119 博士のことについて語るときに機械少女の語ること
今更ですがサブタイトルは色んな作品のパロディであることがあります
路上での戦闘も交えた二者会談、いや二組会談を終えてすぐにチーム『ファミリア』だけでの話し合いが始まり――それによってトレルがティンクの新たな一面を見出し、自覚なしに落ち込んでいるところへ少しだけ前向きな気持ちが蘇っていたその同時刻、一方のチーム『ナインズ』もまたメンバーでの話し合いを行っていた。
「何故隠す?」
と、そう訊ねたのはジャラザだ。彼女はクータと二人で新しいホテルを探し部屋を借り、主とクレイドールの帰りを待っていた。お腹がすいたー、と夕飯を切望するクータへ「主様らを待たんか」と窘めること数時間、ようやく戻ってきたかと思えば『ファミリア』といざこざが起こったなどと聞かされ彼女は大きく口を開けることになった。
何せ『グローズ』とのいざこざを片付ける、つまりは後処理のために治安維持局へと向かったはずのその足で新しい問題にぶつかってきたとなればジャラザとてたまげもするというもので、何をしとるんだこの二人、と呆れるのも無理からぬことである。
とまれ落ち着いて話を聞けば、主に非はない。絡まれた側であるクレイドールに明確な非があるとするには少々無体な話ではあるが、しかしただ誤解されただけのナインと違って彼女はばっちり関係者であり一方の当事者である。『ファミリア』のティンクとトレルとは同郷の出身で従姉妹同士のような関係性――勿論この表現がまったくもってズレていることはジャラザも承知の上だ――であるのだから、絡まれたと言うよりも過去の清算が始まった。そう言うべきだとジャラザは考える。
「ティンクとトレルには権利があるはずだ。知る権利、聞く権利がな。パラワンとやらの手で実験だか改造だかされ、そして人生を歪められた。そうでなければその前に死んでいた、などというのは余りにパラワン側に立ちすぎた意見だ。激怒されるのもやむなしと言ったところかの……そのうえで、お主は何故隠すのだ。歪められた己が生き様について、どんな理由があってそうなったかを『ファミリア』の二人組は知る権利があり、そしてそれを知っているお主には最低限、説明する義務があろう。そうでないとあちらは納得すまい。そも、他にパラワンの真意を知る者はいないのだろうが?」
正論だった。ジャラザの言い分は客観的に聞いても筋の通った、整然的なものである。少なくとも横で聞いているナインにはそう思えた。真剣に話を聞く彼女と肩を並べるようにしてベッドに腰かけているクータは、今しがた食べ終えた料理のせいで深刻な眠気に悩まされているようだった。これでも少し前までなら迷わず眠っていたであろうことを考慮すれば手放しで褒められていいほどの成長ぶりである。
「私は正しくないことをしているのでしょう」
静かに口を開いたのは、問い詰められたクレイドールだ。事情を話し終えて以降はジャラザからの苦言とでも称すべき正論を黙って聞くだけに努めていた彼女が、ここにきてようやく自分の意見を言った。ジャラザは「ほう」と興味を引かれたように片眉を吊り上げた。
「まあ、オートマトンと言えど感情や善悪というものを判断できんわけではなかろう。お主とてパラワンの身勝手さと、それを肯定するような己の言動が『ファミリア』にとってどれだけ悪であるか――ないしはそれに準ずるものであるかは承知していたはずよな。それでもお主はそうした、と。製作工程が違えど同一人物の手によって生み出された、お主の姉とも言えるあの二人にそうまでして隠そうとするのには即ち、それ相応の理由があるということだな」
「その通りです。彼女たちアドヴァンス計画の着手、そしてそれと並行して形作られたオートマトン計画へパラワン博士が踏み切った理由。それは彼女にとっての秘中の秘、迂闊に誰にも明かせないとある秘密が関わっているのです」
とある秘密……? とナインとジャラザは怪訝な顔をする。何かしらの訳があって非人道的な計画に手を染めたというのは、納得を別にしても話の流れとしては理解できるものだが――その訳が『誰にも明かせない』ということに多少の引っ掛かりを覚えたのだ。
明かせない、というのならそもそも強化人間なるものを幼い少女たちの体で実現させようとした時点で十分そのレベルに達しているはずなのだから。
「ということは、もっとえげつない秘密なのか? 人体実験よりも、それがかすんじまうくらいヤバい何かがパラワンにはあったって、そういうことなのか?」
「ノン。『ヤバい』という部分には肯定を返しますが後者には否定を。パラワン博士の抱える秘密に彼女個人の事情は一切含まれておりません」
「なんだと?」
表情を歪めたのはジャラザだ。眉間に皺を作り、タレ目がちの双眸を険しくさせている――どうやら彼女はクレイドールの言いたいことをいち早く察知したらしい。
「自身の事情ではない。なのに強化人間やオートマトンといった生きた戦力が必要だった。それも並の戦士どころではない過剰なまでの強さを伴った戦力が……ならばその理由は主にふたつほど思い浮かぶ。ひとつは懇意にしている第三者への貸し出しだ。パラワン本人ではなくその友や家族が戦力を必要としていた――しかしこれは除外される。何故ならパラワンは天涯孤独の身だった。後年は研究室でクレイドールと二人だけで生活を送っていたと、確かにそう言ったな」
「間違いありません」
「だとすれば残る可能性はひとつ。自分やその周囲といった狭い範囲ではなく、もっと広義的な意味で戦力が必要だったということ。その詳細まではさすがに推測すらもできんが、パラワンがなんらかの脅威を取り除こうと画策していたことは想像に難くない。どうだ、クレイドール。この推理はどこまで真に迫っておる?」
「……完璧と答えます。訂正すべき箇所は見つかりません」
「す、すごいなジャラザ……おまえ頭よすぎねーか?」
なんのなんの、と謙遜しつつも主に褒められて得意げな顔を見せるジャラザ。
そんな彼女とは対照的に、クレイドールの鉄仮面は平時よりも更に固さを増しているようだった。
「博士はまさに『脅威』と仰っていました。恐るべき脅威、来るべき日の危機と。それに対抗するためにかねてより培った技術と発想で強化人間計画に取り掛かり、しかしその無慈悲さに心を痛め、途中で計画を破棄。それ以降は私の完成だけを目指しておいででした――それだけです」
そこでクレイドールは言葉を区切った。「それだけ」の意味が分からず首を傾げるナインとジャラザに、彼女は続けた。
「博士の真意を知る者など、最初からどこにもいないのです。私が知っているのは今話したことのみ。脅威の正体も、それがいつやってくるのかも、どう対処すればいいのかも、その一切を博士から聞かされていない。博士が仰ったのは、ただひとつだけ。私の主人たる者を見つけて研究室へ連れてこい。それが全てなのです」
――私に託されたものはたったそれだけなのです、と。
「…………」
なるほど、とナインは理解が及んだ。こんな内容を聞かされれば、ティンクとトレルは余計に逆上したかもしれない。そうなればあの場での騒ぎはもっと大きくなり、市内戦闘は避けられなかったことだろう。クレイドールは何も博士からの命令だけに拘泥していたのではなく、教えてしまうことでのリスクをも勘案していたのだ。
ひょっとすればそれはマスターたるナインが忌避する無責任な破壊行為だけではなく――ティンクとトレルの心情を慮った故の、彼女なりの善性による判断だったのかもしれない。
そう思ったナインは、そこで「よし」と腰を上げた。
「話は分かった。お前とあいつらの背景もちょっとは見えた。確かに色々と不明瞭で面倒なことではある、けど。パラワンの命令、主人を『連れてこい』ってのが気になると言えば気になるな。俺が研究室に行くことで何か新しい情報が手に入る……そういうことも考えられはするわけだ」
「来ていただけますか」
「ああ。だけど今日はもうさすがに遅いし、明日は『闘錬演武大会』の本戦がある。研究室へ足を運ぶのは俺たちが休みの明後日か、もしくは大会が終わってからになると思うが……それでもいいか?」
確かめるように訊ねると、クレイドールはこくりと首を縦に動かした。
ナインも頷き、
「丁度Aブロック同士ってことで、お互い勝ち上がっていけばいずれは『ファミリア』とも当たる。俺があの二人を倒して、一旦待ってもらうように言えば――」
「それはいかんな」
別れ際の様子からしてかなりの意気込みで挑んでくるであろう――そしておそらくもうクレイドールの説得には応じないことが予測される――ティンクとトレルを自分の拳でもって無理やり落ち着かせようとナインが明日の予定を練っていると、ジャラザがそれを一刀両断してしまう。
いきなり切りつけられた気分になった彼女は目を白黒させて戸惑った。
「いかんって、何が……」
「甘やかすな、主様よ。こやつは製作者の命令とはいえお前様についていくと決めたのだ。であるなら、主人たる者に尻拭いをさせるなど言語道断よ」
のう、クレイドール――とジャラザは彼女を見据える。
「ティンクとトレルへの説得はお主がその口で、その手ですべきだ。儂はそう言っておるのだぞ」