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127 王探しの魔法使い

 時を少々遡り、大会三日目の昼休憩が始まって間も無くのころ。


 移動や作業によって大勢が動き回り会場中が騒がしくなっているその時間帯に、しかしそれでも場所によっては人が全く通らない空間というのもある。

 喧騒も遠く、静かな通路。会場施設内のその一角に人気はない――ように思えたが。


 そんな場所にも人影が見えた。


 通りの向こうからやってきたのは、黒いローブの男。鉄仮面の女性。長すぎる前髪の少女。という一種奇妙な恰好ばかりの三人組。

 それはつい先ほど第四試合を制したばかりのチーム『アンノウン』であった。


 試合を終えたあとは誰であろうと受けるのが義務であるはずの治癒術師による診察。それを予選のときと同じようにすげなく拒否し、その足でどこへなりと向かう彼らの間には一切の会話がなかった。


 黙々と歩みを進める三人におそらくそういった意図はないのだろうが、けれど見る者に相当な威圧感を与える姿である。こんな出で立ちの連中が朗らかな口調でウィットに富んだジョークを交えながら団欒していたらそれはそれで怖いかもしれないが、少なくとも無言のまま彼ら以外誰もいない廊下を行く現在の絵面よりは幾分かマシになるはずだ――と。


 彼ら以外誰もない、という表現は間違っていた。


 通路を曲がった先で、『アンノウン』リーダーのローブ男ネームレスは壁に背中を預けて立っている少女を見つけた。


 そこにいたのはミドナ・チスキス。十八歳のうら若き冒険者。『ヘブンローシンス』という等級五の位を持つチームの一員にしてメインアタッカーの一人を務める天才剣士である。


 その腰には勿論、従来の片手剣よりはほんの少し刀身が細い、彼女独特の剣が下げられている。


 文字通りの浮世離れ、まるでこの世のものではないかのような印象すら周囲に与えるネームレスではあるが、そんな彼でもミドナ・チスキスのことはよく知っている。彼女の規格外な実力について十分な知識を持ち合わせている――。


 否。それを言うなら、彼だからこそその他大勢の一般人、一市民などよりよっぽどミドナという少女の情報を得て、調べつくしたのだと言ったほうがいいだろう。冒険者という職業へ憧れを抱く子供よりも、国内でたった四組しかない最高位パーティがひとつ『ヘブンローシンス』のファンを自称する他の誰よりも、遥かに彼女について精通しているのが彼であった。


 それも全ては強き者を知るため。よくよく(・・・・)知るため。


 当然ミドナ・チスキスはその対象である――そして今、彼女のほうから接触を持ってきたことにネームレスはますます対象へ興味を引かれる自分を感じていた。


 賑やかな会場の中では珍しい、こんなうら寂しい場所でただ一人佇む彼女が偶然居合わせただけなどとは、考えるはずもなかった。


「私たちに何か用だろうか?」

「うん、そうね。用というほどのものじゃあないんだけど」


 壁につけていた背中をそっと離しながら、ミドナは言った。


「ちょっとした疑問の解消に来たのよ。ねえ、『アンノウン』。あんたたちいったい何者なの? 特に気になるのはあんたよ、リーダーのネームレス。その身体――空っぽよね」


「ほう……」


 ミドナ・チスキスは超一流の冒険者で、剣技の達人である……という単純な強さだけを表す文章からは読み取れない、『到達者』の才覚をネームレスは彼女に見た。


 彼女はどうやらただ強いだけではないらしい――それでいい。それが重要で、肝要で、必要なのだ。


 真の強者とは理不尽なまでにありとあらゆるものを看破し、踏破し、そして撃破するものなのだから。


「驚いたな。この遮断のローブ越しにそれを言い当てられるとは。そんな芸当が可能なのは我が姉上くらいのものだと思っていたが」


 この男に姉がいるのか、という事実にミドナのほうこそ驚かされたが今それはどうでもいいことだ。

 確かめるべきは他にある。


「舐めないでよね。私は冒険者よ? これでも人ならざる化け物(・・・)が相手だとだいぶ鼻が利くほうなの。それで? 身体をどっかに置き忘れてきちゃった見るからに怪しいあんたはどこの誰さんで、何を目的にして武闘大会になんて出ているのかしら?」


 是非教えてほしいわ、とミドナは口元に笑みを浮かべながら問う――しかしてその目はまったく笑っていない。


 ネームレスが彼女のことをよく存じているのだとすれば、彼女から見てのネームレスはまったくの逆だ。


 まるで知らない。

 何も分からない。

 情報ゼロの未知の存在。


 それがネームレス――そして彼の率いる『アンノウン』というチームであった。


 開会式の時点で不審には思っていた。自分をしても気配を探れない不可思議な三人組を見て、そのあとすぐに運営に問い合わせをして最低限の情報を探った。測定をパスさせて――本来そんなことをすれば出場資格は得られないというのに――彼らを素通ししたという事実を知ったときには頭を痛めたものだが、とにかくやはり『普通ではない』と判断することはできた。


 そこからは常に、密かに彼らを注視していた。無論観客たちが注ぐような隠す気もない熱視線や、あるいはクレイドールがなんの技巧も工夫も凝らさないままに物陰から見続けてナインにあっさりと観察がバレたようなヘマなど彼女は踏まず、慎重に慎重を重ねて彼らにそうと気付かれないように監視をした。


 さすがは最高位冒険者と言うべきか、ネームレスをしてもその知覚網で察知することもできずに今日、今この瞬間まで彼女の監視は秘密裏に続いていたのだ。


 ところがその未発覚という優位性を捨ててまでこうして彼女は接触を図ったわけだが、もちろんそれにも理由はある。


 ――もはやこそこそしている場合ではない。

 一言で言うならそういうことだ。


 予選で見せられたフルフェイスの戦闘も背筋が震えるようなものがあった――タックルだけで一チームが丸ごと場外へ弾き飛ばされた光景などはいっそ出来の悪いギャグのようにも思えたものだ。しかしこれに関してはままあることでもある。要因はなんにせよ膂力に優れた者というのはモンスターもかくやという闘争を見せるし、ミドナの知己にもそういった戦い方をする冒険者はいる……他でもないチームメイトの一人がそうであるからして。


 またパワーで言うならナインだって負けてはいない。明らかな最年少出場者でありながらフルフェイスにも劣らない、いやそれ以上の暴力による蹂躙劇を彼女も披露していたのだから、そこまで特別というほどのことではない。


 ミドナが真に警戒したのは、やはりネームレス。彼の戦闘を見せられた先ほどの試合こそがその起因。それがあったからこそ彼女はすぐにも行動を起こすことを決意したのだ。


「高等魔法を使いこなす腕前。人を試すような戦い方。そしてそのローブの下。あんたは不可解が過ぎるわ、ネームレス。ここに何をしに来た? 答えなさい。返答によっては――」


 ちゃきり、と腰の剣が鳴る。ミドナが鞘を握ったのだ。まだ柄に手をかけてこそいないが、ここでネームレスが不穏な発言をしたその瞬間に刀身が走ることは確実だ。


 この状況でネームレスは何を言うのか。

 フルフェイスもサイレンスも身じろぎひとつせず彼に任せている。

 それは信頼の表れかそれとも、私を脅威だと思っていないのか――? 



 だとすればそれは致命的な勘違いだ。



 ミドナは剣気とともにイメージを高める。

 一刀のもとで三人とも切り伏せるイメージを募らせ、いつでも実行に移せるようにと――。


「ミドナ・チスキス。君には資格がある」

「……はい?」


 訳の分からないことを述べた相手に、思わずミドナのイメージが霧散する。


「君はどうやら、予選では実力の十分の一すら発揮していなかったようだ。それは既に承知していたことだが、しかし今の君は私の予測をも超えていると言える。その知見、その闘気、その心構え――戦うことを恐れない、そして厭わない確固たる自負と覚悟の心。確かに君には『王』の資格があるだろう」


「王……ですって?」


「だがまだ『資格』だけだ。それを持つものは多くはないが少なくもない。真の意味で『王』足り得るのはその中でも一握り。この大会で言えば――君か、あるいは……あの少女」


「少女――それって」


 彼の言っていることをひとつも理解できていないミドナだが、そこにだけはピンときた。


「ナインのことを言っているの?」

「その通り。実に『愉しみ』だと言える。私は彼女を試す。君も見るといい。あの少女が王威を抱く者かどうか……私たちを前に容易く沈まないだけの強さ(・・)があるか。それを明らかにしてみせよう」


 ネームレスはそれだけを言うと、歩みを再開させた。彼に合わせてフルフェイスとサイレンスもミドナの横を通り過ぎていく。


 すれ違う彼らに対しどうすべきか少しだけ迷ったミドナは――結局そこでの手出しを控えることに決めた。

 去っていく『アンノウン』の後ろ姿をじっと眺めながら、彼女は思う。



 ――まあナインが目当てだっていうんなら、当分は大丈夫っしょ!



 ……ミドナという少女は一流の武芸者であるが、一流の楽天家でもあったのだ。


対ファミリアがクレイドールパートだとすれば対アンノウンがナインパートですね

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