122 機械少女は決められない
誤字報告どうもありがとう。感謝感激雨あられ!
「ダンテツの判断に間違いはなかった。強いて言うなら己と相手の力量差を計りきれず単独でティンクへ挑んだことだが、これも悪手と断じることはできん。『カラミット』では最も優れている彼奴が抑えん限りティンクが野放しとなり、メンバーへの被害は確実だからの。ダンテツはティンクを無視するわけにはいかず、されど実力及ばず敗れ去った。リーダー同士の強さの差がそのまま試合を命運を分けた……つまり『カラミット』の敗退は避けられないものだったということよな」
最近すっかり解説キャラが板についたジャラザによる所感の締めくくりを聞いて、ナインは「なるほどな」とお得意の知ったかぶりを発動しながらもっともらしく頷いた……と言っても、さすがの彼女でも今回に関しては大体の理解が及んでいる。
本戦もまた、予選とルールは変わらない。
チームの全滅かもしくはリーダーの脱落――その条件を満たしてしまうと敗退になる。
裏を返せばこのルール、リーダー以外のメンバーならいくらやられても勝敗には関係せず、コラテラルダメージをどの段階でどこまで許容するかという耐久戦というかチキンレースに近い要素も含まれることになる。
とはいえ、そういった駆け引きが意味を成すのはゲームバランスが拮抗している状況が不可欠だ。この場合のバランスとは即ち両チームリーダーのパワーバランスを指す。勿論チーム全体の差、分かりやすい部分で言えば数の差……人数の多いチームのほうが俄然有利であることは事実だが、闘錬演武大会のルールではそれ以上にリーダーの強さというものが重要になってくる。その者が戦えなくなったりギブアップしてしまえばその時点でチーム全体での負けと見做されてしまうのだから、リーダー同士の実力に大きな差がある場合は多少の数的有利などはほぼ関係なくなってしまう。
気絶、あるいは審判による続行不能の判定、場外へ落とされる、そして自らの降参宣言。
敗北の種類というのは思いのほか多く、言うまでもなくリーダーにはこれらの状況をことごとく回避できるだけの力と知恵が求められる。その点で言ってもダンテツを筆頭にした『カラミット』に落ち度はなかったはずだ。彼は舞台の外から眺めているだけでも統率力や武威に優れており、他のメンバーよりも頭ひとつ抜けた男であることはよく分かった。
しかしそれでも負けた。
鍛え抜かれた体に気功という特殊な戦闘技能を有し、精神的にも油断を持たない一流の戦士であったはずの彼も、しかし決して最強というわけではなく。
そんな彼よりもティンクのほうが圧倒的に強かった。
一言でまとめるとそれだけのことであった。
少女が大男を打ち倒すという(見かけ上の)大番狂わせに観客が沸く中、審判によりチーム『ファミリア』の勝ち上がりがコールされる。気絶しているダンテツを担架に任せることなくメンバーたちが自身の手で運び、『カラミット』は全員で舞台を降りていく。勝った『ファミリア』はしばらくその場にとどまり、観客たちへ頭を下げたり手を振り返したりとちょっとした勝利アピールをする必要があるのだが――これは大会の決まりなどではなくてそういった慣習が根付いているというだけだ――少女二人はそんな通例など知ったことかとばかりにただ佇むだけで、ファンサービスなどというものはまったく考えていないようだ。
彼女たちが見ているのは、ただ一か所。
選手エリアの観戦室にいる一チーム……即ち『ナインズ』である。
「見られてるぞ」
「……そのようです」
クレイドールを見据える強い目。距離はあるがはっきりとこちらが見えているらしい、とナインはその瞳で察する。自分もクレイドールも視力はいい。あちらも同じなのだろう、だからこうやって互いを見つめ合うことも容易い。
「トレルって子は昨日よりだいぶ落ち着いて見える……けど、試合で昂ってるのか知らんがティンクのほうはかなり気合が入ってるみたいだな」
「…………」
応答はなかったがクレイドールも同じように思っているのだろう。ティンクから注がれる視線には並々ならぬ熱がこもっている。それは人生経験に乏しいクレイドールですらそうと判定できるほど、言うなれば「情熱的な視線」であった。
「かっか。禍根は抜きにしても純粋に手合わせを楽しみにしておる様子だの、あやつは。大方クレイドールの『性能』が気になっておるのだろうな」
「ライバルみたいなかんじー?」
「そういう意識もあるやもしれんなぁ。袂を分かった同士としては、クレイドール。お主にも似たような感情があるのではないか?」
「――ノン。『クレイドール』は彼女たちの在籍中出来上がっておらず、元機械人の改造品として研究室に設置されているだけでした。加えて彼女たちと別れたのもパラワン博士の意思であり、その当時も私はまだ試作機の耐性実験の段階でしたので仲間意識や敵対心といったものを抱くことはあり得ないと予想します」
「お前も、そして向こうも、か?」
「……その通りです」
ナインからの問いに、クレイドールは少し間を空けて答える。
その間隙は明らかな逡巡の時間であったが、本人は自身のその迷いに気付いていないようだった。
「奴を見るに、そうは思えんがの」
退場しながらもまだこちらを見ているティンク――がトレルに後頭部をはたかれた。声までは拾えないが口元や雰囲気から「いい加減にしろ」とでも言われているのだろう。二言三言何かを言い合ってから彼女たちは大人しく舞台から離れていった。
「クレイドール、たたかえる?」
「はい、勿論。それがマスターからの命令で――」
「いや、それは違うぜ。俺の命令どうこうなんかじゃなくって、お前自身がどうしたいかなんだ」
「私が……」
言葉が続かない。クレイドールは黙ってしまう。
相変わらず彼女の意思というものが見えてこないことに、ナインは少しばかり困る。言うほど機械的な子ではないが、さりとて人間的でもない。自分で何かを決めるということをせず命令だけに依存してきた弊害が浮き彫りになっていると言える。彼女は自らの判断で動くことができない。状況ごとの最適解を計算することしかできないのだ。
当然、こういった特定の答えというものが存在しない場面では、フリーズするしかない。
「あいつらが勝ったからには、俺たちと次に当たるのは『ファミリア』で決まりだ。どっちにしろ今日中に戦うことにはなるんだから、それまでによく考えておいたほうがいい。あいつらのことだけじゃなくて、自分の今後ってもんをさ」
「…………」
「俺についてくるって? でもそれは、お前の意思じゃないんだろ? それだってのに街の外まで同行しちまっていいのかよ――一応ここには、博士との思い出がたくさんあるんだろ。まあ、研究所ってところでしか過ごしていなかったんだろうけどさ」
「思い出……」
「ああ。お前さんには博士のことを大切に思う気持ちがあるみたいだし、だからこそ博士が残した命令の先が見えてこなくて戸惑っているんだろうけど……これからどうするか、どう生きていくのか決めるのはあくまでお前自身なんだぜ、クレイドール」
「…………、」
やはりクレイドールには答えられない。
何をどうするべきなのか。ティンクとトレル。パラワン。自分の未来。
マスターとして選ばれた人間に――つまりはナインに――全てを委ねるつもりであった彼女は、『自分に纏わること』でここまで悩まされることになるなど予想だにしていなかったのだ。
今更になってパラワンの残した……否、遺していったものたちがこんなにもマシーンの胸を刺激する。心臓の代わりにコアが備え付けられているはずの胸部内側は、人間と違ってどんな状況にもどんな情緒にも反応するはずがないというのに、しかしそれでは説明がつかないほどにクレイドールの心は乱れている、かき乱されている。
思い出だとか、人間関係だとか――亡き人への想いだとか。
そんないかにも人らしいものが自分にあるとは思ってもいなかったし、今でもまだ信じがたいくらいで。
ただの自律生体機械人形。そのはずだった――そのつもりだった。意思も感情も自分とは無縁のもの、だというのに。
「私、は……」
自問自答のように呟くクレイドールを、三人が見つめる。
クータは彼女の心情がまるで読めず、けれど普通ではないその様子にほんの少し心配げに。
ジャラザは鬼胎を抱く彼女の心内をほぼ正確に把握しながらもあえて何も言わず。
ナインは――なるようになるだろう、とおそらく四人の中で一番気軽に考えていた。
やってみなければ見えてこないものもある。だからまずは、試合が始まってみないことには進まない。
昨日はまだ互いに遠慮というか、猜疑と警戒があった。それがいくらか取っ払われる今日という日、この大会における試合という名目の決闘できっと――クレイドールは何かを見つけるはずだ。
試合後のケアとして定められている治癒術師の診断を受けることを渋っているらしい『ファミリア』の後ろ姿へと目を向けながら、ナインはそう思った。
やはり脳筋気味のナインです




