表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/553

123 黒衣の魔法使い対白銀の少女

 本戦Aブロック第三試合はアーマー軍団『アダマンチア』とバトルダンサーズ『ミシュラクション』のカード。しかしこの対決は大方の予想通りに『アダマンチア』の鉄壁の装備の前に『ミシュラクション』がなす術なく敗れて終わった。一応、仲間と足裏で蹴り合って加速した一人――リーダーの女性だ――が強烈なキックを放つ、という曲芸じみた大技によって装甲を大きくへこませるという観客たちが目を見張ったシーンもありはした。が、それも結局は決め手にならず、五人いる内の一人の鎧へダメージを与えたというだけのことで勝敗を左右するものではなかった。


 拘りであるらしい非武装かつ道具も非使用という完全なる無手で重装兵団へ果敢に挑んだ彼女らの雄姿は大勢の目に焼き付いたが、結果は武装の差がそのまま勝ち負けの結果となってしまった――5対0。最後まで粘ったリーダーの女性もついに屈し、『ミシュラクション』の敗退となった。



 続いてAブロック第四試合。トーナメント序盤の最終対決は魔法学園生徒の若者たちで構成された『アカデミーズ』と漏れなく全員が怪しいという奇怪なトリオ『アンノウン』の対決となった。これを観戦している人々は当然、予選での戦いも勉強済みだ。『アカデミーズ』は他チームを寄せ付けなかった弾幕戦法を展開し、『アンノウン』もまた鉄仮面で顔を覆う逞しい肉体を持つ女性フルフェイスが単身で突っ込むのだろう、というそれぞれの前の試合をなぞるような予想を繰り広げていた。


 つまりこの勝負、前半戦は一斉掃射される魔法をフルフェイスがいかに掻い潜って距離を詰めるかという勝負になる……と思いきや、実際は大方の期待をいい意味で裏切る試合運びとなった。



 試合開始と共に構えを取る『アカデミーズ』に対し、『アンノウン』の中からすっと前に出た影が一人。それはフルフェイスではなく、ローブで全身を隠した謎多きチームリーダーであるネームレスであった。


 急ぐこともせず悠々と歩みを進める彼に、『アカデミーズ』の面々は少々の困惑を見せたがすぐにリーダーである白銀の綺麗な髪を持つ少女――リィン・アーベラインとパンフレットに載っている――の号令によって魔法が一斉に撃ち出された。各々がマジックアイテムであるらしい小型の杖を持って速射力を高め、着弾前から次の魔法を続けざまに放つという気持ちいいまでに火力に振った作戦だ。


 戦法としてはヤケクソの様相もあって一見すると無茶苦茶にも思えるが、しかし意外とこれがやられる側からすると厄介だ。

 単純な物量というのはそれだけでも対処に困るものだし、それが攻撃魔法、しかも一塊になった五人もの魔法使いから狙われるともなれば尚更だ。


 チームで固定砲台と化すこの戦い方は、どうしても肉体的な面で脆弱になりがちな古典魔術師型の魔法使い、それもまだ学生という若い面々で編み出した策としては、短所を補うより長所を伸ばすことに集中させたという意味においてその割り切り具合は褒められて然るべきものだ――ただし。


 それは対戦相手が伸ばした長所だけでも通用する『それなりの手合い』である場合にのみ有用な策であり、つまりはそれ以上。


 一定以上の強さを持つ『本物の強者』を相手にしてしまっては、その程度の策は瓦解の一途しか待ちえない。

 それを魔法学園の生徒たちは痛感させられることになる。



「! ――え、」



 リィンが驚きを露わにする。だがその次の瞬間、更なる驚愕が彼女を襲った。


 最初は無数の魔法が自身に降り注ごうとしているにもかかわらず歩調を乱さないネームレスに驚いた。自分たちの戦いを見ていなかったのか、この攻撃魔法の群れが目に入っていないのか、このまま全てがまともに入れば最悪死なせてしまうかもしれない――脳裏に駆け巡ったのは概ねそういった不可解と焦燥であった。


 その時だ、ネームレスの枯れ枝を思わせる痩せ細った腕が上がったのは。正面に翳す手はまるで日差しでも遮ろうかというような特別力も込められていない所作で魔法群と彼の間にすっと入り込み――そこに黒い穴(・・・)を出現させた。


 決して大きくはない、直径三十センチに足るかどうかという小さな穴。その穴に、全魔法が吸い込まれていく。その様は言うなれば星々を吸い込むブラックホールを舞台に再現したような有様で、『アカデミーズ』の攻撃はひとつたりとも届くことなく黒点に消え去っていった。


 異様な魔法に、会場中が息を呑む。


 魔法というものが人々に浸透したのは大戦続きだった争いの時代が集結してから今日までの歴史においての必然であり、生活に根差したものであれば道行く主婦でもひとつやふたつ覚えているし、中には趣味や護身術の範囲で戦闘用の魔法を身に着けているか、そうでなくても知識を持つという者も少なくない。


 故に、観客たちは戦闘の素人ではあってもまったくの無知であるということはない。特にここスフォニウスの住民であれば他の特殊技能や異能であるならばともかく、こと魔法に関しては長年の観戦歴と相まってそれなり以上の見識を持ってもいる――しかしそんな彼らの賢眼を以ってしてもネームレスの使った魔法(おそらくという注釈が付くが)は異色のものとして映った。類似するような術すら見たことがない。あれだけの魔法を受け止めるでも迎え撃つでもなく無効化してしまうなどあり得るのか、と詳しければ詳しいほどその異常性を見抜くことに繋がり、一部の客を中心にどよめきが起こった。


 そして詳しいというなら他でもない、実際に学園で魔法学を専門的に学んでいる最中である生徒たち――『アカデミーズ』、とりわけリーダーに選ばれるほど実技でも座学でもチーム内で飛び切り秀でていると自他ともに認めているリィン・アーベラインこそ、控えている他選手や運営側の人間全てを合わせてもこの場においてトップクラスの知識を有している一人だと言える。


 だから彼女は狼狽する。

 目の前の光景がどれだけ歪で異常なものであるか、正確に理解してしまえるが故に動揺もひとしおであった。



(む、無効化じゃない、無力化でもない――これは、吸収!? これだけの数の魔法を!? 総数を増やすためにひとつひとつの精度は落ちているとはいえ、全体で言えば魔力量も馬鹿にならない――だって私たち五人分の全精力が発射されているんですよ!? それをこともなく吸い取る? しかもあれは変換の術式でもない! 私たちの魔法をどこへやっている?!)



「魔術戦における解体や反射と違って吸収の優れた点がここにある」


 愕然としつつも作戦を崩すわけにはいかず、ひたすら魔法を撃ち続ける『アカデミーズ』の耳に、そんな低くかすれた声が届いた。それは小さく呟かれるような声量だというのに、この魔法が飛ぶ騒音の中でもなぜだかはっきりと聞き取れるものだった。


 ネームレスはまるでリィンの思考を覗き見たような口調で、どこか生徒に教育を施す教師のような雰囲気を纏いながら言った。


「吸収が解体や反射と同じく作用魔力量の限界値が低く集団戦に不向きと考えているのならそれは誤りだ。通常吸収魔術は変換との組み合わせで敵対者の魔力を徴収する目的で使用されるためにそういった勘違いも起こりがちだが、既存の術式を崩し変換ではなく接続や転送などに書き換えることで課題は解決される。このように吸収する魔力量にも実質的な限界はなくなるのだ……覚えておくといい」


 ――ここでリィンの困惑は頂点に達した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ