121 気功使い対強化人間
ようやく大会中盤ですね……登場人物が多いこと多いこと(当社比)
闘錬演武大会三日目、本戦Aブロックの開始日。会場には連日の通り高らかな楽団の演奏が響いている。
試合前の会式の下、舞台横では出場チームが勢揃いしている――いや、してない。誰の目から見ても怪しげなチーム『アンノウン』すらもきちんと顔を出しているにもかかわらず、本来なら八組で行うトーナメントでありながら今この場には七組しか揃っていないようだ。
それもそのはず、ここに並ぶ予定だった出場チームの一組『グローズ』は昨日の時点で他チームへと闇討ちを仕掛けた罪で失格処分となっており――しかも彼らは返り討ちにあって現在重態で入院中だ――出場が取り消されている以上、たとえ一チーム足りなくともここにAブロック進出チームが出揃っている事実に変わりはない。
ただ『グローズ』の安否などはどうでもいいが(冗談抜きで誰からも心配されていない)トーナメントは七組でやると偏りが出る。いずれかのチームは初戦を戦わずして次戦へ駒を進めることになる。ここで大会運営は頭を悩ませた――が、そこは常識的な判断の下に『グローズ』からの襲撃を受けて撃退せしめた『ナインズ』を不戦勝扱いとすることに決めた。
何故それを迷ったかと言えば、『ナインズ』はその派手な戦いぶりと見た目の華やかさから全チームの中でもトップクラスの人気度合いを誇るものだから、そんな彼女らの試合を減らしてしまうのはいかがなものかという躊躇いがあったためだ。とはいえ、では他にどのチームを二戦目に進ませるかというとこじつけレベルですらも真っ当な理由が思い浮かばず、結果的に『ナインズ』以外はないだろうという審査員を含めた管理スタッフ一同による協議の下で決定された。その最終決定を行なったのはもちろん運営最高責任者オーブエ老であるが、関係者中最高齢でありながらも最も武闘を観ることへの情熱を秘めた彼にしてはあっさりとその決断を下したことが非常に不思議だ――とは、他の審査員たちの言である。
それはまるで、ひとつ機会を減らしたところで痛いなどとは露ほども思っていないような……必ずや『ナインズ』が最高の試合を見せてくれるということを確信しているような、安泰でありながら陶然としたような奇妙な態度であった、と。
というわけで一試合目の通過が決まった『ナインズ』を余所に、他チームはそれぞれの初戦へとやる気を高めながら会式を終えて、各々の控え室へと下がっていく。
場に残り、舞台へと上がったチームはふたつ。
ひとつは『カラミット』。托鉢眩しい彼らは凛とした面立ちで開始位置へと向かっている。
そしてもうひとつ、彼らと対峙するチームは――『ファミリア』。
ティンクとトレルからなるたった二人だけのチームである。
対戦相手たる『カラミット』が規定上限の五名を揃えているのに対し、彼女らは二名。規定下限の一人、単身で出場しているミドナ・チスキスほどではないがこの人数でチーム戦に挑もうというのは中々できることではない。ともすれば他チームからはふざけていると取られてもおかしくないくらいだ。数の有利不利というのは大きく、勝敗を左右する重要な要素である――しかし本戦にまで進んだ彼女たちがまさかそれを承知していないはずもなく、十分な理解の上で大会に臨むからには、その不利を物ともしないだけの実力と自負心があることを意味している。
――この少女たちは著しく強い。
リーダーであるダンテツを始めとする高僧団はとっくにそれを見抜いている。大会一日目の予選からその動きの良さは明らかだったが、こうして向かい合えばなおのことその力量が伝わってくるというもの。自分たちの半分も生きていないような少女二人。しかして格上はどちらか。
「様子見はいらん。最初から全力で行くぞ」
「「「「応」」」」
ダンテツの指示に疑問の声は上がらず、メンバー全員が一心になって気を練る。
対面する開始位置に『ファミリア』が並び、その瞬間に会場中に鳴り響いていた楽曲が止む。静寂。十万に届こうという人数が集まるこの空間で、物音ひとつしない。そのしじまを突き破るように審判の「試合開始ィイイっ!」という張り切ったコールが上がった。
途端、どん! という物理的な圧力を伴って演奏が再開され、その爆音とともに『カラミット』と『ファミリア』が同時に動き出した。
◇◇◇
形式上、一試合目は『ナインズ』対『グローズ』となっており、前述したようにこの試合は不戦勝によってナイン一行の勝利として認定されている。故に初戦でありながら『カラミット』と『ファミリア』の勝負は第二試合目という扱いになっている。
そしてこれはトーナメントであり、繰り上がりで次に当たる相手が決まることになるので――。
「要するに俺たちは次で、この試合に勝ったほうと対戦するわけだ」
「でもご主人様は、あの二人が勝つと思っているんでしょー?」
「俺がっていうか、クレイドールがな。そうだろ?」
「……はい。彼女たちの性能、スペック上限は定かではありませんが、強化人間計画を下地に作り上げられたことを踏まえるに――負けはないかと。たとえ相手が気功や魔法を操る戦士であったとしても」
「なれば、儂らと当たるのは確実に『ファミリア』ということになる。妙に浮かない顔をしておるが、クレイドールよ。奴らの戦闘をよく見ておくがよいぞ」
既にたった一度だけの加入申請を消費して、チーム『ナインズ』の一員としてクレイドールの名はメンバー表に刻まれている。それもすべては彼女と『ファミリア』の禍根に決着を付けさせるためのものだ。言葉で解決できないことは力でもって示すしかない――そうジャラザは告げて、クレイドールに直接戦わせることを提案した。その思想自体はナインとしても賛同できるものであったが……。
「……はい」
問題はやはり、無表情ながらも憂慮の表情を浮かべているようにしか見えないクレイドール本人にこそあった。しかしそれも当然だとナインは思っている。彼女は製作期間も含めればそこそこの年齢であるらしいが、実稼働時間は驚くほどに短く、言うなれば赤ん坊にも等しい経験しか持っていないのである。そんな彼女が同じ研究室出身というあの二人を相手にどういった姿勢で接すればいいかなど分かるはずもない。
そもそも彼女は、悩んでいる。
この十年間はただパラワンの言う通りに「待ち続ける」だけでよかった――しかしここから先は。
待っていたその時が訪れたその先は、もはや彼女は傀儡ではいられない。もう命令は残されていないのだ。研究室にマスターであるナインを案内する以外のことは完全なる白紙。それからどうするのかを決めるのはクレイドールの自己判断に委ねられる。
彼女は考えている――演算している。パラワンの望みがどこにあったのか。マスターを見つけた自分がどう動けば博士の希望通りであるのかをひたすらに思考し続け……しかし明確な答えは一向に得られない。
「あ。はじまったよ」
クータの言葉に、いつの間にか下げていた視線を上げて舞台を見れば。そこには盛り上がりに拍車をかけるような激しい演奏と共に敵方へと駆けるティンクとトレルの姿があった。
最初にぶつかったのはダンテツとティンク。
駆け出した少女を警戒し、自らその進路を塞ごうと立ちはだかったダンテツは迷わず気功を発動させて先手を取った。
気功を纏った諸張り手。たとえ鎧を着用していても食らえばただでは済まないと確信させるだけの威力があるその攻撃は――少女の頭上で横に構えられた片腕でがっしりと受け止められてしまった。身長差からほぼ頭上からの攻撃になったせいで防いだ瞬間に押されたティンクの足元にびきりとヒビ割れが広がったが、受け止めた当人にダメージはないようであった。
「む、あれが噂の『硬化』……腕を硬くするという奴の異能か」
「やっぱありゃ、相当かてーな。クレイドールの拳もあのおっさんの気功も屁でもないって感じだ。奴さん、防御はかなりのものってことになるぞ」
「守りだけじゃないよ、ご主人様」
クータの言葉通り、ティンクが仕掛ける。恐らくこちらも硬化させているであろうもう片方の腕で素早くダンテツの膝を突いた。続けて腹、その次に顎。巨漢のダンテツの顎へ拳を届けさせるためには飛び上がる必要があったようだが、その動作は限りなく洗練された美しいものだった。流れるような反撃にダンテツは気功での防御が若干間に合っていない。持ち前のタフネスでどうにか倒れることだけは避けるも、クレイドールのそれに類するほど固く重い拳をこれだけ連続で受けてしまっては、もはや勝敗は決定的だった。
ごがん、ともう一度顎を、今度は足で蹴り上げられてしまう。
少女らしからぬパワーのその蹴りは岩のような体躯を誇るダンテツを軽々と宙に浮かせて――そのまま落下。彼は気を失ってしまったようだ。
なんと早々にチームリーダーが脱落。
この時点で『カラミット』の敗退が決まった。
「硬い盾は硬い矛にもなるってわけか……」
「見事なり」
歓声が沸き上がる中で、ぽつりとナインとジャラザがティンクの手際を称えた。