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114 その名を口に出されては

グローズとの戦闘はカットで

「まったくもう、昨日あれだけ言っておきながら『試合も見たい』だなんてふざけたことを言うとは思いもしませんでした」


「そう怒るな。Bブロックの強者を知っておくのも任務の一環だ」


「どうせ勝ち上がるのはミドナ・チスキスでしょう。一人だけまるで本気を出していなかった。そのせいで実力の程もまだ全容が知れませんから……観戦なんて無意味だったんじゃないですか?」


「いや。朧げにも真の実力を掴ませないほどに余力を残しているという、その事実が判明しただけでも戦果はあった」


「戦果も何も戦ってたのはあちらですけどね……さあ、急ぎますよ。アポもなしに訪ねるんですから」


 ティンクとトレル。似たようなパンツルックのスーツを着込むチーム『ファミリア』の二人は、予選二日目の第九~第十八グループの試合を最初から最後まで観戦した後に色々と気にかかる第四グループ勝ち上がりチーム『ナインズ』へ接触を図ろうとしていた。

 彼女らは変にこそこそしたりせず、堂々とナインらの人相を聞いて回ってその宿泊施設を既に突き止めている。流石に部屋番号までは知りえていないが、ホテル側へ呼び出しを頼んで顔を合わせるつもりだ。


 何も彼女たちは物騒なことを仕出かそうと企んでいるのではなく、ただ純粋に話を聞きたいだけなのだ。だから持って回ったようなやり方を選ぶ必要がなく、落ち着いて会場で腰を下ろすこともできた。とはいえ強者を、そして戦いそのものを好むティンクと違って戦闘行為にむしろ多大な忌避感を抱くトレルにとっては観戦などせずにさっさと『ナインズ』のもとへ向かいたいというのが本音であった。


 会場には一般エリアにも選手エリアにも『ナインズ』メンバーの姿は誰一人として見つけられなかったので、どうやら彼女らは残りの予選を見もせずにどこかへ行っているらしい……そう予想できたことでトレルは自由な少女たちのことが羨ましくなった。自分だって、こんな頭でっかちな戦闘狂が一緒でなければのんびり観光でもしたのに。


 なんにせよ彼女にとっての拘束時間は終わりを告げ、これからようやく疑問の解消へと向かえるのだ――とフラストレーション故か常より幾分張り切った様子でティンクの手を引くトレル。前かがみのその姿勢で彼女の耳が拾い逃した、通りを歩く男二人組の会話内容をティンクは耳ざとく聞いた。


「……しまった」

「? どうしましたか、ティンク」


 足を止め、柄にもなく愕然とした顔を見せる彼女にトレルは不審なものを見る目を向けた。

 珍しい態度を心配するというよりは気味悪がっているように見える。


「お前の言う通り早くに行動すべきだったか。どうやら私たちは先を越されたようだぞ」

「なんですって?」

「少し待て、話を確かめる」


 事情を知っているらしい通行人に手早く一から十までを訊ねたところ、どうやら『ナインズ』が襲撃を受けたらしいことが分かった。

 顔を見合わせた二人は、同時に走り出した。




「チーム『グローズ』! 第二グループ勝者の冒険者チームだ!」

「どちらかと言うと盗賊チームに見えたあの四人組ですか! まったく余計なことを!」


 ティンクとトレルは肩を並べて走っている。接触を図る前に対象が事件に巻き込まれたと知って、予定を早めるべく彼女たちのもとへ急いでいるのだ。


「それで、『グローズ』のほうが――?」

「ああ、最低でも全治三ヵ月以上の大怪我だそうだ! 逆に『ナインズ』に負傷者は出ていないらしい」


 さすがにどんな戦闘が行われたかについての詳細までは聞き出せなかった――というよりそもそも男たちもそこまで詳しくは知らなかった――が、どうも『グローズ』が『ナインズ』の泊まる部屋に忍び込んで良からぬことをしようとしていたところを見つかり、両チームは激突。その結果『グローズ』の男たちは全員が治療院送りとなり、あまりに怪我が酷いために安静治療(一気に治癒魔法をかけずに自然治癒力と合わせて養生させる治療法)で約百日ほどを寝たきりで過ごす羽目になったことだけは明らかとなった。


「彼らの話によると、どうも『ナインズ』には新しい人員がいるようだな」


「ええ、見覚えのない少女がナインとともに治安維持局へ連行――いえ、目撃証言からすると事情聴取のためでしょうから任意の同行でしょうが――とにかく、『グローズ』メンバーを『破壊』したのもその少女ただ一人の手によって行われたようです」


 要領を得ない説明ではあったが、ホテルの窓から男たちがまるで放り出されたように飛び出してきて落下。その後を追って外に出てきた『ナインズ』の中で唯一周知されていない少女がたった一人戦って、男四名の反抗を物ともせずに痛めつけた……というような流れがあったことを確認できた。


「まだ見ぬ実力者か……! 楽しませてくれる」


「もう、そんなことを言っている場合ですか! もしも今日中に会えず終いだったなら、接触のタイミングはありませんよ!? 明日には私たちの本戦が始まるんですから――戦う前に事情を確かめるには今しかないんです!」


「分かっている。だからこそこうして治安維持局を目指しているのだからな――む。見えたぞ、あそこだ」


 急ぎのために道なりには進まず、ショートカットとして建物の屋上を飛び移って駆けていた二人は、目的地に辿り着いたことで一旦ストップをかけた。


「ここからどうするべきか。潜入はさすがに危険すぎるか?」

「そう思います。けど、万が一にもナインがここで一夜を過ごすことになりでもすれば、私たちは機会を失うことになります」

「……いや待て。どうやらツキに見放されてはいないらしいぞ。あれを見ろ」


 治安維持局の入り口から姿を現す二人の人影を指差し、ティンクは口角を上げた。

 トレルもまた、すぐにそれが誰なのか気付く。


「……ある意味、タイミングはばっちりでしたか。まさか丁度出てくるなんて」


 見覚えのあるローブ姿の少女ともう一人、見覚えのないメイドが着るような服を着用している少女。

 前者がナインで、後者が新たに加わったというメンバーに違いない。


「すぐにでも話がしたいところだが、得策ではないだろうな」


「ええ。他のチームから襲撃を受けた直後なんですから、私たちの目的も同じなのではと疑われること必至です――いくらそうじゃないと口で言ったところで、彼女たちがそれを信じることはできないでしょう」


「これではまともに話を聞くことが叶わないか……ふん、『グローズ』め。つくづく面倒なことをしてくれたな」


 とりあえず様子を見よう、と二人は路地裏に降り立ち、何食わぬ顔でナインらの後ろへと合流。数メートルほどの間隔を空けてついていく。尾行するにしては些か距離が近いが、これは少女たちの会話を盗み聞くためである。


 ティンクもトレルも常人とは程遠い体をしているが視覚や聴覚といった感覚器官はそれほど強化されていないので――それでも常人の数倍以上は鋭敏なのだが――前方を行く少女たちのぽつりぽつりとした話し声を聞き漏らすまいとするには、これくらい近づかなければならない。


 こういったことに慣れている二人であっても、ナインという少女に近づきすぎるのは賭けのようなものであったが、しかしリスクを押してでもやった価値はあっただろう……少なくともティンクとトレル、両名にとって得るものはあった。


 会話内容はまず「クレイドール」という名であるらしいメイド少女への、ナインからの小言で始まった。

 襲撃をいち早く察知し下手人を撃退したはいいが、やり方が乱暴すぎたのが良くない。敵に大怪我を負わせたのは別にいいとして、不必要にホテルを壊すのはいただけない――というお叱り。

 クレイドールに反省を促し、彼女もそれを了承している。


 そして次に、そもそもどうして戦闘機能がついているのか、という話になった。

 ここでティンクとトレルは顔色を変える。

 何故なら二人の会話からすると、クレイドールは明らかに『作られた人間』であるからだ。


 一層耳を澄ます背後の二名に気付くことなく、クレイドールはなんでもないことのように答えた。



「私は単なる従者としてだけでなく、あらゆる障害を排除し、主の助けとなるべく設計されているのです。『パラワン博士』が最も長い時間をかけて完成させた作――」



 そこからはもう、盗み聞く必要などなかった。

 そんなまどろっこしいことをしている場合ではなくなったのだ。


 ティンクは迷わず駆け出し、ナインらの頭上を飛び越え、進路を塞ぐようにしてその眼前に仁王立ちをする。一連の行動を止めるでも叱責するでもなく、トレルもまた彼女に続くようにして立ち止まったナインらを追い越し、ティンクの横へついた。


 二人と二人が互いを見やる。


 ナインには困惑。クレイドールには警戒があった。

 そしてティンクとトレルの内心には――激情が吹き荒れているところだ。


「パラワン博士と……今、確かにそう言ったな。聞かせてもらおう、お前たちと彼女の関係を!」


 眉根を寄せ合わせた険しい顔つきで、ティンクはそう言い放った。


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