表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/553

120 怪しいには怪しいなりに

 スフォニウスで年に一度開催される武闘の祭典『闘錬演武大会』。全国各地から大勢の出場希望者が募り、チケットの当選倍率が八十倍にもなろうというこの大会には、当然ながら様々な人々の熱き思いが詰まっている。


 神聖なる決闘、戦士たちの武を極めた闘技を目の当たりにしたい。そういった純粋な願いが運営と観客の間を結び、闘錬演武大会は成り立っている――しかし、やはり何よりもまずはその戦士たち本人。危険を覚悟し、運が悪ければ命まで落としかねない過酷な試合に、それでも果敢に臨む彼ら彼女らこそが最も重要なピースと言えるだろう。


 戦士がいなければ試合が成り立たず、大会が成り立たない。武闘の祭典はつまり彼らにとっての祭典に他ならない。そんな戦う者たちはその意思を持った時点で全員が英雄と言ってもいいくらいだ。だが勿論、ただ出場するだけでなく試合に勝てば勝つほど、強ければ強いほどに人々からの羨望と称賛を集める。予選よりも本戦、初戦よりも二戦目三戦目、そして決勝ともなればその期待は天元突破の勢いを見せる。


 頂点を決める闘いを観客たちが目にする。シアターに映った映像を市民が目にする。やがて新聞に、雑誌に、そして年度の記念書籍となって国中へ映像の断片と共に広く知れ渡るようになる。当然いかに闘錬演武大会が国一番の格闘大会と言えど、そもそも強さ比べなんかに興味はない、という者たちも多い。と言うよりそれが過半数だろう。

 しかしここは異世界。たとえ街中で安全が保障されているように見えても命の危険と隣り合わせであることを決して忘れてはいけないシビアな世界なのだ。その分、戦う者や強い者への憧れや尊敬といった感情は自然と熱を帯びる。


 特別興味がなくともなんとなく見る。誰が優勝したかを知ろうとする。そして今年は新たな『武闘王』が果たして誕生したのかと調べる――一市井の民も、裏に潜む者も、都市の重要人物も、各ギルドや教育機関、国の裁定者たる万理平定省内部の役人たちも。


 あるいはそのどれにも属さない者であっても。


 とかく数えきれないだけの『国民』が注目するのだ。


 だからこそ戦士たちも血を滾らせ、骨を鳴らし、気を昂らせる。闘いに向けての牙と闘争本能を研ぎ澄ませる。それが闘錬演武大会におけるたぐいまれな熱量を生み出し、毎年のように前年を更新し続ける人数が集まり、規模が広がり、比例して注目度も高まっていく――そういうインフレーションが二百五十年という長大な時間をかけて積み重なってきている。


 見る側集める側は『強さを見たい』という感情で統一され、ある意味で一体になっているとも言えるこの大会だが、しかしそれに対して戦士たちもまたひとつになれているかというと……残念ながらと言うべきかどうか、その動機や目的は千差万別と評するほかないだろう。


 例えば犯罪行為によって出場資格を喪失した冒険者チーム『グローズ』などは克己心と言えば聞こえはいいがその本質は肥大した名声欲にあった。大会に出ている時点で多かれ少なかれそういった欲を選手のほとんどが持ち合わせているのは疑いようもない事実ではあるけれど、彼らはその精神性があまりに酷かった――拙かった。


 戦士への、そして闘争という行為そのものへのリスペクト精神に欠けていた。他のチームが全員、優勝を目指しながらも根幹に抱くそういった闘技者としての心構えというものを、全く理解していないどころかそんなものがあることすら知らなかった彼らが予選を勝ち抜けたことは運命の悪戯としか言いようがないが、しかし仮に『ナインズ』へちょっかいをかけていなくても彼らが本戦で通用したとは思えない。だからその行動の成否、あるいは正否にすら関わらず『グローズ』の優勝はそもそもがあり得ないことでしかなかったのだ。


 どうせ彼らは他のチームにだって勝てなかった。


 高僧団『カラミット』は今時珍しいくらいのストイックな集団で、己が高みを目指すべく出場し、そこに名声欲や金銭欲は含まれていない。


 重装兵『アダマンチア』のテーマは挑戦だ。ガードだけに比重を置いた戦法でどこまで勝てるか体を担保にして実践調査へと挑んでいる。


 魔法学園生徒『アカデミーズ』も同じく挑戦している。本来は学則で禁止されているこういった危険な大会への出場を敢行したのは若さ故の思い上がりが多分にその原因ではあるが、魔法使いの強さを知らしめる、そして今の自分たちがどこまでいけるかを試すという武芸者に相応しいだけの気概を持っている。


 ダンサーチーム『ミシュラクション』も知らしめるという意味では同様だろう。女性だけで組まれた武闘家であり舞踏家でもあるこのチームは踊りながら戦うという彼女ら独自のスタイルがいかに優れているかを世に広めるために出場している。


 言うなれば今紹介したチームは皆『挑戦者』なのである。

 だから戦える、勝ち上がれる。

 実力も確かで崇高とも言える理念を胸に秘めた戦士たちに、そういったものを持っていない『グローズ』が互角に戦えたとはとても思えない。強さや連携といった点では劣っていなかったとしても、最後の最後に負けるのはきっと彼らであったはずだ。


 本戦の一戦目でどのチームと当たったとしても、勝てはしなかったはず。……この言い方だとまるで『グローズ』以外は余さず立派な気概を所持して大会へと臨んでいるようだが、それは違うと訂正しよう。Aブロックには、もう一チームだけいるのだ。挑戦だとか楽しむだとか、そういった上を目指す気概以前に、そもそも勝つことや優勝というものをもまったく意識していないとても奇特なチームが。


 それが『アンノウン』。

 鉄仮面、長すぎる前髪、フードという三者三様だが揃って顔を見せない異色のチームである。


 観客からも他選手からも、そして出場を許可した運営側からも謎多き三人組として見られている彼らは間違っても優勝を目的になどしていない。では、いったいなんのために大会に出ているのか――。



 ◇◇◇



「本戦からは私も動こう」



 ネームレス、と受付嬢に名付けられたフードの男がそう言った。

 酷くしわがれた、痛みと長い歳月を感じさせる、言うなれば喉の焼けた老人のような声だった。


「…………」

 サイレンスは答えない。

 前髪で隠れた瞳を揺らすように部屋の隅へと彷徨わせて、話を聞いているのかどうかも定かではない。


「…………」

 フルフェイスもまた答えない。

 しかしサイレンスと違って彼女の顔はネームレスの方を向いており、その沈黙にも何か言いたげな気配が漂っている。


 物言わぬ反応。だがネームレスにはその意図が伝わったようで、


「私が直接確かめたいのだ。この大会には『面白い』のがちらほらといる。中でも『ナインズ』のリーダーと冒険者ミドナ・チスキスは現時点での最有力候補と言ってもいい」


 しゃがれており、声量自体も小さいが、しかし不思議とよく耳に通る喋り方でネームレスは言う。



「王が必要だ。あの時代を最後に消えてしまった王たちのような『強き者』の再来なくては……『  』はないだろう。見定め、選定し、祝福するのだ。そして王と成り得るものへ試練を与える」



 そこで言葉を切った彼は、「サイレンス」と少女を静かに呼ぶ。何も知らぬ一般人が考案した名称だが、彼らは互いに――というよりネームレスが一方的に――名付けられた名で自分たちを呼称することに決めたようだった。


「もしもの時は、分かっているな」

「……」


 こく、とすぐに頷きが返る。小さな動作だったが、その応じ方からは少女の迷いのなさというものが窺える。そして反対に、フルフェイスはその鉄仮面の奥でなんとも言えない唸り声を出していた。


「そう憂うなフルフェイス。私たちには使命がある。それを見失わんうちはどうとでもなる……万が一があったとしても、私の全てはサイレンスに託す。それが叶うだけ私は幸福だろう」


「…………」


 ぐり、と鉄仮面が揺れて鈍重な頷きが返ってくる。若干の迷いこそ見受けられるものの、その声を出さぬ返答はネームレスに同意しているということなのだろう。


「それでいい。さて、本戦の組み合わせはどうなるものか……」


 会場からの最寄りと言うには遠すぎる位置にある貧相な宿屋の一室、灯りは端にある机の上に置かれた蝋燭ひとつという薄暗い空間で。

 顔を隠した三人は眠ることもせず、ただじっと夜明けだけを待っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ