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124 黒衣の魔法使い対白銀の少女・後半戦

「……なんて」

 滅茶苦茶なんですか、とリィンは再度の驚愕とともに、呆れにも似た疑問を抱く。


 まずリィンの常識から言えば、術式を崩すなどという芸当が不可能なのだ。

 そんなことをすれば魔法はたちまち効力を失い不完全な魔力の波が霧散して終わるだけになる。


 その時点で論外だというのに、更に術式を書き換える? とんでもない、魔力の霧散どころか暴走が起きる。魔法事故だって起こりかねない。くれぐれもしてはいけないと魔法学園の生徒なら一年生の時分からよくよく教え込まれる基本にして基礎、そして絶対のルールだ。実際遊び半分で攻撃魔法の効果を引き上げたオリジナルの術式を生み出そうとして下半身不随になった先輩の実例だってある。妙薬や神経作用の治癒術の併用で彼は卒業も間近になってようやく一人で歩ける程度にはなったようだが、これでも相当に幸運なのだ。この先輩は命を落としていたってなんら不思議ではなかったのだから。そんな恐ろしすぎる悪い見本が身近にいることもあって今世代のマギクラフトの生徒たちは馬鹿な真似をする子が少ない。


 当然、優秀生と自負するリィンにとっても術式を弄るなどというのは『決してやってはいけないこと』のひとつとして数えられている。


 それこそそんな無謀が果たせるのは、当世最年長にして最高峰の魔法使い。ただ一人『大魔法使い』を名乗ることが許されたマギクラフトアカデミアの創設者にして終身名誉校長アルルカ・マリフォスその人くらいのものだ。


 そうリィンは思っていた、なのに――。


(このネームレスという選手は! まさか、まさかまさか! マリフォス校長にも匹敵する魔法の腕があるということですか!? 馬鹿な、それじゃあ私たちは――)



「そして攻めている最中も守りを忘れてはならない。これも覚えておくことだ」



 パン、という破裂音。それは隊列を組む『アカデミーズ』の中心から聞こえた音だった。


 それの正体までは分からずとも咄嗟に魔法を中断し防護膜――無詠唱で発動できるよう事前に仕込んだ遅延魔法のひとつだ――を展開したリィンのみ、どうにか防御が間に合った。


 軽い音からは想像もつかないほどの暴力的な爆風がチームの内側から荒れ狂い、リィン以外のメンバーはまるで運ばれるような飛び方で呆気なく場外へ射出されてしまった。


「ぐっ……! コメット!」


 防護膜を纏っていても堪えきれず舞台上を転がり、なんとか手を突いて顔を上げてみれば――最も仲の良い赤い癖毛の少女までもが落ちてしまっているではないか。舞台外から同じように身を起こした彼女の顔だけが見えた。不安げな表情だ。その顔色には色々な感情が浮かんでいるのが分かる。脱落した申し訳なさ。敵の力量への恐怖。そして舞台にただ一人残った友人に対する心配。


 それはつまり、この試合、リィン・アーベラインに勝ち目はないと彼女が見なしているということ。


「…………!」


 ギリ、と強く歯噛みしてリィンは立ち上がった。


 彼女とて分かっている――友人の見立てはこの上なく正しい。五人がかりの総攻撃ですら揺らぎもしなかったあの男を相手に、たった一人では何もできない。それは正しい。実に正確な分析で、リィン自身それに諸手を上げて賛同してもいいくらいだ。


 勝てない。

 敵わない。

 負けの決まった勝負。


 如何にチーム内で最も魔法技術に精通していようとこの相手、恐るべき魔法の使い手ネームレスからすれば文字通り児戯に等しいものでしかない。自分の培った魔法の腕などその程度なのだと先の攻防だけで嫌と言うほど知らしめられた。


 つまりもう、抵抗の意味はない。ここで単身奮戦したところでもはや勝利など夢のまた夢なのだから、大人しく降参を宣言するなり本当に両手を上げてしまうなりすればいい……否、すべきなのだと。



 ――一瞬でもそう考えてしまった自分を、リィンは極限まで恥じた。



(諦める、などと……そんな温い思考をするくらいなら初めから出場なんてしなければいい! 私たちは確かに優勝を目指してここに来た! 二科生の処遇を改善させるきっかけ作りでもあるけれど、それ以上に! 私と私の仲間たちの力を証明するために! ――だったら!)


 親友のコメットにすらあんな顔をさせてしまう自分の力の無さを恥じた。


(たとえ一人になろうと、リーダーたる私が諦めるわけにはいかないはずでしょう!)


 チームを率いると言いながら一人になった途端に弱気になってしまった自分の不甲斐なさを恥じた――だから。


 向き直る。ネームレスと対峙する。恥ずべきことのない自分でいるために。


 彼我の距離は十数メートル。舞台を転がったことで距離が先ほどよりも縮まっているが、近いというほどでもない。しかし魔法使い同士の戦闘においては目に見える距離ほど当てにならないものもない。


 見えている以上に、敵は近い。

 間違いなくリィンはそう感じた。


「負けない。私はもう、自ら負けを認めたりしません!」


 リィンは己を鼓舞する。


 彼女の目には、ネームレスの姿にとある少女の姿が重なって見えた。それは去年マギクラフトに彗星の如く現れた転入生。黒髪黒目という珍しい外見をした目立つ女の子。魔力操作も覚束ないくせにマギクラフトに入ってきて、問題行動ばかりで叱られているくせに一科に所属して、座学なんて目も当てられないほど酷い成績しか取れないくせに魔力保有量だけは桁外れで。


 難度四の中級魔法をぶつける自身に初級以下の基礎魔法で返し、そのうえで破ってみせて――そして笑顔で手を差し伸べてきた、あの生意気で癪に障る不愉快な少女。


 その笑顔に見惚れて、『この子には勝てない』と認めてしまったことなど――リィンは断じて否定する。


「…………」


 血気盛んに杖を振りかざすリィンを目にしても、ネームレスに動きはない。彼はただ、かざしたままの手を上に向けただけだ。


 すると杖の動きに連動するようにリィンから放たれた土くれの弾丸が途中でその進路を変え、真上へ飛んでいってしまった。当然そこにネームレスはいない。

 軌道を逸らされ命中しなかった、ということになる。


 出が速く到達速度に優れた土属性魔法『ストーンバレット』はそう難度の高い魔法でこそないが正面戦闘においては便利で使い勝手がいい。だからこそリィンはこの場面で使用したのだが、しかし速度に優れた魔法であってもネームレスは容易に対応してみせた。


 いや、もっと正確に言うのなら――。


(今、この男……! 私がストーンバレットを撃つ前(・・・)から対処を……!?)


「術式を組む段階で微量に魔力が漏れている。そこからおおよその魔力消費量と属性を読み取れば、どういった術を使うかは事前に把握できる。魔術戦では一切の魔力を零してはならない……そう習わなかったのか」

「……ッ」


 確かに習った。しかしそれは、無駄な魔力の浪費を抑えろという教えであり、決して相手に使用魔法を見抜かれないようにするためのものではない。そもそもそんなことができる者など彼女は寡聞にして聞いたことがない。マリフォス校長ならあるいは、と思うがそこでリィンは、自分がまたあの偉大なる大魔法使いと目の前のどこの誰とも知れぬ怪しげな風体の男を同等の力量として見てしまっている事実に気付き、なんとも言えぬ悔しさを覚えた。


「――ハァアアア!」


 もはや隙を晒すことも厭わず、出の速さなどといった小賢しい戦略も捨てて、リィンは全力で魔力を練り上げる。今の自分に操れる最大の魔法を最高の威力でぶつけるために、ネームレスからの先制があっても甘んじてその身に浴び、それでも集中を切らさぬという不屈の覚悟で選択されたその行動は。


「……ふむ」


 果たして気まぐれかそれとも彼なりの思惑でもあるのか、ネームレスはその無謀を見逃すことに決めたようだ。邪魔をしようともせず大人しく魔法の完成を待っている。


 その余裕を後悔させてやる、とリィンは魔力を弾けさせるように解放。



「『ロストブリザード』――!!」



 極寒の冷気が舞台に吹き荒れた。


学園編はやるかもしれないしやらないかもしれない……けどリィンはまた登場します。


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