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126 『ナインズ』と『ファミリア』の出陣

 本戦Aブロック後半第五試合。


 マッチングは『ファミリア』対『ナインズ』――奇しくも少数の少女同士による対戦という奇跡のようなカードだ。この華やかさに満ちた対決に、観客たちの中にもこれまでとは少し種類の違う期待を寄せる者が少なからずいた。


「すげーな、選手全員が女の子の勝負なんて今まであったかよ?」

「いやあ、見た覚えはねーな。今年は珍しく女子オンリーのチームが多いから実現したんだ。こんな試合が見られるのも、もしかすると今回きりかもな」

「しかもみんな可愛いと来たもんだから、マジで貴重な試合だよな……で、どうなん? お前らの予想は」


「僕としては人数で有利な『ナインズ』が有利だと思うね。ナインの強さも飛びぬけているし」

「何言ってやがる、『ファミリア』だってまだまだ本気じゃないのは一目瞭然だろ? ナインの戦い方はパワーはあってもただそれだけ、単なる力任せだ。格闘術を習得しているティンクやトレルには正面からじゃ不利だと思うぜ」

「クータって子もそんな感じだよな。攻撃は鋭いけどこっちは勢い任せっていうか……それじゃ鍵はジャラザになるんじゃないか? あの子はテクニックで戦ってるタイプだろうから、『ファミリア』の格闘戦にも対応できそうだ」


「ふふん……おいおい、お前たち。一番注目すべき選手を見逃してるんじゃないか?」


「あん? 誰のことだよ。『ファミリア』は二人組、『ナインズ』は三人組で、今言ったので全員だろーが」

「その様子じゃまだ知らないらしいなあ、おっくれてるぅ! ホラ、これを見ろよ!」

「なんだこれ。パンフレットがもう刷新されたのか?」

「おい……見ろよ、このパンフレット、選手要項欄が更新されてるぜ――『ナインズ』に追加選手だと!?」

「名前は――『クレイドール』だ! また女の子、しかも説明にはサイボーグだって書いてあるぞ?! なんてこった、ここに来てとんでもない隠し玉が出てきたじゃないか!」


「サイボーグって、本当に? いったいどんな戦い方をするんだ……?」

「ぼ、僕もわかりません。……あ、選手室から来ましたよ! 見てください、確かに『ナインズ』の人数が増えている。一番後ろにいるあの子がクレイドールなんじゃないですか!?」


 運よく友人一同でチケットに当選し観戦に来ていた男子グループが、一斉に舞台へ通じている入場通路へ目を向ける。いや、彼らだけではない。次なる選手の登場、それも諸事情あって不戦勝を果たし本日初出場となる『ナインズ』の満を持したお披露目とあって、客席中が彼女たちへ釘付けになった。


 さすがは参加チームの中でも特に衆目を集めている人気チームなだけはあると言えるだろう――しかし、今回はそれだけじゃない。男子グループと同じように情報を得ていた一部の人間から全体に広がって、だからこそ余計に視線が過熱化しているのだ。


 新選手、クレイドール。メイド服のような意匠の施されたエプロンドレスを着こなす無表情の少女。彼女こそが真の注目の的である。


 一度だけ申請時に不足していた人数分の追加が許されるという措置があるこの大会だが、意外とそれが適用されることは少ない。何故なら選手を揃えられるチームというのは大抵が上限の五人で申請を済ませ、試合にもフルメンバーで挑むからだ。


 人数が少ない分予選でも本戦でも不利になるのは明白なのだから当然それができるのなら誰だってそうする――例外はどうしてもメンバーのいずれかが遅刻して現着できていなかった場合などだが、それも人員を欠いて出るくらいならそこらの戦えそうなのをスカウトして即席チームで出場しよう、という判断を下すこともある。つまりよっぽどでない限りは追加選手の発表、それも本戦も後半に差し掛かってからというタイミングで投入などは滅多に起こりえない事態なのだ。


 しかし『ナインズ』はそれをやった。

 どんな事情があって初日から参加しなかったのかについて、その真相を知ることなど観客らには不可能だ――そしてそんなことは彼らにとってもさほど重要ではなかった。


 皆の興味はただひとつ。


 クレイドールという新参の少女がどんな戦いを見せてくれるのか。

 それだけが気になって気になって仕方がないのである。



◇◇◇



「準備は?」

「完璧だ。元より私に不備不調はない」

「それはよかった。では、行きますか。『ナインズ』の入場も終わったようですから」

「ああ行こう。しかしトレル、くれぐれも言っておくが――」


「わかっています。耳にタコができそうなほど聞かされましたから……クレイドールとは是非にも一対一で戦らせてくれ、でしたよね?」

「そうだ。奴の強さを確かめたい。それに加え、私の強さもな」

「ふん。あの女に廃棄された私たちが、あの女が完成させたクレイドールに勝てばそれで――存在証明になるとでも?」


「否定はしない。だが、それ以上に。私はあいつと真っ向から戦いたいんだ。私という生き方のこれまでをクレイドールにぶつけたい。何故そんなことを願うのか、理由はよく分からないが……」


「あなたがわからないのなら私にはもっとわかりませんよ。……まあ、でも。いいんじゃないですか、それで。衝動があるのなら従ってみるのもいいでしょう。私のように考えすぎて動けなくなるよりは――考えすぎて勝手に動いてしまうよりは、何も考えずに戦ってみるのがいくらか健全で、展望もあるというものですよ」


「……ふむ、そういうものか。お前がそう言うのであれば、そうしてみよう。トレルは他の三人を抑えていてくれ」

「軽く言いますね」

「私の『硬化』と違ってお前の能力は明かしていない……数分でいい。その間に決定的な優劣をつける」


「クータとジャラザはともかく、ナインは厳しいかもしれません。あの荒唐無稽な戦いぶりを見るに、ひょっとしたら彼女もあなたのように自力で帰ってくるかも」

「お前に最大深度で潜られたら私とて解除はできない。ナインにもそうするといい」

「問題は戦闘中に条件を満たすのが大変だってことなんですけど、わかってくれてますかね……ですがけっこう、まずはやってみましょうか」


「よし。では出陣だ」



◇◇◇



「主様よ。くれぐれも言っておくが――」

「わかったわかった。俺は最後の最後まで手を出さない。それでいいだろ?」

「うむ。主様が戦うのは儂らが負けてからでいい。そうでないと主様だけで終わってしまいかねん。それではクレイドールの『選択』にならんからの」


「クレイドールが、なにを選ぶのー?」


 不思議そうに訊ねるクータに、クレイドールは無言で首を振った。

 かちり、かちり、と規則的な音が二度ばかり鳴る。


 その様子を受けて「仕方あるまいな」とジャラザが呟き――舞台の反対側へと顔を向けた。


 そこにいたのは、暗い色のスーツを着こなす少女二人。チーム『ファミリア』だ。歓声とともに舞台に上った彼女らは実に迷いのない真っ直ぐな良き目をしている。

 それは今のクレイドールとは正反対と言ってもいいものだった。


「あくまでも援護要員に徹するつもりだったが、当のこやつがこの調子ではそうも言ってられん。行くぞクータ、まずは儂ら二人で迎え撃つ。なんならそのまま倒してしまってもよかろう」


「え? クレイドールにやらせるんじゃないの?」

「本人にその覚悟がない。――では、そやつは任せたぞ主様。儂らの勇姿をとくと御覧ずがいい」

「あ、待ってよジャラザ。じゃあ行ってくるね、ご主人様!」

「ああ。頑張ってな、二人とも」


「――――、」


 あっさりと話が進んだことに、クレイドールは多少の驚きを見せる。無理強いをしない、と言えば聞こえはいいが彼女からすれば逆に突き放されたような心持ちになってしまう。


 だからつい、言ってしまった。


「いいのですか? この試合、チーム『ファミリア』との戦闘はマスターが私に課す試験・・のはずだったのでは?」


 自分が決めかねていることにもかかわらず、まるで他人事のように問う。それはまさに、未だに彼女が自分と他者というものについて学びきれていない証拠なのかもしれない。作られた道具で、仕えるだけの人形。パラワンにそう作製されたのだというシステムのような自意識が、彼女に独自性というものを育ませようとしない。


 思考は機能していても意思決定の能力が働かない。

 彼女は選べない(・・・・)のだ。

 これまでにしたことがないから、これからもできない。


 今のままではそういうことになってしまう――だからナインは意識して出したなるべく冷たく聞こえるような声で彼女の質問に応じた。


「ジャラザの言い分はともかく、俺としては試験なんてつもりはない……のはまあ、置いておくとして。これでいいのかはこっちこそ聞きたいな、クレイドール。本当にクータとジャラザが『ファミリア』を倒してしまったら……お前はそれで満足できるのか? パラワン博士とあいつらの関係。あるいは、お前自身とあいつらの関係。このまま試合が終わってしまえば、そこにきちんとした決着・・はつくのか?」


「…………」

 クレイドールは見る。戦地へ向かう二人の後ろ姿を。その正面から近づいてくる『ファミリア』を。


「私は――」


 彼女の言葉を遮るように、審判による試合開始の宣言が会場に響き渡った。

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