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115 今日は厄日かもしれない

 その日のナインは忙しかった。

 本来なら用事なんてひとつもなく、やることと言えばせいぜい予選Bブロックで他の選手らが行う試合を眺めるくらいで、のんびりとした一日になるはずだったのだ。


 明日の本戦、いわゆる大会の本番に向けて英気を養うのもいいだろう、とそれくらいの軽い気持ちでいたのだが――そんな予定は大きく崩されることになる。


 まず最初の出来事は手紙での呼び出しを受けたことだ。差出人はクレイドールという機械人形を名乗る少女で、あれよあれよという間にナインは彼女と戦うことになった。その動機について聞かされてはいるが、納得し辛いものがある。

 彼女の本心を確かめること、そして今後のことを決めるためにも要求をのみ、同行を許可した。

 これが昼前までの流れだ。


 そこからナインは彼女との距離を縮めようとなるべく話をした。

 まずは数日間纏わりついていた視線がとても落ち着かなかったというちょっとした笑い話を選ぶ。クレイドールはどうやらわざと視線に気付かせる、などといった思惑もなくただ隠密が下手なだけであったようだ。だがそれも仕方ない、何せ彼女は生まれてこの方ずっと研究室ラボというところで過ごしてきたのだ。誰かをつけ回すような経験なんて当然ないし、それどころかスフォニウスの街並みを眺めることすらも初めてだと言う。


 シークレットハックによってデータは掌握していても、知ることと実際に見ることはまた別である。クレイドールの言葉は淡々としているが、ナインにはやはりどこか「外の世界」というものに感動に近いものを抱いているような気がしてならなかった。


 昼食を取るためのレストランを探しつつ、クレイドールはエネルギーを自己生成できるが食物からも同様に――微々たる量で効率がいいとは言えないが――得ることも可能であるという話を聞く。そして彼女は食事をしたことがない、ということも同時に知った。

 ならばと人生初の食事を最高の思い出にさせてやろうとナインは奮発して高級店を選んだりもした。


 ふたつ目の出来事はその後に起きた。

 食事後の一服を楽しんでから一行はホテルの自室に戻り、そこでもう少し詳しい話をすることに決めた彼女たちは部屋に入り、それぞれが腰を落ち着けて改めて自己紹介をし、いよいよ本題へ入ろう……としたその時、急にクレイドールが立ち上がった。



「空気中に有害物質を検知。発生源は――室内、扉の前」



 扉の前? とナインがそちらを見れば、確かに見慣れない棒型の何かが転がっている。


 その時の少女三人の行動は早かった。ぽかんとしているナインを尻目にまずジャラザが水の泡で棒型を閉じ込め、そこにクータが火の粉を飛ばして破壊。それを確認したクレイドールは単独部屋を出た――扉を使わず、壁を破壊してだ。


 そこからはひどい有り様だった。廊下で男四人組の犯行グループを発見した彼女は即戦闘へ入り、ホテルの壁や床を躊躇なく傷付け、窓ガラスを盛大にぶち破りながら男らを外へ叩き出した。加害者が向こうであることはともかく周辺被害については十割こちらが出してしまっていることにナインは戦々恐々だった。


 おかげで治安維持局で聞き取りが行われる最中、ナインは生きた心地がしなかった。クータとジャラザに新しい宿屋を見つけてもらうために、当事者であるクレイドールとその保護者ということになったナインは二人だけで局員と共に治安維持局スフォニウス支部に向かったのだ。


 事件の当事者というか張本人であるにもかかわらずまるで動じた様子を見せない人形娘と違って犯罪者になった気分でいたナインは小市民らしく怯えていたのだが、結局のところ非は完全にあちらにあるものとして損害賠償も全て犯行グループである『グローズ』が支払うことになった。しかし無論、少々派手に暴れすぎであると釘を刺されはしたが、それも軽い注意に過ぎなかった。きっとクレイドールもナインも少女であることが局員の心情に何かしらの影響を与えたのだろうが、深く考えずにナインは幼気な女の子を演じてその場を乗り切った。


 この頃愛らしい少女のロールプレイにあまり抵抗を感じなくなってきている……とそのことに一抹の不安を抱きつつも治安維持局を後にし、夕方になってようやく一段落ついたかと思えば……また新たな出来事が起きた。というより、朝昼夕と三連続で向こうからやってきたと言うほうが正しいか。


 それはナインにとっても見覚えのある二人だった。確か、チーム『ファミリア』のリーダーティンクとメンバーのトレル。『ナインズ』と同じく闘錬演武大会への出場チームである。


 そんな二人が明らかに尋常でない様子で自分たちの目の前に立ちはだかっている。


 その剣呑さからはナインをしても厄介事の匂いが漂っているのを察知できるほどで、周りの通行人たちも一触即発の雰囲気を感じ取ってかそそくさと離れていく。離れると言ってもその大半が一定の位置から興味深そうにこちらを眺めているのだが、彼らの意図はよく分からない。なんにせよもしもこのまま揉め事になりでもすれば、また治安維持局を呼ばれるかもしれない……日に二度も事情聴取を受けるはめになる!


 いかにも部下らしく、自分を守るような立ち位置で警戒を見せるクレイドールの横で、「ひょっとして今日は厄日なのか」とナインは密かに嘆息したのだった。



◇◇◇



「『パラワン博士』とは私を作成した女性のことですが。あなた方は?」


 突如現れたかと思えば藪からに生みの親について訊ねてくる不明少女が二人。そこからクレイドールはまず、彼女たちが『自身の関係者』、ひいては『パラワン博士と縁故のある人物』であることを念頭に置いた。


 自分の返答を聞いて目配せをしあう二人の姿からはやはりそうとしか思えなかったが、しかし彼女らが何者であるかについて返事をしたのが当人たちではなくナインであったことから、機械少女の思考は別の方向へ向かうことになった。


「そうかクレイドール。お前、俺たち以外の試合はまったく見てなかったんだな? あの二人はチーム『ファミリア』所属のティンクとトレル。俺たちを襲ってきた『グローズ』と同じ、大会出場チームだよ」


「そうですか。つまり彼女たちも目的は『グローズ』と同一ということ」

「えっ、いやそれは……ちょい待」

「排除いたします」


 ナインの制止も聞かず、クレイドールは足のスラスターを噴射させ飛び出した。

 勢いよく拳を振りかぶり叩きつける。

 それを受けたのは――トレルを庇うように前に出たティンク。


 バギン、と硬い物同士がぶつかるような鋭くも鈍い音。


「なかなかいいパンチだ」


「……!」

「っ、なんだって」


 鋼鉄の拳をその腕で受け止めたティンクは痛がる素振りもなく平然としている。それにクレイドールは瞠目し、ナインも驚きの声を上げた。


 クレイドールの拳は鋼そのものだ。たとえガードが間に合ったとしても否応なしに受けた箇所を痛めることになる。だというのに、ティンクは何事もないかのように涼しい顔をしているではないか――。


「お前は随分と固いな。それにその足。見た限り私たち以上に人間離れしているようじゃないか……さすがは後継機といったところか」

「何を……」



「分からないか? 私たちもまたパラワンによって変異・・させられた身であるということだ。この腕の『硬化能力』はあの女の手によって生み出された力。右手を鋼のように硬くすることでお前の拳を防いだというわけだ……どうだ、こちらもなかなかのものだろう」



「!」


 今度こそクレイドールの目が大きく見開かれる。その動揺、機械を自称するにはあるまじき思考の停止を敏感に見て取ったティンクは、瞬間的に彼女の腕を引き、強引に背後へ回る。


「大人しくしていろ、後継機」


 慣れた手つきでクレイドールの腕を固めながら地に組み伏せる。その背中越しに降伏を促せば、返ってきたのは承服でも反発でもなく、ひとつの質問であった。


「あなた方は、いったい……」


 先の問いかけの繰り返しに過ぎないそれは、しかし今回は単純な誰何にあらず。

 それは問われた側であるティンクにとっても同じようで――。


「予測はついているだろう? 私たちはあの女に拾われた孤児であり、実験体であり、そして売り払われた失敗作だ。その後は別のところで『完成』に至ったが……お前はどうやら一から十まであの女の手で作られたようだな」

「…………」


 クレイドールは黙る。顔には相も変わらず表情らしきものは何ひとつ浮かばないが、けれどその沈黙からして、彼女の内心に何かしら感情のようなものが広がっていることだけは確かだった。


「――まさか」


 不意に呟かれたクレイドールのその言葉に、トレルが反応する。


まさか(・・・)? なにがまさかなんです? 『まさか自分以外にパラワン製の作品があるなんて』? それとも『まさかそんな失敗作が今更姿を見せるなんて』? あるいは――『まさか見つかってしまうなんて』? ねえ、どのまさかなんです?」


 まくし立てるトレルとは別に、ティンクはあくまで静かな言葉で言った。


「勘違いしてほしくはない。私たちは今この瞬間、大会のことなどどうでもいいと思っている。全てはパラワン。あの女について、そしてお前とあの女がどういう関係なのか。それが知りたくてこうして接触した」


 無論、お前についてもだ、と。


 クレイドールを押さえつけたたまま自分のほうへ刺すような目を向けるティンクを見返して。


「……えっとぉ?」


 一人完全に蚊帳の外であるナインは、彼女らの話を理解することもできずただひたすらに汗を流す。


 やはり今日は厄日のようだ、と断固たる確信を胸に抱きながら。


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