されるほどの切れ味が保証されている技だが、しかし今回はその鋭利さが発揮されることはなかった。


「むう、やはりか……!」


 ティンクが掲げた腕にぶつかって、水の刃は呆気なく散った。

 大した労もなく飛泉刃を防いだティンクはそのままクータへの対処を行う。


(早速使ってきおったか、『硬化能力』……! クレイドールの拳を受け止めたというからには同等の硬度はあると見ていたがやはり、儂の飛泉刃ではただの水かけに過ぎんか)


 切断することができないのならこの技に大した意味はない。ジャラザには毒を扱う能力もあるがクレイドール、つまりは自動人形オートマトンと生まれを同じくするティンクに効果があるのかは疑問なうえ、そもそも加減のできない力だ。万が一効いたとしたらそれ即ち彼女の死亡を意味し、その瞬間に『ナインズ』の敗退までもが決定してしまう。そんなことになっては目も当てられない――ジャラザは現状、能力の半分近くを封じられているに等しい。


 とはいえ。


(構うものか。技のひとつやふたつ使えないからといって戦えん儂ではない。水の力――そしてクータの炎の力、とくと味わわせてやろうぞ)


 連続蹴りを繰り出すクータとそれをステップで躱すティンクのもとへジャラザも駆け出す。

 両の手から水流を生み出し、十分な距離まで近づいてから彼女は手の平同士を打ち付けた。


 それは高速の水飛沫。要は猫騙しと呼ばれる小手先の技に彼女特有の力を重ねた強化版である。相手の顔付近でしか効力がないちょっとした目潰しも、勢いよく飛び散る水滴によって僅かな間だがどんな強者の目をも眩ませる効果を持つ――はずだったのだが。


「うぎゃっ?!」

「…………」

「むっ――?」


 不意を狙うためにあえてクータも巻き添えにしたというのに、ティンクはしっかりと両目を開いたまま接近する自分を捕捉している。そのまますかさず拳を打ち出してきたではないか。何故効かなかったのかと困惑しながらもジャラザはその拳へ身を寄せるようにして己が腕を絡ませた。クレイドールへやったのと同じように、相手の力に逆らわずむしろ便乗するように沿わせて――


「その程度か」

「ぬぅ!」


 相手の体勢を崩すことを狙うジャラザの手練も、ティンクにとってはそう珍しいものではない。敵に腕を引かれるより早く、足裏だけの力で踏み込み半歩分だけ前に出る。すかさずもう片方の足を跳ね上げるようにして膝蹴りを叩き込んだ。


 柔術や合気といった柔拳には迅速かつ鋭利に攻め込むこと。

 それが何よりの最適解だとティンクはその経験からよく知っているのだ。


「ぐうっ!」


 流れを促すよりも早くその流れを断たれ、腹部に膝を食らったジャラザ――しかしティンクの脚力は強烈なれど今の一撃は速さばかりを求めたせいで十全に力の乗った攻めとは言い難く、耐久力にさほど自信のない彼女にも耐えきれるだけの威力しかなかった。


 それを蹴った感触で誰よりも理解しているティンクはすぐに二の矢として引き戻したのとは逆、左手で攻撃を仕掛ける。顎狙いの左フックが相手を確実に捉えた。


 そう確信した瞬間、不自然な光がティンクの目に入る。そして彼女にとって信じられないことがその眼前で起きた。


「なんだと……!?」


 戦闘中滅多なことでは感情を乱さないティンクが思わず狼狽した理由は――。


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