116 どうしても知りたかったことがある
「まずは聞かせてもらおう。あの女、パラワンが何故私たちをこんな風に仕立て上げたのかについてだ。お前はどうやらパラワンと親しいようだからな」
私たちはあいつについて何も知らない、と。
複雑な思いを感じさせる声でティンクはそう言った。
「…………」
ぐっと腕を押さえ込まれ、地に伏した状態のままでクレイドールはちらりと自分を掴む彼女を見た。視線を合わせながら、ティンクは力と語調を強める。
「どうした。知っていることを答えるだけでいいんだぞ」
「……博士があなたたちを改造したのは、そうしなければならない理由があったからです」
「理由だと?」
「はい。ですが――それを教えるわけにはいきません」
クレイドールの体からバーニアが露出し、そこからスラスターの全力稼働が始まった。彼女に密着しているティンクは思いがけない推力の発生によって体を投げ出される。
「ぐっ!?」
「無力化します」
「させませんよ」
宙で錐揉みを始めたティンクに攻撃すべくクレイドールが立ち上がり――そこへトレルが割って入る。彼女はクレイドールの背後からその膝裏を鋭く蹴りつけた。構造上、いかに全身機械と言えど強制的に関節を曲げられては姿勢をそのままには保てない。ぐらりとよろめいたところへ、トレルがその場で回転して蹴りを放つ。遠心力のかかった踵がクレイドールのこめかみへ的確に入り、ガギンと音が立った。
クレイドールは壁際まで押しやられるがしかし、倒れはせずに両の足で踏みとどまる。
決してふらつかず、蹴った相手を見据えるその姿からは異様を感じずにはいられない。
トレルは顔を顰めながら吐き捨てるように「あなた、本当に固いですね。足のほうがイカれそうです」と言ったがクレイドールからの返答は言葉でなく行動で示される。
「ブラスターキャノン発射」
そう距離もない位置から真っ直ぐ撃ち放たれた光弾は、避けるだけの間もなくトレルへ向かって飛来し――その途中、上から落下してきたティンクの拳によって地面に落とされ陥没の中に消滅した。
「さて……やるか」
膝から着地していたティンクはゆっくりと立ち、構えを取る。試合でも見せたボクサーのそれに近いファイティングポーズだ。その横にトレルが並び、それに合わせて対面しているクレイドールも薄緑の刃を展開する。どうやら殴り合いに付き合うつもりは微塵もないようだ――その選択はおそらく正しいが、そもそも間違っていることがあるだろうとこの場においてたった一人だけが他の面子よりまだしも冷静さを保っていた。
そう、さっきからただ一人、この中で唯一話についていけていないナインである。
「ちょ、ちょっと待てってお前たち、こんな街中でドンパチ始めるつもりか!? 人や建物がどうなるか分かったもんじゃないぞ! 事情はさっぱりだが、とにかくまずは話し合えって」
必死になって戦闘を止めようと呼びかけるナイン。意外にもそれに反応したのは(一応は味方のはずの)クレイドールではなくティンクであった。
「まるで自分だけは無関係のような口振りだが。お前もこの少女と同じ、パラワンの人体兵器ではないのか」
「はあ!? なんでそう思った? 俺のどこに機械っぽさがある?」
「何も改造を受けた者が一律マシーンらしい挙動をするわけではない。私たちもこの少女のような格納武装は持っていない。しかし人間離れした感覚と身体能力、そして固有の異能を所持している。お前もそうじゃないのか、ナイン」
「え、ええ……?」
疑いの目を向けられ戸惑うナインに、トレルも追撃とばかりに言い放つ。
「試合中、あなたの瞳や髪の色を私たちは見逃しませんでしたよ。普通ではないそのパワー、そして赤い瞳に白い髪。それは私たちの仲間の一人に共通した特徴です。そしてその名前――九番。私たちに振られた番号と同じように、あなたもまた九番目なんじゃあないですか?」
「……、」
鬼気迫る様子でそう訊ねられ、ナインは「ふう」と息を吐いた。こちらからすればとんでもない勘違いをされていることになるが、彼女たちは至って真剣であり、それこそ自分よりよほど必死な様子だ。
そうなるとナインとしても真面目に応じざるを得ないというもので。
「いや、違うよ。この名前は俺がてきとうにつけたもんだ。九番目なんて意味はない」
「では、そのフードを取ってみてくれ。君の顔をよく見せてほしい」
「ああ、いいよ」
ティンクに求められるがまま、ナインは己がフードを剥いだ。ばさりと髪が広がり、ナインの容姿が露わとなる。それはまるで磨き抜かれた一個の宝石、あるいは至高の芸術品が如き輝きを放つ常識離れした美貌。彼女の仲間であるクータやジャラザの容姿からある程度その外見の美しさについて予想ができていたはずのティンクとトレルもこれには一瞬、呆気に取られたようだった。
彼女らは美麗すぎる少女の顔立ちをつぶさに眺め、そして――重たい吐息を口から零した。
「これは――確かに違うようだ、な」
「はい……あの子とは気配も雰囲気も、顔つきだってまるで違います。勿論、私たちとだって……この子はイジられた存在なんかじゃない」
「では、本当に君は無関係なのか。その名前も、目や髪も、ただの偶然の一致だというのか」
どこか気落ちしたように問いかけるティンクに、ナインが何かを言おうとしたが、それよりも先にクレイドールが口を開いた。
「マスターの仰っていることは真実です。彼女はパラワン博士とは面識も持っていない。また他にパラワン博士制作の人体兵器が存在していることも有り得ません。改造人間であるあなた方より後に制作されたのは、私一体だけです」
「なに……私たちより後に、と言ったか」
沈んでいた声に力が戻る。だがそれは、あまり良い方向への変化ではないようだった。
ティンクは明らかに不信感を抱いている。
「どうしてそこまで知っている? ただの後継機にしては詳しすぎるぞ」
「覚えておいでではありませんか? あなた方が研究室に在籍中、壊れかけの機械人がいたことを」
「なに、まさかお前は?」
こくり、とクレイドールは固い動きで首を縦に振った。
「あの時の機械人が、今の私です。損傷の激しさ故に当時の記憶は残っていませんがデータとしてあなた方のことは記録されています。機械人ベースの私とはコンセプトの違う生体兵器。生身の人間をベースにした強化人間の開発……パラワン博士の構想書にはその計画も書かれていました」
「……そこまで理解しているなら話は早い。聞かせてくれ、その構想書とやらには何が書かれていたのか。聞く限りでは必要に迫られてパラワンは人間を使い、生体兵器を作り上げたようだ――では何故、途中で私たちを放り出したりしたのだ」
「博士は耐えられなくなったのです。計画のためとはいえ身寄りのない少女たちを兵器に仕立て、体中を作り替えていくことに罪の意識を覚えた。このままでは自我すら残らない文字通りの物言わぬ道具にしてしまう、と抑制の利かない自身の技術にこそ本当の意味で恐れを抱いたのだと、博士は仰っていました。だからあなた方を手放し、並行していた別の計画――機械人のボディと魔動機を組み込んだ自動人形『クレイドール』の完成に専念したのです。博士はあなた方が保護されていると信じていました。しかし、それは誤りであったようですね」
「…………」
ティンクは絶句したように口を閉ざした。腕を下げ、もはや臨戦態勢すらも解けている。それだけクレイドールから聞かされた内容が彼女にとっては衝撃的だったのだろう。先ほどまでの研ぎ澄まされた闘気も嘘のようの霧散している――だが、その相方は。
「くっ、ふふ、うふふっ、あはははは!」
俯き、顔を見せないまま震えていた彼女の、突然の哄笑。
一同がぎょっとしてそちらを見るが、トレルはまるで気にせずクレイドールへと視線を向けた。
「傑作ですね。私たちを捨てた理由が、良心の呵責だったとは! まるで美談のように語ってくれてなんとも人間臭いことですねえ――ふざけるな!! あの女にそんなものがあるはずないでしょう! あったとしたら馬鹿げてる、私たちに手を出しておきながら、後から怖くなって投げ出して? どこかで幸せに暮らしていると信じていましたと? なんって屑なんでしょうか! ええもちろん、知ってましたよそんなことは! あの女がそういう人間だってことくらいとっくに存じていましたとも――けれどますます、その醜さが見えた!」
発憤、そして罵り。トレルの様子は明らかに普通ではなかったが、生みの親への遠慮のない罵倒を聞かされたことでクレイドールにも何かしら思うところがあったのかもしれない。
彼女は憤るトレルへ臆することもなく「ですが」と冷静に反駁した。
「パラワン博士が見つけていなければ、あなた方は死んでいたかもしれない」
「命さえ助ければ何をしてもいいと? さすが、あの女の謹製は言うことが違いますね。人間が元じゃあないからか、それらしい倫理観も持ち合わせがないようで」
「トレル、そこまでにしろ。まだ質問は終わっていないんだ」
「……ええ、そうですね」
ティンクから窘められたことでトレルは少しばかり落ち着きを取り戻した。しかし忌々し気にクレイドールをねめつけるその眼差しには、まだまだ蓋をしきれない憤懣が見え隠れしている。
「仲間が失礼をした。しかし、それだけ私たちにとってこの命題はデリケートなものだと理解してくれ。さあ、クレイドール。パラワンのもとで出来上がった、私たち中途作の後継機よ。お前はまだ最初の質問に答えていない。教えてくれ――パラワンはどうして私たちを作る必要があったのか、その謎について……。お前はそれを、知っているんだろう」
誤字報告に感謝を!
これものすごくありがたい機能ですね。でもそれ以上にありがたいのが報告してくださった読者様の優しみ……いっぱいちゅき(ピピ美)