125 試合直前の食事はほどほどに
総合評価500達成を記念して久方ぶりの同日更新です。ストーリー的にキリのいいところじゃない筆者の無能を許しておくれ……
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第四試合は『アンノウン』の勝利で幕を下ろした。
予選と違ってフルフェイスではなくネームレスが単独で相手取ったチームは『アカデミーズ』。見事なまでに統率された魔法の一斉掃射はまさに脅威の一言だが、その弾幕戦法の強みもネームレスには機能しなかった。彼は全ての魔法を手元に作った黒い穴の中へと吸い込み、手もなく反撃してチームを一気に半壊させてしまった。半壊、と言っても舞台に残されたのはチームリーダーであるリィンという少女のみで、その時点でほぼ決着はついているようなものだったが、それでも彼女は諦めなかった。
素晴らしいガッツだった、とナインは心の中で少女に称賛を贈る。
特に最後に見せた氷の魔法は素晴らしかった。氷雪が風と共に爆発的に広がり瞬く間に舞台上を凍らせた。それはまるで巨大な氷の華が咲いたような光景だった――たった一人のために描かれた氷絵とするなら、これほど贅沢なものもないだろう。言うまでもないことだがこれはネームレスただ一人を倒す目的で放たれたものなのだ。
これだけの魔法なのだから、まともに受けたネームレスは無事じゃ済まない、済むはずがない。
おそらく観客もナインも、そして魔法を繰り出した当人たるリィンも同じ気持ちでいただろう――しかし。
ネームレスはまったくの無傷のままに姿を現した。
特大の魔法を放って肩で息をするリィンの真後ろに、いつの間にか彼はいた。おそらく話しかけられでもしたのだろう、青ざめて固まるリィンは彼女自身もまた氷で形作られた一個の像のようであった。それだけ背後のネームレスに恐怖を抱いているという証であり、必殺技が通用しなかったばかりか敵に致命的な無防備を晒してしまっている彼女の心境を慮るにその様はいっそ不憫ですらあるのだが……しかし白に染まった舞台に佇む彼女がなびかせる、非常に美しい白銀色の髪が余計にそう見せたのかもしれないと思えば、凍り付いたような今の姿はよく似合っているとも称せるだろう。
硬直したままのリィンにネームレスは一言二言何かを言うような様子を見せてから、その背中に触れた。少女は倒れ込み、それきりもう起き上がることはなかった――などと言うと彼女が死んでしまったようだが勿論そんなことはない。ネームレスのなんらかの術で気を失っただけである。
かくして勝者は『アンノウン』となった。
最初は恐る恐るといった様子だった小さな拍手もやがて大きなものへと変わり、会場が『アンノウン』の次戦進出を祝福した。そこには勿論『アカデミーズ』の奮闘を労う意味も込められている。中でもたった一人舞台に残されても諦めず果敢に挑んだリィン・アーベラインへの礼賛は多分に含まれていることだろう。
倒れ伏したリィンをチームメンバーが運ぶ。『カラミット』と同じく担架を拒否してリーダーを運ぶ様は見る者に高潔なものを感じさせる。反対に、ネームレスは実に淡々としていた。舞台端に控えていたフルフェイス、サイレンスらと合流してなんのアピールもなく控え場へと戻っていく『アンノウン』は観客の目からもやはり少しばかり異色に映った――とはいえ、それにどうこう言うほど客席も暇ではない。
これから昼休憩を挟んだのちに勝ち上がり同士がぶつかるAブロック本戦トーナメント第五、第六試合が始まるのだ。言うなれば本番の中の本番。本戦に進んだチームの中でも更に強い者同士が激突する見逃せない闘いが待っているということだ。
浮き立ったように席を立つ人々、休憩時間の詳細を放送する例のキャンペールガール風の女性、間奏のような曲を奏で始める音楽隊、舞台の半分に張られた氷を片付けようと走り回っている作業員たち――にわかに会場は試合中とはまた違った賑やかさに包まれた。
そんな騒がしさに触発されるようにナインたちも選手エリアを出た。あらかじめ個室を予約した近場の店へと移動し、そこで昼食を取りながら作戦会議を行う……つもりだったが、どうしても話題は今しがた見せられたものについてとなった。
「あの変な人たちつよいね。えっと……『アンノウン』?」
「そう、『アンノウン』。魔法のまの字も知らない俺だけど、それでもネームレスが異常にヤバいってことはなんとなくわかるぜ。あのリィンって子も凄い魔法を使ったのに、それでもまるで応えた様子がなかったもんなあ。しかもわざと発動を待ってる風でもあった」
「魔法主体のチームでリーダーに選ばれるリィン・アーベラインの魔法的技量は確かなものと見て間違いはないだろう。しかしてそれを遥かに上回る技量をネームレスは有している、ということになるか。実力の一端が知れたことでますます不気味に思えてきたの。戦っている最中でも気が読めなんだ。まるで……そこにいながらどこにもいないかのように」
ナインはこくりと頷き、
「『ファミリア』の次は十中八九、『アンノウン』と当たることになるだろうな」
と言った。
要塞集団『アダマンチア』には悪いが、正直彼らが『アンノウン』に勝てる図というのがどうしても思い浮かばないのだ。守りながらごり押すという『アカデミーズ』の弾幕戦法と双璧をなす今大会の戦術コンセプトが確立されたチームで、見る分には彼らがどこまで行けるかという視点で楽しめはする――それはナインも認めるところであるし、実際に戦績だって残しているのだ――が、それでも防御だけに偏った彼らが『アンノウン』に通用するとは思えなかった。
たとえばフルフェイスの膂力の前に装甲が砕け散るかもしれない。たとえばネームレスの魔法で鎧を剥がされるかもしれない。たとえばサイレンスのまだ見ぬ技の前に守りごと紙屑のように蹴散らされるかもしれない。
そうなると決まったわけではないし、これは単なるナインの想像でしかないのだが、しかし考えれば考えるほどそうとしか思えない。闘錬演武大会は毎年試合の行く末が賭けの対象になっていると耳にしたが、きっと第六試合のオッズは圧倒的に『アンノウン』へと傾いていることだろう……。
「『アダマンチア』はもう負け?」
「ほぼそうなるだろうの。賭けにしたって『アダマンチア』にベットするのは大穴狙いの酔狂者しかおらんだろう。選手も観客も両チームの勝敗については大方の予測を一致させておるはずよ……のう、クレイドール。お主もそうは思わんか?」
そこでジャラザは黙々と料理を口に運んでいるクレイドールへと話を振った。
問われた彼女は数舜、瞬きを繰り返して……それからスプーンをそっと皿の上に置いた。
「申し訳ありません。なんの話をしていたのでしょうか」
「…………」
「クレイドール?」
「――くっく」
思わず黙ってしまったナインと、首を傾げるクータ。笑ったのはジャラザだ。彼女にはクレイドールがまるで話を聞いていなかったその理由に察しがついているようだった。発言の記録も取らず、意識も向けていない彼女が何を考えていたのか――。
「おっと、すまんすまん。お主は次の試合のことで頭がいっぱいなのだったな。もっと先の試合、それも他チームのことなど構ってはおれんのも当然というものだな」
「…………」
「緊張が見て取れるな。ただでさえ固い体が更に固くなっておる。そんなに不安か? あの二人と拳を交えることが――いや。己がアイデンティティを懸けて戦うことが、と言ったほうが正しいか」
「あなたは……」
驚いたように声を出すクレイドールに、ジャラザは「侮るなよ」とぴしゃりと言った。
「パラワンの手で作られた馴染み同士。それゆえに想いは複雑だろう。勝ちたいのか負けたくないのか。戦闘の後にどうなりたいのか。自分で自分の望むものが分かっていない――今のお主はそういう風に見える」
「私の――望み」
ナインとクータが「あ、これ邪魔しちゃいけないやつだ」と察して口を閉ざす中、ジャラザはあくまで優しげに、しかし同時に容赦なく追い込むような雰囲気で言う。
「悩む気持ちは、よく分かる。戸惑う理由もな。だが、すぐに試合が始まる。そうやって悩んでいられる時間ももうないのだぞ。今にも答えを出す必要がある――さあ、クレイドール。お主の意思はどこに、どんな形で存在するのだ?」
「…………」
いよいよ間近に迫った『ファミリア』との試合。もはや猶予の残されない時刻となって、クレイドールは……それでも何も言うことができなかった。
そうして昼休憩が終わり――ナインたちの出番がやってくる。
優勝だけでなく、選手たちの因縁をも孕んだ第五試合が幕を上げるのだ。