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113 オートマトンは怪物少女に腹を立てるか?

「マスター……?」


 いきなり呼び方が変わった――それも変に恭しいものになったことで、ナインは身じろぐような戸惑いを見せた。

 その様子にクレイドールはかちりと首を傾げる。


「事前に説明申し上げたはずです、マスター。これはテストであり、私を破ったことであなたは私の仕えるべき主人であることを証明したのです。ですので、これからはマスターとお呼びいたします」


 これより『クレイドール』はマスターの所有物となります、と淡々と告げられ……余計にナインは尻込みする。いつしか深紅の瞳も元の薄紅へと色を戻し、戦闘モードも解けているようだった。


「い、いやまあ、お前さんがそれでいいいならいいんだけど……でも改めて聞くけど、本当に俺たちについてくる気なのか? そこにお前の意思はないんだろう?」


「私の意思など関係ないのです。ノン。私に意思などないのです。私はただ、プログラムに従って動くだけですから」


「……そうか」


 ナインは寂しげな声音を出す。戦闘中、少しはクレイドールの呼吸というものを感じられたような気がした彼女だったが、それも所詮は都合のいい勘違いだったかと――そうやって落胆のような気持ちを抱くナインに、そうとも知らずクレイドールは話を続けた。


「観測データから計算済みの結果ではありましたが、それでもマスターは攻撃力防御力ともにこちらの予測を上回りました――実にお見事です。パラワン博士の最高傑作であると認められた私を、こうも苦も無く撃退せしめるのですから」


 途中の推移はともかく終わってみれば怪我のひとつも負っていないナインに対し、クレイドールはボロボロもいいところだ。如実に強さの差が表れていると言ってもいいだろう。戦闘機能付きで、主のためにあらゆる障害を打破すべく強力な武装や装甲を持って生まれたはずの自分が、結果的には手も足も出なかったことになる。


 そう認めたからこそ、彼女は素直に称賛を告げたのだが。


 言われたナインは少し驚いたような顔をしてから、苦笑を見せた。


「悪いけど、褒められてる気がしないな」

「そうですか……それも仕方がないことです。私の言葉に人らしい感情が乗らないことは私自身よく――」

「いや、そういうことじゃあなくてな」

「?」


 無表情で起伏のない喋り方故に、人と話しているように感じないせいで称賛もそうとは受け取られないのだろう。そう考えたクレイドールの言葉をナインは否定した。では、褒められている気がしないとはどういう意味なのか? 思考が停滞する彼女に、ナインはとても衝撃的なことを言った。


「俺には自慢話と、そして『悔しい』って言ってるように聞こえたんだ。パラワン博士はお前にとって自慢の親で、そんな親の自慢が自分で、その自分をよくも倒しやがったなって感じで――お前さん、ちょっと俺にムカついてるんだろ」


「……ノン。私にそんなつもりは」


 ない、と言い切ることがクレイドールにはできなかった。

 人に自慢するなど機械人形オートマトンである自身にとっては縁遠いものであるはず――そんな人間臭いことをプログラムに沿って動くだけの自分が、するはずがないのだ。

 だというのに否定ができないのはなぜか。


 パラワン博士のことを自慢したつもりなどないと首を横に振ることが、どうしてこうも躊躇われるのか。


 無表情のまま言葉を続けられなくなった彼女へ、ナインは深く頷いた。


「うん、気に入った。クレイドール。お前さんは自分で思うほど機械的なやつじゃなさそうだ。とりあえずもう少し話がしたいところだから、場所を移すとしようぜ」


「……畏まりました」


 腰を曲げて了承を示すクレイドールを確かめてから、ナインは振り向いた。彼女の視線の先には、戦闘終了と見て舞台袖から出てくるクータとジャラザがいた。


「そいつ、やっぱりつれてくのー?」

「うん。先がどうなるかはともかく、しばらくは行動を共にすることになるから……クータもちゃんとクレイドールって呼んでやれよ」

「わかった!」


 ジャラザの時ほど抵抗を見せないのは、やはり前例を経験したかどうかの差なのだろう。クータは存外素直に同行を許したようだ。またぞろ彼女の怖い部分が顔を見せないかと密かに不安に思っていたナインはほっと胸を撫で下ろす。


「ジャラザも、それでいいな?」


「無論だとも、主様よ。お前様の言うことであればよっぽどでなければ受け入れる所存だぞ? それに儂にはこうなることが読めておったしの」


「え、そりゃまたなんでだ?」


「クレイドールの言葉を真剣に聞いておったからの。ただ負かせてそこらに放り出すような真似など主様にはできんだろうと、そう思ったまでのことよ」


 参ったな、とナインは頭を搔いた。完全に自分の行動は読み切られているようだ。

 ジャラザほど明確に見えてはいなかっただろうが、きっとクータも薄々どうなるか分かっていたに違いない。彼女が意外なほどスムーズに納得を見せたのにはおそらくそういう理由もあったのだ――。


 そう思ってクータを見ると、彼女はにっこりと笑って言った。


「だってご主人様は、女の子がすきだもんね!」

「あれ?! まさかそういう理解の仕方なのか!?」

「間違ってはおらんだろう」

「じゃ、ジャラザまで……さては俺のいないところでピカレさんが何か吹き込んだな?」

「「正解」」

「くそう! あの人次会ったら容赦せんぞ!」


 などと自分をダシに仲良く騒ぐ三人を見て、クレイドールは。


「チーム『ナインズ』の関係性をインプット」


 ナインという少女が想定していたほど絶対的なリーダーではないことを、自身の記憶領域にしかと書き込んだのだった。



◇◇◇



「おいダンゲー。そいつで本当にうまく行くのか?」


「勿論だゴルバ。モンスターだってイチコロの強力催眠ガスだ。昏睡剤とスリープの魔法が混ざっている一級品で、素早く無臭で広がる極悪なアイテムさ。いくら『ナインズ』がアホほど強かろうがこいつの前じゃひとたまりもねえってもんだ」


「それめちゃくちゃ高いやつだろ? こんなとこで使っちまっていいのかよ……?」


「今こそ使うときなんだよ、ガンド。俺たちはあいつらと同じブロックなんだ。このままじゃ遠からず戦うことになる――そうなったら俺たちに勝ち目はない! 明日の本戦の前に、『ナインズ』には消えてもらう」


 力説する冒険者チーム『グローズ』参謀格ダンゲーの言葉にゴルバとガンドは頷きを返しつつも、やはり強行策が過ぎるのではないかと少しばかりの不安があるようだった。


「あんな無茶苦茶な戦い方をする奴らだぜ? もしそれが効かなかったら……そんときは俺たちおしまいだろ?」


「だよな。それにトーナメント表はまだ発表されてねえんだから、他のチームと『ナインズ』が当たって潰しあってくれるかもしんねえしよ。ほら、『カラミット』とかとさあ」


「馬鹿野郎どもが! そんな願い通りいくわきゃねえだろうがよ。事前にこの手で排除しないことには優勝なんてできやしねえぞ。まあ、そう臆病がるんじゃねえよ。こいつは絶対に奴らを落とすさ。眠りこけてる『ナインズ』にちょいと傷を付けてやるだけでいいんだ、簡単な仕事だろうが?」


 ダンゲーには確信があった。

 このアイテムは一定量吸い込ませさえすれば巨体かつ状態異常に高い耐性を持つ象型モンスター『グレートパラディオン』であってもころりと眠ってしまう、超がつくほど効き目抜群の睡眠薬なのだ。


 確かに『ナインズ』のメンバーは三人ともが化け物じみた力を持っている――特にリーダーであるナインに関してはもはや人型の怪物としか言い様がないほどであったが、それ故にダンゲーはたった一個しかないこの稀少アイテムを使う決断をしたのだ。


 奴らがモンスター級であるというなら、こちらも対モンスター用の戦術を駆使するまで。

 幸い自分らは冒険者、人外が相手の策略となれば他の者たちより一日の長がある。


「おい、通信が来たぜ! ジョットからの連絡だ!」

「ってことは『ナインズ』が宿に戻ってきたんだな?」


 彼らは慎重に慎重を重ねて襲撃の計画を練っていた。


 安易に『ナインズ』の後をつけたりせずに――これは以前、クエストで異常に鋭い知覚能力を有するモンスターを捕獲した経験が役に立った――一から彼女らの泊まりそうな宿を探し、発見、そして部屋を割り出す……この作業のために一晩を明かした。

 そのかいあって全く気取られることなく寝泊まりする部屋の特定に成功し、朝方実際に彼女らがその宿から出ていくのも確認した。今はこうして二手に分かれてジョットが『ナインズ』の帰りを見張り、ダンゲー、ゴルバ、ガンドの三人は『闘錬演武大会』の予選を観戦しBブロックの目立った強者を調べているところだ。


 しかし大本命とも言えるかの有名な最高等級冒険者チーム『ヘブンローシンス』所属の前衛ミドナ・チスキスの出番が来る前に、ジョットからコールセクトでの呼び出しがかかってしまったことは素直に残念だ。


 ちっ、とダンゲーは口惜し気にするがしょうがない。ミドナ・チスキスがどんな戦法を取るのか是非とも生で確かめたかったが、後からスクリーンに映るハイライトで確認するしかなさそうだ。


「おい、ジョットが言うにはどうもガキが一人増えてるみてえだぞ」


「なんだあ? まさか四人目の選手なのか? 確かにメンバーの追加は一回までできるみたいだがよ」


「ふん、どうだろうと構うもんかよ。そいつがなんにせよ、居合わせたからには他のガキと同じ目に遭わせてやるだけだぜ。数日は治療院から出られねえようによお……行くぞ!」


「「おう!」」


 彼らはすぐに会場を出て、ジョットの待つ『ナインズ』が宿泊するホテルの前にある喫茶店を目指した。ダンゲーの手元には催眠ガスを放つペンライト型のアイテムが握りしめられている。虎の子であるそれこそが、自分たちを優勝に導くのだと信じて。


 ――優勝どころか、一時間後に『グローズ』がどんな憂き目に遭っているかなど、今の彼には想像もつかなかった。


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